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とある騎士のとある一日

「侍女は騎士様のお気に入り」完結後の二人の話です。

若い女性たちから人気を集める集団、騎士団。中でも若手が集まる第三部隊は、若い女性たちから黄色い悲鳴を上げられる事もあるし、警備の為見回りをしていれば、声を掛けられる事もある。


時々見回り中に素敵な出会いをしたという者もいて、幸せそうにしている姿を見る事もあるが、第三部隊の副隊長であるデイル・アドニスは不機嫌そうな顔で街を歩く。


「くっそ……仕方ないとは言えなんで今日なんだよ」


ブツブツと独り言を呟きながら歩き続けて半日ほど。本当なら今日のデイルは非番で、ティナと会う約束をしていた。だが、運悪く今日見回り担当だった隊員が三人も病欠した為、仕方なく見回り役として呼び出されてやった。


本当は本気で嫌だった。ダルトン家の侍女として働く恋人、ティナと休みが被る事は滅多に無いのだ。時々夜の短い時間に逢瀬を重ねる事はあっても、丸一日一緒にいられる事は本当に珍しい。今日という日を楽しみにしていたというのに、本当に、つくづく運が無い。


「あのう……すみません、道をお尋ねしたいのですが」

「はい、どちらまで?」


町中で声を掛けられ、デイルはすぐさまにこやかに微笑んで振り返る。老齢の女性が困り顔でとある病院の名を口にしたため、デイルは丁寧に道を教えてやった。だが、普段王都にいない人なのか、不安そうな顔をしている。


「……宜しければ、エスコートさせていただいてもよろしいでしょうか、奥様」

「え、ええ。お願いするわ」


恥ずかしそうにしている女性に手を差し出し、騎士らしい顔を作る。安心したように顔を綻ばせた女性は、離れて暮らす息子の見舞いに来たのだと話してくれた。

少し前に大怪我をして入院したと手紙を貰って、乗合馬車を何度も乗り換えて漸く王都に辿り着いたのだそうだ。


「大変でしたね。王都へようこそ」

「ふふ、息子が小さい頃、騎士になりたいって言っていた事を思い出しちゃったわ」


息子との懐かしい思い出を語る女性は、少し震える声で言葉を紡ぎ続ける。病院に近付くにつれ、女性の顔はどんどん青褪め、引き攣っていく。


ああ、これはきっと。


そう思ったデイルは、ぎゅっと唇を噛みしめて前を向く。どうか、笑顔で再会できますようにと願いながら女性を病院に送り届けると、デイルはまた、見回りをする為に元来た道を戻って行った。


◆◆◆


「疲れた……」


どうして今日に限ってこんなにも忙しいのだろう。道案内だけでなく、迷子を保護したり、落とし物を渡されたりと、細々とした仕事が多い。

適当に午前の見回りを終わらせたら帰ろうと思っていたのに、あっという間に夕方になってしまった。思い返せば昼食もとっていない事を思い出し、デイルの腹の虫が空腹を訴えて騒ぎ出した。


「厄日だ……」


どこか遠い目をしたデイルは、大きな溜息を吐きながら詰所へと戻る。もう早く報告書を作って、さっさと帰ろう。

もう一度大きな溜息を吐き、詰所の扉を開いたデイルは、同じく疲れた顔をしているアランに思い切り背中を叩かれた。


「いった!?何するんですか八つ当たりですか!」

「煩い。さっさと仕事を終わらせてお前も帰れ。俺は先に帰る」


じゃあなと手をひらひらさせたアランを見送り、デイルは痛む背中を何とか摩ろうと腕を背中に回す。

不機嫌なアランを宥める事は時々ある事だが、叩かれるのは滅多にない。

何なんだとぶつくさ文句を言いながら、いつもの執務室の扉を開いた。


「え……」

「お帰りなさい」

「何で」


いる筈のない人がそこにいる。いつもの使用人の服ではなく、少しだけお洒落をしたティナが、いつもの無表情で座っていた。


「会う約束でしたから」

「そう、だけど」


朝のうちにダルトン邸へ手紙を届けてもらった筈だ。ティナ宛ての手紙で、急に仕事になってしまったとしっかり伝えた筈。暫く会えないままだと覚悟していた筈なのに、どうしてこの場にいるのか分からず、デイルは狼狽えながらティナの元へと歩み寄った。


「会いに来てくれたのか?」

「お忙しかったようですので、軽食をお持ちしました」


どうぞと差し出された小さなバスケットには、沢山のサンドイッチが詰め込まれていた。一人で食べきれない程大量のそれは、ティナが作ってくれたようだ。


これなら仕事をしながら食べられるでしょうと微笑んだティナは、座れと自分の隣に置いた椅子をぽんぽんと叩く。大人しくそれに従って腰を下ろすと、ティナはさっと立ち上がり、デイルの後ろに回り込むと、そのまま優しく肩を揉み始めた。


「あの……」

「何ですかこの凝り固まった肩は。酷いですよ」


きちんと休んでいるのかと小言を言いながら肩を揉み続けるティナの体温を感じながら、デイルは静かに目を閉じる。

厄日だと思っていたのに、最後の仕事をしようと詰所に戻ってきた途端天国が待っていた。愛おしい恋人がわざわざ会いに来てくれて、優しく労わってくれているのが、今日一日散々だったデイルの心を癒してくれる。


