私はこの国での生活を満喫している ①
隣国でのナーテの話です。
「ナーテ、この資料を持ってきてもらえるか?」
「はい!」
私の名前は、ナーテ・ウェシーヤ。
現在、クレバス王国で文官をしている。学園を卒業して、この国にやってきて、私の人生は凄く充実している。
文官と聞くと、特定の場所で閉じこもって仕事をしているように見えるかもしれないけれど私の勤めている部署は結構色んな所に赴く現地調査も多かったりする。
出世すればするほど、そういう現地捜査もなくなったりするみたいだけど……、新しい所に行くのは楽しいと思っているので、悩みどころだ。
出世をしたいという気持ちは少なからずある。
だってそれはそれだけ私の仕事が認められるということだから。誰かから自分の頑張りを認めてもらえることはとても嬉しい。
それにしても王宮の資料室は沢山の本があって、仕事で目を通すだけでも楽しいことがいっぱいだ。
ついつい面白そうなものを見つけると、読みたくなるけれど仕事中だからね!
上の方の資料を取ろうと手を伸ばす。高い所にあるから中々取れないので、台を探す。
「ウェシーヤ嬢、取りたいのはこれ?」
「イフムート様、ありがとうございます!」
元々資料室内にいたのだろうか、私が取ろうとしていた資料をイフムート様が取ってくれた。
学園に通っていた時は、自分の身分を隠し、姿も隠蔽していたけれどこの国にいるイフムート様は本当に王子様って感じがする。
私の勤める王宮は、イフムート様の家ともいえる場所なので仕事中に会うことはたまにある。
「頑張ってるみたいだね」
「はい! 折角文官として登用されたので、頑張る他ないです。それにこの仕事ってやりがいがあるもの。楽しいなと思う度に、こうしてクレバス王国にオーリーと一緒に来られてよかったなって思います。だからイフムート様には感謝しかないです」
「お礼は要らないよ。オーリーは望んでいることだし、俺もウェシーヤ嬢と話すのは楽しいからね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。じゃあ、私もう行きますねー。仕事中なので! またオーリーの屋敷でゆっくり話しましょう」
「うん。またね、ウェシーヤ嬢」
イフムート様とそんな会話を交わして、資料室を後にする。ちょっとだけ資料室内にいた人の視線が痛かった。
私とイフムート様は少なからず友人なので、こうして喋ったりはする。このクレバス王国の中でイフムート様は第二王子と言う立場なので、大変目立つ。……オーリーがまだイフムート様に告白の返事をしていなくて、関係性が明確になっていないからというのもあるけれど、私とイフムート様の関係を勘繰っている人もいたりするのである。
イフムート様が好きなのはオーリーなのにね。
オーリーはこの国で令嬢たちの家庭教師の仕事をしている。
公爵令嬢としての教育をきちんと受けているオーリーだからこそ出来ることだ。オーリーって、バーシェイク王国で王太子妃の影響でああいう立場だったのに腐ることなくまっすぐに生きていたんだなと思う。
私は学園に転入して王太子妃が私のことを“運命”だと言っていたからこそ、あれだけ大変だった。でもオーリーは私よりもずっと長い期間、“悪役令嬢”と呼ばれて、大変だったのだ。でもそういう状況でもオーリーは色んなことを投げ出したりはしなかったのだと実感すると、オーリーは凄いなって、大好きな友達だなって思う。オーリーのことがとても誇らしい。
この国にやってきてからのオーリーは正当な評価を受けている。
あの国ではオーリーが何をしても、王太子妃という存在のせいで悪い方に取られることが多かったけれど、今はそうではなくてオーリーは凄く輝いていると思う。うん、オーリーの良さがちゃんと広まっているのが私は嬉しい。
オーリーはそうやって“悪役令嬢”としてではなく、普通に接されることにちょっと戸惑いもあったみたい。それが当たり前だったはずなのに、長い間そういう態度をされ続けていたからこそだと思う。そう考えると王太子妃には何とも言えない感情しか抱けない。
「あ、ごめんなさい!」
考え事をしながら資料を抱えて歩いていたら、人にぶつかってしまった。
「大丈夫です。私も前を見ていなかったので」
私がぶつかってしまったのは、この王宮に努めている侍女の一人だった。
名前は確かレミラーナさんだっけ? 王宮に務めている人の数は多いので、流石に全部は覚えられない。
レミラーナさんは名前を呼ばれてそのまま去って行った。
「あ」
その後、足元に手鏡が転がっているのが見えた。私のではないので、レミラーナさんのものだろうか? もう彼女の姿は見えないのでひとまず拾って、そのまま仕事部屋に戻った。
上司にレミラーナさんの持ち物を拾ってしまったことを報告すると、「休憩もかねて届けにいっていいよ」と言われたので、届けに行くことにした。




