23.私の卒業パーティー ②
会場内がざわめいている。父兄たちがすぐに動かないのは、陛下から何か話を聞いているからなのかもしれない。
それにしても……、卒業生にとっては晴れやかな場である卒業パーティーでこんなことを行うなんて、なんて非常識なのだろうか。私を本当に“悪役令嬢”だと思っていたとしても、それにしてもやりようは他にもある。
敢えて、パフォーマンスのようにこんな場所でこういうことをやる必要性は全くない。
名を呼ばれた私は、注目を浴びている。
隣にイフムートがいるからだろうか、不思議と怖くない。ナーテだっている。私は一歩前に出る。
「――わたくしの罪とは何でしょうか。第二王子殿下。わたくし、このような場で断罪されるような理由は何も持ち合わせておりませんわ。それに例え、貴方様達がそれを正しい行いと思っていたとしても、それはこのような場で話すことではございませんわ。わたくしの両親達も含めて別室で話すことをご提案しますわ」
イフムートは、この行動で国内の勢力図が変わると言っていた。
こうして卒業パーティーでこんなことを言いだした時点で、勢力図はきっと変わる。だけれどもこんな大勢の、こんな場で、これ以上話を続けるより別室に行った方がいいだろうと思った。
「――そのようなことを言って!! お前の罪は、多くの者達のいる場でこそ言い訳が出来ないように断罪する必要がある」
「今まで自分の罪を隠蔽し、逃げ回っていたようだが、もう逃がさない」
「ナーテのためにも、この国のためにも、騎士としてのうのうとお前が生きていくことなど許されない!」
本当に話を聞かないなぁ、この人たち。後ろのナーテが呆れた目をしているのが見えないのだろうか。あの顔、「え、何言ってんの、この人たち」って顔だよ。
「オーリー様は、そんなことしてません!! そんな噂に騙されて、この卒業パーティーでやらかすのはやめた方がいいです!!」
「ああ、ナーテ様、オティーリエ様に騙されてしまっているのですね。大丈夫です。わたくしが必ず、ナーテ様を幸せにしてさしあげますから」
「……いや、だから」
ナーテは王太子妃の隣で声をあげるが、それを王太子妃も当然のように聞かない。
やっぱり王太子妃も、第二王子達も、ナーテに“自分の理想のナーテ”を押し付けているというか、ナーテ自身を見ていないことが分かる。それは私にも言えるけど。私は彼らにとっての“悪女の中の悪女のオティーリエ”としてしか見てないのだろう。
王太子妃は、ナーテの言葉をさえぎって、私の方に来る。
「オティーリエ・シェフィンコ。貴方のしていることをわたくしは分かっております。貴方がこのナーテ様を虐めていたことも、友人のふりをしてナーテ様を貶めようとしていることも。そして貴方の両親や陛下、そちらのイフムート様のことを騙していることを」
「ルイーゼ王太子妃殿下。わたくしは、そのようなことをしておりません。ナーテ様は、わたくしにとってのかけがえのない友人です。それに第二王子殿下にも言いましたが、わたくしは陛下にはほとんどお会いしたこともございません。そして陛下がわたくしのような小娘に騙されているなどというのは、陛下に対しても王妃殿下に対しても侮辱ですわ。そのような冗談はおっしゃらないでくださいませ」
「そうですよ。ルイーゼ様、私は私の意思でオーリー様の傍にいますから」
王太子妃の言葉に、私、イフムートが告げる。
「イフムート! ルイーゼが折角悪女の洗脳から解いてくれようとしているというのに……、そのような女の傍にいようとするなど。クレバスの王子ともあろうものが、ふがいない!」
いや、王太子様さぁ……イフムート、平民として留学しているんだよ? 今も認識阻害の魔法具まで使ってさ、自分の素性隠しているんだよ?
何で、そんな高らかに叫んでばらしているの?
なんとなくイフムートが普通ではないだろうなって知っていた人も、王子とは思ってなかったのかざわめいているじゃんか。
「あのさぁ……、アロイージさん。俺は平民として此処に転入していたんだよ。何で普通にばらしているの? やっぱりそこのルイーゼ様に感化されて頭が鈍ってる? そして俺は俺の意思で、オーリーの側にいて、オーリーの事を国に連れ帰ろうとしてんの。俺の洗脳疑う前に、ルイーゼ様の言っている事の方がおかしいから」
ため息交じりにそう言いながらイフムートは、魔法具を外した。
周りからの感嘆の声が聞こえる。うん、認識阻害してないイフムート、かっこいいもんね。
そうなのだ。イフムートは、隣国の第二王子らしい。折角他国に行くのだしと素性を隠して通っていたのだ。
「なっ、何を言う。義姉上は嘘を言わない!!」
「はいはい。じゃあどういった点がオーリーの罪だっていうのさ? 言っとくけどオーリーは本当に何もしていないよ」
一国の王子がそう言い切った言葉を、第二王子たちはどうとらえているのだろうか。
全て私が操っているとでも、そう思っているのだろうか。
「――まずオティーリエ・シェフィンコはナーテが転入してくる以前から平民や下級貴族のことを虐めていた。自分の手を穢さずに人を使ってのことだ。これに関しては複数名の貴族が証言している。ある時からそういうことをしなくなったようだが、それは自分が黒幕だと悟られないためだろう」
第二王子が言う。
「二年生になり、ナーテが編入し、私たちが近づくのを快く思わなかった貴方はナーテに対する嫌がらせを始めてます。非道な真似の数々を行っていたでしょう。ナーテを信じさせるために自身が企み、ナーテを階段から落としたにも関わらず、庇う素振りを見せ、ナーテを騙しています。こちらも証言があります」
宰相子息が言う。
「一番許されないのは心優しいナーテを騙していることだ! 多くの民を惑わせ、その性悪な本性を隠し、お前には人の良心がないのか!」
騎士団長の息子が言う。
「昔からオティーリエ、お前は我儘で手の付けられない子供だった。今だってこれだけ多くの人々を騙し、操り、意のままにする悪女だ。隣国の王族をたぶらかすなど、許されることではない」
お兄様が言う。
「――オティーリエ様。貴方がしていることはこの国の次期王妃としても、私個人としても許せるものではございませんわ。オティーリエ様、本当のことをおっしゃってくださいませ。そしてイフムート様のことも解放しなさい。イフムート様は貴方の悪事に加担させていいような方ではございませんわ」
王太子妃が言う。
なかなか自分に酔った人たちだと思う。証言しかないのであれば、それは証拠だとは言えない。明確に魔法や魔法具などを使ってそれが真実だと証明されているのならば別だが、そうでないのならば幾らでも嘘が言える。
「わたくしはやっておりませんわ」
「オーリーはそんなことはやっていないし、俺は悪事にも加担していない」
私とイフムートははっきりとそう言った。
「……そうですか。やはり、貴方は“悪役令嬢”でしかないのですね。仕方がありませんわ」
王太子妃は痛ましいものを見るように私を見る。その視線は少し癪に障る。
そして次に王太子を見る。王太子は頷いて、言い切った。
「――オティーリエ・シェフィンコ。貴様はこの国の貴族として相応しくない。愚かにも我が弟であるツィアーノの妃の座を狙い続け、数々の暴挙を行った。そんな貴様をこの国の貴族として置いておくわけにはいかない。国外追放を言い渡す。その身一つで、国から出ていくが良い! もう二度と、この国に足を踏み入れ、ツィアーノやナーテ嬢たちの傍に近寄ることを禁じる!」
……そんな馬鹿みたいな判決を、王太子が言い出すとは思わなかった。




