24.私の卒業パーティー ③
自分たちが絶対的に正しいと、彼らは思っている。
王太子妃という嘘など吐いたことのなかった、清廉潔白な次期王妃が、私を悪だと呼ぶから。
この断罪騒動に関しても、王太子妃の意向が組み込まれているのかもしれない。普通に罪に問うにしても裁判などを通さずに、このように私刑のようなことを行う者がいるというのは恐ろしいことだ。
「何度も申し上げますが、わたくしはそのような真似はやっておりません。証言だけでは偽りが含まれている可能性もあり、決定打にはなり得ません。そしてわたくしは第二王子殿下に近づく気はございません。それに国外追放などされずとも、わたくしは隣国に渡ることが決まっております」
「はっ、隣国に逃げる気か! イフムートのことを騙して隣国で好きにする気だろう! そのようなことは許さん!! 国外追放で隣国に行くことなど認めないぞ。お前は誰も助けがない場所で、自分の罪を償うがいい!」
「そのようなことを言われましても、わたくしは誘いを受けて隣国に移住することを決めました。彼を騙すなんてとんでもない。そもそも、彼はわたくしに騙されるような人間ではありません。それは貴方様たちの方が分かるのではないですか?」
第二王子の言葉に少し呆れてしまった。
イフムートは癖があるというか、そんな単純な人間ではない。私は騙そうと思ってもイフムートを騙せる自信はないし、イフムートと昔から知り合いならばもっと第二王子たちはそれを知っていると思うのだけど。
「あくまで、貴方は自分の罪を認めないと言うのですか?」
「……ルイーゼ王太子妃殿下、わたくしは神に誓ってそのようなことはやっておりません」
真っ直ぐに私が、目を見据えても、その王太子妃の瞳は私のことなど欠片も見ていない。
「オーリーをちゃんと見ていたら、オーリーがそんなことをしていないことぐらい分かると思うんだけど、本当にさぁ……。
まず、俺やウェシーヤ嬢が学園に来る前の件だけど、オーリーはそんなことはしていないよ」
「何故そのようなことが分かる!? イフムートはその時、学園にはいないだろう」
「実際に嫌がらせをされたって子から話を聞いてるんだよ。彼女が言うには、寧ろそっちにいる令嬢に平民ながら目立ってしまったことに目をつけられて、大変だったんだと。そこで通りかかったのがオーリーだよ。オーリーは彼女を助けて、自分の名を使って嫌がらせをやめるように言ったって話だけど」
「それはだから、あの女の策略――」
「違います!!」
イフムートと第二王子の会話に割り込んだのは――あの私が一年生の時に助けて、勉強を教えたりと交流を持っている彼女だった。
「恐れ多くも、これだけ多くの人たちがいる場だからこそ私は言いたいことがあります。口を挟んでしまい、申し訳ございません。私に発言を許してもらえないでしょうか」
震える手で、彼女はそこにいる。それに「いいよ、言って」と許可を出したのはイフムートだ。
「わ、私は、貴族令嬢たちから嫌がらせを受けました。その時に私の事を助けてくれたのは他でもない、オティーリエ・シェフィンコ様です!! 私に言いつのっていた方を追い払ってくれて、自分の名前を使って防波堤にしていいとそんな優しい言葉をかけてくれました」
「貴方、平民だからこそ彼女にそういう風に言えと脅されているのでしょう? 大丈夫よ。本当のことを言ってもわたくしが貴方を助けてあげますわ。だから、本当のことを言ってくださいませ」
――勇気をもって振り絞った言葉に、王太子妃は善意からの笑みを浮かべてそんなことを言う。何だか空恐ろしいものを感じてしまう。こんな風に自分が絶対的に正しいと信じている人の言葉は、なんて怖いのだろうとそう思った。
「私は……、王太子妃殿下の言葉には屈しません!! 貴方様がオティーリエ様をどう思おうとも、オティーリエ様は私を助けてくれた方です!! 私は優しくて、真っ直ぐなオティーリエ様が大好きです! あの時、幾ら私がオティーリエ様に助けられたといっても、第二王子殿下は私が騙されていると言いました。私はそれに屈してしまいました。だけど――貴方様たちが何と言おうとも、オティーリエ様はそんな方じゃありません!!」
恐ろしいだろうに、そう言いきった彼女が、かっこいいなと思った。それと同時に私のために声をあげてくれたことが、嬉しかった。
「なっ――お前、無礼だぞ!!」
「はいはい、とりあえずツィアーノは黙ろうか。俺が許可して告げた真実にそんな風に逆上するんじゃ、王族として失格だって。ルイーゼ様がショックを受けているから怒っているのかもしれないけど、次行くから。ウェシーヤ嬢に嫌がらせをしているだっけ。そもそも大前提が間違っているから。オーリーはツィアーノのことなんて何とも思ってないよ。寧ろうっとうしいとさえ思っていると思う。それにウェシーヤ嬢を虐めるなんてありえないね。オーリーとウェシーヤ嬢が友人関係なのは俺が保証するよ」
イフムートはそう告げて、ナーテの方を見る。
話題をすかさず変えて先ほどの彼女から、関心をそらしていて、流石だと思う。だってあのままだと彼女にも色んな事を捲し立てたかもしれないもの。
「――イフムート様の言う通り、私への嫌がらせにはオーリー様は関わっておりません」
「ナーテ……。そこまでオティーリエに騙されているのか。我が妹ながら、ナーテやイフムート様をここまで騙すなんて許されることではないな」
「ナーテ、信じたくない気持ちは分かりますが、貴方への嫌がらせはあの悪女がやっていることなのですよ」
ナーテの言葉を、遮るようにお兄様と、宰相子息が言う。
