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侍女は見た

ティナ視点、ティナナレーション風の番外編になります。

時系列的には、アランとセレスが結婚して少し経ったくらい。ただひたすら砂糖を吐きそうなティナ視点のゴールドスタイン家の日常です。

お久しぶりです。ダルトン家侍女改め、ゴールドスタイン家奥様付侍女のティナ・ヴィクトールと申します。お嬢様こと、セレスティア・ハンナ・ダルトン様は無事アラン・ニール・ゴールドスタイン様とご結婚なされ、私も奥様に付いてゴールドスタイン家に迎え入れられましたので、現在は王都のゴールドスタイン邸で働いております。

まだお嬢様を「奥様」とお呼びするのに慣れないのですが、仕事は大して変わりませんし、奥様がとてもお幸せそうですので、私も毎日楽しく過ごしております。


少々面倒な事もありますが、まあそれはいずれ。


「ティナ!ティナはいる?」

「はい奥様、ここにおります」


今日の奥様は少々お忙しくされております。そう言うのも、近々ゴールドスタイン家の御親戚の方々にお披露目会をする予定がございますので、その際に着るドレスを仕立てるからです。奥様は最初こそ渋りましたが、私と若旦那様…アラン様とで説得した結果、何とか首を縦に振ってくださいました。

「俺の甲斐性が無いと思われてしまうよ。それに、セレスが美しく着飾ってくれたら俺もとても嬉しいんだ」なんて蕩けた顔で言われてしまえば、奥様はもう何も言えないのです。本当に、あのお方はご自分が美しいという事をよく理解していらっしゃいます。


「どうしましょう、何度も考えたのだけれど、やっぱりあのデザイナーは代金がかかりすぎると思うの」

「ですが、あの方は若旦那様のご推薦です。確かゴールドスタイン家お抱えだと仰っていましたし、面子の為にもここは我慢なさってください」

「でも…でもやっぱり私なんかにそんなにお金を使ってほしくないわ」

「いけません奥様。宜しいですか、ドレスや宝飾品というのは、その家の財政状況や見栄を測るものでもあるのです。ここで遠慮なさいますと、ゴールドスタイン家の名に傷を付けかねませんよ」


いつまで経っても遠慮がちな奥様。きっとどれだけ高価なドレスや装飾品を強請っても、奥様を溺愛なさっている若旦那様は蕩けた笑顔で受け入れるでしょうに。

ああ、次男であるアラン様が若旦那様と呼ばれていらっしゃるのは、この屋敷がいずれアラン様のものになるからです。兄上様は城勤めをしていらっしゃいませんので、爵位を継いでからも領地にお住まいになられるそうです。確か、代替わりをすると同時にこの屋敷をもらい受けるお話だったように思います。


「奥様、デザイナーの方がお見えです」

「ああ…もうそんな時間なのね。すぐに行くわ」


メイドに来客を告げられ、奥様は大きな溜息を吐かれます。恐らくご結婚なされてからサイズも変わっていらっしゃるでしょうし、この際衣裳部屋全て取り換えるくらいの気兼ねでデザインを相談していただきたいものです。


「本当に…困ったわね」

「大丈夫です奥様。きっと若旦那様はどんなドレスでも褒めちぎってくださいますから」

「そこは何も心配していないわ。…押しの強い方だったら困るわね」


奥様は押しに弱いお方ですから。きっとお好みでなくとも、強く勧められれば断れないでしょう。お任せください、その時はしっかりと私が口出しをさせていただきます。


◆◆◆


今回のデザイナーはお優しい方で助かりました。流石ゴールドスタイン家のお抱えデザイナー。品良く纏められたデザインのドレスは奥様のお気に召したご様子で、楽しそうに話し合っておられました。

サイズは少しだけふっくらされましたので、全身隅から隅まで計測済みです。元々細すぎるお方ですので、私としてはもっとお太りになられてほしいのですが…それは若旦那様にお任せすると致しましょう。奥様の口に甘いものをねじ込むのがお好きなようですから。


「なんだか少し疲れてしまったわ。ティナ、お茶にしてちょうだい」

「かしこまりました」


一時期よりはお元気になられましたが、慣れない方とお話されるのは相変わらず苦手なご様子。こんな状態で親類に紹介されるとは少々心配ですが、どうせ若旦那様はべったりくっついて離れないでしょうから、大丈夫でしょう。


「ドレスの仮縫いは二週間後には完了するようです。一度試着をしていただき、問題なければ完成までお待ちいただきます」

「分かってるわ」


お茶を差し出すと、奥様はぐったりと椅子に深く沈みこまれます。貴族の奥方にあるまじき…と怒るべきなのかもしれませんが、奥様がこのようにだらしない姿をお見せになるのは私の前だけですので、何も言わないことにします。


