18.私は目を覚ます。
「イフムート!! お前、何で、こんな悪女を庇うんだ!! お前は――だろう!! 義姉上がイフムートにも警告をしていただろう。あの女は、か弱いふりや優しいふりをよくすると」
「はぁ……で、それはどうせ、ルイーゼ様経由の情報なんだろう。普通に考えろよ。オーリーはそんなことしないって分かるだろう。ルイーゼ様も、オーリーとまともに話したことないって話だろう。勝手に決めつけて、勝手にそう思い込んでいるだけだろう。将来的に王弟として王を支える予定なんだろう。他のお前たちも、ツィアーノや国に仕えていく予定なのだったら、もう少し視野を広げろよ。そしてさ、落ちそうになったウェシーヤ嬢を庇ったんだぞ。それを見ても決めつけているとか、馬鹿か?」
声が聞こえる。……これは第二王子と、イフムートの声だろうか。
「なっ、俺は忠告をしているんだぞ!! 義姉上が嘘を言うはずがない」
「他の人が言うのならば、私は信じなかっただろう。だけれどもルイーゼ様の言葉だからこそだ」
「その通りだ。ルイーゼ様は素晴らしい方だ。公正で、誰にでも優しくて――そういう方だからこそ俺たちは慕っているんだ」
ルイーゼ・バーシェイク――この国の偉大なる王太子妃。孤児院への慰問もよくやっていて、平民たちにだって慕われている。すべてを魅了するような魅力のある人。
「――そういう盲目的なのが、上に立つ者としてどうかって言ってるんだ。ルイーゼ様が一般的に見て素晴らしいことは認めるさ。王太子妃として認められていることも。だけど、オーリーへの態度だけは、王太子妃として俺は不適格だと思う」
「なっ!! 俺は――」
「お前が、俺のことを考えてそういうことを言っていることはわかるよ。だけれど、俺はお前らが何て言おうとも、オーリーはルイーゼ様の言う“悪役令嬢”なんかではないって断言できる」
そんな声が聞こえる。
――なんだか、そんな風に私を信じてくれる言葉が心地よかった。
両親や平民の友人たちは、私と仲よくしてくれていた。だけど同年代の貴族の中で私にそう言ってくれる人がいると思わなかった。思っていてもこうして堂々と言ってくれる人がいると思わなかった。
バタバタという音がする。
第二王子たちがいなくなったのだろうか。私はそこで、目を覚ました。
ふと横を見ると、私の眠っているベッドの側で、ナーテが眠っていた。
「あ、目を覚ましたんだ。オーリー。良かった。身体は平気?」
そして先ほどまで王子様と話していたらしいイフムートがこちらにやってくる。
「うん。……さっきまで王子様たちいたの?」
「ああ。聞こえていたのか? そうだ。ウェシーヤ嬢がオーリーを心配してここにいるのに、騙されているってうるさいし。あいつらルイーゼ様が関わらなきゃ、こんなに面倒じゃないんだけどなぁ」
「そうなの……?」
「ああ。といっても、オーリーはルイーゼ様から悪い意味で気に掛けられていて、ウェシーヤ嬢はルイーゼ様から良い意味で気に掛けられているから、あいつらはその関係で二人に対する態度が異様なんだろうけど」
イフムートがそんなことを言った。
……そうか、私は王太子妃から嫌われている。そういう偏見が王子様たちには最初からあって、だからこそ、普通の態度をとれていないと言えるのかもしれない。
「……本当、何でそうなんだろう?」
「さぁ? ルイーゼ様の考えは俺にも分からない。何かしら理由はあるんだろうけれど、オーリーのせいではないだろうな。ただ、あちらが勝手に勘違いしているだけってことだろう」
「ふふ、ありがとう」
そうやって笑いかけた時に、ナーテが目を覚ました。
「オーリー!! 良かった!! 目が覚めたんだね!! 私が落とされそうになったのに!! オーリーが代わりに落ちちゃうなんて……。ああいうこと、もうやっちゃだめだからね!!」
心配したようにナーテは、真剣な目で私にそう言う。私の事を心から心配している様子に、何だか嬉しくなった。
「うん。ごめん、ナーテ。思わず身体が動いちゃって」
「私も今度からああやって落とされないように気を付けるよ!」
階段から落とされるなんて早々ないだろうけれど、そういう事がないようにした方がいいものね。それにしても学園でこういう大事が起こるというのは大問題な気がする。色々責任問題が問われるようなものなのではないか?
誰がナーテのことを落としたのかは分からない。後ろで走り去っていく足音は聞こえたから、誰かいたんだろうけれど。
「これ以上ああ言う真似は起きないと思うよ。誰がやったか分かってるし、ちゃんと処罰されるから。とはいっても蜥蜴の尻尾切りに一旦なるだろうけど」
「え、誰がやったかわかるの!?」
「此処は王族も通っている学園だからな。それで一人処罰されれば、大きな事はあまりしないだろう」
イフムートはそんなことを言った。
もう階段から落とされることがなさそうならば、ちょっとほっとする。でもそういう風に誰かが処罰されたとしても、何か起こしてくる人はいるかもしれない。
そう思うと少し不安になる。もっと気を引き締めないと……。
「それなら安心だけど……、あの第二王子達、まだまだオーリーを疑ってますよね」
「それはそうだ。本当に馬鹿だと思う」
「だよね! 本当に馬鹿だよね! オーリーがそんなことをするはずがないのに」
イフムートと、ナーテは王子様に対して馬鹿馬鹿言い過ぎじゃないだろうか?
何だか二人の会話を聞いていて、私は思わず笑ってしまうのだった。




