27.嫌われ者の公爵令嬢を卒業した私の幸せについて
「オーリー!」
「オーリー、今日も綺麗!!」
私が隣国へとやってきてしばらくが経つ。
私はこの国の第二王子であるイフムートの友人として、移住した形になる。公爵令嬢として教育をされてきた私は、この国でイフムートの妹の話し相手を務めたり、令嬢たちの家庭教師をやったりしている。
ナーテは王宮に文官として上がっている。学生時代は私とイフムートがテストの一位を争っていたわけだけど、ナーテも学年五位には入る成績を保持していたのだ。それを買われて、文官として働くナーテは楽しそうだ。
ちなみに私が住んでいる屋敷は、お父様とお母様がイフムートと相談して、うちのお金で購入したものらしい。お兄様に爵位をゆずって、こちらに移住してきたお父様とお母様は、この国の貴族たちと交流を深めたりしながら、楽しそうに過ごしている。
結局私は貴族としての位をなくして平民になったわけではない。公爵家を継いだお兄様とこれから関わり合うことはほぼないだろうけれども、私はシェフィンコの血を引く娘で、お父様とお母様は元公爵夫妻である。
学園に入学した時は、婚約者も友達も出来ないだろうし、一人で過ごして、卒業して平民を目指していたのに――人生って不思議だなと思う。
イフムートと、ナーテはよく私に会いにくる。私からももちろん、会いにいく。
この国の令嬢たちとも、お友達になれた。何だか嫌われ者としてではなく、私自身を見てくれているのは嬉しかった。まぁ、イフムートの妻の座を狙っているらしい令嬢たちには睨まれたりはするけれど。
……私はまだイフムートに告白に対する返事はしていない。
「ねーね、オーリー、内緒話しましょう! イフムート様はあちらにいってね!」
「え、なんだ、それ」
「女同士の内緒話です!」
そんなことを言って、ナーテはイフムートを一旦追い出してしまった。そしてナーテはぐいっと私に近づいて、いう。
「オーリー、イフムート様に告白しないの??」
「ぶっ」
思わず飲んでいた紅茶を噴き出してしまった。
というか、この屋敷の使用人たち――お父様とお母様がこちらに移住するにあたって一緒に移住してきた者たちや新しく雇った者たち――も、ナーテの言葉に期待したように私を見ている。
「オーリー、イフムート様のこと、嫌いじゃないでしょう?」
「……うん。イフムートは、私に無理強いなんてしないし、私が中々答えなくても待ってくれてる」
「そうだよね。もしかしたら隣国に連れてきてやった代わりに――とかいってイフムート様がオーリーに迫ったらどうしよう! そうなったらひっぱたこうって、この国の王太子殿下に相談していたのだけど、そういうこともないもんね!」
「ナーテ、王太子殿下に何を相談しているの……?」
「王太子殿下も私の職場の上長も、イフムート様の恋が実るんだろうかってハラハラして見守ってるというか……、イフムート様がオーリーの事、大好きなのバレバレだし」
ナーテは文官として、それなりの地位にいる。
それはナーテがイフムートから信頼を受けている友人であり、有能だからこそと言えるだろう。……それにしても、そういう話をされているの?