「憂鬱だわ。アラン様のご親族ってことは絶対美形しかいないのよ。肩身が狭いわ」

「奥様はお綺麗ですよ」

「そういう社交辞令はいらないのよ…」


うんうん唸っていらっしゃいますが、もし今若旦那様がこの場にいらっしゃれば、さぞや甘ったるい言葉をつらつらと並べ立てるのでしょう。砂糖が吐けそうです。


「何を言ってるんだいセレス。君は誰よりも可愛らしくて美しいのに」


ああほら、こんな風に。


「おかえりなさいませ!申し訳ございません、お出迎えもせずに…」

「驚かせようと思ってこっそり入ってきたんだ。そうしたら、何だか可笑しなことを言っている可愛い妻がいたものだから」


ああ、勝手に始まってしまいましたね。毎日毎日飽きもせず、若旦那様は奥様に甘ったるい口説き文句を吐き続けるのです。初めは使用人一同驚いておりましたが、私の知るアラン様という人間は、セレスティア様を心の底から愛しておられるお方ですので、驚く気持ちが全く分かりませんでした。


どうやらアラン様は、女性に心を奪われる事もなく、勿論誰かお一人と深い仲になるような事もなく、ただ真面目に仕事をこなし、王都から領地の仕事が円滑に進むよう尽力するだけのお方だったそうです。

まさか突然女性に一目惚れし、あっという間に婚約を済ませ、結婚してしまうとはなんて使用人たちは信じられなかったようです。


「今日はドレスのデザインを相談する日だっただろう?急いで戻ってきたんだが間に合わなかったな」

「お優しい方でしたので、私の好みに合わせてデザインしていただけることになりました」

「それは良かった。腕の良い職人ばかりだから、きっと気に入ると思うよ」


あっという間に奥様を膝の上に乗せ、若旦那様はソファーに腰かけます。真っ赤になったお顔が大変可愛らしいのですが、ご結婚なされてから毎日の事ですのでそろそろ慣れていただきたいものです。

若旦那様の前に紅茶の入ったカップを置くと、若旦那様は二人きりになりたいのか私に視線を向けてきます。ですが、残念ながら奥様が「置いて行かないで」と唇だけを動かして懇願されておりますので、気が付かないふりをする事にいたします。


「それにしても、セレスはこんなに可愛らしいのに、どうして自分を卑下するような事を言うんだい?」

「それは…だって、アラン様のご家族もご親戚の方々も、皆様揃ってお綺麗なんですもの」

「セレスだって俺の家族だろう?大事な奥さんなんだから」

「そうではなくて…殆どの方々が輝く金の髪をもっていらっしゃいますし…目を引く容姿の方々が多いのに、私はこんなに黒い髪で…容姿には元から自信がありませんし」


ああいけません奥様。それは若旦那様が本気を出されます。奥様の事は大好きですが、正直ご夫婦の甘ったるい空間は独り身には毒なのです。砂糖を口から吐くどころの騒ぎではなくなります。


「ティナが毎日手間をかけて手入れしているんだ。艶も良く手触りも良い綺麗な髪なんだから、そんな風に言うものじゃないよ」


そうですとも。腰まで伸びた真直ぐで癖の無い黒髪は、私の日々の努力の賜物でもあるのです。正直毎日のように若旦那様にさらさらと弄ばれているのは嫉妬に狂いそうですが、奥様には黒い髪がよくお似合いなのです。


「目を引く容姿をしている人間が多いのは認めるよ。派手な顔の人が多いからね。でもセレスにはセレスの良さがある。キラキラした新緑の瞳は宝石なんて目じゃないくらい美しいし、それを縁取る長いまつ毛も素敵だ。そうだな…年齢よりほんの少し幼く見える顔立ちも可愛らしくて良い。それがしっかり化粧をすると随分大人びてしまうのも、それを恥ずかしそうにしているのも良い」


ああ、どうすればこの空間からそっと消えられるでしょうか。聞いているだけで恥ずかしさで背中がぞわぞわ致します。仰っている事は概ね同意なのですが、これら全てが膝の上に奥様を乗せ、うっとりと僅かに頬を染めながら囁いていらっしゃるのです。どういう拷問でしょうか。


「自信を持ってとは言わないよ。そういうところも含めてセレスだし、俺はそういうところも含めてセレスを愛してるから」


ああ、吐きそうです。砂糖がざらざらと口から溢れてきそうです。最近付きまとってくる仕事仲間の事でも考えて気を紛らわせましょう。


「自信が無い部分は俺が褒め称えてあげるから、いくらでも言うと良い」

「あの、本当に…ティナが見ていますのでそろそろ…」


奥様、遅いです。


◆◆◆


胸やけしそうな生活は、もう毎日のことなので慣れてきました。慣れてきても目の前でされると少々くるものがあります。奥様が幸せそうなので良いのですけれども。結婚の良さが私には分かりませんし、夫が欲しいとも思いません。思いませんが、幸せそうに微笑んでいる奥様を見ると、少しだけ寂しい気持ちになるのです。何故かは、分かりませんが。


