『剣聖』は蘇る
皆さま初めまして!白崎なまずと申します!
この度初めて小説家になろうで作品を投稿することになりました。
拙い文章で至らぬところなど多々あるとは思いますが、一生懸命頑張りますのでどうか温かい気持ちで見守ってください!
この世界の人間の大半は何らかのスキルを持って生まれてくる。
優れたスキルを授かった者とそうでない者の間には決して超えることのできない大きな壁が存在しており、どれだけ優秀なスキルを授かることが出来るかでその者の人生を決めてしまうと言っても過言ではない。
「大変お待たせいたしました。鑑定の準備が整いましたので、アレス様のスキル鑑定の儀を始めさせていただきます」
ステンドグラスから差し込む光が神聖な儀式士の間をより一層厳かな雰囲気へと昇華させる中、ロズワルド家の三男である赤髪の少年、アレスは緊張した面持ちで鑑定士たちのもとに歩き出した。
まだ5歳になったばかりのアレスにはこの重々しい空気は耐えがたいものだったのだろう。
それを察したアレスの母親と父親は普段と変わらない柔らかな笑顔でアレスに話しかけた。
「大丈夫よアレス。あなたならきっと良いスキルを授かっているはずよ」
「そうだぞ。それにたとえアレスがどんなスキルを授かっていようと、お前が父さんと母さんの大切な存在であることは変わらないからな」
「う、うん。行ってきますお父様、お母様」
自分にこれ以上ない程愛情を注いでくれた両親の励ましを受け、アレスは力強い表情で再び歩き出す。
下流とはいえ貴族であるロズワルド家で生まれ育ったアレスは当然それなりの教養があり、自分がどんなスキルを授かっているかで今後の人生が大きく左右されることを理解している。
もしも自分が価値の低いスキルを授かっていたら――
そう考えるだけで不安で押しつぶされそうになるが、自分を愛してくれた両親のことを思い浮かべたアレスはそんな暗い想像をやめたのだ。
(お父様とお母様は僕が生まれて来てくれただけで幸せだって言ってくれた。例えどんなスキルを授かっていたとしてもお父様とお母様は僕を変わらず愛し続けてくれるはず……)
「それではアレス様、この水晶に手をかざしてください」
鑑定士にそう指示されたアレスは一瞬祈るように目を閉じ、覚悟を決めて目の前にある水晶に手をかざした。
儀式に使う水晶は職人が丹精込めて作った代物であり、魔力を練り込まれたガラスの内部に炎のような光がぼんやりと浮かんでいた。
鑑定士が結果を出すまでの数十秒が、アレスにとっては何倍にも長く感じられた。
「こっ、これはっ!!??」
「バカな……こんなことが」
「これはとんでもないことになりましたね……」
「鑑定士さん!?」
「一体なにがあったのですか!?」
鑑定が終了した途端、鑑定士たちはあまりの結果に儀式の流れも忘れて声を出して驚いてしまった。
その様子を見たアレス、そしてその両親もどんな結果が出たのか、不安を募らせていった。
「こ、こんなことが……私も長年鑑定士の仕事をしてきましたが、こんなことは初めてです」
「そんなことはどうでもいい!!アレスは……アレスは一体何のスキルを授かっていたというんだ!?」
「アレス様はなんと……『剣聖』のスキルを授かっていました」
「なっ!?」
「剣聖……ですって!?」
「僕が……あの英雄様と同じ剣聖のスキルを……?」
授かるスキルがどれだけ優秀なのか。
それは国の指標に従って鑑定に立ち会った鑑定士たちが話し合いAからFまでのランクを付けることで決められる。
ただし例外があり、歴史に名を残す英雄たちが所持していた強力なスキルと同様のスキルはSランクに分類される。
「はい。これはもう議論の余地はありませんな。アレス様は歴史上もっとも偉大な英雄ラーミア様と同じ……剣聖。Sランクスキルを授かっております」
