2.私は街に出かける。
王侯貴族に驚くほどに嫌われてしまっている私だが、この世の人間全てに嫌われている――といったそんなことはない。
基本的に王侯貴族の令嬢たちは、将来のための人脈作りにパーティーに出たり、お茶会をしたり、貴族夫人になるための教育に勤しんでいたり、婚約者との仲を深めたりと大忙しである。
私に関しては本当に必要最低限しかパーティーやお茶会に呼ばれない。お父様とお母様は嫌われまくっている私を不憫に思っていて、どうにか婚約者を見つけて幸せになってほしいと願っている。
婚約者候補はいても、婚約者になれたことなどない。
王太子妃が呼びかけているから。私との婚約は断っても構わないと。望まないなら断ればいいと。だから身分を笠に着て婚約を結ぶことなど出来なかった。そんなことをすれば益々悪評が広まるだけだから。
……お父様とお母様がどれだけ言いつくろっても、王太子妃たちの言葉は真実として広まった。寧ろお父様とお母様は私に騙されている可哀そうな存在とみなされている。
さて、そんなわけで私は令嬢教育には勤しんでいるが、それ以外は正直暇である。王侯貴族に友人なんていない。本当に悲しいぼっち生活……。そんな私は学園に通う前の領地にいた頃から街に繰り出していた。
そして平民たちと仲良くなっていた。
五歳の頃は自分のことを“わたくし”と素で言っていた私だけど、今ではすっかり平民たちとの交流で一人称が“私”になっている。平民の間で流行っている言葉などもすっかり分かる。
多分、このまま婚約者が見つからず平民になっても私は元貴族だとバレないかもしれないってレベルで馴染んでいる。
正直学園で友人が作れないのなら、街に出かけて知り合いを作って楽しく過ごそうと思っているのだ。
こういう平民の知り合いは私が平民になった後も、お世話になるかもしれないし。それに流石に侍女たち以外と会話を交わさないというのは、私が寂しい!
というわけで私の侍女のミロダと一緒にお出かけをしている。王侯貴族は基本的にこんな風に街に出ないし、貴族御用達のお店とかには行かないから、会うことはないだろう。
ただ色々騒がれても面倒なので、私の顔を認識しにくいように魔法具は使っている。
「ミロダ、大きな街ね。とっても皆、楽しそうね」
「そうね。オーリー」
街だからミロダには、私をため口で愛称で呼ぶようにしてもらっている。
ちなみにオーリーというのはお父様とお母様と、こうしてお忍びの時に使用人たちや知り合った人たちが呼んでくれる呼び名だ。王侯貴族たちの中で愛称で呼んでくれる知り合いはいない。
最初の頃、領地の街に出掛けるようになった当初はミロダも私に対してのオーリー呼びがぎこちなかったが、最近ではすっかり違和感がない。
この学園のある街は、私が通っている学園も含めて幾つかの教育機関の存在している大きな街だ。
活気づいていて、これから街の探索が出来ると思うと私はワクワクしてならない。
私はまず美味しそうなパン屋さんを見かけたので、並んでいる列の最後尾に並んでみる。これだけ行列が出来ているパン屋さんだときっと美味しいのだろう。
ようやく私の順番が来たので、早速店員さんに話しかける。
「お勧めのパンはどれですか?」
「うちのお勧めはアップルパイですよ」
店員さんにお勧めされたアップルパイは、最後の一つだった。慌てて注文をする。こんなにおいしそうで店員さんもお勧めしているアップルパイを他に取られてなるものかと必死だったのだ。
注文した声が必死すぎたからか、周りの他のお客さんや店員さんに微笑ましいものを見る目で笑われて、少し恥ずかしかった。
それから他にもいくつか注文して、ミロダと一緒に公園へと向かう。公園では子供達が遊んでいたり、恋人たちがデートしていたりする。そんな中で私とミロダはベンチに座って購入したパンを食べる。
「美味しい!」
「美味しいですね。オーリー」
「このアップルパイ、お勧めされただけあってとっても美味しい!!」
こんな天気の良い日に美味しいものを食べながら過ごせるなんて、なんて幸福なのだろう。そんな幸せな気持ちになる。
お腹いっぱいになるまで食べた私は満足したように、公園の芝生に寝転がった。
それは貴族令嬢としてははしたない行為だろうが、どうせ三年後には私は平民である。平民としての生活に慣れておかねば……というのはただの言い訳で、ただ寝転がりたかっただけだ。
こうして空を見上げて、何も考えずにのんびりとする。
それはとても幸せなことだった。
私はミロダと一緒にそうして街を満喫するのだった。