「泣きそう」

「貴方に差し出すハンカチは持っていませんからね」

「もう少し優しくしてくれよ!俺仮にも恋人だぞ?」

「私の恋人は、子供のように簡単に泣いたりしませんから」


ふふふと小さく笑ったティナは、くうとなった腹の音にまた笑う。早く食べなさいとバスケットを指差して、今度は肘を使って肩を押す。毎日こんな事をしてもらえたらどんなに幸せだろう。

実家の両親がこうしているのを時々見たような気がして、何だか懐かしい気分になってきた。仕事を理由にデートをすっぽかしたのに、ティナは欠片も怒らないどころか、優しく労わってくれる。


申し訳ないのに、嬉しいと思ってしまうのは、自分が我儘だからなのだろうか。


「美味しい」

「それは良かった」


一口齧ったデイルが呟くと、ティナは嬉しそうに返してくれた。愛しい人と共に過ごせるだけでも嬉しいというのに、マッサージをされながら手料理を食べるなんて、幸せすぎて天にも昇る気分だ。


「ごめんな、約束駄目にして」

「仕事だったのですから仕方ありません。副隊長様ですからね」

「でも、ティナも時間作ってくれてたのに」


申し訳ないと項垂れたデイルに、ティナは一瞬黙って動きを止めた。そうして、何か考えた後、ゆっくりとした動きで背中からデイルを抱きしめる。

よしよしと頭を撫で、小さな声で「お疲れ様でした」と囁いた。


「昼間、暇でしたので買い物をしに街に出たのですよ。貴方が仕事をしている姿を見かけましたよ」

「見てたの?」

「ええ。お忙しそうでしたから、声は掛けませんでしたが」


自分の生活用品を買う為に一人で街に出たティナは、老齢の女性を道案内しているデイルを見かけたらしい。とても親切に、礼儀正しく騎士らしい振舞いをしているデイルを見届けた後、数時間後にまたデイルを見かけた。

幼い女の子を保護するところを見ただけなのだが、自分の恋人が街の人々に愛される騎士様である事を知り、何となく嬉しかったと恥ずかしそうに話してくれた。それがどうにも嬉しくて、気恥ずかしくて、デイルは振り返る事が出来ずにいた。


「やめて、何か恥ずかしいから」

「同感です。私も恥ずかしくなってきました」


我に返ったティナがそっと体を離す。こほんと小さな咳払いが聞こえ、少しの沈黙が流れた。


「あー……俺、残ってる仕事急いで終わらせないと」

「書類仕事があるのでしょう?旦那様から言付かっておりますよ」


これでしょう?と差し出された書類を受け取ったデイルは、ぱちくりと目を瞬かせて動きを止める。

白紙の筈の書類が、殆ど埋められているのだ。多少デイルが書かなければならない箇所は残っているが、殆ど終わった状態の書類。文字を見れば、それが誰の仕業なのかはすぐ分かる。


「それと、これを渡すように言われました」


二つに折り畳まれた紙を受け取ったデイルは、徐々に緩んだ口元を引き締める事も出来ないまま、満面の笑みをティナに向ける。


「どうされました?」

「この書類が終わったら、明日一日休んで良いって!ティナも一緒に!」

「え?私は何も聞いていませんが……」


怪訝そうな顔をして紙を覗き込んだティナは、屋敷の主の文字を読んで呆れたように溜息を吐いた。


—デイル、書類仕事が終わったら明日まで非番とする。

—ティナ、そこの馬鹿の褒美になってやってくれ。給金に色を付けるから頼むよ。


「まあ……そういう事でしたら」

「あれ、もしかして給金でほだされたりした?」

「まさか。恋人と過ごせる事を素直に喜んでいます」

「えー、それ俺の顔見て言って?ちょっと、ティナ?ティナさん!」


ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めたデイルにそっぽを向きながら、ティナは少し前の主とのやり取りを思い出す。


無理を言って仕事をさせてしまったから、少しでも早く帰れるように仕事を片付けるのだと言って、アランはせっせと自分の仕事の合間にデイルの書類仕事を片付けていた。

ティナが詰所に来たのは、夕方にはデイルが戻ってくるから、会いに来てやってほしいと手紙が来たからだ。部下に手紙を持って行けと命令するなんてと少し呆れはしたものの、いそいそと支度をして詰所に足を運んでしまったのだから、ティナもティナで寂しかったのだ。


「早く終わらせてください。退屈で眠ってしまいそうです」

「すぐ終わらせる!ディナーは何処が良いか決めておいてくれないか?どこでも連れて行くから」

「サンドイッチ、多かったですね」

「俺が全部食べる」


ディナーが食べられないでしょうと呆れ顔のティナだったが、普段大食らいのデイルならば余裕だという事をまだ知らない。

数時間後デイルが思っていたよりも食べる人間だという事を初めて知り、食べて数時間後にまた食べる事に呆れるのだが、書類と格闘しているデイルを眺めているティナは、そのことをまだ知らずにいた。


明日まで非番、それに付き合えという事はもしかして今夜はデイルの家に?と考えてしまったティナが真っ赤な顔で俯いたのだが、恋人とのディナーに浮かれているデイルは気が付かない。


「お肉が良いです」

「よーし肉な、良い店を知ってる」


今日は良い日。単純なデイルはあっという間に機嫌を直し、明日は一日ティナと一緒に過ごせる事を心底楽しみにしながら、アランに心の内で感謝をするのだった。


デイルは紳士なので、己の欲望と戦いながらちゃんとティナをダルトン邸に送り届け、翌日また迎えに行くと思いますが、普通にお持ち帰りしてる可能性が捨てきれません。ご自由にご想像ください。

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