アレスが授かっていたのはかつて大魔王を打ち倒し、地上に平和をもたらしたという英雄ラーミアが持っていたとされる剣聖のスキル。
古い書物によればこのスキルを手にしたものは剣術を完璧にマスターし、どんな剣技であろうとみただけで習得でき、それどころかより高度な技として繰り出せるとされている。
記録に残る限りはこの剣聖のスキルを授かった者はラーミアを除いてただの一人として存在しておらず、このスキルを手にしたものはこの世の全てを手中に収める力を得ると言われていた。
「やったなアレス!!よくやったぞ!!お前はロズワルド家の誇りだ!!」
「凄いわアレス!!流石私たちの最愛の息子ね!!」
「お父様……お母様……」
息子が剣聖のスキルを授かったことを知った2人は、涙を流しながらアレスを抱きしめて喜んだ。
その様子を見て、アレスの中でも自分がいかに特別な力を授かったのだという実感が湧いてきたのだ。
こうして、剣聖のスキルを授かったことによりアレスの人生は大きく動き出したのだった。
「ロズワルド様。この度はご子息アレス様が剣聖のスキルを持っていたことが判明されたということで、国王様よりロズワルド家を王族に迎え入れたいとの伝言を預かっております」
アレスがスキルの鑑定を終えた翌日には、その結果を知った国王からロズワルド家を王族に迎え入れたいと使者が送られてきたのだった。
その対応は普通ならば考えられないものだがSランクスキルにはそれだけの影響力がある。
「謁見出来て光栄です、国王様!」
「ふむ、ロズワルドよ。そちらの子が話に聞く例の剣聖のスキルを授かった……」
「はっ、アレスでございます!こらアレス、国王様に挨拶をしなさい」
「は、はいお父様!国王様、アレスと申します」
「ふふっ。そう畏まらなくてもよいぞ剣聖の子よ。そなたが剣聖のスキルを得た褒美にロズワルド家を正式に王族に迎え入れ、そしてお前には将来ワシの娘であるリーザと結婚することを認めてやろう」
下流貴族であったロズワルド家はアレスが剣聖のスキルを授かったことで王族となり、さらにアレスは国王の娘であるリーザ姫との婚約を認められたのだ。
「アレス様。我々は本日から貴方様にお仕えする専属のメイドでございます。御用があれば何なりとお申し付けくださいませ」
「こ、こんなにたくさんのメイドさんが……お父様、よろしいのですか?」
「いいもなにも、私たちはもう王族なんだ。こんなものは当然なんだ」
「ええ、そうよ。本当に全部あなたのおかげよ」
「お兄さま!すごいー!」
「そっか。僕のおかげで……」
王族となったアレスたちの暮らしは今までの生活からは考えられないほど変化した。
迷子になってしまいそうなほど広大な王宮に、年に数度のご馳走よりも豪華な食事。
名前など覚えきれないほど大勢の使用人ととにかくすべてがアレスの常識を覆すほどに変わったのだ。
「アレス、お前は特別な存在だ。将来はその剣聖のスキルで王国軍の騎士団長になるんだ」
「やっぱりお兄さまは凄いです!」
「アレスは本当に私たちの最高の息子よ。愛してるわアレス」
(お父様もお母様もマリーシャも、こんなに僕のことを褒めてくれる。僕のことを特別だって言ってくれる。そうだ、僕たちが王族になれたのだって、僕が剣聖のスキルを手に入れたから。僕は……特別なんだ)
剣聖のスキルのおかげでアレスは5歳にしてすべてを手にしたと言ってもいい。
スキルのおかげで得た幸せな生活に、スキルのおかげで約束された幸せな未来。
――しかし、そんな最高な生活は突如終わりを迎えるのだった。
「ふぉっふぉっふぉ……これがかの英雄が持っていたという剣聖。素晴らしい心地だ」
「だっ……誰だお前!!」
アレスが王族になってから6年が経ったある晩のこと。
その老人は突如としてアレスの前に現れたのだった。
(なんだアイツ……ここは王宮だぞ、どうやって入ってきた?いや、そんなことより……)
