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白黄色の愛

本編完結後、結婚式の準備中のゴールドスタイン夫妻(仮)セレス視点のお話です。


【お知らせ】

寝取られ令嬢の王子様、2021年3月26日から白泉社様よりマンガParkにて配信決定です!

作画は きくちくらげ 様です。小説書き始めて約15年、こんなに綺麗な絵で漫画にしてもらって本当に嬉しい限りです。

興奮しすぎて涙腺がやられたり胃袋がひっくり返ったりしておりますが、どうぞ皆様、コミカライズ版寝取られ令嬢の王子様をよろしくお願いいたします!

目が覚めると、優しい香りが鼻を擽る。毎朝一輪ずつ贈られる薔薇は、いつでも彼が傍にいるような気にさせてくれた。今日も窓辺のテーブルに置かれた花瓶には、朝日に照らされた薔薇たちが美しく咲き誇っていた。


「おはようございます、お嬢様」

「おはようティナ」

「今朝も届いておりますよ」


もう慣れたやり取り。一言二言書かれたメッセージカードと、真っ赤な薔薇。ティナはそれを慣れた手つきで花瓶に挿すと、セレスの身支度をするべくクローゼットに手をかけた。


「今日も結婚式の準備で大忙しですね」

「ええ、招待状の宛名書きだけで一日が終わってしまうわ」


そうは言っても、他にもやらなければならない事は多い。宛名書きを始めてから三日は経っているが、まだまだ終わりそうになかった。招待客全てに手書きでメッセージを書かなければならないのだから、一日かかり切りで終わる量でもない。それを細切れで数日に分けてやっているのだから、いつになれば終わるのか見当も付かなかった。


折角の幸せな結婚式だが、準備に追われる日々が続いていると、流石にげんなりしていた。騎士団の仕事もしているアランはどれだけ大変だろう。もう二週間は会えておらず、次に会う予定すら取り付けられていない。今朝のメッセージカードにも「会いたい」とだけ書かれていた。互いに同じ気持ちでいることは嬉しいのだが、一緒に暮らせる日が待ち遠しくてたまらない。


「さあさ、早く支度を致しましょう。お寂しいのは分かりましたから、カードを握りしめていないで動いてくださいませ」


呆れた声でティナが急かす。のろのろとベッドから立ち上がり、薔薇の花瓶の傍に置かれた箱の中にカードを仕舞い込んだ。日付順に並べて仕舞われたカードは、セレスの宝物だ。小さく溜息を吐きながら蓋を閉じ、待ち構えている侍女の元へ向かった。

今日も今日とて宛名書きに当日の段取り、会場の飾りつけの打ち合わせ…やる事は山積みだ。


◆◆◆


半年後の結婚式は心の底から待ち遠しい。待ち遠しいのだが、そこに至るまでにやらねばならぬ事が多すぎる。日々の楽しみであるお茶を楽しむ余裕すらなく、セレスは行儀悪くぐったりとテーブルに突っ伏していた。


「終わる気がしないわ…」

「お疲れ様です」


たまには気分を変えましょうと微笑みながら、ティナは庭にテーブルを用意してくれた。そこでお茶をしていたのだが、午後もまだドレスのデザインを決めたり、アクセサリーを新調する予定が待っていた。


「アラン様は大丈夫かしら。私よりもお忙しい方なのに」

「きっと何とかやっていらっしゃいますよ」


毎朝の贈り物は欠かさないし、カードに記された文字もいつも通り整った文字だ。疲れているのは間違いないだろうが、それを感じさせないことが、セレスにはほんの少しだけ寂しいような気がした。


「会いに行ったら迷惑かしら」

「いくら婚約者といえども、勝手に押しかけるのは失礼かと」

「やっぱりそうよね…」


大きな溜息を吐いてみても、いつ会えるかなんて分かりはしない。きっとアランならば、セレスがたった一言「会いたい」と手紙を送れば、どんな無理をしてでも会いに来てくれるだろう。嬉しそうに微笑みながら、会いたかったと優しく抱きしめてくれるだろう。迷惑だなんて一言も言わず、愛おし気に触れてくれる。