「やー、俺もあんな風に奥さんといちゃつく時間が欲しい」

「おや、奥方がいらっしゃるのですか」

「独り身ですよ…」


お仕事の書類を届けにいらしたデイル・アドニス様。今日も仲良くお庭で過ごされているご夫婦を遠目に身ながら、大きな溜息を吐かれています。


「嫁さんの前にまずは恋人ですかねぇ」

「はあ、頑張ってください」

「もう何年もそんな相手いないんすけどね」


聞いておりません。興味もありませんが、アドニス様はそれなりに女性人気がありそうだと思っておりましたので意外です。短く切られた茶色の髪と、少々釣り気味の切れ長の目。騎士という職業柄日に焼けておりますし、筋肉質なので、そこそこ選び放題だと思うのですが。


「あんまり憐れむような目向けないでくれません…?」

「そのようなつもりは御座いませんでしたが…失礼いたしました」

「いえいえ。それより俺あの甘ったるーい雰囲気の所に書類届けに行く勇気無いんですけど。侍女殿お願いできません?」

「ご自分のお仕事なのですから、ご自分でどうぞ」


お客様ではありますが、相手は貴族ではありませんし、そもそも最初から馴れ馴れしい態度を取られておりますので私も遠慮は致しません。さっさと行けと手をひらひらさせてみますが、本気で行きたくないのか渋い顔をなさっておられます。困りましたね、出来れば私も行きたくないのですが。


「仕方ありません。ご自分で渡してくださいませ」

「やった、侍女殿が来てくれるなら何とかなりそう」


そう仰っても、私だって行きたくないのですよ。既に遠目からでも、盛大にイチャイチャされていらっしゃるのが分かるのですから。また奥様に膝枕をされて、若旦那様は嬉しそうに微笑んでいらっしゃいます。


「お楽しみのところ申し訳ございません。デイル・アドニス様がお見えです」

「本当すみません…急ぎに書類があるのでお持ちしました」


普段は軽口を叩いていらっしゃいますのに、今日は随分としおらしいです。まあそうなる気持ちも分からなくは無いのですが。


「今日は私は非番なんだが」

「存じております!ですがハミルトン団長から急ぎと預かってまいりましたので!」


いつもはおっとりと垂れている目が、じろりとアドニス様を睨みつけます。随分と恐ろしいお顔ですが、これもきっと金獅子と呼ばれる所以なのでしょう。ゆらりと起き上がり、長い金の癖毛がさらりと揺れますが、奥様はそれを優しく撫でながら窘めます。


「アラン様、そのように睨まないでくださいまし。デイル様は言いつけられて此方にいらしただけなのですから」

「そうなんですよ!本当は休みの隊長のとこ来るの本当嫌なんですから!」

「なら来るな」

「アラン様!」


また鋭くアドニスを睨みつけた若旦那様を、奥様が厳しいお声で窘めます。珍しいこともあるものですね。ですが、一瞬でしゅんとなされた若旦那様は、渋々アドニス様から書類を受け取られます。


「次期侯爵であられるハミルトン様からのお言いつけなら、デイル様が逆らえるはずありませんわ。それを分かっていらっしゃるのですから、あまり苛めないでくださいまし」

「なんでそんなにデイルを庇うんだ!」

「アラン様が理不尽に怒るからです」


そう言うと、奥様は拗ねたようにぷいとそっぽを向かれてしまいました。そのようなお顔も可愛らしいですね。若旦那様は焦りながら奥様の機嫌を取ろうと必死なのですが、私がここにいる意味が分かりません。もう行っても宜しいでしょうか。


「あの、書類…」

「分かった!すぐ行くから書斎で待っていてくれ。セレス、頼むよこっちを向いて」


可哀想なアドニス様。理不尽に睨まれ、急ぎだと言う書類は奥様が最優先の為少々待たされることになりそうです。


「ご案内いたします」


まあそれでも、書斎に案内するという仕事を理由にこの場から退避できるのは非常に有難いのですが。


「侍女殿毎日あれ見てるの?」

「はい、砂糖が吐けそうです」

「…俺も早く嫁さん見つけよう」


アドニス様の大きな溜息は、もう本日何度目だか分かりません。元来た方向から若旦那様の悲痛なお声が聞こえてきますが、もう知ったことではありません。ご自分でどうにかなさってください。きっと奥様のことですから、すぐにお許しになってしまうのでしょうけれど。

今日も今日とて、ゴールドスタイン家は平和です。


ティナ長編が難産すぎて息抜きをしたかったのです…

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