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妻不足

結婚後のアラン視点番外編です。

多分ここから派生して他の二組の話も…書くのかなぁ未定です

「帰りたい…」


朝から晩までぶつぶつと呟く言葉は、もう何度繰り返したか分からない。ここ数日の仕事の忙しさは、目が回るを通り越して倒れる寸前だ。


「隊長、お願いですから仕事してください」

「やってるだろ…」


デイルに急かされながら急ぎの書類を片付け、訓練をしながら警備の配置を考え…やる事は山積みだ。普段はここまで忙しいわけではない。少なくとも、定時を告げる鐘の音と共に執務室を出られる程度には落ち着いている。


だが、数日後に王都に訪れる予定の同盟国の王子を迎える為の準備に追われるとなると話は別だ。

騎士団としての通常業務、それに加えて普段よりも念入りな警備と大通りの点検、当日の配備や人員の確保等々。帰宅が真夜中になるのは避けられなかった。


「またセレスが目覚めると同時に屋敷を出た…今日も寝る前に帰れない」


ぐったりと机に突っ伏し、窓の外に広がる夜空を睨みつけた。

一緒に残っているデイルも、ここ数日仕事に忙殺されているせいで、目の下にはうっすらと隈が出来ていた。


「俺だって休み返上で働いてるんですから…ああもうやだ侍女殿に会いたい」

「客人がお帰りになったら暇を出してやる」

「侍女殿にもお願いしますよ」


じとりと此方を見ながら資料を纏めるデイルが、何度目か分からない溜息を吐いた。


「今日やらなければならない仕事は…あとは、何だ?」

「日報書いて終わりですかねー。もう俺今日帰る気力すら無いっす」


ぐったりと椅子に体を預け、デイルは天井を仰ぐ。副隊長を任せている分、平より忙しいデイルの疲労はそれなりに溜まっているだろう。希望した騎士団員が住んでいる寮までそう距離も無いのに、そこに帰る事すら面倒臭いという気持ちは分からなくもなかった。

どうせ愛しい妻に会えないのなら、帰る必要も無いと思ってしまうのは、疲れているからなのだろうか。


「ああ、帰りたい」

「終わらせて帰りましょうよ…」


ほぼ毎日繰り返しているやりとりをしながら、二人はせっせと手を動かすのだった。


◆◆◆


何故仕事というのは次から次へと湧いてくるのだろう。比較的穏やかな国ではあるが、外国の王子が来るとなると、王都の人間もどこかそわそわと落ち着きが無い。

もしかしたら我が国の王女の一人を妻にと望むかもだとか、何処かの貴族の御令嬢にご執心なのだとか、わいわい騒ぐ者はそれなりに多かった。


そんな噂話をするだけなら良いのだが、もし万が一襲撃などされては大問題だ。そうならない為に、王子が通るルートを重点的に確認し、路地に隠れられる場所が無いか、弓で狙うなら何処か、当日人が集まった時にどうなるかなどを確認、想像しながら警備をする日々。つまり、普段よりも時間がかかる。

普段の倍近い時間をかけ見回りをし、詰所に戻ってきたと思えば、デイルがげんなりとした顔で告げるのだ。


「隊長、ハミルトン団長が探してました」

「…何かあったか」

「さあ…会議すっぽかしたりしてないですよね」


じとりと此方を見られても、そんな予定は無かった筈だ。早く行けとせっつくデイルに後を任せながら、アランはギルバートの元へ急ぐ。

出さねばならない書類は既に提出している筈だし、会議を忘れているなんて事は無い筈だ。それとも書類に不備でもあっただろうか。あれこれ考えたところで仕方が無いのだが、今日こそ妻が眠る前に帰宅をと思っていたのに、また残業確定なんて事は避けたい。

ギルバートの執務室の扉を何度かノックし、中を覗き込む。不機嫌そうな鴉が此方を睨みつけていた。


「遅くなりました」

「座れ」


地を這うような低い声。思わず背筋が伸びてしまう程の迫力があるが、怒られるような事をしただろうか。全く思い当たる節が無い。


大人しく差された応接セットのソファーに腰かけると、ギルバートは向かい側のソファーに腰かけ、一枚の紙を差し出した。


「読め」


何故単語しか話さないのか疑問だが、非常に機嫌が悪そうだ。言われた通り手渡された紙に視線を落とすと、それは手紙のようだった。


もう何日もお帰りになられないギルバート様。お仕事がお忙しいのですね。詳しい事を何もお話になってくださらないのは、いつまで経っても変わらないのでしょう。妻との約束をすっかり忘れてしまわれる程お忙しいのなら、私少々羽を伸ばして参ります。