長身細身のその老人は黒のタキシードにシルクハット、白くて立派なカイゼル髭にモノクルを身に着けていかにも怪盗といった格好をしていた。
陰りのない満月を背にマントをなびかせるその老人を、アレスは倒れた王国軍の兵士たちの傍で見上げていた。
(アイツ、紙みたいにひらひらと兵士たちを躱したと思ったら、俺に触れた途端あの小刀で兵士たちをみんな切っちまいやがった。俺に触れる前と後でまるで別人みたいな動きで……俺に、触れる前と後で……)
「おや、その様子だともう察したようですね」
ある考えに至ったアレスが顔を青ざめるのを見た老人は血の付いた刃渡り10cm程度の小刀を手にしたままニヤリと笑った。
王宮を警護している兵士たちはとてもよく鍛えられており、剣から鎧に兜まで装備は万全。老人が持つ小さな小刀で瞬殺など不可能だ。
そう……あのスキルを持つ者を除けば。
「剣聖のスキルが……使えない……?」
アレスは愛用の剣を手に屋根の上に居る老人に切りかかろうと試みた。
しかし普段なら剣聖のスキルを使用して簡単に離れた屋根の上に居る老人を攻撃出来ていたはずが、今回はいくらスキルを使用しようとしてもそれができなかったのだ。
「ええ、貴方の『剣聖』は私のスキルで奪わせていただきました。本当はもうスキル狩りなどやめて隠居していたのですが、あの剣聖のスキルを持つ者が現れたと噂で聞きまして、年甲斐もなく狩りに来てしまったのですよ」
「ふ、ふざけるなよ!!俺の……俺のスキルを返せよ!!」
「そうはいきませんな。私のスキルは他人のスキルを奪うというもので、返すことは出来ないのですから」
「なん……だと……」
「おっと、さすがに長話をし過ぎてしまったようですね。人が集まってくる気配を感じましたのでそろそろ失礼させていただきます」
老人の言った通り、遠くから大量の兵士が集まってくる音が聞こえてきたのだ。
剣聖のスキルを手に入れることだけが目的だったのか、老人はそれ以上何もせずに姿をくらませようとした。
「ま、待て……!!」
「そうそう、最後に一つだけ」
「剣聖のスキルで成り上がった貴方は、スキルを失った今一体何の価値があるんでしょうね?」
「っ!?」
老人は最後に冷たくそう言い残し、空中を足場にしながら塀の外へと消えていったのだ……
「剣聖のスキルを奪われた!?いったい何を言っているんだアレス!!」
兵士たちが駆けつけて保護されたアレスは王と家族の前で先ほどの出来事を話していた。
王宮学者たちの話によればかつて遠い国で『スキルハンター』と呼ばれる他人のスキルを盗む犯罪者がいたらしい。そのスキルハンターは30年以上も前に姿を消していたというのだが、剣聖のスキルのうわさを聞きつけて狙っていたんだろう。
「そうか……貴様は剣聖のスキルを本当に奪われてしまったというのだな」
「王様……」
「それは本当に残念だ。残念だが貴様らロズワルド家から王族の地位を剝奪し、この王宮からも追放するほかあるまい」
「お、お待ちください国王様!そんないきなり……」
「黙れ。ただの一平民であるロズワルド家がこの国の王である余に意見するのか?」
「あ……いえ。そのようなことは、ありません……」
「それならば早く余の前から消え失せるといい」
国王様はアレスが剣聖のスキルを失ったと知るや否や、ロズワルド家の王族の地位の剥奪と王宮からの追放を言い渡したのだ。
当然そんな対応をした王がロズワルド家を元の下流貴族の地位に戻すわけがない。というよりも王族の地位を剥奪されたなんてことがあれば他の貴族との交流など昔のようにいくはずが無く、ロズワルド家は王族から一気に平民の地位へと転落してしまったのだ。
「なんでっ!!どうしてこんなことに!!」
「ああ、昨日までの煌びやかな暮らしが嘘のように……これも、これも全部、全部……」