そう分かっていても、負担になるような事はしたくなかった。


「…毎朝の贈り物のお礼に、お嬢様も何かお贈りになられては如何でしょう」

「そうねえ…でもアラン様は私が思いつくものは何でも持っていそうじゃない?」


名家の生まれ、ダルトン家よりも格上なのだから、欲しいと思ったものは粗方手に入れているだろうと思った。だがティナは呆れたような顔をしながら言葉を続けた。


「愛しい婚約者からの贈り物、というのが宜しいのですよ」


以前お贈りした白薔薇に喜んでいただけた事をお忘れですか?とじとりと視線を向けられるが、やはり思いつくような物は全て持っている気がしてならない。

既に持っている物を贈られても困るのではないかとうんうん考えてみても、ティナは呆れた顔をするばかりで新しい提案をしてくれる事はない。


「ちょっと気晴らしに歩きたいわ」

「畏まりました。お供致します」


考えても思いつかないのならば、今は考える時では無いのだ。そう思う事にして、セレスはティナを連れて庭を散策する。

テーブルが置かれていたのは日陰で涼しかったが、日向に出ると暑い。日に焼けない様にと手渡された日傘をくるくると弄び、見慣れた庭をのんびりと歩いた。


ティナは日傘を回すことを行儀が悪いと窘めてくるが、今は客人も居ないし、見ているのはティナだけだ。機嫌よくゆっくりと花を眺めていると、見慣れない大きな蕾をつけた株を見つけた。


「あら、百合なんて植えていたかしら」

「数年前に植えたそうですが、今年初めて花をつけたそうです。先日庭師が嬉しそうにしておりました」


普段見ているものよりも大きいような気がするが、開いたらきっと美しい花を咲かせるのだろう。


「確かヤマユリだと聞いております」

「そう…開くのが楽しみね」


見回してみると、蕾を付けた株は周囲にいくつか植わっていた。一斉に開けば、きっとここは甘い香りでいっぱいになるだろう。もう数日で開いてくれるだろうとティナも微笑み、忙しい準備の日々の楽しみになりそうだと二人で笑った。


◆◆◆


半年先の結婚式。季節は春。会場に飾る花はどうしたものか。花嫁のブーケはどうしよう。花は好きだがあまり詳しくないせいで、セレスは何冊もの本に囲まれながら唸っていた。


会場を飾る花に赤い薔薇を入れるのはアランの要望だが、その他に使う花をどうするか考えなくてはならない。メインを赤にするのなら、白い花を合わせるのが無難だろうか。


春に咲いている白い花…。うんうんと唸り続けてどれ程の時間が経ったのか、ティナが心配そうにセレスの背を摩った。


「お嬢様、少し休憩致しませんか」

「そうするわ…」


あれこれ考えすぎて頭が痛い。ぐいぐいと背中を伸ばし、窓の外をぼんやりと眺める。夏の暑さは領地の方がマシだが、今よりもアランに会えなくなるのが嫌で王都に留まっていた。今朝もアランから届いたカードには「君が恋しい」と書かれ、まだ会う予定を立てられていない事に肩を落とす。


「そういえば、お嬢様が見守っていらしたヤマユリ、今朝咲いたそうですよ」

「本当!見に行きたいわ」

「そう仰るかと思いまして、既に日傘をご用意しております」


優秀な侍女がいてくれて有難い限りだ。もう少しで開きそうだった蕾は、開いたら教えてほしいと庭師に伝えてあった。今朝開いたという事は、ティナは朝から今日の休憩はヤマユリを見に行くつもりでいたのだろう。

朝のうちに開いたと伝えてしまっては、作業に集中しきれない事も見抜いていたのかもしれない。

現にうきうきと浮足立ったセレスは、普段よりも急ぎ足で庭を歩いていた。小走りで庭を突っ切る姿に庭師が驚いていたが、毎日ヤマユリの様子を見に来ていた事を知っているせいか、嬉しそうに追いかけてきた。