そうそう、金獅子も暫くお帰りになられていないと親友が落ち込んでおりますので、お預かりしますとお伝えくださいませ。


「聞いてない!」

「今朝届いた」

「差出人は奥方ですね?!何故奥方の家出にセレスまで!」


ぎゃあぎゃあと怒ったところで、ギルバートの眉間の皺が深くなるだけだ。確かにここ数日の間、セレスが目覚める前に屋敷を出て、セレスが眠ってから戻る事が多かった。眠っている顔しか見られていないが、毎日帰るように努力していたつもりだ。

本当はもっと早くに帰って、何をして過ごしたかだとか、今度の休日はどう過ごそうかだとか、そういう会話を楽しみながら穏やかな時間を過ごしたい。


さらさらと指の間を滑る髪の感触が恋しい。うとうとと瞼が重たくなりながら、まだお話したいと強請る新緑の瞳が、柔らかく微笑む唇が恋しい。細く華奢な彼女を抱きしめて、嬉しそうに返してくれるあの腕が恋しい。


「恐らくお前の奥方はサティアに巻き込まれたんだろう。すまん」

「返してください…」


申し訳なさそうに詫びるギルバートと、ぐったりと項垂れるアランが並ぶ部屋の空気はどんよりと重い。こんなに忙しくなるのなら、他国の王子なんて来なければ良いのに。


「あー…すみません、お邪魔します」


コンコンとノックをしながら顔を覗かせたデイルが、ひらひらと手紙を持った右手をひらつかせた。


「ゴールドスタイン家の使用人の方が、此方をお届けに」


心底入りたくないと言いたげなデイルが、ギルバートに手招きをされて嫌そうな顔をする。それでも渋々部屋に入ると、項垂れたままのアランの前に手紙をぶら下げた。


「奥方様からですってよ」


そう聞くや否や、アランはデイルの手から手紙を奪い取り、いそいそと封筒を開く。呆れたような顔でその姿を見下ろすデイルが、ちらりとギルバートの方を見た。


「戻って良いぞ」

「いや、ちょっと待て。こっちはお前にだ」


小さく折りたたまれた紙。「ティナ」と書かれたそれをデイルに手渡すと、アランは愛しい妻からの手紙に集中した。


アラン様、今日もお疲れ様です。ティナから毎日お戻りになり、私を起こさないように別室でお休みになられていると聞きました。他国の王族を迎えるのはとても大変かと思いますが、あまりご無理をなされませんよう。

サティアに誘われたのと、ハロルドにも勧められたので、ちょっとお泊り会というものをしてみようと思います。ポーター家の別荘にいますので、心配なさらないでくださいね。


見慣れた妻の優しい文字。労いの言葉から始まり、一言も夫を責めるような言葉が無いのは、セレスが優しいからなのか、よく出来た妻なのか、それとも怒っているけれどそれを書かなかっただけなのか。

どちらにせよ、今日から帰っても寝顔すら見られないという事実を突きつけられただけだ。


「うぐお…」


小さく呻いたデイルが、半泣きでアランを睨む。

泣きたいのはこっちだと睨み返すと、デイルは手にした手紙をアランに突き付けた。


奥様が毎日寂しそうで見ていられません。貴方の休日を返上してでも若旦那様をお帰しください。


「俺の!心配とか!無いんですか!」

「お前たち恋仲じゃなかったか?」


憐れむような目を向けると、デイルは目尻に涙を浮かべている。そういえばこの間の休日は仕事だったせいでティナとの逢瀬は延期になっていた筈だ。

また、セレスがポーター家の別荘にいるということは、ティナもそれについて行ったという事だ。つまり、主であるセレスが戻ってこなければ、ティナも戻ってこないということ。


