メーシー・シェフィンコの後悔 ①
「……あの方が噂の」
「妹君のことを誤解で追い詰めたっていう」
「私たちもルイーゼ様たちがあんなふうに言うから信じてしまいましたもの」
私、メーシー・シェフィンコは、社交界の場で笑い者にされている。囁かれる言葉に、好意的なものはない。
以前は異性に良い意味で話しかけられていたが、私は妹であるオティーリエ・シェフィンコを冷遇していた。私は心の底から、オティーリエが悪女だと思い込んでいた。
私はオティーリエの事を思い起こす。
赤い髪と青い瞳の少女。昔のオティーリエはどうしようもないほど我儘だった。私は公爵家を継ぐ身として、厳しく育てられた。強くあることを求められた。私自身、両親に甘えることはカッコ悪いと思っていたからかもしれない。ただ私は求められるままに、勉学に励んでいた。
そんな私とは異なり、オティーリエは自由に生きていた。
両親に甘え、好きな事を言い、それが叶えられるだけの環境があった。私はそんなオティーリエの事が好きではなかった。我儘ばかり言って人に迷惑ばかりをかけて、そんなオティーリエの事を父上も母上も許していて。兄妹なのに、と面白くない面もあったのだろう。
そうやって厳しい環境の中で、私はルイーゼ様に出会った。
ルイーゼ様は一つ年上なだけの少女だった。その美しさと、真っ直ぐさは私を照らす光となった。正直、好きだったのだと思う。けれど、仕えるべき王太子殿下であるアロイージ様の婚約者という立場にルイーゼ様はあった。だからそういう気持ちは押し殺した。
そしてそういう恋心が、憧れへと変わっていき、俺は素直にルイーゼ様の幸せを望むようになっていた。
私は期待を向けられることが苦しくて、その苦しみをとってくれたルイーゼ様を女神のようなそういう風に思ってしまった。
だから、ルイーゼ様が言うことは全て真実だと思った。
ルイーゼ様は、誰にでも優しくて、穏やかで――この国にとっての太陽のような存在だった。
この国のために色んな事を起こした、優しい女性。……そんなルイーゼ様に嫌われていたのがオティーリエだった。いや、嫌われているというよりも警戒されていたというべきだろうか。
ルイーゼ様はオティーリエのことを驚くほどに警戒していた。我儘ばかり言っていたオティーリエは大人しくなった。大人しくなったオティーリエに何か思わなかったわけではない。
だけど我儘をやめたオティーリエのことも、ルイーゼ様が警戒していたから……だから私はそれを信じた。他でもないルイーゼ様が言ったことだから。
両親から「オティーリエはそんな子ではない。兄としてあの子を守ってあげようとしないのか」「可愛いオティーリエのことをどうして貴方がそんな風に決めつけるの」と散々言われた。
その言葉に心が動かされなかったわけではない。……でもルイーゼ様が言うから。
――オティーリエ・シェフィンコは、そういう人間だわ。貴方の両親は騙されてしまっているの。
ルイーゼ様がそんなことを言うから、私はそれを信じた。
いま思えばオティーリエ、オティーリエと、妹のことばかり言う両親や使用人たちに反発もあっただろう。オティーリエはいつの間にか使用人たちと親しくしていて、そのことも面白くなかった。
オティーリエに騙されているのをどうにかしようとしているのに、両親も使用人たちも表面上は笑顔でも、私に対して良い思いを感じていないことが分かっていた。そんな彼らの目を覚まさせる必要があるとルイーゼ様に言われて、私はその通りだと思っていたのだ。
オティーリエのことを、悪役令嬢で、悪女だと思い込んでいたから。
――だけど、オティーリエがそういう存在でないことが、あの卒業パーティーで発覚した。私はずっと勘違いと思い込みで、オティーリエのことを追い詰めていただけだったのだ。
だから私が公爵家当主の座を継いでも、微妙な立場になっているのは仕方がないことである。
私はそれだけのことを、血のつながったオティーリエにしてしまった。
そんなことをしてしまった私を公爵家の当主として相応しくないと言う者は当然いる。使用人たちも多くがオティーリエや両親たちと一緒に去っていった。残った使用人たちは、私に仕えてはくれているが、良好な仲を築けているとはいえない。
だから、幾ら周りからこそこそと悪いことを囁かれていようとも――それを甘んじて受け入れる。これは今までオティーリエが受けていたことだ。いや、オティーリエはきっとこれ以上に辛い状態にあった。
――だから私はこの状態を受け入れる。受け入れた上で、あれだけ強く美しく育った妹と同じようにこの状況から逃げることなどしない。そんなこと、オティーリエにあれだけのことをした私がしていいわけがない。
ルイーゼ様とアロイージ様は、辺境の地へと向かった。王都に戻ってくることはあまりないだろう。……アロイージ様に関しては嬉しそうにしていたのは多分、王太子の地位を返上しても、ルイーゼ様を独占出来るのが嬉しいのだろう。あの方は中々考えが読めないから、この騒動をどう考えているかは私にも分からない。第二王子であるツィアーノ殿下も一人で自分の精神を見つめなおすなどといって、違う地に向かったらしい。
ツィアーノ様の友人であった残りの二人は、勘当され、王都に姿はない。
――私だけが、公爵家当主という立場で社交界の場に残っている。




