金獅子は今日も
アラン視点、ゴールドスタイン夫妻がイチャイチャするだけのお話です
【お知らせ】
寝取られ令嬢の王子様、白泉社様よりマンガParkにてコミカライズが決定しました!
漫画担当は きくちくらげ 様です。本当に綺麗なイラストを描かれるお方で、セレスやアランたちもとっても美しく素晴らしい作画をしていただいております。
配信開始などの詳しい日程はまだ未定ですので、確定次第またアナウンス致します。
初めて彼女を見た時、確かにこの胸はざわざわと騒めいて、世界が煌めいた気がした。それは気のせいというか、揶揄というか、まあそういう事なんだというのは分かっているけれど、本当に世界が一気に色付いた様な気がした。
人生で初めて、女性を美しいと思った。心の底から、素直に。控えめな性格なんだろうなと伺わせる顔立ちと、泣きじゃくる妹を優しく慰めるその仕草も表情も、全てが彼女の魅力を表現しているようで、彼女に自分を知ってもらいたい、彼女の事を知りたい、そんな気持ちに支配された。
所謂初恋というやつ。必死にいつもと同じ自分を取り繕って、どうか不自然でありませんようにと祈りたくなるような初対面を済ませて。名前を教えてもらえたからと、勝手に彼女が何処の誰でどんな女性なのかを調べるなんて真似をした。
きっと気持ち悪がられるだろうなと思ったが、初めての恋というやつにどうすれば良いのか分からなかったのだ。
もっとセシリアにお茶に呼んでもらうだとか、同じ貴族ならば夜会やらパーティーやら会うチャンスはあっただろうに、誰かに取られてしまう前にと必死だった。
だから経歴書なんてものまで送りつけてしまったのだが、それは未だにアランの忘れたい過去になっている。
「アラン様、どうかなさいまして?」
「いいや、なんでもないよ」
今日も妻は可愛らしい。
アランの趣味に付き合って、一緒に読書をしていたのだが、セレスは一向に頁が進まないアランの顔を覗き込む。そんな仕草が可愛らしくて、つい頬が緩んでしまうのだが致し方ない。新婚なのだから、甘い時間を堪能したって許される筈だ。
「お仕事でお疲れなのではありませんか?」
「疲れてはいるけれど、セレスと一緒ならすぐ回復するよ」
「またそういう…恥ずかしいのでやめてくださいまし」
「夫が妻に愛情を注ぐのは、至極当然の事だと思うんだけれど」
「時々にしてくださいませ!」
結婚式を終えてから数ヶ月。キスもハグも、勿論それ以上の事も済ませているというのに、この新妻は何時まで経っても初々しい。そんなところも可愛らしいのだが、アランとしてはもっと可愛がりたいし、甘やかしてやりたい。欲を言うなれば、自分が居なければ生きていけない程溺れてほしいのだが、そんな事を言えばきっと怖がらせてしまう。そっと胸の奥にひた隠しにして、アランはまた微笑みながらセレスの頬を撫でた。
「初めて会った日の事を思い出していたんだ」
「シシーとのお茶会のことですか?」
「そう。あの日セレスを見た時、本当に世界が一変したなあと思ってね。ほら、この本もそんな恋愛模様が描かれていたから」
巷の女性に大人気の恋愛小説。少々甘ったるい話ではあるものの、似たような経験と生活を送るアランには面白く思えたようで、ぱらぱらと頁を捲りながらセレスに見せた。
「ほらこれ。彼女はきっと女神だ。そうでなければこんなにも美しく、私の胸を締め付けるような笑顔を浮かべるはずがない。…俺と同じだ」
にっこりと微笑んでやれば、怪訝そうな顔をしたセレスがまた頁を捲る。随分と夢見がちな殿方が主人公のお話なのですねと呆れているが、本当にこの物語の主人公はヒロインに向ける愛情が重たく、甘ったるいのだ。ちらりとアランを見たセレスが小さく吹き出し、本当に夫のようだと笑った。
「でもこのお話、シシーが言うには悲恋だと言うではありませんか」
「まだ最後まで読んでないから結末は言わないでほしいな。まあでも悲恋だと思う。ヒロインには婚約者どころか夫がいるからね」
「それはいけませんわね」
スッと細められた目。婚約者を奪われた経験があるセレスは、浮気だとか不倫だとかいう話題を酷く嫌う。それが物語の話であっても、好んで読むことはしないし、知らずに読んでしまった時は少々機嫌が悪くなる。
「それにしても、序盤も序盤ではないですか。ずっと出会った日の事を思い出しておられたのですか?」
「まさか!初めてお茶をした時、ダンスをした日、デートをした日…あれもこれも思い出していたら楽しくなってきてね」
「真面目に読書なさい」
仕方ないのだ。妻が可愛らしくて、愛おしくて堪らないのだから。相変わらず黒くしなやかな髪は美しいし、少し恥ずかしそうにアランを見つめる新緑の瞳も、薄くて形の良い唇が嬉しそうに綻ぶのも、全てが愛おしくて堪らない。
一度拒絶された時はどうしてやろうかと思ったが、諦めず粘って本当に良かった。やろうと思えば家格が上だからと無理に結婚する事も出来たのだが、もしそうしていたらきっと今のように微笑んではくれないだろう。あの時冷静になった自分を褒めてやりたい。
「本当に、セレスは可愛いね」
「何です、突然」
常日頃思っている事。何をしても嬉しそうにしてくれるのが可愛い。仕事に行くときは少しだけ寂しそうにして、帰ってくるととびきり嬉しそうな顔をするところも可愛い。何度もしているのに、不意を突いてキスをしてみれば真っ赤になって恥ずかしがるところも、仕返しを試みようとして恥ずかしくなって何も出来ないところも、ただそこに座っているだけでも。
うっとりと蕩けた顔をしていると執事には言われたが、セレスを前にするとどうしたってそうなってしまうのだから仕方ない。
社交界では評判の夫婦なのだから良いではないかと反論しながら、執事を黙らせたのはつい先日の事。
セレスは恥ずかしいからやめてほしいと言うのだが、アランなりに自制してもまだ足りないらしい。
本当は毎日贈っていた薔薇のように真っ赤になるセレスをもっと堪能したいし、片時も離れたくない。仕事なんかしていないで、ただセレスが喜ぶことをしてやりたいのだが、そうも言っていられないので大人しく仕事をしているだけ。
最近の仕事場での口癖は「帰りたい」になったが、部下たちは呆れたように笑うだけ。
「アラン様、本当にお疲れなのでは?」
「そんなことないんだけれどな」
「お疲れだから突然恥ずかしい事を仰るのです。お休みになられますか?」
アランが持っていた本を取り上げ、セレスはぽんぽんと自身の膝を叩く。物思いに耽る夫が疲れているのだと判断したらしく、心配そうな顔でアランの顔を覗き込んだ。
本当はそんなに疲れて等いないし、眠たくもないのだが、折角の申し出を断れる筈もない。
「セレスがそう言うのなら」
有難くそのやさしさを享受しようではないか。心底嬉しそうな顔をしながら、アランはごろりとセレスの膝に寝転がる。書庫の窓からそよぐ風と、優しく頭を撫でるセレスの手の感触に目を閉じて、アランは満足げに頬を緩ませた。
今日も妻が優しくて可愛い。そっと手を伸ばし、セレスの頬に触れながら微笑んだ。
「愛してるよ」
「はい、私も」
金獅子は今日も、妻を愛している。