8.私と正反対の立場の彼女
二学年が始まってしばらくが経って、あの伯爵家の庶子――ナーテ・ウェシーヤ様は私と正反対の立場だと言うことが分かった。
「ルイーゼ様が気にかけておられたの」
「ルイーゼ様が……」
ルイーゼ・バーシェイク――王太子妃がナーテ様を気にかけているらしい。
会ったこともないらしいのに、何とも意味が分からないことだ。
そういうわけで話しかけられない私とは違って、ナーテ様は驚くほどに話しかけられている。私は伯爵家の庶子という立場の彼女がこの学園に馴染めるだろうかと心配していたが、そんなもの杞憂だったようだ。
良かったなぁと思った。
ただナーテ様を良かったと見ていたら、睨んでいたみたいに周りに勘違いされて嫌な思いにはなった。
それにしても王太子妃は中々、実際の姿を見ずに判断する方なんだろうなぁとは思う。私とも全然話したこともないのに決めつけているし、ナーテ様のことは会ったこともないのに何だか特別視しているし。
私が王太子妃から、蛇蝎のごとく嫌われているのに対し、彼女はただただ王太子妃から愛されている。
たった一人の影響力のある人の言葉が、その人のすべてに影響する。王侯貴族社会とはそういうものである。
私も、王太子妃に嫌われていなければまた違った学園生活を送れていただろうか。婚約者が出来たり、友人が出来たりして、それでいて学園生活を楽しく過ごせていただろうか。
などと考えても仕方がないたらればの話を考えてみる。
でも思い返してみれば私は王太子妃に嫌われることがなければ、自分が我儘だったことになど気づくことはなかったかもしれない。
そして気づかなければそのまま私は我儘に育ったのかもしれない。自分が全ての中心だと感じて――自分がお姫様のように感じて、それこそ、王太子妃たちが思い込んでいる“悪役令嬢”にでもなったのかもしれない。
そう思えば、気づかせてくれたことには感謝をすべきだろうか。
ナーテ様は、王太子妃から特別視されているというのにも関わらず自然体のように見えた。寧ろ戸惑っている様子が見られた。
それは今まで平民として生きていたからこそそうなのだろうか。
「シェフィンコ様は勉強熱心だね」
「……普通だと思いますけれど。わたくしは学びたいことを学んでいるだけですもの。本というのは知らない世界を教えてくださいますから」
図書館によく来ているのは、イフムートと話せるかもしれないという期待をいだいていて……というのもあるが、それは内緒だ。
これだけ長く私と会話を交わしてくれる人がいるとは思わなかったので、正直言って驚いている。イフムートは、私の噂を聞いても私に関わろうとしてきた変わり者である。
その変わり者の彼は、何が楽しいのか、面白そうに笑っている。
「真面目だなぁ。シェフィンコ様は。何処をとったら“悪役令嬢”なんて言われるのか俺にはさっぱり分からないよ」
「それはわたくしにもわかりませんわ」
イフムートは私が特に何も言わないので、軽い口調になっている。私もイフムートにため口を利いてもいいものだろうか……? イフムートは私を友人と認識しているのだろうか? 友人と思ってもいいのだろうか? というのは最近の私の悩みである。
ミロダは、イフムートが私のことを騙そうと近づいている悪い男ではないかなどと心配していたが、イフムートが私に近づいたところで特にメリットもないだろう。それに私の直感は、イフムートが悪い人間ではないと言っているので、私の直感を信じることにする。
じーっとイフムートを見つめてしまった。
「俺の顔に何かついてる?」
「いいえ。ついておりませんわ。……ところでイフムートは、ナーテ様のことはどう思いますか?」
はぐらかすようにナーテ様の話題を口にする。
「ああ。あの伯爵家の庶子の子? いい子だとは思うよ。ただこの国の王太子妃様がわざわざ過保護なまでに気に掛けるほどとは思わないけどね。この学園には平民だっているし、ただの伯爵家の庶子をそれだけ気にかけているのは少し違和感があるかな。シェフィンコ様のことを異様に嫌っているのもそうだけど」
他国出身だからなのだろうか。
イフムートは中々はっきりと物を言う。もちろん、人が周りにいないからだろうけれども、それでもこんなにはっきり言われると驚く。
「わたくしもナーテ様のことは良い方だとは思いますわ。遠目で見ているだけでも一生懸命ですし、教師の方々の手伝いもよくしているようですし」
「シェフィンコ様は、あの子のことが気になるの?」
「……そうですわね。王太子妃様から嫌われている者と、好かれている者で、正反対な立場なので、少々気になっておりますわ」
正反対な立場だからこそ、ナーテ様のことが少し気になってしまう。
それにしてもこういう会話をしてしまうあたり、この短期間で私はイフムートに何だかんだ心を許してしまっている気がする。
「ふぅん。そっかぁ」
「ええ。そうですわ」
「……ところで、シェフィンコ様、そろそろそのかたっくるしい口調取らない?」
「え」
「シェフィンコ様、もっと砕けた口調が素でしょ?」
……なんで私の素の口調がバレているかはともかくとして、そんな風に言われたのは渡りに船で私はそのままいつも通りの口調でイフムートに話しかけるのであった。
何故かイフムートには私が街をミロダを連れて徘徊していることもバレていた。
一緒に街に行く約束までしてしまった。