5.私は領地に友達が多い。
学園が始まって数か月。
長期休暇の時期がきて、私はミロダと一緒にシェフィンコ公爵領に戻った。
シェフィンコ公爵領は、学園のある都市からそれなりに離れている。馬車に揺られて数日で、領地にたどり着いた。
お兄様はいない。学園を卒業して次期公爵家当主として、王太子に仕えているお兄様は王都と領地を行き来している。お兄様とはまともに何年も会話を交わしていない。一方的にお兄様は私の事を嫌っているので、私が領地にいる間に領地に居たくなかったのだろうと想像が出来る。
しかしお兄様がこれだけ私と会話を交わそうとしないため、私にとってお兄様は家族というよりも血のつながっているだけの人である。
たまに話せたかと思っても、結局私を見ていなくて、きめつけている“オティーリエ・シェフィンコという悪女”としか見ていないのだ。
「お父様、お母様、戻りました!」
「オーリー、おかえり」
「オーリー、元気にしていた?」
お兄様がアレでも、お父様とお母様は私を可愛がってくれている。私をぎゅっと抱きしめてくれて、私はこんな私を愛してくれている両親が大好きだ。
それに使用人たちも私に「おかえりなさいませ、お嬢様」と笑いかけてくれる。使用人たちとも、十年前のあの日から交流を深めていき、仲良くなることが出来たのだ。
やはりこの生まれ育った屋敷はほっとする。
でも卒業後はどちらにせよ、この屋敷を出て行かなければならない。そう思うと少し寂しい気持ちにはなる。お父様とお母様が生きている間で、お父様が当主の間は「結婚しなくても屋敷に居ていい」と言われているけれど、その言葉に甘えるわけにもいかない。
戻ってきた初日は馬車旅に疲れて、ゆっくり眠っていた。
翌日になってから私は領地に顔を出した。ミロダと一緒に街に顔を出しているのだ。ちなみにミロダは武術の心得があるので、護衛にもなっている。私も護身術は習っていてある程度、誰かに絡まれたとしてもどうにでも出来る。
「あ、オーリー。久しぶり!」
「オーリーちゃん、久しぶり」
こうして街には昔から顔を出していた。
王侯貴族社会で誰とも親しくなれない私を不憫に思った両親は、街に行きたいと言う望みを叶えてくれた。そして私は度々外に出て、領民たちと交流を深めてきた。
彼らは私のことを、領主様の娘であるというのは認識している。ただ、私が此処に“オーリー”として来ているときは、それを見て見ぬふりしてくれているのだ。
オティーリエ・シェフィンコとして来ている時は、ちゃんと領主の娘としての対応をしてくれている。
「久しぶり!! 元気にしてた?」
「うん。オーリーは?」
「私も元気よ。病気一つしていないわ」
領地で知り合った友人たちとこういう会話を交わすのが、私にとっては心が休まる時だった。
私はこうしてよく街に顔を出していたから、顔見知りが多い。
彼らだってオティーリエ・シェフィンコの噂は少しは知っている。でもここにいる私を見て、笑いかけてくれる。そのことが私は嬉しくて仕方がなかった。
果物屋さんに顔を出したり、靴屋さんに顔を出したり――なじみの人たちにしばらく戻ってきているよというのを伝えに来た。
あとは街の孤児院の子供達と一緒に遊んだりしている。ただのオーリーとして一緒に追いかけっこをしたり、思いっきり遊んだ。一緒にお菓子を作ったり、そういうのが楽しい。
孤児院のシスターは私がシェフィンコの娘だとは知っている。だけど私が平民にいずれなるかもしれないからと色々学びたがっていれば、色々教えてくれる。
孤児の子供達は、針仕事などをしてそれを売って生活の足しにしていたりするのだ。もちろん、国からの補助金もあるけれども、こういう技術を彼らは学んでいくのだ。
そう言う技術を学んでいれば、孤児院を出ることになった時に生きていけるから。
そういう生きていくための技術を一緒に学ばせてもらったりしたから、私もそれなりにそういう技術を磨く事が出来た。
あとは街の友人たちにも、平民として生きていくための色んな技術を学んだりしている。
「オーリーは貴族夫人にもなれそうだって思うけどなぁ」
「あはは、私を夫人にしたい貴族なんてこの国にはいないわよ」
「……見る目がないと思うんだよなぁ。まぁ、平民になるならなるでもっと付き合いやすくなって嬉しいけれど」
お忍びで来ているとはいえ、私がオティーリエ・シェフィンコだとは友人たちは知っているので、そういう会話になる時もある。
彼らからしてみれば私がこれだけ王侯貴族社会で嫌われている事実は不思議らしい。うん、私も理由が分からなくて不思議だよ。
「そう言ってもらえてうれしいよ」
私には平民の友人達や知り合いが沢山いる。
――彼らは私にとって、大切な人たちだ。平民になったあと、何処の領地で私が暮らすことになるかはまだ悩んでいるけれど、違う領地で暮らすことになったとしても手紙のやり取りなどはして仲良くしたいなとは思っている。