メーシー・シェフィンコの後悔 ②
この国の王侯貴族の評判は、悪くなっている。
逆に隣国でのオティーリエの評判は上がっている。
元々オティーリエは、ルイーゼ様がああいう態度をとらなければ、噂が広まらなければ、こうして評判を上げていっていたのだろう。ただの評判の良い公爵令嬢としてこの国で生きていたのかもしれない。
ルイーゼ様があんなふうに、オティーリエが悪女だと示していた時に、私たちが便乗してしまったから、余計にルイーゼ様はああなってしまったのだと思う。そして私だってもっと客観的にオティーリエを見ていればきっとこんなことにはならなかった。
……この国の貴族たちに関しては、ルイーゼ様や私たちがああだったからこそ便乗していた。オティーリエがそう言う令嬢じゃないと気づいていても、私たちに睨まれたくなかったからオティーリエと距離を置いていたと言えるだろう。
アロイージ様の側近として生きていた頃には、沢山の令嬢が私に近づいてきた。だけれど今は誰一人近づいてくることはない。
私はルイーゼ様の運命に出会うことが出来ると言う言葉を信じ込み、妄信し、父上や母上が婚約者を作ろうとした時に作らなかった。――いつでも婚約者なんて作ることが出来ると自惚れていたのだと思う。
このままだと私は結婚なんて出来ない可能性が高い。自分の行動による因果応報とはいえ、出来うる限りのことはしなければならない。
……父上と母上は、何だかんだ私に公爵家の当主という場を残してくれた。やろうと思えばもっと私が立ち直れないぐらいの立場にだって出来ただろうに、秘密裏に殺そうと思えばそれも出来ただろうに、それをしなかった。
評判が地に落ちた私には公爵家当主として生きていくのは、目の前に多くの壁がある。だけれどもこれは父上と母上の私に対する息子としての温情が残っているからこその今なのだ。
「私は間違ってしまった。ルイーゼ様の言っていることに間違いなどないはずだとそう思って、オティーリエのことをちゃんと見ていなかった。だから私はこれからお前たちのことも妄信的に信じることはしない。それが本当のことではないのではないか? と常に疑いながら行動をする」
「それがいいと思います。メーシー様は、公爵家当主として動くには純粋すぎました。人の言うことは嘘も含まれています。人は間違いをおかすものです。メーシー様の間違いは、国を揺るがすほどに大きなものでした。だけれども……メーシー様は生きておられるのです。まだ若いメーシー様にはこれからの人生があります。オティーリエ様への償いをしたいというのならば、立派な公爵になることでしょう」
私の言葉にそういうのは、昔からこの屋敷に仕えている老執事がそう言った。
……この屋敷に仕えていた者は、屋敷から離れた者も多い。良好な関係を築けていないのがほとんどだが、こうして残ってくれた者の中には、私を心配してくれる者もいる。私はこういう昔からいてくれた人の言葉さえも聞かないほどに、ルイーゼ様に対して妄信的になっていたのだ。
そういう事実に、私はこういう事態になるまで気づく事が出来なかった。
私は間違いをおかしてしまった。あの時ああしていれば、こうしていれば――というそういう後悔は幾らでもある。だけど後悔した所で、私がやってしまったことは変わらない。
これからの行動次第で……何かしらの希望は見えてくるかもしれない。
今の状況は受難だらけだけど、最悪ではない。
オティーリエはああいう状況でも真っ直ぐに生きていた。絶望もしていなかった。先のことを考えていたのだ。
そういうオティーリエのことを考えると、私は公爵家当主として一心に働くことを決意する。
一度落ちた評判は中々上がらなかった。
それこそ、オティーリエが貶められていた十年と同じ年月をかけても覆ることはなかった。だけれども、一生懸命行動していれば運気が向いてくる。
「私は貴方を利用したいのです。私は家のためにお金が欲しい。そして子供も欲しいと思っています。メーシー様は自分の評判を上げようと一生懸命ですから、私に無体は働かないでしょう? 互いに利害関係が一致しているのです。結婚しましょう」
――そう言ってきた貴族女性がいた。子爵家の娘で、自然災害により領地が借金をしているらしい。結婚なんかしなくても支援をしようかとも言ったが、「与えられているだけなんて不平等は嫌です!!」なんて言われて押し切られて、私は彼女を妻にもらうことになった。
冷え切った家族関係になるかと思ったが、案外妻との関係は良好だった。
――そして私にも娘が生まれた。
可愛い、血の繋がった娘。
オティーリエに、どこか似ている。自分の娘がオティーリエと同じ目に遭ったら……とそう考えると私は自分の罪に胸が苦しくなった。
私の犯した罪。私がやらかしてしまったこと。その事実は変わることはない。けれどその後悔があるからこそ、私は同じ間違いは犯さないようにしたい。
侍女の手に抱かれている娘を見ながら、私は娘にとって良い父親になれるように心がけようと決意するのだった。




