ツィアーノ・バーシェイクの辺境生活 ④
少しずつ話す人が増えてきた。俺のこれまでやったことを知った上で、彼らは俺に笑いかけてくれた。そのことが心地よくて、だけれども――、俺に笑いかけてくれる人が増えれば増えるほど、俺は罪悪感を覚えてしまう。
俺が今までやらかしてしまったことは変わらなくて、だからこそ、俺がこうして安心感を覚える暮らしをしていていいのだろうか。――そういう罪悪感が俺の心をひしひしと締め付ける。
逆に俺を睨みつけるように見てくる者や、俺に何か言いたげに見てくる者――そういった人たちの視線に、安堵することもあった。
そういう思考をしていると、本当に昔の俺は何も考えていなくて、ただただ馬鹿みたいに義姉上のことを信じ切っていた。自分がやっていることが間違っていると思いもせずに生きていた。
もしイフムートや公爵たちがオティーリエ・シェフィンコの味方をしていなければ、きっともっと大変な状況になっていただろうから。
盛大にやらかしてしまった俺は、隣国に行った彼女へ償う術などない。そもそも謝罪さえも受け取ってはくれなかった。謝罪をして受け取ってもらえるというのはそもそも自己満足なことでしかない。
「……また何か考えているのか?」
「俺が、やらかしてしまったことに対して本人に出来ることって何もないんだ。俺がずっと、いや、俺たちがずっと“悪役令嬢”だって決めつけ続けた彼女に何か出来ることはない。――そもそも俺たちが償いたいと思ったとしても必要最低限以外、俺と関わろうとはしないだろう」
「まぁ、そうだろうなぁ。俺もそんな風にされたらそういう相手とは関わりたくないと思う。聞けば聞くほど、最低だしな」
……あれから少しずつ仲良くなったコーディーは、俺が王族だと知っても、俺がやらかしたことの詳細を知っても態度は変わらなかった。そして俺にはっきりと意見を言う。
コーディーの言葉は、過去の俺を思うとぐさぐさと心に刺さっていく。
「……俺はコーディーに言われて、確かに俺に何かする権利があるのは彼女だけだって思った。だからやられっぱなしでいることもないのは分かった。ただ俺がコーディーたちに受け入れられて楽しくしていていいのだろうかっても思う。それに俺は何も出来ない」
「別にそのお貴族様が望んでないならそんな償いをする必要もないし、ツィアーノに出来ることは同じことをしないことだけだろう」
俺の償いなんて彼女は、求めていない。そもそも関わってほしくないとさえ思っている。そういう態度だった。だから本当に俺が彼女自身に出来ることなど皆無だ。
そうなると確かに俺に出来ることなんて、同じことをなさないこと。そして俺と同じようなことをやろうとしている人がいればそれを止めること。
……そのくらいしかきっと出来ないだろう。
でもそんな風に考えていたとしても、俺はやっぱりこのままでいいのだろうか。出来ることがあるのだろうか。自分に罰を科さなくていいのだろうか。俺がこんな風に生きていていいのか。ずっとそんなことばかり考えている。
――俺はやっぱり悩んでばかりで、どのように生きていけばいいのか。それをずっと考えている。
そう考えると、オティーリエ・シェフィンコは、真っ直ぐだった。
周りが幾ら決めつけても、それでも堂々と反論していた。自棄になることもなく、淡々と過ごしていた。自分を嫌う者ばかりの場所でも、それでもそんな中で親しい者を見つけて、先のことを考えていた。
オティーリエ・シェフィンコがどんなふうに生きてきたか、俺はあの卒業パーティーの後に知った。
義姉上が彼女を忌避していたから、周りに忌避され、そして平民たちと仲良くなっていた。王侯貴族が彼女の味方にはならなかったから、別の場所で友人を作り、楽しく生きていたのだと。
学園に入学してからも芯の部分を揺るがすことはなかった。そういう彼女だったからこそ、イフムートが気に入って、周りが声をあげた。
客観的に彼女を見れば、そこに“悪役令嬢”の要素などなく、凛とした公爵令嬢しかいなかった。
その強さを思うと、今の悩んでばかりの自分が情けなくも思う。
正直どうやっていくのが一番正しいのか、なんて俺は判断が出来ない。それでも俺の人生は確かに続いていくのだからこれから後悔をしないように考え続けるしかない。
まずはコーディーが言っているように、同じことを繰り返さないようにすることだろう。
――そして俺は、その辺境の街で生きていくことになる。少しずつ年月が経つにつれ、俺が彼女に対してやらかしたことも風化していく。それでも俺は彼女にやってしまったことを胸に刻んで、その後悔と懺悔の気持ちを胸に生きていくのだ。
タイトル入りの書影を活動報告にあげてます。




