10.私は正反対の彼女を匿う
二学年が始まって半年ほど経った頃には、すっかり彼女、ナーテ様は学園で噂の的になっていた。
というのもナーテ様は、王子様たちから接近されているのだ。
一度だけの接触に飽き足らず、王子様たちはナーテ様に話しかけているのだ。
そのことで学園は少しぎすぎすしている。ドジータ様なんて、この前、癇癪を起こしているのを見かけた。男性が見ていないからといって、ああいう金切声をあげるものなのかと聞いてしまった私はびっくりした。
ただ王太子妃からくれぐれもよろしくと言われているからか、今の所ナーテ様への嫌がらせというのは目立ったことはないようだ。ただ流石にこれだけ構われてしまっていては、そういうのも時間の問題なのではないかと思う。
ナーテ様とは話したことはないけれども、遠目に見た限り、一生懸命貴族社会に馴染もうとしている好感の持てる方だ。
私と正反対の立場であるからこそ気になるというのもあるけれども、そうじゃなかったとしても何か大変な目に遭っているのならばどうにかしたいとは思っている。
私は嫌われ者だから、出来ることは少ないだろうけれども。
「ああ、もうお嬢様優しい。お嬢様天使。お嬢様の傍に一生仕えさせてもらいますからね」
「……ミロダ、私は平民になるんだよ?」
「平民になってもお嬢様とは会いたいのですもの。お嬢様と一緒にいたいです!」
「ふふ、ありがとう」
寮でミロダに私の意見を言ったら、ミロダは嬉しい発言をしてくれる。
それにしても天使なんていうのは言い過ぎだと思う。両親もだけど、屋敷の使用人たちは私に甘すぎると思う。
どうせ、私は平民になるのだから、少しぐらい周りからの評判がまた落ちたとしてもそれはそれだしね。
そう思いながら過ごしている私は、ナーテ様のことを気にしながらも関わることはなかった。
――だけど、あの日、私はナーテ様と関わることになる。
その日は私はのんびりと図書館で過ごしていた。ちなみにイフムートはいない。イフムートとは図書館と、学園の外でしか会っていないので、普段の学園生活では関わっていない。
図書館にイフムートが来ない時は、私はただ一人でのんびりと過ごしている。
最近ではこの場に人の姿があまりないため、とても落ち着く。
私はそんなことを考えながら、本を読んでいる。
そうしていれば、何だかバタバタとした音が響いた。誰かが図書館で騒いでいるのだろうか。でもこちらに来なければどうでもいいかと思っていた。
なのだけれども……、その場に人影が現れた。
「す、すみません!! た、助けてください」
そんな声が聞こえてきたかと思えば、そこにいたのはナーテ様だった。
ナーテ様は桃色の髪と、桃色の瞳を持つかわいらしい令嬢である。その顔が青ざめている。
私はナーテ様は、王太子妃のお気に入りとしてこの学園でそれなりに楽しく過ごせていると思っていたので、王太子妃のお気に入りであるナーテ様に何か表立って酷い真似をする人がいるとは思わなかったのだけれど……。
ナーテ様は図書館にいたのが私で驚いた様子だった。ナーテ様も私の噂は知っているのだろうと思う。
「どうなさいましたの? どんなふうに助けてほしいのですの?」
「え、えっと匿ってほしいです!」
「そうですか。でしたらあちらにお隠れになってください。わたくしは貴方が此処にいることをどなたがいらしても言いませんので」
「あ、ありがとうございます」
ナーテ様に机の下に隠れてもらう。
嫌われ者の私と至近距離にいることは居心地が悪いかもしれないけれど、それは我慢してもらうしかないだろう。
そうしていれば、しばらくすればまたバタバタと音がする。
「ナーテ!!」
そしてやってきたのは、王子様たちであった。
王子様たちがナーテ様に接近されていることは知っていたけれども、こんな風に追い回されていることは知らなかった。
王子様たちは、私の姿を見て嫌そうな顔をする。
私がこの図書館にいることは知っていただろうに、そういう嫌な顔をされても……という気持ちになってしまう。
「お前!! ナーテをどこにやった!!」
「ナーテ様? あの伯爵家の庶子の方でしょうか。わたくしはその方と関わったことがございませんわ。此処にはいらっしゃっておりません。わたくしにわざわざ関わろうとする方などいらっしゃらないのはご存知でしょう」
「相変わらずだな、お前は。お前は庶子などといってナーテのことを馬鹿にして! こんな性悪の元にわざわざナーテが関わることもないだろう。私は運命を見つけたのだ。お前が王子妃になれることはないからな!!」
「ええ。存じておりますわ」
私は恭しく頷く。
本当にこの人と話していると疲れてしまうものである。
王子様たちがいなくなった後に、私はナーテ様に声をかける。
「ナーテ様、もういなくなりましたわ」
そう言ったらナーテ様は机の下からおずおずと出てきた。
「ああ、ありがとうございます。とても助かりました」
「ナーテ様の力になれたのでしたら良かったですわ。第二王子殿下たちはいつもああなのです?」
「そうなんです……。何だか私の意思に関わらずに私に近づいてくるんです……」
「あら、まぁ……それは大変ですわ。平民から貴族になられたばかりで学園生活も大変でしょう。それでいて第二王子殿下たちが接近してくるなんて、生きた心地がしないでしょう」
そう言ったらいきなり手を掴まれた。
そして慌てたようにナーテ様がいう。
「あ、ごめんなさい。公爵家令嬢のオティーリエ様の手を急に掴んでしまうなんて……」
「いえ、構いませんわ。此処にはわたくしたち以外に誰もいらっしゃらないので。ただ公の場ではきちんとしていただければ大丈夫ですわ」
そう言ったら何だかナーテ様は、キラキラした目で私の事を見ていた。どうしてそういう目を向けているのだろうか。
「オティーリエ様は、噂と違いますね。とても素敵な方でびっくりしちゃいました」
そんなことを言われて少し照れてしまった。
ナーテ様は、その後、すぐに図書館からいなくなるかと思ったが、しばらく図書館にナーテ様はいた。
「だって今出て行ったら第二王子殿下たちがいるかもしれませんし」
どうやらナーテ様は、あの王子様たちに関わられるのを好ましいと思っていないらしかった。