「お父様、お母様……」
「お前のせいだぁ!!アレス!!」
「がっ!?ぐっ……お父様、お母様やめ……ああ!!」
せめてもの情けと国王が用意してくれた街の片隅にある小さなボロ屋敷にて、アレスは荒れ狂う両親に酷い暴行を受けたのだった。
華やかな王宮も、豪勢な食事も、綺麗な服も大量の使用人ももう居ない。
そしてアレスは……自分に無償の愛を注いでくれていた両親までも失っていたのだ。
「はぁ……はぁ……お前が、お前が剣聖のスキルを奪われたせいで」
「もういい。お前の顔なんて見たくもない。この家から出て行ってくれ」
「え……お父、様……お母様?」
「もう私たちを親だと呼んでくれるな!!貴様とはもう家族の縁を切る!!」
「え……あ、あ……」
自分を愛してくれていたはずの両親は今や憎しみのこもった眼差しで自分を見下している。
そしてその両親の後ろに立っているアレスの双子の妹であるマリーシャも、まるでアレスをゴミを見るような目でみていた。
「う、うぅ……俺は、俺は……うわぁあああ!!」
そんな3人の視線に耐えられなくなったアレスは、ボロボロの体にも関わらず勢いよく屋敷を飛び出したのだった。
両親の元から逃げ出したアレスは、行く当てもなく彷徨っていた。
両親から受けた暴行はとても苛烈なものだったが、それ以上にアレスは愛する家族から見放されたことに深く傷ついていたのだった。
(お父様は……お母様は……俺のことを愛してくれてなかったのか?俺がスキルを鑑定するときにはどんなスキルだろうと僕が大切な存在だということは変わらないと言っていたのに……)
王宮を追い出されたアレスが王宮のある街の中心へ向かうことなどできるはずが無く、アレスはどんどんと街から離れていった。
そこはアレスが先程までいた栄えていた街並みとは打って変わり、貧しい人々……所謂下民と呼ばれ蔑まれている人たちが暮らす場所へとやってきていた。
(痛い……寒い……ひもじい……苦しい……悲しい……、寂しい……どうして、どうしてこんなことに……)
ボロボロな体で彷徨い続けたアレスはもう心も体も限界を迎えようとしていた。
薄れゆく意識の中、アレスの頭の中にある人物の言葉が浮かび上がってきた。
『剣聖のスキルで成り上がった貴方は、スキルを失った今一体何の価値があるんでしょうね?』
「ああ、そうか……俺は……もともと何の価値もなくてゴミのように捨てられるだけの存在だったのか」
それは剣聖のスキルを奪っていった老人が最後に残した言葉。
今まで両親から愛されたり王様に認められたりしたのは自分の実力ではなく剣聖のスキルを授かったからというだけに過ぎない。
剣聖のスキルを持たない自分には何の存在意義もなかったということに気が付いてしまったのだ。
そのことを口にした途端にアレスの全身から力が抜け、何の抵抗もなくアレスは地面に倒れてしまったのだ。
人生に絶望したアレスにはもはや立ち上がる力も残されていなかった。
「君、大丈夫!?しっかりして!」
地面にうつ伏せに倒れ、生きることを諦めてしまったかのように目を閉じていたアレスの耳に、突然温かな日差しのような優しい声が届いてきた。
そして背中にそっと手が触れる感触を感じたアレスはゆっくりと目を開いたのだ。
「あ、あなたは……」
「よかった!意識はあるのね。私はあまり回復魔法は得意ではないけれど、少し待っていてね」
倒れていたアレスの目の前に居たのはいかにも優しそうな雰囲気を纏った女性。
彼女が着ていたのは修道服で、一見綺麗に見えるその服はよくみるとつぎはぎだらけでありこの周辺の地域のシスターであろうことがすぐに予想できた。
そのシスターはアレスの意識を確認すると小さな声で詠唱を始めて回復魔法を施し始めた。
彼女の言葉通りその回復魔法はお世辞にも優れたものとは言えなかったが、動けないほどの体の痛みは疲労は和らぎアレスは何とか意識がはっきりし始めたのだ。
