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結婚式が婚約破棄裁判の会場となった理由

作者: パル

お読み下さりありがとうございます。


★☆お伝えしたいこと☆★

作品の内容や用語、言い回しなどにおかしな点や矛盾点が沢山あるかと思われます。

そんなときは、サラリと軽く読み流していただけると幸です。

m(´-﹏-`)m宜しくお願いいたします。


本編に続き、本編に入れられなかった詳細やその後の話が後書き欄にあります。約9000字です。


※誤字脱字報告、ありがとうございます



 教会の鐘が鳴る。

 音に驚き羽根を休めていた鳥たちが飛び立って行く自由な姿を見上げ、私は小さくため息を吐き出した。


 『リンゴーン♪……リンゴーン♪……』



 隣に立つ父様の腕に手を置く。

 それを合図にしたかのように目の前の扉が開かれる。父様が行くぞと言ってこちらを横目で見ると私は重い足取りでバージンロードを歩き始めた。



 開かれた扉の奥。神父様の前では、背筋をスラリと伸ばし金髪の長い髪を一つに束ねた新郎となる彼が純白のタキシードに身を包み私が隣に立つのを待っている。


 その清廉さを漂わせる後ろ姿に、私は今朝方の彼の姿を思い出すと苦笑いをする。


 ヴェールの下に隠された私の表情は、どう見ても今から新婦になるような幸せな表情とはかけ離れていることだろう。


 彼の後ろまで進むと父様は私から離れる。

 その後で私が彼の隣へと立つと、誓いの言葉を神父様が読み上げ始めた。


「――新郎トリスタンは、ここにいるマリアナ唯一人を妻として敬い、慈しみ、生涯愛することを誓いますか?」


 神父様の読み上げた誓いの後での問いかけに「はい。誓います」と彼は答えた後、私に視線を向け微笑んだ。


 次に、私に誓いの言葉を読上げようと神父様の視線が向けられる。すると、突然私達の後ろにある列席者の席から大きな声が発せられた。


「今の誓いの言葉の返答に、新郎となる者に真実の確認をさせていただきます」


 後ろを振り返ると、冷静な表情をこちらに向けて王妃様が立ち上がっていた。


 神父様は、誓いの言葉を遮ったのが王妃様だったからであろうか、王妃様から向けられた視線に小さくコクリと頷く。


 その後で王妃様は、近くにいた護衛騎士に目配せをする。すると、その護衛騎士は教会の奥の扉からこの場に一人の男性を招き入れた。



――スチュワード・ナイジェル・テミス様




 その中年の男性を上位貴族の間で知らない人はいないであろう。

 その人物の登場に会場内がざわめき立つ。列席者らは、顔を見合わせ首を傾げている。


 スチュワード・ナイジェル・テミス様。ナイジェル侯爵様は国王陛下の次に裁量権を持つお方だ。この国では国王陛下に代わり裁量権を与えられた唯一の貴族でもある。大帝国に渡り裁判官を習得し、テミス神の名を与えられた人物だ。


 ナイジェル侯爵様が神父様に一礼した後で神父様の右斜め前に立つと、ざわめき立った場が一瞬にして静寂に包まれた。


 列席した貴族らは、彼が法衣を纏っていることで、これからこの場で何かがある事を悟ったようだ。


 そして、国王陛下と王妃様に一礼すると、ナイジェル侯爵様は真剣な面持ちでその場に佇んだ。



「この結婚式を一時、中断させることにいたします」


 その後で、またもや声を上げたのは王妃様だった。

 もちろん、何も知らされていなかった私も王妃である伯母の突然の言動に目を見開く。 


 王妃様は、亡くなった私の母親の実姉だ。

 トリスタンは王妃様の言動の意図を私に聞きたかったのだろう。チラリと隣の私に視線を送ってきたが私の様子に知らされていなかったことが分かると王妃様へと視線を戻した。



「さて、トリスタン・バンディス。マリアナ・ノスウィックは私の姪に当たります。マリアナの亡き母親に代わり、マリアナの幸せの為にいくつか質問をさせていただきます。嘘、偽りを語らぬことを皆の前で誓いなさい」


「……は、はい。誓います」


 王妃様から向けられた視線と突然のことに戸惑いながらも、トリスタンは誓いを立てる。

 その後で、王妃様の表情が柔らかなものに変わると彼女は微笑みを見せトリスタンに問いかけた。


「トリスタン・バンディス。貴方は神父様の問いかけに、マリアナ唯一人を愛することを誓いましたね」


「はい。誓いました」


「では、いつからマリアナ唯一人を愛することを誓うと決めていましたか?正直に答えなさい」


「はい。そ、それは、マリアナとの婚約を望んだときからです」


「婚約を望んだときからだったのですね。マリアナは幸せ者ですわ」


 母親のような表情で視線を向け、片方の瞳を閉じてウインクをする。

 私は直ぐに王妃様が何やら始める気配を察知する。


 その表情を見てトリスタンは安堵したのであろう、緊張がほぐれた様子だ。多分、それは逆なのに。


 王妃である伯母の隣で座って黙認している国王陛下は顔を引きつらせて彼女を見上げている。その表情を見れば直ぐに分かると思うのだが。トリスタンは王妃様の顔しか見ていなかったらしい。


 そして王妃様は、柔らかな笑顔のまま、優しい口調で口を開く。


「では、次にダニエル・ガーヴァン。前に出て来なさい」


 その後で、王妃様はガーヴァン伯爵家令息の名を呼んだ。大きく目を見開きトリスタンがガーヴァン伯爵家の令息を探す。そして彼を視線に捉えるとトリスタンの顔色はみるみる青ざめていき血の気が無くなる。

 ダニエル・ガーヴァン様は、この場に列席していないはずの彼の同僚の名だった。


 名を呼ばれたガーヴァン様は、後方の席から立ち上がると壁伝いに前方へと歩みを進め、ナイジェル侯爵の立つ前で止まると侯爵に一礼してから王妃様へ体を向き直し一礼する。

 その場から王妃様の立つ間の右斜方向に私達二人が立っているのだが、ガーヴァン様はこちらを見ようとはしなかった。





「ガーヴァン伯爵家の令息である貴方は、王宮騎士として誰に忠誠を誓っていますか?」


「はい。国王陛下でございます」


「そして貴方は王宮騎士としての職務は、トリスタン・バンディスと同じ王弟妃の護衛騎士。昨夜から今朝方まで貴方は王弟妃の護衛に就いていた。……で、よろしかったかしら?」


「はい。その通りであります」


「貴方は、どこで護衛をしていましたか?」


「はい。私は、王弟妃殿下の私室の扉前で護衛をしておりました」


「そのとき、王弟妃の私室に入室していた人物がいたはずです。その人物の名前、入室と退室した時間を言いなさい」


「はい。トリスタン・バンディスが23時に入室し、日を跨ぎ朝方6時に退室しました」


「ダニエル・ガーヴァン。席に戻って結構です」





◆ダニエル◆


 俺は仕事で王弟妃殿下の部屋の前で護衛中だというのに、トリスタンと彼女が部屋の中で仲睦まじくイチャコラ致していると思うと腹が立っていた。


 明日は婚約者と婚姻式を挙げるというのにその前夜に他の女と居るとは……トリスタンと婚約した令嬢が不憫でならない。

 王妃様の姪だというトリスタンの婚約者は、公爵家の令嬢であるにも拘らず、長い間婚約者がいなかった。何故なら、彼女自身がそれを望んでおらずだったという。早くに母親を亡くし、傷心している娘の気持ちを汲んで公爵様も婚約を先延ばしにしていたらしい。

