25.私の卒業パーティー ④
王家の影。
私はその存在を知っている。
国王陛下の忠実なる部下で、国のために動く存在。
どうして、彼らが私が嫌がらせなどを行っていないと証明しているのだろうか。私が驚いた顔でイフムートを見ていれば、イフムートがこっちを向いて笑った。
「――何故、王家の影が、この女に!?」
「私がシェフィンコ公爵に頼まれたんだ」
此処にいるはずのない声が聞こえた。
その声の主が会場に現れれば、皆跪く。――そこにいるのは、この国の王だった。
王太子や第二王子と似ている。陛下が許可を出して、皆、顔を上げる。
「……父上、シェフィンコ公爵に頼まれたとはどういうことですか」
神妙な顔でそう問いかけたのは、王太子だった。
「シェフィンコ公爵令嬢は評判が悪く、王侯貴族ばかりの学園で暮らしていくのに言いがかりをつけられる可能性がある。だから、王家の影を貸してほしいとそう言われたのだ。シェフィンコ公爵は私が評判通りの令嬢であれば国のために何をするか分からないと言っても、『娘は優しく、見られて疚しいことなどしませんから』と笑っていた。ルイーゼにあそこまで警戒される令嬢だから、私も最初は警戒した。だが……」
陛下がこちらを見る。
お父様が、私を思って陛下に頼んでくれたこと。陛下が、こちらを見ていること。
何だか、落ち着かない。
「――シェフィンコ公爵令嬢は、ルイーゼが警戒しているような令嬢ではなかった。先ほどのイフムートの言葉が真実であることは私と王家の影が証明する」
はっきりと陛下がそう言った事で、王太子は顔色を悪くしていた。
「アロイージ、ツィアーノ、ルイーゼ嬢……そしてそれに便乗したお前たち。一人の令嬢の人生を踏みにじってきた自覚はあるか? 特にルイーゼ嬢、君はシェフィンコ公爵令嬢が幼いころから彼女のことを警戒したと聞く。次期王妃である君の言葉や態度が周りに伝染していることは分かっていなかったのか?」
陛下がじっと、王太子妃を見ている。
ルイーゼ様は信じられないような表情を浮かべている。
「――オティーリエ・シェフィンコは、悪役令嬢ですわ。だ、だからわたくしは皆を幸せにするために行動したのですわ。陛下、オティーリエ・シェフィンコは……」
「ルイーゼ。……その悪役令嬢というのが何か分からないが、少なくともこの三年間においてシェフィンコ公爵令嬢はそのようなことはやっていない。これは私が認めていることだ」
「しかし――」
「ルイーゼ嬢! 王である私の言葉を疑うでない。そんなそなたは、王太子妃として望ましくない態度をし続けていることを自覚しているか?」
王太子妃はそれにショックを受けているようだ。そして信じられないようなものを見る目で私を見ている。
陛下はそんな王太子妃から視線をずらす。
「アロイージ」
「はい」
「……そなたも王太子としては不適切な行動をした自覚はあるか?」
「……はい」
「ルイーゼが言っているからといって、それを信じきり、一人の令嬢を冤罪にかけようとした。そなたはルイーゼを諫める必要があっただろう。それにそなたは私が幾らシェフィンコ公爵令嬢の事を言っても信じなかっただろう」
「……はい」
「王太子の座は一時保留にする。理由はわかるな?」
「……はい」
陛下の言葉に、驚いたような顔をしている人たちが見える。でもこの状況を予想していたらしい人たちは平然としている。陛下がまだ話している場だから、声をあげない。
「ツィアーノ」
「……はい」
「そなたはシェフィンコ公爵令嬢がそなたの妻の座を狙っていると言っていたが、それは思い違いだ。王弟の立場になるはずだったそなたが十年ものあいだ、ルイーゼの言葉を信じたにしてもそなたはシェフィンコ公爵令嬢と接する機会が多かった。きちんとそれを見ていれば、噂通りではないことぐらい分かっただろう。――ウェシーヤ伯爵令嬢に関してもだ。彼女に迷惑をかけた自覚はあるか? そなたはシェフィンコ公爵令嬢を責めていたが、ウェシーヤ伯爵令嬢が危険な目にあったのはそなたが原因なのだぞ。そなたも頭を冷やすがいい」
「……はいっ」
うつむいたままの第二王子。
王家の影まで出てきたからだろうか、それともあれだけの言葉をナーテからかけられたからなのだろうか。
これだけ大事にしなければ、第二王子たちは私に対する断罪が、冤罪だと気づかなかった。
イフムートが、ナーテが、両親が――そういう私を大切に思ってくれている人がいなければ私は冤罪を冤罪として受け入れるしかなかったかもしれない。
宰相子息や騎士団長の息子は、それぞれの父親に怒られている姿が見える。
そしてお兄様は――私を見ていた。その身体が震えているのは、弱弱しいのは、私が王太子妃の思っているような“悪役令嬢”ではなかったことに対する驚愕なのだろうか。
「メーシー」
「……父上」
「私は何度もいった。オーリーはメーシーの思っているような娘ではないと。だけど、メーシーは信じもせずに……こんな卒業パーティーの場で、こんなことまで起こした。私たちは近いうちにお前に公爵家を譲る。――そして私たちはオーリーと一緒に隣国へと渡る。陛下からも既に許可を得ている。メーシー、君とはもうほとんど会うことはないだろう。……私の血のつながった息子とはいえ、ルイーゼ様を信じ、家族の話を君は信じなかった。その代償だと思ってくれ」
――私は聞こえてきたお父様の言葉に驚いた。
お父様とお母様がお兄様に公爵家当主の座を譲って、隣国に一緒に来てくれようとしているとは思ってもいなかった。
「公爵夫妻は、君を蔑ろにして、君を守らない国に愛想をつかしたって。今回の騒動で、そういう国民も多いだろうね。クレパス国は、それを受け入れる準備は出来てる」
イフムートは、そんなことを言いながら笑っている。
視界の端に、王太子妃が私たちを信じられないものを見るような目で見て、意識を失ったのが見えた。
そして王太子夫妻を含む、私を断罪した者たちは王家直轄の騎士たちに会場の外へと連れ出される。それだけではなく、私に罪を押し付けていた者たちの罪も問われていた。
陛下はそれを終えると、「私の息子たちが騒がせてしまい、すまなかった。特にシェフィンコ公爵令嬢、私の息子たちが長年すまなかった」と謝罪の言葉を口にした。陛下に謝罪の言葉を口にされたことに驚いてしまった。
「諸君、卒業おめでとう。そなたらの輝かしい未来を祝福する。パーティーを楽しんでくれ」
そしてそんな陛下の言葉と共に卒業パーティーが再開された。
「オーリー!!」
ナーテが気を抜いたように私に抱き着いてくる。
先ほど気丈な姿で第二王子たちに意見を言ったのと同一人物には見えない。そのギャップに笑ってしまう。
「お疲れ様。ナーテ。ありがとう。私を大事な友人と言ってくれて嬉しかった」
「当然よ。オーリーは私にとって、一番の友人だわ」
そう言って笑い合う私たちを、イフムートや両親が優しい目で見ていた。
第二王子達がいないからだろうか、私がそう言う存在ではないと陛下が断言したからだろうか、ぽつぽつりと人が集まってきて、私に話しかけてくれた。
――そうして色んな人と会話を交わしていたら、あっと言う間に卒業パーティーは終わった。