「もう大丈夫よ。あなたは助かったのよ」
「あ……ありがとうございます……」
「それにしてもあなたはどうしてこんなにひどい怪我で倒れていたの?」
「そ、それは……」
助けてくれたシスターが何があったのかを優しく聞いてくれたのだが、アレスは自身に起こった出来事を彼女に打ち明けることが出来なかった。
先程アレスはスキルを持たない自分には何の価値もないと悟ってしまっていた。
自分を心配してこんなに優しく接してくれているシスターも自分がなんのスキルも持たないことを知れば、きっと両親や王様と同じように自分を蔑むと考えたのだ。
「………」
「………。そう、そうなのね。言葉にできないほど辛いことがあったのね。それなら話さなくても大丈夫よ」
「え?」
「そうだわ。もし行く当てがないのなら私の教会にいらっしゃい。温かい食事もあるわよ」
「ど、どうして……どうして、何者かも分からない俺なんかに、そんなに優しくしてくれるんですか?」
「どうしてって?ふふっ、そんなの決まっているじゃない」
なにも事情を話そうとしない自分に救いの手を差し伸べてくれるシスターの優しさに、すべてから見放されたと思い傷ついていたアレスは涙を浮かべながらその理由を聞いてみた。
するとシスターは優しく微笑み、震えるアレスをそっと抱きしめてこういったのだ。
「困っている人がいたら誰であっても手を差し伸べる。当たり前のことですから」
「っ!」
シスターのその優しさはまさに無償の愛。
そんなシスターの優しさに包まれたアレスは思わず彼女の腕の中で泣きじゃくってしまったのだった。
「シスターおかえり!!……って、誰その子?」
「ぎゃははっ!シスターがまた誰か拾ってきた!」
シスターの腕でひとしきり泣いたアレスは、その後シスターに連れられて彼女が切り盛りする教会兼孤児院にやって来ていた。
その教会があったのはアレスが倒れた貧民街よりもさらに王宮から離れた森の中。
外壁はもちろん建物の内の壁や床もボロボロで、みるからに貧しい教会の中には20人は下らない大勢の子供たちの姿があったのだ。
「ただいま皆。遅くなってごめんなさいね」
「ここは……?」
「ここはモルネ教会。私はここでシスターを務めながら、身寄りのない子供たちと一緒に暮らしているの」
「ねーねーシスター!この前シスターが直してくれた床がまた穴空いちゃったぁ!」
「シスター!今日は森でたくさん木の実が採れたよ!」
「あら、それは大変ね。あとで直しておくわ。ふふっ、いつもありがとう。それじゃあ今日はご馳走かしら?」
「ご馳走!?やったぁー!僕もうお腹ペコペコ!」
「私もー!」
「ええ、わかったわ。すぐにご飯の支度をするから少し待っていてね」
「はーい!」
教会についてすぐにアレスはシスターがどれほどここにいる子供たちに慕われているかということを知ることになった。
ここにいる子供たちは先ほどアレスがそうだったようにシスターに助けてもらったのだろう。
血のつながりもないはずなのにシスターを慕う彼らの様子はまるで本当の家族のようだ。
そんな彼らの様子を見て、血のつながった家族に捨てられたばかりのアレスは悲しさと羨ましさが混じったような感情を抱いていたのだった。
「それじゃあみんな席について。今日も私たちに自然の恵みをくださった神様に感謝をして食事を頂きましょう。いただきます」
シスターと食事当番の子供たちが手際よく食事の準備を終え、全員が並んで座るには狭い長方形の机に料理が出揃った。
机に掛けてある白いテーブルクロスはやはり至る所に縫い跡が確認できる。
そして一切れのパンに具のほとんど入っていないスープがこの教会の困窮具合をより明確に語っていた。
(今日はご馳走と聞いていたけど……いつもはこれよりも貧しい食事なのか?)