 腰まである金の流れるような髪に色白の肌、アーモンド型のオレンジ色の瞳を細めて微笑み『ご苦労様です』と騎士たちにも声を掛ける彼女はとても魅力的で人気のある女性だ。

 公爵家の令息でありながら、遊び呆け過ぎて親に無理矢理騎士団に入団させられたような奴と彼女が婚約を結んだと聞いたときには誰もが驚愕した。



 『そろそろ時間だ』王弟妃殿下の部屋にいるトリスタンを起こす為に扉を開けようとすると、後ろから声を掛けられ振り返る。

 居るはずない王弟殿下の登場に俺は一瞬で凍りついた。王弟殿下と一緒にいるもう一人の男は初めて見る顔だ。服装からしてこの国の人物ではないと分かる。


「妃が起きているようなので扉を開けてくれるか」


 そう王弟殿下に言われ、扉の前から妃殿下に声を掛ける。すると中から『ドン』と何かが落ちたような音がした。

 その音に、直ぐ様扉を開くように王弟殿下に言われ、俺は扉を開く。

 殿下が急いで入室すると、全裸で妃殿下が床から立ち上がるところだった。その様子にベッドから落ちたのだと察する。

 ベッドの上には、まだ全裸で寝ている俺の同僚の姿があった。心底呆れる。


「あの男は?」


 王弟殿下は厳しい表情で俺を見る。


「はい。妃殿下の護衛騎士トリスタン・バンディスでございます」


「ベットの上にて全裸で護衛とは――」


 妃殿下はこちらを驚愕の表情で見る。しかし視線の先は、王弟と俺の後ろにいる人物に向けられているようだ。


「ロシュ?……なぜ貴方がここに――」


 妃殿下がそう言うと、ロシュと呼ばれた男は踵を返し無言で扉から出て行った。


「状況を確認するため、君は護衛の仕事が終わり次第、私のところへ来るように」


 王弟殿下はそう俺に告げると先程の男の後を追った。


 俺は妃殿下を無視して、直ぐにトリスタンを起こし状況を伝える。


 焦りまくっているトリスタンを前に、俺は勤務中だと言い残すと扉前の護衛に戻った。


 王弟殿下が戻ってくる前に部屋を出ると言うトリスタンの声が室内から聞こえてくる。中から扉が開かれると下着だけ穿き騎士服を抱きかかえるようにしてトリスタンが出てきた。その後から、なぜか王弟妃殿下まで出てくると外に出るまで護衛するように言われる。しかし、妃殿下はスケスケのナイトウェアの上にガウンを羽織っているだけだ。前方からだと丸見えなので、後ろから付いて行くしかなかった。


 使用人の出入りする扉を出たところで、扉の前で待つように言われる。


 こんな女とトリスタンの為に、巻き添えを食らう羽目になるとは『ガーヴァン伯爵家はお仕舞いだな』両親と兄夫婦の顔が脳裏に浮かぶ。そして、婚約中の彼女とも破談になると思うと困惑した。


 職務の交代を終え、俺は消沈したまま隣にある王弟殿下の住む離宮へと向かった。

 執事は、俺が来ることを事前に知らされていたようで、そのまま応接間へと通される。


 昨夜の護衛時の出来事、今までの妃殿下とトリスタンの関係を王弟殿下に聞かれる。俺は嘘偽りなくそれを知る範囲で伝えた。


 応接間から退室する際に扉に手を掛けようとすると扉は先に外側から開かれた。それにより、俺の手は空を切りよろめいて倒れそうになる。しかし、扉を開いた執事によって回避することができた。彼が腕を掴んで支えてくれたのだ。

 お礼を告げながら顔を上げると、執事の後ろでは王妃様が失笑していた。


 王妃様が来たことで、俺は安堵感に包まれる。もう一度室内で話をしましょうと王妃様が閉じた扇子を室内に向けて指し、俺はソファーへ座るよう命じられた。


 その様子に王弟殿下は意味が分からず首を傾げる。俺が同席させられる事が不思議なのだろう。そして、王妃様が離宮へと来た経緯を知るまでに、彼女の笑いが終わるのを待つこととなった。




◇◇◇




「次に、リーズベルト・サンカルーナ。その場で立ち、私の問いに答えなさい」


 王妃様は次にリーズベルト王弟殿下の名を挙げた。短く整えられた金髪に透き通るアクアブルーの瞳が私を見る。その後で彼は王妃様の方へと視線をずらした。


「貴方が外交先から戻ってきたのはいつですか?」


「今朝です」


「貴方が戻って来てから王弟妃と会うまでの話をして下さい」


「私は今朝方まだ辺りが薄暗い時間帯に戻ってきました。すると妃の部屋にはすでに明かりがついていました。私は旅先から妃の知人を連れて戻って来ていたので、すでに起きているならとそのまま妃の部屋を訪問したのですが。妃の部屋には先に客人が居ました。その為、私は妃の部屋を後にしました」


「その先客は誰でしたか?」


「妃の護衛騎士トリスタン・バンディス」


「どのような状況でしたか?」


 その問いに、リーズベルト王弟殿下が私をチラリと一瞬見ると瞳を閉じる。次に瞼を上げたときには王妃様へと視線を移していた。


「私は、妃が床の上に立ち上がったところへ入室したようで、ベットの上には護衛騎士が寝ていました」


「帰国早々、大変なものを目にしたのですわね」


 


◆リーズベルト◆


 ハング国の王女だった彼女が輿入れした日、彼女に告げられたのは好きな人が自国にいるということだった。

 自国に残してきたというその相手は彼女の護衛騎士だったと、俺に泣きながらそう告げた。


「最初から君の住む場所は離れに用意してあるので、そちらを使うように」


 俺の心の中にも、すでに一人の女性が占めている。

 そのため、俺は他の女性と夫婦生活を営む気が無かった。最低な男だと自分でも分かっている。そんな俺に嫁いできた彼女も同じ様な思いをして嫁いで来たのを知ったのだ。


 同じ境遇の彼女に同情した。そして俺は彼女に提案する。

 その男性と一緒になりたいのであれば、こちらに来てもらえばいい。

 君の護衛として雇えば一緒にいられると。別の棟に住んでいるのだから内縁の夫としてになるが。条件は子を成さないことと、王弟妃殿下としての公務を全うすること。そして、最低限の節度は守ってほしいと彼女に告げた。


 最後に、明後日からの新婚旅行はどうするかと問う。本来なら王弟妃としての初の公務となるのだが、長い時間を掛け我が国へと到着したばかりで心身ともに疲弊している彼女には酷なことだろう。新婚旅行といっても、公務兼での旅行は半年間と長い期間を予定している。


 そして、行きたくないと言う彼女に、俺は護衛をつけることにした。国王陛下に、彼女の護衛騎士を王宮騎士から選出してもらえるように願い出た。


 次の日の午後、選ばれた三人の騎士が俺の元へ挨拶にやって来た。その中の一人が俺の想い人の婚約者だった。


 出発前に国王に願い出て、ハング国へも行く手配を回してもらうことにする。それは、王女と恋仲だったという騎士に会いに行くためだ。しかし、ハング国に着くと彼女と恋仲であった護衛騎士は、すでに騎士を辞めていたのだ。騎士仲間だったという人物に話をし、その元騎士と話が出来るように段取りを組んでもらうと、身元を隠し話し合いの場へと赴いた。



「彼女と過ごした王宮にいるのが耐えられず、王都の警備隊に所属しました」


 そう苦笑いをしながら話すロシュール・ブルタナという名の童顔で見目の良い容姿の青年。彼と合う前に素性を調べて見ると、なんとも真面目一筋といっていい青年だった。王女と恋仲になった経緯は分からなかったが、どう転んでも彼は彼女との関係に腹を括っていたのだろう。そんな様子が見受けられた。


「王女の護衛騎士として我が国へ来ませんか?」


 まだ彼女を想う気持ちがあるならと、俺はロシュールに提案をした。


「王弟殿下と王女は書類だけの関係で、住んでいる邸も別です。他言することは出来ませんが、内縁の夫ということになります……王弟殿下は、それでも良ければ自国に貴方を迎え入れたいと――」