「さっさと終わらせて奥方迎えに行ってください!」


終わらせたいのは山々だが、王子が来るのは二日後だ。少なくともそれまでは迎えに行けない。本音は今すぐ迎えに行きたいが、流石にそれも叶わない。

男たちはそれぞれ大きな溜息を吐きながら、げんなりと頭を抱えた。


◆◆◆


「仕事で疲れた体には堪えましたね…」


ぐいぐいと背中を伸ばしながら、アランは隣でそわそわしているギルバートに声をかけた。そろそろ来る頃だと分かっていたのか、サティアが連れてきていたハミルトン家の執事がギルバートとアランを迎えてくれた。


「奥様とセレスティア様はテラスでお茶をしておられます」


そう言いながら、直接庭へと案内してくれる。綺麗に揃えられた芝生と、ぱしゃぱしゃと水音をさせる噴水が印象的な、小さな庭。それを眺めながら優雅にお茶をするサティアとセレスが、夫が迎えに来た事に気付いて立ち上がった。


「あら、思ったよりもお早いお迎えでしたわね」

「お前は…もう少し大人しく待っていられないのか?」


ぐいぐいとサティアの頬を軽く抓りながら、ギルバートは思ったよりも妻が怒っていない事に安堵する。にんまり笑うサティアにとって、この家出はちょっとした悪戯のつもりだったのだろう。


「忙しいしか言わずに私を放っておくからですわ!忙しいなら忙しいなりにいつ落ち着くですとか、何故忙しいのかですとか、説明があっても宜しいと思いません?」


腰に手を当てながら夫を睨みつけるサティアに、ギルバートは上手く言い返せないらしい。普段見ている上司とは違う姿が面白かったが今はそれよりもセレスだ。


「セレス、ただいま」

「はい、お帰りなさいませ」


此処はポーター家の別荘だが、久しぶりに起きているセレスに会えたのが嬉しくて、ずっと聞きたかった言葉を求めてしまう。

穏やかに微笑むセレスの顔を見ると、胸がきゅうと締め付けられたような気がした。


「…怒ってる?」


いくら妻が優しいからと言って、流石に放っておきすぎただろうか。妻の表情を伺うように、アランは恐る恐るセレスの顔を覗き込む。どうか怒っていないと言ってくれますように。そう願いながら除き込んだセレスの顔は、ほんの少し困っていた。


「怒ってはおりません。ただ、ほんの少し寂しかっただけで」


ぽつぽつと零された言葉の、なんと可愛らしい事か。もじもじと恥ずかしそうに動かす手に輝く結婚指輪を指先で弄びながら、セレスはちらりとアランの顔を見る。


「薔薇の花が、ありませんので」


結婚前は毎日薔薇とカードをくれたのに、今はそれも無く放っておかれたのが寂しかったのだと、小さく頬を膨らませて拗ねてみせる妻が愛おしくて堪らない。

上司の前だろうが関係無かった。求めてやまない華奢な体を腕の中に閉じ込め、ぎゅうと力を籠める。苦しいと笑う声が聞こえるが、今は離してやる気にはなれそうにない。


「早く、うちに帰ろう」


忙しくしていた間に不足していた夫婦の時間を、触れ合いを取り戻したい。

耳元で囁かれたセレスが小さく頷くと、軽い口論をしていたハミルトン夫妻も落ち着いたようだった。


「あー…お前たちは先に戻ると良い。巻き込んで済まなかった」

「また遊びましょう」


ひらひらと手を振るサティアが、楽し気に笑う。なんだかんだ仲睦まじく並ぶ二人は、良い夫婦なのだろうと思えた。


「では、お言葉に甘えて」


セレスの荷物は後でティナが纏めて持って来てくれるだろう。ずっと片隅で待機していたティナが、小さく頭を下げた。

帰ったらまずは何をしよう。軽く何か摘まみながら、何をして過ごしていたのか聞いてみようか。それよりも途中街の花屋にでも寄って薔薇を仕入れようか。

久しぶりにセレスの腰を抱きながら、楽しい事をあれやこれやと想像してみる。何をするにしても、セレスが傍にいてくれるだけで良い。それだけで充分だ。


取り敢えずは、馬車の中で膝に乗せて抱きしめよう。屋敷に着くまで絶対に離してやるものか。そうと決まればやることはたった一つ。


「アラン様!降ろしてくださいまし!」

「ヤダ」


呆れ顔の御者が馬車の扉を閉めるまで、あと数秒。


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