ナーテがうつむく。そんなナーテに、王太子妃が手を伸ばそうとして……顔を上げたナーテの怒りの形相に身体を固まらせる。
「どうして貴方達は私の話を聞いてくれないのですか。私のことを好きだとか、私にずっとそばにいてほしいとか、そういう台詞を言いながら、私の言葉を聞かないで、私がオーリー……様に騙されているって言って!! どうしてですか。私は何度も何度も言っていますよね? オーリー様のことを大切に思っていて、友人だと。それに第二王子殿下たちに話しかけられることを遠慮したいと」
――学園内であるのならば、こういうナーテの言葉は真意を信じられないままオティーリエ・シェフィンコに騙されていると第二王子たちは言っただろう。そしてそれが真実のように広まっただろう。
だけどこの卒業パーティーには、学園外の人たちも多くいる。何よりナーテは隣国に行くことが決まっていて、腹を括っている。
「私が嫌がらせを受けたのは、第二王子殿下たちが私に近づくからです。それでいて、第二王子殿下たちは私の言葉なんて聞かないで、オーリー様のことをまるで血も涙もない悪魔のように言って……!! どれだけ私が悔しかったかわかりますか!? 大好きな友達が、自慢の友達が、そんな風に私のせいで言われてしまうなんて!!」
「ナ、ナーテ様? 落ち着いてくださいませ。貴方が彼女を友達だと思っていては、あの方の思うつぼですわ。あの方は貴方を騙しているのです。それにツィアーノたちのことをそんな風に言うなんて……ツィアーノたちは貴方の“運命”なのですよ」
戸惑ったように、だけれども王太子妃はまるでそれが真実かのように語り、ナーテに笑いかける。
「ルイーゼ王太子妃殿下、貴方はあくまでオーリー様のことをそんな風に言うのですね」
ナーテが軽蔑したような目を向けている。王太子妃は流石にそれに怯んだ。
「ルイーゼ王太子妃殿下は、オーリー様のことを知らずに、オーリー様のことを語っているでしょう。貴方がオーリー様の何を知っているというんですか。オーリー様は優しくて、可愛くて、綺麗で……あらぬ噂を広められても、真っ直ぐな方なんです。ルイーゼ王太子妃殿下はオーリーが、私のことを騙しているなんて言うけれど、オーリーは絶対にそんなことはしないけど、私はオーリーが大好きだから、オーリーにだったら騙されたってかまわない!! 人の交友関係に口を挟まないでください。それに第二王子殿下たちが運命だなんて……私は一緒に歩みたい人は自分で決めます。本日お会いしたばかりのルイーゼ王太子妃殿下に私の将来を決めていただく必要はございません!!」
ああ、ナーテが怒ってる。
あくまで王太子妃がナーテの言葉を聞かなくて、好き勝手言うことに怒っている。途中から感情が高ぶっているのか、私のことを愛称で呼び捨てにしていた。それにしてもそんな風に言われるとちょっと恥ずかしい。
「ナ、ナーテ?」
「第二王子殿下たちも、私は何度も何度も近づくことを遠慮していましたよね? それなのに私が嫌がっても拒否してもずっと貴方達は私についてきました。そして私の大事な友達を侮辱しました」
「ナーテ、わ、私たちはナーテのためを思ってあの悪女を断罪しているんだ。あの悪女がいなければ私たちの手を取って、ナーテは幸せになれるのだ」
「……それはルイーゼ王太子妃殿下が言っていたことですか? 先ほども言いましたが、私にとってオーリー様は友人です。大事な親友です。その人を悪女だなんて呼ぶ人の手を何故、私が取らなければならないのでしょうか? それに私は自分の幸せは貴方達に決められなくても、自分で選びます。私はオーリー様と一緒に話すことが幸せです。オーリー様を悪女と呼び、オーリー様を断罪しようとする行為は私を不幸にするものです。独りよがりな行動でしかないんですよ!!」
一気にそう言ったナーテに、会場がシーンとなる。はぁはぁと息切れしながら、ナーテは告げる。
「それにオーリー様が階段から私を落としたとか言ってましたけど、そんなのありえないんです。そもそもそれならオーリー様が私を庇って落ちるわけがないですし、他の誰がなんと言おうとも私はオーリーは絶対にそんなことをしないと信じてます。そうして被害者である私が違うと言っているのですから、オーリー様を断罪も何もないんですよ!!」
ナーテがそこまで言った後、ぱちぱちと拍手が響く。
そんな拍手をしているのは私の隣にいたイフムートである。すっかりナーテの言葉に、会場が吞まれていた。
「そうそう。断罪も何もない。そもそも被害者であった人たちが違うといい、そんなものを認めていないんだ。――もういい加減、こういう茶番はやめて、パーティーを再開しない?」
此処で引き下がる事を、イフムートは期待していただろう。
此処で引き下がった方が、彼らの傷も小さく済んだだろう。もちろん、醜態は免れないだろうけれども。
「――イフムート、その女性たちの言葉が真実だという証拠は何処にある? お前も言っていただろう。証言だけでは証拠にならないと。ならば俺も同じことを言おう。本当にそれは真実か? 俺は俺のルイーゼが、意味もなくこんなことをするはずがないと知っているんだ。――証拠がないのならば、俺も断罪をやめる気はない」
王太子のその言葉は他でもないルイーゼ様を信頼し、愛しているからの言葉なのだろうとは思う。
ナーテの言葉にショックを受けているルイーゼを庇うように王太子はいった。
それにイフムートは笑った。
「アロイージさん、俺が証拠もなしにはっきり断言していると思ってたの? 言っておくけど、オーリーは本当に何もしていないよ。それは王家の影が証明している」
イフムートの言った言葉に、私も驚いた。