 そうして王女の恋人だったというロシュールという男を連れ帰って自国へと帰路を急いだ。

 俺の隣に立って愛を誓うことがない想い人のウエディングドレス姿をひと目見るために。


 道中で身分を明かした俺を驚愕の顔で見た彼と、暗い夜道を馬に跨り移動する。


 王城の門まで来ると、門番が驚愕の顔で出迎えた。


「リ、リーズベルト王弟殿下?……馬でのご帰還とは?何事かございましたか?」


「いや、馬車は後から戻って来る。馬車内は退屈だったんだ」


 そうして、ロシュールと門を通過すると邸の前で馬を護衛に預ける。先にある、妻となったハング国の王女の住む彼女の部屋にはすでに明かりが灯されていた。


「ロシュール、彼女は起きているみたいだ。どうする?このまま行って驚かせるか?君と会えて喜ぶだろう」


「はい。彼女に早く会いたいです」


 高揚した彼を連れて、王女の元へと急いだ。

 扉の前にいる護衛の顔色が可笑しいことに気がつく。室内からした重い音に、直ぐに扉を開かせ入室する。するとそこには全裸の王女の姿が――。彼女は床から立ち上がり、その後ろにあるベッドには全裸の男が寝ていた。


 見覚えのある男の顔に、隣にいた護衛騎士に名を聞く。


「あの男は?」


「はい。護衛騎士トリスタン・バンディスでございます」


 なんと、彼は今日新郎として結婚式を挙げる男だった。


「ベッドの上にて全裸で護衛とは――」


 王女は驚愕の表情でロシュールを見る。


「ロシュ?……なぜ貴方がここに――」


 ロシュールは無言で扉から出て行く。

 彼を追うと、回廊の先で朝日が登りだす空を見上げていた。


「すまない。こんなものを見せるために貴方を連れてきたつもりではなかった」


「いいえ。これでやっと俺は前に進めます」


 隣で空をしばらく眺める。

 朝日が登ると脳裏に浮かび上がるのは、オレンジ色の愛らしい瞳をした彼女の微笑みだ。あんな男に彼女が……。


 彼の言葉に自分を重ねる。

 俺は前に進めるだろうか。


 朝日が登り空一面が明るくなると、俺は彼を朝食に誘った。


 朝食を終えると、先程の護衛騎士が就業を終えてやってきた。


 ロシュールも同席し、昨夜の様子を聞く。

 しかし、話を聞くと……王女が輿入れする道中から二人はこのような関係になっていたことを知り、俺は驚愕した。


 護衛騎士が話し終え退室しようとしたとき、扉は部屋の外側から開かれた。

 扉の先で王妃が失笑している。そして、放心している俺の対面に王妃は笑いながら腰を下ろした。




◇◇◇




「最後に。……マリアナ。貴女に聞くわ」


「……はい」


「今朝方、貴女は婚約者であるトリスタン・バンディスを見ましたね。彼は誰と何処にいたのですか?」


「王弟殿下のお造りになった庭園の薔薇のアーチ付近で、王弟妃殿下と二人でいたのを見ました」


「二人は何か言っていましたね。その内容を話して下さい」


「はい。……リーズベルト王弟殿下が帰ってくる予定が早くてビックリしていらっしゃいました。王弟妃殿下が、顔は見られていなかったと言い、知らぬ顔して結婚式に出るようにと彼に告げ、自分も平静を装い列席すると言っていました」


「その時、トリスタン・バンディスは王弟妃に何と言葉を返しましたか?」


「結婚しても、生涯私は王弟妃殿下だけを愛すると言っていました」


「王弟妃は何と答えましたか?」


「私もトリスタンを愛していますと言いました」


「それを聞いて貴女は何て思ったのかしら?……正直に言っていいわよ」


「はい。勝手に私を婚約者にしたくせにって思いました」


「悲しくありませんでしたか?」


「悲しくはありませんでした」


「そのときマリアナは誰と一緒にいましたか?」


「……王妃様です」


「そう。マリアナと一緒に私がいましたね。二人で庭園のベンチにて、王弟妃とトリスタン・バンディスの姿を見たときは驚きました」


 私と一緒にいたことを告げ終わると、王妃様は隣にいたトリスタンに視線をずらす。


 柔らかな表情でここまで話をしていた王妃様の顔がトリスタンに向けられると、瞬時に王妃陛下としての仮面を装着したような風格を纏う。


「トリスタン・バンディス。貴方は、神父様と私の問いに、マリアナ唯一人を愛することを誓いましたね。今朝、貴方が生涯の愛を囁いたのはマリアナではありませんでした」


「……ぁ…」


 顔面蒼白だった彼は立ってこの場にいることも辛そうだ。この場から立ち去りたくても足が震えて動けない。口も動かすことが出来ないくらいに震えている。


 彼は王妃様に返事をすることも出来ずに、震えながらも隣にいる私を見る。その表情から私に助けを求めているのが分かる。


 あぁ、楽にして差し上げることは簡単だ。私は迷ったが、王妃様がこのまま終わりにするつもりがないことを思うと、ここで一度私が彼に手を差し伸べることを選ばせたと理解した。いや、それだけではない。私にこの先の未来を選ばせたのだろう。


「王妃陛下に申し上げます。私からも、この場を借りてトリスタン・バンディス様にお伝えしたいことがございます」


「了承する」


「トリスタン・バンディス様。私は今を以て貴方様との婚約を破棄とさせていただくことを望みます」


 本来なら、私の発言は不敬になるのだ。

 だって、王妃様がトリスタンに問いを投げかけたのに、私がそれを遮ったのだから。

 王妃様を見ると、口の端を上げてニヤリと私に微笑んだ。正解だ。やはり、自分で決めろということだったらしい。


「婚、婚約破棄――」


 トリスタンは一言呟き、残念そうな表情を見せる一方、私の発した言葉のおかげで王妃様の問いに答える必要がなくなった。蒼白だった顔色に赤身が戻ってきたのを私は見逃さなかった。楽になったつもりでしょうが、貴方は忘れている。


 そう、スチュワード・ナイジェル・テミス様がこの場にいることを――。





◆マリアナ◆


 母を早くに亡くした私は、この国の王妃で母の姉である伯母に娘のように可愛がられて育った。

 結婚式では私を最高のレディにするのだと言い、5日間王城へ……伯母の元へと泊まることになった。


 連日続くフルエステ、食事と睡眠管理に至るまで休みなく続く体づくり。毎日磨きあげられた私のボディはピカピカだ。


 そして、今日は最終日。

 私がバンディス公爵家の一員となる日だ。


 お泊り中、毎朝伯母の早朝散歩に付き合わされていたが、それも今日で最後だ。

 そして最終日の今日は、いつもと違う方向へと連れて行かれた。


 はて?ここは?

 花が咲き乱れている素敵な庭園だ。


「少しだけ座りましょうか」


 庭園の中心だという場所まで来ると、白いアイアン製のベンチがあった。伯母の隣に腰を下ろす。


「ここは、リーズベルトが造らせた庭なのよ。彼は好きな女性がいたらしく、その女性の為に造らせた庭なのだと聞いたわ。残念なことに、完成する予定はないのですって」


 胸がチクリとする。

 

 伯母はここから見える王城を見上げながら話を続ける。


「当時は、完成するまで見せては駄目だと頑なに言っていたけれど、なんとなく貴女には見せてあげたかったの」


「……えっ?」


 私はずっと、リーズベルト王弟殿下に想いを寄せていた。私の婚約が決まったときにその想いに蓋をすることにしたのだ。


 最後に会った日の彼の言葉は、


『自分に忠実に生きているマリアナが大好きだよ。君が結婚してもそれは変わらない。幸せになってほしい』


 ――だった。

 

 彼の妹のような存在。彼の娘のような存在。彼の家族のような存在。私の位置は彼にとってそんな存在だった。

 だから……私が誰かと結婚したからといって、その存在位置は変わらない。


「伯母様、ありがとうございました」


 伯母は、未だに彼のことを想う私の気持ちに気がついていたのだろう。庭園が完成する予定がないということは、彼も心に想う方と結ばれなかったのかも知れない。


「伯母様、まだ私は結婚したくありませんでした」


 そう言って、最後に本心を伯母に伝えると、私も伯母と一緒に王城を見上げる。静かな朝に気持ちが洗い流されるようだ。


 すると、どこからか声が聞こえてくる。私達の後方にある薔薇のアーチの先、花木の茂みの奥から声が聞こえるようだ。

 早朝だというのに言い争っている様子に私は伯母と顔を合わせると、私達は声がする方へと耳を傾けた。段々と近づいて来る声に後ろを振り返る。

 そして、花木の葉の隙間から見えた人物に驚愕した。


 薄すぎる寝間着にガウンを羽織っている彼女は肌が透けて見えている。ガウンで隠されているのは背中だけ。その隣には、腕に騎士服を抱え下着1枚で歩いている男性が――。その男性は、私の夫になる人だ。