目の前に出された少量の食事に驚いたアレスが視線をあげると、他の子どもたちはとても嬉しそうに食事を味わっていた。
やはりこれでも普段よりは豪華な食事なのだろう。
貴族の家に生まれ6年間も王宮で暮らしていたアレスにはあまりに受け入れがたい事実だった。
「あなた、どうしたの?食事に全く手を付けていないけれど、お腹は空いてないの?」
「いや、あの。そうじゃなくて……」
「ああー!もしかしてこいつ、ここの教会の食事が貧相過ぎて驚いてるんだ!」
「ち、違……いや、ごめんなさい。ちょっと、そう思ってしまいました」
「そう……こちらこそごめんなさいね。こんな貧しい食事しか提供できなくて。もし足りなければ私の分も食べていいのよ」
「ダメだよシスター!」
「そうだよ!シスターはただでさえ僕たちよりご飯の量を少なくしてるのに!」
「いえ、そんな。むしろいきなりやってきた俺が食べたら皆の分が減っちゃうから、本当に食べてもいいのかって思って」
両親から愛想を尽かされてしまったアレスは他人から嫌われることを恐れていた。
シスターは自分を受け入れてくれたけど、他の子どもたちはひもじい思いをしているのに突然やってきた自分のせいで食事の取り分が減ることを恨んでいるんじゃないかと。
しかしそんなアレスの心配をよそに、他の子どもたちは笑い始めたのだった。
「あはは!何言ってるの、ここにやってきた時点で君も家族のようなものじゃない!」
「そうそう。俺たちみんなお前と同じようにシスターに連れて来て貰ったんだからさ。後からくる子に文句なんて言えないよ」
「え?みんな気にしないの?」
「当ったり前だろ。そんな事よりお前がここに来た訳を教えろよ!まあ大方スキルが外れ過ぎて親に捨てられたってのがオチだろうけど」
「コラ!とてもつらい目に遭ったばかりなんだからそんなこと言わないの!」
「えー!別に気にすることないぜ?だってここにいる全員、そうやって親に捨てられてきたんだからさ」
「そうそう。そんなの全然普通だよ。そんなことでずっと落ち込むより笑い話にしてみんなで楽しく暮らしていけばいいじゃん!」
「っ!!」
子供たちの反応に、心を閉ざしかけていたアレスは目が覚めるような衝撃を感じたのだった。
突然やってきた名前も知らない自分をすんなり受け入れてくれたことだけじゃない。
アレスは剣聖のスキルが判明してから、ずっとスキルの価値がその人間の価値だという環境で育ってきた。
優れたスキルがあれば幸せに暮らすことができ、使えないスキルを持つ者は下民として蔑まれ幸せになれないと王宮で教え込まれてきた。
しかし今アレスの目の前に広がる光景はそんな考えとは真逆のものだった。
外れスキルとして親に捨てられた彼らは、そんなことなど感じさせないほど明るく幸せに暮らしていたのだ。
スキルのない自分には何の価値もないと捨てられたアレスが、スキルの優劣ではない部分をみて繋がる絆を感じ取ったのだ。
「俺は……俺は、スキルを無くして、スキルのないお前には価値がないって捨てられたんです。でも、そんなスキルのない俺でも、家族として受け入れてもらえるんですか?」
「ええ、もちろんよ。スキルの差でその人の存在が否定されるなんてことはあってはならないもの」
「う、うぅ……ありがとう、ありがとうございます」
「そういえばまだあなたの名前を聞いていなかったわね。聞いてもいいかしら?」
「はい。俺の名前は、アレスです。皆、これからよろしくお願いします」
「アレス!よろしくな!」
「そんな事より早くご飯食べなよ!せっかくのスープが覚めちゃうよ」
「うん!」
こうしてスキルのない自分を受け入れてもらったアレスは晴れてこの教会で暮らすことになったのだ。
この時食べた食事はアレスが今まで食べて来たものとは比較にならないほど質素なものだったが、この時のアレスにはどんな豪華な食事よりも幸せなものに感じられたのだ。
――そうして月日が流れ、アレスがモルネ教会にやって来てから約7年の年月が過ぎた。
「……9997、……9998、……9999、……10000っと。よし今日の素振りは終わりだ」
教会からすぐ近くにあった森の中の開けた空間ですっかり立派な青年になったアレスは今日も日課の素振りをこなしていたのだ。
