ツィアーノ・バーシェイクの辺境生活 ①
「あれが噂の……」
「公爵令嬢に冤罪をかけたという――」
俺、ツィアーノ・バーシェイクは、そんな言葉を囁かれている。向けられている瞳は、決して好意的なものではない。俺のことを軽蔑するような瞳を向けられている。
――少し前まで、俺は今の立ち位置とは全く違う立ち位置にいた。
このバーシェイク王国の第二王子として、多くの人たちに囲まれ、将来への不安なんてものも欠片もなかった。
国王になる兄上を支えて生きて行こうとそう思っていた。
そして当たり前のように未来に、兄上や義姉上、それに友人たちがいると思っていた。今は、誰一人、側にはいない。
これも俺が……いや、俺たちが間違えてしまったからである。
――オティーリエ・シェフィンコ。
真紅の髪に、青い瞳を持つ公爵令嬢である。
義姉上は彼女のことを警戒していた。彼女のことを“悪役令嬢”だと呼び、彼女は俺の婚約者になりたがっているとそう幼いころから俺に言っていた。
俺と彼女には、婚約の話もあった。その時に義姉上は「あの人を婚約者にしてはいけません」とそう言っていたっけ。
義姉上は昔から特別な人だった。その特別さから、俺は義姉上が言っていることを信じ込んでいた。
こうして義姉上から離れた今は、その思い込んできた気持ちが泡のように消えてしまっている。
義姉上の言っていることが嘘だなんて思いたくなくて、義姉上は本当のことを言っていると思い込んで――そして俺は暴走していたのだと思う。
その結果、オティーリエ・シェフィンコに酷い真似を、それこそ取り返しがつかないほどのことをやらかした。
卒業式でイフムートに初めて言われて、初めて俺は彼女が俺たちが思い込んでいたような存在ではなかったというのが分かった。
一人の公爵令嬢を思い込みで、追い詰めてしまった。彼女の十年は返ってこない。
そしてイフムートと一緒に彼女と、そしてナーテも隣国へと行った。
ナーテにも悪いことをしてしまった。ナーテは義姉上が前々から言っていた『運命』だった。
義姉上が言っていた通りの出会いをして、義姉上が言っていた相手だった。『運命』と言われていたからというだけじゃなくて、ナーテは可愛くて魅力的だった。……ただ今思えば結局きっかけは義姉上に『運命』と言われていたからだと思う。
義姉上は、ナーテは俺たちのうちの誰かを選ぶはずだとそう自信満々に、確信を持ったように言っていて、俺は相変わらずそれを信じ切っていた。ナーテが俺たちが近づいているのを嫌がっているなんて欠片も思っていなかった。
本当になんてことをやったのだろう……と冷静になった今は思う。ナーテがはっきりと言う性格で、隣国に逃れられたから良かった。冷静に考えると庶子で、それでいて元平民。気が弱い人間だったなら権力者に迫られてしまうと、断ることが出来なかっただろう。
本当は嫌なのに、権力に屈して好いてもいない男に手籠めにされてしまうような話は幾らでもある。自分がそれと同じことになりかねないことをやらかしていたことを考えるとぞっとしている。
オティーリエ・シェフィンコたちが隣国へ向かった後、兄上と義姉上は王都から去った。辺境の地に向かったとのこと。俺もこのままではいけないと王都を去った。
兄上や義姉上と一緒にいるとこのままずるずる甘えてしまい、自分は変われないと思い、兄上と義姉上、そして友人たちとも連絡をとらずに、一人で決めて辺境の街にやってきた。
俺のことを誰も知らない土地であった。だけど、流石にこの領地を治める辺境候は俺のことも知っていた。そして俺たちのやらかしたことをよく思っていなかった。
俺がやらかしたことから逃げている――という風に捉えられたのだろう。やらかしたことからは逃がさないぞとでもいう風に辺境候は俺のやってしまったことや、俺が誰であるかをその土地に広めていた。
元々、それを隠していたわけではない。俺は自分がやってしまったことと向き合って、受け入れようと思っている。だから寧ろ広めてくれてよかったと思っている。
俺はこの土地にしばらく滞在している。辺境候の元で騎士として働かせてもらっている。下っ端騎士である。それに他の騎士たちにもよくは思われていない。
こうやって誰にも話しかけられることなく、遠巻きにされる日々。
何だか昔を思うと寂しい気持ちになるけれど、これはオティーリエ・シェフィンコが経験していたことでもある。
彼女が十年も耐えていたことを、短い時間で弱音なんて吐くなんてしてはいけない。俺はそれだけのことをやらかしたのだ。
会話らしい会話なんて周りとすることはない。必要最低限の会話のみの騎士生活。
俺はそんな生活を送っている。
お知らせ
『嫌われ者の公爵令嬢。』書籍化決定しました。
詳細はまた後日お知らせいたします。