イフムートは、私に沢山のものを与えてくれている。でもその対価を求めてきたことはない。私に無理強いなんてしなくて、私が中々答えなくても待っていてくれている。
そういう、彼の私に対する思いやりに心が温かくなるのは当然だった。それこそイフムートはこれだけしてもらった私が他の相手を選んだとしても許してくれるだろう。それだけの思いをイフムートは私に向けてくれている。
――そんなイフムートのことを特別に思わない方が、おかしい。
「オーリー、イフムート様の事、嫌いじゃないっていうか、好きでしょう?」
「……うん」
隣国に移住して、新しい生活でバタバタしている私のことをイフムートは支えてくれた。
それが私の事が好きで、私に好きになってほしいっていう下心からの行動だったとしても、私はそのイフムートの行動が嬉しかった。
新しい環境でも、不安なんて感じないのは、イフムートがいてくれたからとも言える。もちろん、ナーテや他の子たちがいてくれることだって心強い。でも……イフムートはその中でも特別だって、少し前から気づいていた。
だけど、なんというか……あの卒業パーティーが終わって、隣国での生活が当たり前のようになって――タイミングを逃した。
「……どんなふうに言えばいいか分からないの。なんていうか、タイミングが分からないっていうか……」
「もう、可愛いなぁ!! そんなのズバッと、日常の合間で言っちゃえばいいのよ。イフムート様なら、どんな風にオーリーが言ったとしても喜ぶわよ。下手にシチュエーションなんて考える必要はないの! 素直に好きってだけでも言えばオーリーの事大好きなイフムート様なんてころりと行くわ。そして覗いてた私もころりよ」
「ええっと、そうかなぁ?」
「うん! そうよ。じゃあ、イフムート様、呼んでくるわ」
ナーテはそう言って、イフムートを呼びに一度出て行った。
どんなシチュエーションでも、日常の合間にいってもいい。タイミングなんて気にしなくていいなんてナーテは言うけれど、やはりこういう感情を持つのが初めてな私はどんなふうに言えばいいか分からなくなる。
そうこう考えているうちにナーテがイフムートを連れてきた。
「オーリー、ウェシーヤ嬢と何話していたの?」
「イフムート様は無粋だなぁ。女の子同士の秘密話なので、秘密ですー。まぁ、オーリーが言うっていうなら全然いいけれど」
ナーテがそう言って、ちらりと私を見る。ナーテの目が「言うなら言って」と訴えている。何だか期待されてしまっている。
「オーリーが言いたくないならいいよ?」
「……って話をしてたの」
「え?」
「……わ、私が、貴方を、イフムートを好きになったって話をしてたの!!」
意を決して言った言葉は最初は小さくてイフムートには聞こえなかったみたいで、今度は大きな声になった。でも一度言ってしまえば、
「イフムート、待たせてごめんなさい! 私、イフムートの事が好きだわ。イフムートと一緒に居たいわ」
そう言う言葉が私の口からすらすらと漏れた。
そうすれば、驚いた顔をしたイフムートの顔がみるみる綻ぶ。あの表情を見て、ナーテの『どんな風にオーリーが言ったとしても喜ぶわよ』という言葉を実感した。
「オーリー!!」
ナーテや使用人たちの前だというのに、私はイフムートに抱きしめられる。
ナーテの「イフムート様、大胆。でもオーリー可愛いから気持ちは分かる!」などという声が聞こえてくる。
「ありがとう。俺の事、好きになってくれて。幸せにするから、俺と結婚してね」
「ふふ、お付き合い期間すっとばしてそれなの?」
思わずイフムートの言葉にくすくすと笑ってしまう。
「うん。俺はオーリーと早く結婚したいから、オーリーは嫌?」
「いいえ。嫌じゃない。私もイフムートを幸せにするわ。幸せにされるだけじゃ嫌だもの」
「やっぱりオーリーはかっこいいね」
イフムートに抱きしめられたまま、そんな会話を交わす。
そう言う会話が心地よかった。
そしてその後、私は私の両親やイフムートの家族たちにイフムートと結婚することを報告した。
それを皆が祝福してくれた。
ルイーゼ様に理由も分からないままに嫌われて。
幾ら努力しても、私を悪役令嬢としてしか認めない彼らの思い込みを知って。
諦めて平民になることを目指して。
そんな私がイフムートとナーテに出会って。
あの卒業パーティーで、私は嫌われ者の公爵令嬢を卒業した。
――そして私は、隣国で大好きな人と大好きな親友と、両親と、幸せになる。
「ふふ」
「オーリー、どうしたの?」
「幸せだなぁって思って。これからの未来のことを思っても、とっても楽しみなの」
未来のことがこんなにも楽しみで仕方がない。
――私は今、とても幸せだ。
嫌われ者の公爵令嬢。
ずっと構想を練っていた短編の少し長めバージョンの連載版でした。急に書きたくなって気分転換に一気書きしましたが、個人的には書いてて楽しかった作品です。
ルイーゼたちのその後については書かれていませんが、あくまでオティーリエ視点なのでそこまで触れてません。
気が向いたらそのうち他視点やその後のお話を追加するかもしれませんが、一旦ここで完結になります。
此処まで読んでくださりありがとうございました。感想などもらえたら嬉しいです。
2021年5月16日 池中織奈