「……どうして!リーズベルト王弟殿下は今日の夕方に戻る予定だと貴女は言っていたではないか?」


「私も、結婚式には間に合わないと執事から聞いていたのです。トリスタンに私が嘘などつくはずがないでしょう?」


「多分、貴女の相手が私だと気がつかれたはずです」


「大丈夫ですわ。顔は見られていなかったもの。だから、トリスタンはそのまま知らぬ顔で結婚式に出なさい。私も、リーズベルト様と列席することになると思うわ」


 その様子に私は唖然とした。


 確かに私達の間には愛という言葉の関係はない。しかしだ、この結婚はバンディス公爵家が望んでトリスタン様が希望したから決まったのだ。愛がない政略結婚でも節度ってものがあるだろう。


――王弟妃殿下を相手に選ぶとは···



 そう思いながらも、二人の容姿に我慢できずに小さく吹き出してしまった。


 隣で吹き出した私の顔を、伯母が横目でチラリと見る。


「あの2人、どうしましょうか?」


 通り過ぎて離れて行く2人の後ろ姿を伯母が呆れた表情で見ながら私に尋ねる。


「悔しいです。筆頭公爵家の令息からの申し出だからと、知らぬ間に勝手に婚約させられたのに。どうして彼は……こんなことができるのでしょう?彼女もそう、王女は何をしても許されるとでも?……許せない。仕返ししたい。私の今までとこれからを返してほしい」


 私が怒りでそう答えると、伯母の口は弧を描く。


「マリアナは、知らぬ顔で結婚式に出るのです」


 瞳を輝かせ悪巧みを閃いたかのようなその様子に、私は身震いがした。




◇◇◇




 次に、国王陛下が立ち上がる。

 今まで静かに傍聴していた国王陛下の姿に、列席者達は一瞬にして釘付けになる。


 国王陛下が片手を一度挙げると、王弟妃殿下に視線を向けた。


「――国を代表して嫁いできたことを思うと残念だ。祖国へと帰る準備をするように。……して、トリスタン・バンディス、そなたは王女の護衛として送り届ける役目を果たせ」


 国王陛下の言葉に王弟妃殿下は首を左右に振ると立ち上がった。


「国へ帰ることはできません。国王陛下、私を貴族牢にて幽閉として下さい。この国に嫁いで来てからのことですから、私はこの国の罰を受け入れます」


「嫁いできてから1年も経っておらず、一度も公務をしていないそなたを当国で裁くことは出来まい。祖国にて罰を受けよ」


 涙ながらにそう語る彼女に国王陛下の冷静な表情は変わらず。意見も変わらずだった。


「スチュワード・ナイジェル・テミス。この騒動に関して裁量を任せる。二国間の問題にもなる故に、裁量権をそなたに預ける」


 国王陛下の言葉に列席者の誰もがナイジェル侯爵へと視線を向ける。


「御意」


 返事をすると一歩前に出たナイジェル侯爵様は、先ず私とトリスタンに体を向けて口を開いた。


「トリスタン・バンディス公爵令息の婚姻の誓約偽証及び不貞行為により、マリアナ・ノスウィック公爵令嬢が婚約破棄の請求を申し出た事から、トリスタン・バンディス公爵令息の有責とし婚約破棄を申し渡す。家同士の婚約とし、この件でのバンディス公爵家へ監督責任の刑罰として公爵から侯爵へ降格。損害賠償責任としてはノスウィック公爵家との話し合いの末、賠償金額を後日提示することとする。トリスタン・バンディス公爵令息の王族への不敬と虚偽、ハング国への不敬としての刑罰は、ハング国へ王女を送り届けた時点で国籍剥奪とする」


 隣にいるトリスタンは、その言葉に死人のような顔で膝から崩れ落ちた。

 新郎側の列席者の席では、バンディス公爵家の全員が俯き、ナイジェル侯爵の言葉を静かに傾聴しているように見える。

 この国の筆頭公爵家であるバンディス公爵家の降格とトリスタンの平民以下への罰に、殆どの列席者が上位貴族であるこの場では内心どよめき立ったことだろう。

 


 次に、ナイジェル侯爵様は王弟殿下夫妻へと視線をずらした。

 彼の視線に王弟妃殿下は真っ青な顔色になりながらも彼を睨み、王女としての威厳を見せたいようだ。

 侯爵様は、そんな彼女を冷静な表情のまま見据え、一瞬鼻で往なすかのような仕草をするが彼を叱咤できる者は誰一人としていない。


「リーズベルト・サンカルーナ、サンカルーナ国王弟殿下と元ハング国王女殿下の婚姻の解消を申し渡す。二カ国間を協力国とする目的となった婚姻に対し、ハング国の監督責任を挙げると同時に、サンカルーナ国への不敬、婚姻者への不貞をハング国の有責とし刑罰及び賠償金額の請求をサンカルーナ国側の提示にてハング国との和解に応じることとする」



 ナイジェル侯爵様の口から発せられる裁決の言葉に、当たり前だとでも言うかのように口に弧を描きながら王妃様は何度も小さく頷いて聞いていた。


 



◆王妃(伯母)◆


 マリアナと朝の散歩を終え私室に戻ると、私は直ぐに筆をとり、至急書面を届けるように執事と侍女頭の2人を急かす。この2人であれば、ナイジェル侯爵家の門を直ぐに通過出来るだろう。

 二人は私のニヤケ顔にヒュッと息を呑む。その後でコクリと頷くと、直ぐに城を後にした。


 朝食を済ませると王城内にあるリーズベルトの住む離れまで移動する。

 来客中だと執事から聞かされたが、勘の働く彼は来客が居るにもかかわらずに私を応接間へと導いた。


 執事が扉を開くと、護衛騎士として王弟妃に付けていた間者がよろめく。執事の助けにより倒れずにすんだ間者に、この後の同席を命じた。


「ダニエルは、私の間者ですの」


 そう言うと、リーズベルトは大きく目を見開く。その姿に吹き出す心境を抑え、私は言葉を続ける。


「リーズベルト、そちらの方を紹介して下さいますか?」


 ハング国からリーズベルトが連れてきたロシュール・ブルタナという名の男は、私がこの国の王妃だと知ると顔色を真っ青にして騎士の礼を執り続けた。

 リーズベルトに彼を連れてきた経緯を尋ねると、なんとなく想像していた通りの内容に私は顔を歪めた。しかし、リーズベルトが連れてきただけあり、彼の身元もきちんとしたものだ。


 だが、予想外の彼の登場に頭を捻る。


「ダニエル・ガーヴァン、報告を――」


 その後でダニエルから昨夜の報告を確認する。リーズベルトの住む離宮以外の目撃者を問うと、王城庭内の夜間護衛に就業中だったという何人かの騎士の名が挙げられた。


「毎回のことですが……あからさまに逢瀬を重ねるとは……」


 リーズベルトが私とダニエルの話す内容に首を傾げると不思議そうな表情で口を開く。


「王妃様は、いつからダニエル・ガーヴァンを間者としていたのでしょうか?」


――聞くことはそちら?