「まあ、本当に大きくて綺麗な花ね」


少し上がった息を整えながら、セレスは楽しみにしていた花をまじまじと観察する。先程まで格闘していた本には、紅褐色の小さな斑点が散らばると書かれていたが、この花は真っ白だ。


「どうやら変種だったようで…白黄というそうです」

「そうなのね。とても甘くて良い香り…」


うっとりと花の香りを楽しんでいると、庭師は得意げににっこりと微笑んだ。花が咲くまでには数年かかるらしく、今年漸く咲いたのが嬉しくて堪らないのだろう。

確かあの本に書かれていたヤマユリの花言葉は、荘厳、威厳、飾らぬ美。アランにぴったりの花言葉だなとぼんやりと考えていた事を思い出し、セレスはぶんぶんと頭を振った。背後で「いつもの事ですので、お気になさらず」とティナが庭師に囁いているのが聞こえたが、何も言い返せないので黙っている事にした。


「刺繍にしたら綺麗よね」

「刺している時間はありませんよ」

「そうよね…」


我ながら良い考えだと思ったのだが、実際刺繍などしている時間は無い。


「お嬢様、ゴールドスタイン様に贈りたいんですか?」

「え…」

「毎朝薔薇が届いているのは私も存じております。我らのお嬢様を大切にしてくださるゴールドスタイン様に贈られるのなら、この花も喜ぶでしょう」


明日には開きそうな蕾を幾つか見繕いながら、庭師はにこにこと微笑む。皺が目立ってきた顔をくしゃりとさせ、明日の朝摘み取って、ゴールドスタイン邸へ届けてくれると言った。ついでだから花束にしてやるから、何か手紙を添えるのなら今日中に寄越してほしいと付け足すと、庭師は良さそうな花を探しにふらりと何処かへ行ってしまった。


遠慮する暇なんてものも無かった。すらすらと言葉を紡ぐ庭師がお喋り好きだったという事を漸く思い出し、セレスは慌てて屋敷の自室へと向かう。


「良かったですね、お嬢様」

「後できちんとお礼をしないとね」

「使用人相手に丁寧すぎます」


いつもの小言を聞き流し、セレスは何を書こうか考えながら歩みを進めた。


◆◆◆


ドレスの採寸は終わった。デザインも決まったし、仮縫いが終わったら確認の為に一度持ってくることになっている。

招待状も粗方書き終わり、最終確認をして届けるだけ。

会場の飾りつけはまだまだ決まらないが、少しずつ結婚式の準備が進んでいると思うと、自然と頬が緩んだ。


「春に咲く白い花…アネモネとかどうかしら」

「花言葉は希望…でしたか」


会場に飾る花は相変わらず決まらない。自室でティナと相談していると、やけにニコニコと嬉しそうな顔をしたメイドが扉をノックした。


「どうかしたの」

「はい、お嬢様にお客様です」


来客の予定は無かった筈だが、一体誰だ。そう言いたげなティナが、メイドに誰が来たのか聞く為に扉の方へ移動する。

耳打ちされたティナは一瞬動きを止めると、セレスの方を向いてにっこりと微笑んだ。


「お嬢様、今度は走り出さないでくださいね」


きょとんとしたセレスが言葉の意味を測りかねていると、ティナはまだニヤニヤと頬を緩ませるメイドを追い払い、テーブルに乗っていた本を抱えてセレスに手を差し出した。


「応接室でお客様がお待ちです」

「だから、お客様ってどなた?」

「お嬢様が会いたくて堪らなかったお方ですよ」


その言葉を聞いたセレスは、途端に嬉しそうな顔をする。頬を染め、今にも走り出しそうになるのを必死で堪え、化粧は崩れていないか、髪型は、服は…と手早く確認していく。差し出された手を取り、ゆっくりと立ち上がると、早く行こうと言いたげな目をティナに向ける。


