19.私と久しぶりに話したお兄様と。
イフムートが言っていたように、私が階段から落ちる原因になったということで、一人の令嬢が退学になった。
きっとその令嬢だけではなく、他にもナーテが落とされる原因になった人はいるだろうと思う。
だけれど、イフムートが言っていたように現状では実行犯しかどうにかできなかったようだ。ただこれで、表立ってああいう行動をする人が少なくなるのにはほっとする。
相変わらず王子様たちは私を全く信じる気配がなくて、あくまで私が黒幕だと思い込んでいる。ナーテが幾ら否定しても、信じない。
イフムートも裏で色々動いているようだが、私たちの傍にいることも増えた。王子様たちにすっかり私と仲が良いことが知られているからというのもあるかもしれない。
そんな中で、お兄様がやってきた。
……お兄様とは、真正面から向かいあうのが数年ぶりだった。
兄妹でも、私とお兄様の距離は遠い。
「――オティーリエ、お前がやったんだろう」
「わたくしはやっておりません。お兄様。何を根拠にそのようなことをおっしゃるのでしょうか」
「ルイーゼ様は、お前がやっていると言っている。お前以外にこんなことを企む者はいないと。それに、イフムート様のこともたぶらかしているのだろう。何を考えている? お前を悪女と知っている我が国では好きなように出来ないから、他国に行こうとしているのだろう」
相変わらずお兄様は、ううん、王太子妃は私のことを決めつけている。
イフムートは私のせいではないと言うけれど、此処まで決めつけられると私のせいであることもあるのではないかと少し思ったりしてしまう。
昔は我儘を言う私を、嫌な顔をしながらもお兄様はちゃんと見ていた。
だけれど、ある時から王太子妃のことを信じ切っていて、私のことなど欠片も見ていない。
私が声をあげても、泣いても、淡々と告げても……ただただ、お兄様にとっては演技としてしか見られない。
それに傷つく時期は過ぎ去ってしまっている。
「そのようなことはしておりませんわ」
ただただ私は否定をするだけだ。
その言葉は信じてもらえることはないけれど、それでも私は嘘だけは吐かない。
「……本当に、お前はそう言うフリだけはうまいな。ルイーゼ様から聞いてなければ私も騙されていただろう」
「お兄様は、本当にルイーゼ様のことを大切になさっているのですね」
「当たり前だ。ルイーゼ様は、私の事を救ってくれた光だからな」
その言葉に、何とも言えない気持ちになる。
お兄様は昔を思い起こしてみると我儘ばかり言っていた私とは違って、自分を律していた人だったと思う。それでいてきっと大貴族である公爵家を継ぐ者として、色んな悩みがあったのではないかと思う。
その悩みをきっと、王太子妃は解消した。あの王子様たちだってそうだ。そうやって自分に寄り添ってくれた相手だからこそ、そういう風に盲目的になっている。
あの王太子妃は私のこと以外を嫌っていない。
ただ私のことだけを嫌っている。
他の人にとっては聖母か何かのようだからこそ、余計に私が“悪役令嬢”のように見えるのかもしれない。そういう風に勘違いされる私からしてみればたまったものではないけれども、きっとお兄様たちにとってみればそれが全てなのだ。
「お兄様、貴方がわたくしの事を嫌っていたとしても、そう思い込んでいたとしても事実は異なりますわ。わたくしは第二王子殿下の事を好いているわけでもございませんし、お兄様の気を引きたいわけでもございません。そして少なくとも自分ではルイーゼ様のおっしゃるように自分が“悪役令嬢”だとは思えませんわ」
それにしてもこのお兄様、階段から落ちた妹相手に心配ではなく、こんな言葉しかかけないだなんて本当に私の事をそういう風にしか見られないんだなぁと思う。
お兄様は私の言葉に、一瞬考えるような素振りを見せた。でもそれはたった一瞬だ。私の真摯な態度も、王太子妃の言葉には何一つ敵わない。
彼らにとって王太子妃が白と言えば黒いものだって白なのだ。本人たちが王太子妃に妄信している自覚はなくても、彼らは王太子妃にただ妄信している。
お兄様はその後、去っていった。
後から聞いた話によると、学園にやってきた際にお兄様はナーテにも会いに行ったらしい。それで案の定、王太子妃の言っている“運命”を感じたようだ。
これだけ何人もの方の“運命”であるナーテの凄さを感じるべきか、それとも王太子妃の言葉の影響力の凄さを感じるべきなのか。
「私、幾らきれいな人で、オーリーに似ていても、オーリーの事をちゃんと見ないあの人が嫌いよ!」
その“運命”の相手は、お兄様の私への態度があまりにもひどすぎてご立腹なのだけど、“運命”って互いに感じるものではなく一方的に感じるものだろうか。それともただ王太子妃がそう言っているだけなのか……そのあたりが謎だなと思った。