「おっ、アレス。今日もやってるな」
「ああモッブか。そっちは薬草の採集は済んだのか?」
「まあな。でも探し疲れて俺はもうくたくただよぉ」
ここでの暮らしにすっかり馴染んだアレスはこの教会で剣を用いて魔物を狩る役割をこなしていた。
確かに今のアレスは何のスキルも持たないが、その体には剣聖のスキルを使っていた頃の記憶がしっかりと残されている。
それはどんな優秀な指導者に習うよりも価値のある世界一の剣聖の経験。
アレスはその記憶に合わせて毎日たゆまぬ鍛錬を続けることで戦闘スキルを持たずとも狩りによって教会の経営を助けていたのだ。
「うーん。でもやっぱり少し寂しいなぁ」
「ん?なにがだ?」
「何がってアレス、お前もうすぐこの教会をでて王都に行っちゃうんだろ?」
「なんだよ今更。ずっと前から言ってあっただろ?俺は18歳になったらここをでてあのハズヴァルド学園に行くってな」
寂しそうな顔をするモッブにアレスは学園生活への期待を感じさせるような笑顔でそう答えた。
ハズヴァルド学園――それはアレスが暮らすこのエメルキア王国において王国軍や騎士団、そして冒険者を志す人材を育成するための学園である。
王国軍の新兵以外はこの学園を卒業しないとなることが出来ず、大勢の若者が夢や野望を胸に集まってくるのだ。
「冒険者になって成り上がればシスターや皆に毎日腹いっぱいご飯を食べさせてあげられるような大金が手に入る。そこまで行かなくても今よりは楽な暮らしをさせられるはずだよ」
「俺バカだからわかんねえけどよ。そういうのって王国軍とかの方が安定した収入が得られるんじゃねえか?」
「王国軍は王族直属の組織だ。下民の俺が成り上がれるとは思えねえ。ましてやスキルがなくて王族を追放された過去があるとなったらなおさらだ」
王国軍は王族の、騎士団は貴族がまとめている組織なのでアレスは自分には冒険者が一番適していると考えたのだ。
そして理由はそれだけではない。
(剣聖のスキルが判明してから毎日のように聞かされていた英雄ラーミア様は今で言う冒険者のようなものだったらしい。だから俺も冒険者になって各地を回りたいんだ)
アレスは王宮に居た頃英雄ラーミアの活躍をこれでもかと聞かされてきた。
世界を周り、多くの冒険をしていたラーミアに憧れたアレスは王様や両親から王国軍に入ることを期待される中で密かに冒険者を夢見ていたのだ。
「冒険者は人助けが主な仕事だ。俺たちを拾ってくれた優しいシスターのように困っている人たちを助ける。そんでもって手に入ったお金でシスターに恩返しをする」
「よっ!未来のナンバーワン冒険者!!」
「まあ、スキルがねえから現実はそんな簡単じゃないんだけどな。それじゃあシスターが心配しないうちに教会に戻ろうぜ」
薬草の採集を終えて教会に戻る途中だったモッブと共に、日課の素振りを終えたアレスは教会へと戻ることにしたのだ。
「うっ!?」
「アレス、どうした?」
しかしその時何の前触れもなくアレスの体が鈍く光り始め、アレスはうめき声をあげながらその場に蹲ってしまったのだ。
あまりの異常事態に隣にいたモッブはただただ狼狽えることしかできない。
少しするとアレスを包んでいた鈍い光は収まっていき、滝のような汗を流していたアレスは蹲ったまま黙ってしまった。
「だ、だだ、大丈夫か?とりあえずこの薬草めいっぱい食うか?」
「はぁ……はぁ……戻った……」
「戻った?いったい何が……」
「剣聖のスキルが、戻ってきた……?」
蹲ったままのアレスにモッブは恐る恐る声をかける。
アレス自身も自分の身に何が起きたのか全く理解できなかった。
しかし落ち着きを取り戻したアレスは確かな実感とともに衝撃の事実に気が付いたのだった。
失ったはずの剣聖のスキルが再びアレスの体に蘇った。
こうして剣聖のスキルを失って大きく変わったアレスの人生は、そのスキルを取り戻したことで再び大きく動き出すのだった。
私の第一作目を呼んで下さりありがとうございます!正直勝手もわからず戸惑うことばかりですが何とか続けていきたいです。
初めての作品ということでもっといろいろと語れることがあればいいと思うのですが、何も思いつかないので今回はこれで失礼させていただきます。
こんな私ですが、どうか皆さま応援よろしくお願いします!