吹き出しそうになるのを堪えたティナに連れられ、階段を下りてすぐの応接室へと向かう。そう離れてはいない筈なのに、こんなにも遠く感じるのは、もう暫く会えなかった寂しさ故なのか、漸く会えるという嬉しさのせいなのか。


「お待たせ致しました」


応接室に入って一礼するが、声が上ずらないようにするので精一杯だった。

久しぶりに見る金色の癖毛。嬉しそうに微笑むアランは、やはり少々疲れているように見えた。


「やあ、突然来て申し訳ない」

「いえ、驚きましたけれど…お会い出来てとても嬉しいです」


アランの座るソファーに近寄ると、使用人が見ているのもお構いなしにぎゅうぎゅうと抱きしめられる。普段ならばやんわりと押し戻すのだが、久しぶりに会えた事が嬉しくて、そんな気にはなれなかった。


「どうしても会いたくなって、来てしまったよ」

「お仕事は宜しいのですか?」

「デイルに任せてきた」


また仕事を押し付けられて可哀想に。そう言いたげなティナの顔は見なかったことにして、セレスは久しぶりのアランの温もりを堪能する。肩口にぐりぐりと額を擦り付けられるのは擽ったいが、背中に腕を回して抱き返すと、なんだかとても安心した。


「本当はきちんと約束をしてから来ようと思ったんだが、今朝届いた花を見たら我慢できなかった」


ティナから「無事に届けたそうですよ」とだけ報告を受けていたが、まさかこんなに喜んでもらえるとは思わなかった。


「うちの庭師が育てましたの。ヤマユリは今年初めて花が咲いたそうで…花言葉がアラン様にぴったりなんですよ」


漸く体を離したアランに微笑みかけると、手を取り合いながら会話を楽しむ。

花言葉だけでなく、大きく華やかだからきっと似合うと思ったのだとか、ヤマユリ以外は庭師が選んでくれただとか、嬉しそうに話すセレスの言葉を、アランはにこにこと楽しそうに聞いてくれた。


「最近式の会場に飾る花を選んでいて、この本をよく読むんです。それで、ヤマユリの花言葉もここに」

「へえ、飾らぬ美、荘厳、威厳か…俺には少し仰々しくないか?」

「ぴったりでは?」

「ハロルドから聞いたのは、飾らぬ愛だったんだけれど」


そんな花言葉もあるのかと感心したが、アランはいつもの子犬のような顔をして、なんだか落ち込んだような顔をしてみせた。勿論それがわざとであり、落ち込んでなどいない事を、セレスはよく知っている。


「てっきりセレスから可愛らしい愛情表現をしてもらえたんだと思ったんだけれど」

「愛情表現…の、つもりではありますが」

「手紙にも寂しい、会いたいって書いてあったし」

「会える日を楽しみにしておりますと書いたのです!」


都合の良い解釈をするなと怒ってみせても、アランは楽しそうに笑うだけだ。最近のカードの内容が寂しくなるような事ばかりだと文句を言えば、「同じ気持ちでいてくれた?」とにんまり笑う。

何を言っても敵わない事が分かると、セレスはむくれながらテーブルに置かれていたお茶を飲んだ。


「お楽しみのところ申し訳ございませんが、式までそう時間がございません。折角ですからお二人で会場の花飾りやブーケ等お決めになっては如何でしょう」


時間を無駄にするなと言いたいティナが、持って来ていた花の本を二人に差し出しながら言う。どれどれと本を捲るアランは、セレスの機嫌を取りながらあれこれと花の名前を並べていった。


「セレスはどんな花でも似合うよ」


その一言だけで、セレスの機嫌はあっという間に治ってしまう。

嬉しそうに相談し合う二人を眺めながら、ティナはそっと壁の華になるのだった。


ヤマユリはきくち様のメモ書きから着想を得たものです。花言葉が「あ、これはアラン」としっくり来たもので…。ネットで調べたら大振りで綺麗な花でした。

書いててとても楽しかったです。ありがとうございました!

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