 婚姻相手の色恋事には関心がないようだ。


「……王女が我が国へと嫁いで来た日から離宮の騎士に任命し、貴方が1人で外交に行くと言い王女につける護衛を陛下と私に頼みにきたでしょう?」



 ハング国の王女を国に迎える前に、王女の身辺を調べ上げると素行の悪さが浮き彫りとなった。王女は数名の男性と体の関係を持っていたのだ。

 それを知った陛下は協力国としてハング国を選んだことを悔やみ、協定を解除しようとした。年の離れた弟を可愛がっていた陛下は、リーズベルトにそんな女を充てがうつもりはなかったと頭を抱えたが、私は逆に喜んだ。


 そんな陛下に提案をする。

 私は、素知らぬ顔でそんな女を差し出してくるハング国を協力国ではなく属国にするという計画を立てたのだ。それでなくてもハング国には融資までしているというのに、なめられたものである。


 そのまま王女を受け入れるだけでハング国を属国に出来る策を陛下に進言する。それと同時に私は陛下におねだりをした。『成功したら、リーズベルトを私に下さいますか?』そう言った私に陛下は時が止まったかのような表情を見せた。何を思ったのであろうその表情に私は呆れ顔で『次の婚姻では個人の意見を尊重する自由を授けたいのです』と付け加える。

 対面に座っていた陛下はすくっと立ち上がり私の隣へ腰を下ろすと、私の腰を引き寄せる。瞳を潤ませ私の顔を覗き込むと彼は自らの判断で組んだ縁談を反省しているためか、二つ返事で了承した。



 私は、王女が我が国の国境を跨いだ瞬間からトリスタン・バンディスを彼女の護衛に付けた。

 マリアナの婚姻相手が決まった事を知ったとき、素性を調べ上げていた『借金が多く金持ちの女性に目を付けて男娼紛いの行いをしている彼は、見目は良く、口説き上手、狙った獲物は絶対落とす』ダニエルから以前聞いていた情報だ。トリスタンの女癖が悪いことを知っていた私は、国境から我が国の騎士らが王女を城まで連れてくる10日間の道のりを最長20日の予定に伸ばすことにした。6人の護衛騎士の中で見目がいいのはトリスタンだけだ。さぁ、どうなることやら?


 王城に付いた王女一行を見ると、どうも思惑が成功したようだ。

 その後は、ダニエルを使いトリスタンに色々な知恵を伝授するだけでよかった。

 もし、王女がリーズベルトとの初夜を迎えようとしたときには、彼に急遽王弟としての公務を命じるだけ。新婚旅行という名の外交に付いて行くと言うならば、しばらく具合を悪くさせるだけ。


 そして昨夜。ダニエルが王弟妃の護衛に向かう前。彼にトリスタンを誘惑する言葉を告げさせる。『妃殿下は、お前の結婚祝いに高価な物を用意しているみたいだぞ。明日からしばらく会えなくなるのが淋しいと、今夜は一緒にいたいと言っていらっしゃった』と言うように命じた。


 私はマリアナをわざとリーズベルトの離宮庭園へと連れ出した。離宮の使用人の出入り口がよく見える場所を選び、近くにあるベンチを事前に移動しておいたのだ。

 王女とトリスタンが出てくる時間が遅い。私は慌てた。しばらくマリアナと話をしながら時間を潰す。声が聞こえ、やっと出てきた2人を視界に捉えることができた。しかし、ダニエル……やり過ぎでしょう!あんな淫らな格好をマリアナの視界に入れる予定はなかったわよ!そう思うも、無事にこの場を迎えられたことを安堵し、マリアナを連れてその場を去った。


 全ては整った。そう思ったところにロシュールが現れた。


 リーズベルトが早く帰国したところで、私の計画は変わらない。しかし、このロシュールという青年がどうでるかでこの計画が水の泡となる。ハング国と敵対関係になることをどうにか避けなければ。私は彼をチラリと見ると、ひとつため息を吐いた。


 その様子にロシュールが挙手をする。私が声をかけると彼は申し訳なさそうに口を開く。


「リーズベルト様に連れて来ていただいたのにもかかわらず申し訳ありません。私は王女との未来を断つことにいたしました。……王女と今後関わることを望みませんし、国には二度と帰りたくないです――」


 仔犬の様な仕草と口を尖らせるような可愛らしい表情でそう言う彼は、どうも私が王女を連れて国へ帰るように命じるとでも思ったのだろう。真面目か――。そんな事をさせられるか――。


 彼の言葉が真面目過ぎて、私は笑みが溢れた。


「フフッ、貴方も大変な目に遭いましたね。急ですが、貴方には私が示す中からこの先を選んで頂きますわ」


 1つ目は、王弟が連れ帰ってきたことで王弟の下で働くこと。2つ目は、今の内容を知ったことで私の下で働くこと。3つ目は、私の姪が婚約を解消することになるため、姪が頷けばだが婿となること。その3つをロシュールに提示する。


 リーズベルトは最後の私の言葉に顔面蒼白だ。しかし、そんな顔をされたとしても自分の気持ちに気がつくのが遅かったのが悪い。さぁ、またしても他の男にマリアナが掻っ攫われるのを指を咥えて見ているつもりだろうか?


 私はマリアナが不幸に進むのを阻止しただけ。今度こそは彼女が自ら幸せになれる道を選んでほしい。




◇◇◇




 元王弟妃殿下と元婚約者のトリスタンが騎士たちに拘束されて教会を去った。


 そして、中断された結婚式も無事に?終わると、列席者たちは国王陛下の元へと集い始める。


 伯母は、ナイジェル侯爵を連れてノスウィック公爵である私の父親の前まで行くと説教をし始めた。


「だから、言ったでしょう?あんなボンクラ令息に私のマリアナを嫁がせるなんて許さないって!」


「決まった後では、こちらから解消が出来なかったんだ」


「今、婚約破棄出来たじゃない!する気が無かったの間違いではなくて?」


「こんなやり方を思いつくわけがないだろう!」


 このやり取り、実は日常茶飯事。伯母は母様の姉様でもあり、父様とは幼馴染みという間柄だ。ちなみに国王陛下も幼馴染みの一人。


「スチュワード・ナイジェル・テミス。王妃としての命を下します。ノスウィック公爵に刑罰を言い渡しなさい」


「ハハッ!では、昔ながらのコチョコチョの刑と処す!」


 とても楽しそうなその光景に、久しぶりにお腹の中から私は笑い転げる。

 その後で伯母から聞かされたのは、ナイジェル侯爵様も幼馴染みだということだった。




 教会の扉から出ると、涼し気な風が優しく頬を撫でる。大きく息を吸い込み、新鮮な空気を体内に取り入れると強張っていた体の緊張が緩む。


 そして私は当初の計画通り先の人生へと進むため、教会裏に待機させておいた馬車へと向かう。御者は不平そうな顔をしながらも私が馬車へ乗り込むと教会の裏門から続く道へゆっくり馬を走らせ始めた。


           本編 〜fin〜



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本編に続き、本編に入れられなかった(けど、入れたかった)詳細やその後の話。

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本編が『甘ったるい恋愛小説に変わってもいいよ』と思って下さる方は、おまけ小説へ突入して下さると嬉しいです。約9000字です。

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おまけ小説……4話

本編では入れられなかった恋物語

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◆◇あきらめた恋心〜マリアナ◇◆


「この部屋ともお別れね……長い間、ありがとう」


 王城にある客室の一つに、私が泊まるときにあてがわれていた部屋がある。

 この部屋は、初めて彼と会った場所。


 それは母の葬儀の2日後のこと。

 母のいなくなった公爵家で、泣きじゃくる私に伯母が短い期間、気分転換にと王城へと連れてきてくれたとき。

 日中は、伯母の子供である三人の王子と遊び気分も晴れたが、夜になり一人になると涙が止まらなかった。


 その夜、扉から現れた彼は幼い私に絵本とぬいぐるみを持ってここへ訪れた。手に持つプレゼントより、眉を下げ柔らかな声音で話しかける彼の優しさが嬉しかった。私の頭を撫でながら、物語を語る彼に私は安堵し彼の声音を聞きながら眠りについた。

