プロローグ
「――オティーリエ様とは話さない方がいいと言われたの」
私の人生が変わってしまった日のことを、私はよく覚えている。
私の名前はオティーリエ・シェフィンコ。シェフィンコ公爵家の長女である。
それは五歳の、はじめての公のパーティーに参加した時のことだった。私は、そのパーティーで平たく言えば拒絶されたのだ。
「どうして?? このわたくしが話したいと言っているのよ!」
私は正直言って、その当時、公爵家待望の女児として可愛がられていた。我儘だってなんでも聞いてもらえていた。欲しいドレスやおもちゃがあればお母様とお父様が何でも買ってくれた。侍女が持っていた髪止めをねだってもらったこともあった。
私は恵まれていて、まるで自分が世界の中心だと――そんな風に当時、思っていたのだ。
心の底から私は愛されていて、私の言うことをまわりが聞くのは当然で――そんな風に思っていた。
だけど、そんなものは私の思い込みでしかなかった。
冷たい瞳を向けて、拒絶するように――甘やかされて育った世界から、飛び出した先で待っていたのは、驚くほどの敬遠だった。
その場にいた人たちとは、話したこともなく、関わったこともなかった。だけど――たった一人の人間の言葉が、公爵家令嬢である私と話さなくてもいい理由になった。そして話したとしてもよそよそしかった。
「――どうして、わたくしと話してくれないの!」
私はどうして自分と話してくれないのかと戸惑って、そのパーティーでまた我儘に声をあげた。私は自分が構われるのが当然だと思っていたのだ。
だからこそ、こんな風に私が構われずに、私が中心でない状況が理解出来なかった。
だけどそれをすればするほど周りの目は冷たくなって、「ルイーゼ様の言う通りだ」とそんな声がささやかれた。
私はその当時、その“ルイーゼ”という人を知らなかった。誰かも理解していなかった。その人の一言で、私がそういう状況になっているのが分からなかった。
それから幾度かパーティーに参加して、我儘を言っても、ずっと同じだった。お父様とお母様が戸惑いを見せていた。お父様がセッティングした場も、向こうはよそよそしかった。そしてお兄様は、冷たい目を浮かべていた。
私はそれに傷ついて、悲しくて、しゃべりたくて――だから、屋敷の者たちに聞き取りをすることにした。だって今までの私がそれだけ周りに話したくないと言われる存在だったのだろうかとそういう自覚を持ったから。
「ねぇ、私、悪いところある!?」
何度目かのパーティーの後、私は今まで気にかけてもなかった屋敷の者たちにそう問いかけた。今まで私は自分が特別で、屋敷の人たちは下々の者で、気にかける何てしなくていいと思っていた。
だからそんな私が話しかけた事に面食らった顔をするのも当然であったと言える。
――今思えば我儘だった私が急にそんなことを言い始めて、何か粗相を犯したら大変なことになるのではないかと不安だったのだと思う。
最初は答えてくれなかったけれど、何度も問いかけるうちにようやく私の悪い点を教えてくれた。
そこで私ははじめて自分が我儘で嫌われているということを自覚した。知ったからこそ、私が我儘だから皆、私によそよそしいのだろうかと気づいた。
だから――私は一生懸命、屋敷の者たちに聞きながら、悪い所を直していったのだ。
公爵家令嬢として貴族としての自覚を持つのは構わない。だけどやりすぎてしまえば嫌われてしまうこと。人の物を欲しがってはいけないこと。自分が全ての中心であるなんてありえないこと。
それを自覚した私は反省した。数少なかったけれど使用人から奪ってしまった物は返した。使ってしまった物は新品で渡した。
そうして私は以前のようではなくなったと思う。
それが、私の人生の変わった日。私が生まれ変わった瞬間。
けれど、それから十年……。
「まさか、十年後もこんな風とは思わなかった」
「お嬢様を嫌うなんて節穴な目ですわ!」
私は嫌われ者のままである。
私はあれから使用人たちと仲良くなった。私付きの侍女であるミロダは憤慨した様子である。
好かれることを諦めて過ごしている私は、まもなく王侯貴族の通う学園に入学する。
王侯貴族たちに嫌われまくっている私には、地獄のような場所だ。……いや、もう、本当に。
正直ただでさえ、十年間嫌われまくっている私は、学園卒業後の進路についてお母様とお父様にさっさと相談済みである。
一つの約束をしたのだ。
――もし、学園在学中に婚約者が作れなければ、平民として生きさせてほしいと。
驚くほどに嫌われている私だが、幸いなことに両親は私を可愛がってくれている。
私が嫌われていることには戸惑っているようだが、ちゃんと私を気にかけてくれているのだ。
王太子妃と同年代のお兄様は私のことが死ぬほど嫌いらしく、数えられるだけしか顔を合わせたこともない。
これから三年間の学園生活――、私はとても憂鬱だけど、これを乗り越えれば平民として自由に生きられるのだと思うと、希望も抱いている。
「目指せ、平民生活だわ。学園で婚約者を作らずに、平民として悠々と過ごすわよ!!」
パーティーが終わったあと、私は馬車に揺られながらそんな決意を宣言する。
そんな私の言葉を聞いて、昔から仕えている侍女は「その意気です!!」と応援してくれるのだった。
 