 それからは、ここに泊まるときには毎晩のように彼がやってきて色々な話をし、眠る前には物語を語ってくれた。




 心と体が成長するに連れ、私の想いにも変化が現れる。

 初めての夜会。デビュタントを迎えた私のファーストダンスを踊ってくれた後で私は彼に恋していることに気がついた。


 私と踊り終わると、彼の回りには沢山の大人の女性が集まりダンスの申込みを待ち構え色目を向けている。

 そして彼は、数名の綺麗に着飾った女性とダンスを楽しんでいた。


 触らないで、見ないで、微笑まないで……私以外の人に――。そんな、気持ちが私を襲う。初めての嫉妬だった。


 嫉妬に狂いそうになる自分が嫌で、デビュタントの夜会以降、私は全ての催しを欠席した。更に、王城へも行かなくなり家に籠もるようになった。


 私なりに分かっていたのだ。年の差からしてもそう、身分にしてもそう、容姿にしてもそう、私は釣り合わない。妹のようにしか見られていない。




 学院の卒業を前に、久しぶりに王城へと行く。伯母に卒業祝いを渡したいと言われたためだ。


 王城の門をくぐり久しぶりの光景に心臓が跳ねる。途中で馬車から降りると私は散歩を楽しみながら王城へと向かう。

 すると王宮騎士達が前からやって来た。護衛も無しに1人歩いている私のことが気になるのだろう。騎士の方々が王城の扉まで付いて歩いてくれることになった。

 彼らの楽しい話に笑いが絶えず、あっという間に王城へと着いた。騎士達が1人1人私の手を取りながら別れの挨拶をして去って行く。その後で、王城の扉を開けてもらい伯母の私室へと足を運ぶ。

 その途中、突然何者かに体を後へと引き寄せられた。

 気がつくと、そこは応接間だった。中に引き入れられたらしく私が振り返ると、そこには眉間にしわを寄せる彼の姿があった。


「……ぁ……リ、リーズベルト様」


 一礼するが、視線を合わせる勇気はない。俯いたままで彼の言葉を待つ。


「デビュタントの日を堺に私を避けていたのか?いつも見ていたそなたの姿が見えなくなって、2年間という月日が流れた。私はマリアナに何か嫌なことでもしてしまったのだろうか?」


 彼の声音に心臓が早鐘を打つ。


「……いいえ。王弟殿下に何かをされたことなどございません」


「王弟殿下か。なぜ呼び名を変える?リーズベルトとは呼んでくれぬのか?……何が、君を変えてしまった?」


「申し訳ございません」


「謝るな。そんな顔をさせたい訳ではなかった。先ほど、騎士たちと笑っていたように、私もマリアナに微笑んで欲しかっただけだ」


「騎士達に、あんなに仲良さ気に笑顔を振りまくなんて、嫉妬してしまったよ」


「……え?」


 顔を上げると、冗談だと言わんばかりの彼の表情に私は勘違いをしたことを恥じる。


 一瞬で全身が真っ赤になるのが分かった。それと同時に、現実が突き刺す。悲しみが溢れ出ると涙が頬をつたう。それを彼が驚きの表情で見る。


 私は、急いでその場から逃げるようにして伯母の待つ王妃の私室へと向かう。


 伯母が、私が入室した様子が可笑しいと思ったのだろう。直ぐにメイドを退室させる。


 伯母は私の背中を擦りながら何があったのかを聞いてきた。ずっと耐えていた想いが、彼を見ただけで気持ちが揺らぐ。私は彼への想いに蓋をしようとしていたが、優しい伯母の前に気持ちを吐き出してしまった。


「こんな姿を晒してしまい。ごめんなさい。学院を卒業するまでは、誰とも婚約したくないと父様に話していたのですが、時間はあっという間に過ぎ去りました。そろそろ潮時です。この想いに蓋をして、卒業してからは公爵家の令嬢として気持ちを切り替えますわ」


 その3日後、私が学院から帰宅すると邸には来客があったようで、執事に応接間へと移動を急かされる。


「父様、マリアナです。只今学院から戻りました」


 私は、首を傾げた。

 応接間のソファーから立ち上がり、私の立つ扉の前まできたのは、トリスタン・バンディス。バンディス公爵家令息の次男だ。


 彼は私の手を取ると、唇を落としてから微笑んだ。


「マリアナ様。今日から貴女の婚約者となりましたトリスタン・バンディスと申します」


「こ、婚約者……ですか?えっ?今日からとは?」


「マリアナ。トリスタン君が、マリアナと婚約したいと言ってくれていてね。もう、学院も卒業することだしね」


――父様は、何を言っているの?



「私も貴女をマリアナとお呼びする事をお許し下さい。……マリアナ、突然で驚いたかな?お父様は、学院を卒業してからと考えていたんだ。しかし、学院の卒業パーティーは婚約者を同伴するだろう?だから、少しだけ婚約を早めたんだ。私がしっかりエスコートさせていただくよ」


――何を勝手に決めてるの?





 それから一月後、トリスタンから贈られたドレスに身を包み卒業パーティーへと彼のエスコートで会場入りをした。


 2大公爵家の婚約に、皆から注目を浴びる中で私は張り付けた笑顔で対応する。

 誰もが私の容姿とドレスを褒め称えるが、嬉しくも何ともない。沢山の宝石が散りばめられたエメラルドグリーンのドレスは、曲線を露わにするような色めいたドレスだ。こんなドレスを卒業式に着ることになるなんて。


 会場の扉の前では、伯母が私の事を呼んでいるようだ。しかし、私は気づかないふりをする。だって、伯母の後ろには会いたくなかった彼の姿が見えたから。こんな格好を見られたくない。


 トリスタンは、私が何も言わないことをいいことに、ベタベタ触ってくる。腰に回された腕が気持ち悪い。早くこの場から離れたい。早く帰りたい。早くドレスを脱ぎ捨てたい。


 私の顔色が優れないようだと、友人たちが心配してくれたのをいいことに、私は具合が良くないとトリスタンに告げる。そして、卒業パーティーのダンスが始まる前に頃合いを見計らってその場を後にした。


 卒業パーティーの日から数日後のこと。急な伯母の来邸に我が家の使用人らはパニックになった。伯母は、お忍びで突然やって来たのだ。


「マリアナ。急な婚約をされたと聞きました。卒業パーティーで貴女の顔を遠くから拝見しましたが……何があったのですか?」


「……卒業パーティーの一月前に学院から邸へ戻ると、すでに婚約の手続きを済ませたと言う婚約者が私の帰りを待っていたのです」


 いくら王妃である伯母でも、家同士の決め事には口を挟むことは出来ない。それでも私を案じて邸まで来てくれたことが嬉しい。王妃自ら、こんな形で王城を出てくるのは大変な事だっただろう。


「伯母様。会いに来てくれてありがとう。結婚式は1年後なのですって……」


「マリアナ。二度と聞かないから一度だけ聞いてもいいかしら?」


「何度でも聞いていいですわ」


「リーズベルトへの貴女の想いのことよ。まだ、心の中には彼がいるのでしょう?」


「初めての恋心でした。母を亡くしてから、ずっと可愛がってくれた王弟殿下をいつの間にか私は男性として見ていたのです。でも、もういいのです」


 デビュタントの夜会で自分の想いに気づいたが、私の婚約が決まる直前に彼と会い、彼の行動で私に向けられた優しさは家族のような気持ちだと理解した。


「彼の隣りに立つことが出来ないのなら、誰と結婚しても同じだと当初は思いましたが。今は違います。私は私なりに生きて行きますわ」


「そう。でも私は、涙を流しながら笑顔を作り、そう自分に言い聞かせている貴女を見ると心が痛いわ。……こんなとき、妹が生きていれば、貴女に何て言葉をかけたのかしら」



 伯母が帰ったその後から、私は気持ちを切り替える努力をすることにした。

 邸に籠もっていても、ウジウジするだけだ。

 そうして、毎日に予定を組み込む。予定など何でもよかった。湖へ遊びに行く。孤児院へボランティアへ行く。王都に買い物へ行く。図書館へ行く。


 そうして毎日を過ごしていると、色々な人達と出会い、色々な情報を得られ、色々な気持ちを持てるようになっていく。


 そんな中、私の夫となるトリスタンの事も何度か耳にする。話を聞くたびに嫌な気持ちが膨らむのだ。


『毎夜連れて歩いている女性が違う』とか

『宝石店でプレゼントをねだってた』とか

『騎士の仕事時間に毎回遅れてくる』とか


 良い話を1つも聞いたことがない。


 こんな相手と結婚するだなんて。

 私は新たな考えを思い描くようになった。


 白い結婚ならば2年間で離婚が成立する……となると、夜は邸に居るわけにはいかないから夜間の仕事を……無理ね。私には出来ないわ。うーん。そうよ!毎晩私が居なくても……ではなくて、私が公爵家に居なければいい。


 そう思うと私は行動が早かった。

 トリスタンから贈られた物、大事な物以外を売って資金を作ることにした。執事に商人を3名ほど呼んでもらう。


「結婚前に、嫁ぎ先へと持って行けない物を整理したいのです」


 そう言うと、父様は世間体を気にしたが、幸い母を亡くしてから幼少期からの私のドレスや靴などは全て別室に保管されている。その量は3つの部屋を占拠しているのだ。その量を父様がどうにか出来るのですか?と問い詰める。どうにも出来ない父様は、渋々私に処理を任せるしかなかった。

 商人達を呼ぶと、量が多過ぎて2日間にかけて算盤を弾くことになった。そして、思っても見なかった金額になったことで私は驚愕した。こんな大金どうしたらいいの?

 怖くなった私は、次に執事に銀行を呼ぶように伝える。


「私が持って移動出来る金額じゃないの」


 金貨の山と手形を見て、銀行からやって来た職員も一度帰って護衛を連れてくるほどだった。


 その後で、私は住む場所を借りることにした。以前遊びに訪れた観光地の商店街。店舗の3階と4階を借りるために3ヶ月間の家賃を前払いする。


「2ヶ月後から住む予定なのですわ。なので、先に少しづつ荷物を入れてもいいでしょうか?」

 

 この建物の1階にあるお花屋さんが2階に住んでいる。母一人に子供二人だ。荷物を運び入れる際に何度かご挨拶へと伺ったのだが、面倒見の良さそうなママさんと可愛らしいお子さん達だった。

 最後に、借りた部屋にベットと服を運び入れる。これでいつでも入居できる。食べ物は露店で買えばいい。


 後は商会に紹介してもらった裏商会の人が、私の新しい名前を売ってくれるのを待つだけ。他国の下位貴族の名前をお願いしてある。

 本当は、他国籍なら何でも良かったのだが、裏商会の人に、貴族令嬢が何か出来るのかと聞かれ、何も出来ないならば貴族になるしかないと言われたからだ。

 そして、それは結婚を意味していた。始めに平民に、そして新男爵の養女となって貴族へと嫁げばこの国での私の行方がまずバレることはないらしい。年老いた先の短い貴族にお金で書類上の妻にしてもらうだけ。


 私が帰宅するとウエディングドレスが応接間に届けられていた。

 このウエディングドレスは伯母が贈ってくれたものだ。卒業式の私の姿を見た伯母が、ウエディングドレスだけはバンディス公爵家に任せられないと言って。


 シンプルで素敵なドレスだ。


 一緒に贈られてきた装飾品に私は目を見開く。アクアブルーの色の石だ。『ホワイトサファイヤ?』トリスタンの瞳の色はエメラルドだ。


――伯母様ったら……まぁ、いいか。



 そうして結婚式の6日前、私はドレスを持って伯母のところへやって来た。ここを後にする日が、私の結婚式の日だ。




 式が終わると私は一度邸に戻った。もう戻ることもないと思っていたのだが。入浴を済ませ街娘風に着替え終わると、伯母に向けて筆をとる。探さないで欲しいこととお礼の文章をしたためた。それを執事に直ぐに届けるように伝え、当初の予定通りに公爵邸の家紋の付いていない馬車で王都の辻馬車乗り場へと向かう。


 今頃、王城では急遽決まった晩餐会が始まる頃だろ。馬車に揺られ5時間。途中露店で夕食を買ってきて正解だ。借家に着いたのは21時前。私は階段を登り扉を開くと今夜からお世話になる部屋に灯りをつけた。


 馬車の中でも何度か寝て来たが、食事を済ませると眠気が襲う。歯を磨き顔を洗ってベットサイドのランプをつけると部屋の灯りを消した。




◆◇あきらめた恋心〜リーズベルト◇◆


 俺は、マリアナより9歳年上だ。

 彼女の母親の葬儀後、傷心にくれていた彼女を伯母である王妃が王城へと連れてきた。


 何度も王城へ遊びに来ていたマリアナに俺が会った初めての日だ。窓の外を見ると、長い髪が邪魔だと言いながら、3人の王子たちと一緒になって庭園で遊んでいる姿はとても愛らしかった。


 その日、遅い夕食を終えて私室へと向かって歩いてるとマリアナに用意された部屋の前で泣き声が聞こえてきた。急いで私室に戻り、以前母上から貰ったぬいぐるみを持つと彼女の部屋を訪れる。

 扉を開くと泣いている彼女の姿があった。彼女をフワリと膝の上に乗せると、彼女が淋しくないように話し続ける。すると彼女はウトウトと船を漕ぎ出した。

 次の日の夜も、彼女の様子を確かめに訪れる。そして、それは彼女が公爵家に帰る日まで続けることになった。




 月日は流れ、マリアナはデビュタントを迎える年齢になる。


「リーズベルト様!私のデビュタントでは必ず一緒に踊って下さいね!約束よ!」


 可愛いマリアナの事を妹のように思っていた俺は、マリアナのデビュタントで踊る約束をした。

 一緒に踊り終わると、貴族達が押し寄せてくる。まだ婚約者が決まって居ない俺の隣に収まりたいという令嬢達だ。少しの間離れてしまったが、マリアナを探す。しかし、何処にも見当たらない。

 ノスウィック公爵の姿も見えず近くにいた宰相に声をかけると、二人は既に帰ったということを知らされた。



「マリアナが遊びに来なくなった」


 王子達が食事の席で呟いた。


――マリアナが王城へ来なくなった?



「デビュタントも済ませたのですから、彼女は婚約者を決める年齢になったのです。前のようには来なくなっても、たまに顔を見せに来るわよ」


 王妃が王子達にそう答える。


ーー婚約者……彼女はそんなにも成長していたのか



 マリアナが王城へとやって来たと、王子から話を聞くが全く俺は彼女の姿を見ることがない。最初の内は、たまたま会わないだけかと思った。しかし、日を追うごとに彼女の姿を探す自分がいた。どうして会えないのか?


 王家主催の催し事の度に彼女を探す。でも、マリアナの姿はいつも無かった。後からノスウィック公爵に聞くと、全ての催しに参加していないと言われる。


 そんなある日。

 城に向かって騎士達と歩いてくるマリアナの姿を窓から確認する。約2年間会わなかっただけで大人になっている彼女の美しい姿に目が奪われた。それと同時に、俺だけが彼女を心配している年月だったのかと、騎士らと笑い合う姿に苛立った。


 その苛立ちに、彼女を妹ではなく娘のように思っていたのかと思った。

 マリアナが何処かに行く前に掴まえなければならないと気が急く。

 彼女を見つけると同時に腕を引いた。責め立てるつもりも、泣かせるつもりもなかった。ただ、久しぶりに会えた彼女の姿が嬉しかっただけだったのに、苛立った感情が口に出てしまった。



 その後、日を待たずに学院卒業パーティーがあった。彼女に謝罪しようと思い、卒業祝いの品を片手に会場前で王族たちの輪の中で待っていた。


 視界にマリアナを捉える。しかし、彼女をエスコートしているのは……?


 無理に笑顔を作ったような表情で、王妃が私に言う。


「トリスタン・バンディスはマリアナの婚約者です」


「……婚約…者」


「そうです。彼がマリアナの夫になる男性ですわ」


「夫――」


 頭が真っ白になる。しかし、マリアナと一緒にいるトリスタン・バンディスを見て、俺は彼を殺したいほどの衝動にかられた。


 俺はそれまで気が付かなかった。マリアナが他の男に嫁ぐということに。


 そして、初めて自分の気持ちに気がついた。マリアナに恋していたことに。気がついたときにには既に遅かった。

 マリアナは、掴むことが出来ない位置まで遠くに行ってしまったのだ。


 傷心していた矢先に突然の俺の婚姻話が舞い降りた。婚約ではなく、婚姻だ。話はトントンと進み、日を置かず協力国の同盟と同じ日に内々の結婚が成された。


 妻となった王女が嫁いで来た日。

 彼女は好きな男性が自国にいると言った。どうも、想い合っているその男と別れてきたようだ。


 俺はそう話す王女に提案した。子を成さないことが条件になるが、内縁の夫としてその男性と一緒にここで暮らすことを。

 喜んで首を縦に振る彼女には後ろめたいが、元々俺は他の女性と夫婦生活を営む気が無かったため、内心王女の方から俺を拒絶してくれて有り難い。


 このときは、マリアナへの想いを忘れることは出来そうにないだけあって、今後は国のためだけに生きようと思った。


 しかし、自分のことは何とも思わなくても、マリアナが結婚となると話は違った。俺の想いが報われなくとも、マリアナが他の男のものになるのは嫌だった。外交中、国を離れていても彼女のことが頭から離れない。マリアナに会いたい。マリアナに触れたい。


 俺が国へ戻ってきた日。

 今から愛しいマリアナは、他の男の元へ嫁ぐ。


 教会の扉が開かれると、ウエディングドレス姿の美しい彼女が新郎になる男の元へと歩み始めた。彼女への想いに、そろそろ蓋をしなければならないとそう思っていた。




◆◇あきらめきれなかった恋心

       〜リーズベルト◇◆


 王妃が全力を挙げて証拠を固めた結婚式中での断罪。


 早朝からの目まぐるしい出来事に、式が終わった後はちょっとした放心状態となっていた。

 皆に挨拶を済ませると、マリアナは既に教会から姿を消していた。

 王城から式場へと向かったことを知っていたので王城へと戻って見るが、マリアナは居ない。急いでノスウィック公爵邸へと行けば彼女は邸から馬車に乗って出掛けたと言われる。


 馬車が戻って来るまで待っているとマリアナを王都に置いてきたと御者が言う。彼女を置いてきたという辻馬車乗り場まで行き、出発記録を見る。「あった。これだ」まさかの遠出だった。


 急いで馬車を走らせ後を追う。マリアナの乗った馬車を見つけたのは、3つ先の街の入口付近だった。安堵したときには辺りはすでに暗かったが、月明かりに照らされながら窓の外を見つめるマリアナの美しく儚いような表情が視界に写ったのだ。


 馬車が停車してマリアナが建物の階段を登り出すと、俺はまた彼女を失う気持ちになった。

 なぜ先に馬車を停めて彼女を連れ去らなかったのだろうかと悔やむ。扉を開いて入室した場所に、男がいるかも知れないと思った。

 そう考えている内に部屋の明かりが消える。その瞬間、マリアナへの想いが爆発した。


 馬車を飛び出して階段を登る。

 二度と他の男に渡すなんて真っ平ごめんだ。

 扉の前で、耳を澄ませば何の音も聞こえない。そして、一度深呼吸をして扉を叩いた。




◆◇あきらめきれなかった恋心

         〜マリアナ◇◆


 ベットに入ると月明かりが私を照らす。明日はカーテンを買ってこないと、そう思いながらウトウトし始めたところで玄関の扉が叩かれた。


 下の階に挨拶するのを忘れたわ。そう思って、下の階のお花屋さんが様子を見に来てくれたのかと扉を開く。


「お花屋さん?こちらに来た時間が遅くなってしまって、挨拶に行けなくて申し訳あり…ませ…ん……」


 お花屋さんに謝りながら扉を開くと、目の前には綺羅びやかな正装姿のままのリーズベルト様が月明かりに照らされ立っていた。


「リーズベ……王弟殿下。な、なぜここに?」


「声が外に漏れる。中に入れてくれるか?」


 本来なら入室を受け入れるなんてあり得ない。しかし、彼は王族の衣装を纏い目立ち過ぎる。


「……はい」


「ここは?……マリアナはここで何を?」


 そう聞かれ一瞬言葉を飲む。しかし、見られた以上仕方がない。鋭いリーズベルト様の視線に私は眉を下げて観念する。


「ここは、私の部屋です」


「部屋?」


「はい。今日は予定が狂いましたが、どちらにせよ式が終わったらここに来る予定でした。しばらくの間、私がここにいることは誰にも言わないで下さい」


「直ぐに見つかるぞ」


「変装しますから。明日髪を切りに行くので、その時に髪色も変えてきます」


「髪を切る?」


「はい。短髪にしようかと。それに、この髪色では目立ちますし平民に見えるようにするつもりです。少しの間だけでいいのです。直ぐに場所を移すので黙っていて下さいますか」


「どこに行くと?」


「今は分かりません。明後日、私の新しい名前が出来ることになっているのです。その名前で行く国が決まる予定です。ですので、4日……いえ、3日間だけでいいのです。リーズベルト様、一生のお願いです」


「こんなときに名を呼ぶなど……」


 そう言って、彼は私から視線をそらす。


「申し訳ありません。次の機会があれば、何処かの国でまたお会い出来るかも知れません。その……ときは……ん…」


 腕を掴まれると、もう片方の手が私の腰を引き寄せる。彼の体に私の体が付くと同時に、彼の手が掴んだ腕を離すと私の顎を持ち上げた。

 

 気がついたときには、彼はすでに私に唇を重ね、私を溶かし始めていた。


 長い口づけが終わると、息を切らしながら彼は私の額に自分の額を付け口を開く。


「行かせない。どこにも――」


 そう言った彼の頬には、月明かりに光るアクアブルーの瞳から一筋の涙が流れ落ちる。


 そのまま、また唇を重ねられる。貪るような口づけに、私は何も考えられず彼の首にしがみつく。

 気づけば、彼は上着を床に落とし、私の着ていたワンピースは肩からスルリとズレて床へと落ちていった。




 朝日が眩しくて瞼を持ち上げると、隣で寝ている彼の近すぎる顔に私は大きく目を見開く。

 昨夜の出来事が夢のように思えるが、目の前にある彼の目鼻立ちのよい顔が現実だったと語ってくれる。


 床を見れば、2人の衣服はそのまま放置されていて、何も着ていないことに気がつくと私は静かにベットから下りて下着とワンピースに手を伸ばす。


「マリアナ」


 名を呼ばれ振り返ると、彼は上半身を起こしこちらを見ている。


「リ、リーズベルト様!……み、見ないで下さい」


「いやだ。昨夜も、たくさん見たよ。見たいんだ。そのままで、こちらへおいで――」


 そう言われ手で隠しながらベットに戻る。

 彼の腕に抱えられるようにして、体をピタリとくっつけられると彼は耳元で囁いた。


「順番が逆になってしまったけど、一生俺と一緒にいてほしい。悲しいときも、楽しいときも、怒ったときも、喜んだときも……全てマリアナと共にいたい。マリアナ……君を愛している」


 どんなに願ったことだろう。彼は私を女性として見てくれたのだ。

 次から次へ流れる涙を彼は優しく拭う。


「マリアナの想いに気がついてはいたんだ。でも、気がついてはいけないと思っていた。だからチャンスが欲しい。もう一度マリアナが俺に惚れるように、今度は俺が振り向かせるから――」


「今更遅いです。もう惚れてます」


 彼の唇に私から唇を重ねる。

 彼は赤面すると柔らかに微笑んだ。


 


        おまけ小説 〜fin〜


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! 読み終わったあとにオマケもあって、なんか得した気分でした♡
[一言] 裏切りキャラの今後(ざまあ)がなく、すっきりしないお話なのが残念です。
[一言] 「もう王妃一人でいいんじゃないかな」ってぐらい、王妃様八面六臂の働きでした。 それにしても王弟のカラ回ってるグダグダさが微妙に気持ち悪いです。王妃様の爪の垢を煎じて飲んで頂きたいですわ。 …
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