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もう一人の幼馴染③「想い」

ショッピング街で漸く見つけた可愛らしい靴。それを箱に詰めてもらい、二人は夕方になる頃にダルトン邸に帰り付いていた。


「本当にありがとう。大事にするわ」

「夜会には向かないだろうけど、パーティーには最適だろうな、あれ。気に入ったものがあって良かったよ」


花の飾りがあしらわれたシャンパンゴールドのハイヒールは、全面にレースが縫い付けられたもので、セレスが一目で心を奪われたものだった。

試しにと履いてみれば、まるでセレスの為に作られたかのようにぴったりと合い、店主に包んでくれと頼むまでそう時間は掛からなかった。いつ履こう、あれにあうドレスはどれかしらなんてティナと嬉しそうに話しながら歩くセレスは、この日一番の笑顔を浮かべていた。

ティナもセレスの手持ちのドレスを頭の中で広げ、どのドレスに一番合うかを考えるのが楽しかったらしく、女子二人の楽しそうな会話に口を挟めないルイスは、黙って二人の後を歩くしかなかった。


「おかえりセレス。ありがとうルイス、随分楽しんだようだ」


玄関ホールまで出迎えに来たグスタフが、嬉しそうな顔をするセレスに向かって穏やかに微笑みかける。どんな靴を買ってもらって、休憩に入ったカフェのお菓子がとても美味しかったと嬉しそうに報告しながら、セレスは子供のように父のハグを受け入れる。

微笑ましい親子のやり取りを眺め、ルイスはにこにこと頬を緩ませた。


「とっても可愛い靴なのよ。届いたらお父様にもお見せしますわね。手持ちの服に合うと良いのですけれど」

「合う物がないなら新しく作りなさい。父からの婚約祝いだと思って」


もうすぐ嫁いでいく娘を甘やかしてやりたいのか、最近のグスタフはあれもこれもとセレスに与えたがる。

貴族の娘として厳しく育ててきたが、娘は可愛いものなのだ。厳しくも大事に育ててきた娘が、美しき騎士の元へと嫁いでいく。幸せそうにしているのが嬉しくもあり、寂しくもある。複雑な親心だと零しながら、酒を傾ける夜を何度過ごした事だろう。


「ああそうだ、今度ロバーツの画廊に行こうと思っているんだ。ダリアの誕生日プレゼントにしようと思ってな」

「いつでもお待ちしておりますよ。奥様のお好みはどのような?」

「そうだな…風景画か?出来れば結婚した時に一緒に行った避暑地の湖のような雰囲気の絵が良いんだが…」


うーんと低く唸るグスタフだったが、商談をするなら落ち着いて話せる場所に移動してはどうだと促すセバスチャンに従い、グスタフとルイスは応接間へ案内されていく。

セレスは歩き疲れているだろうからと、着替えて食事の時間まで休んでいなさいと追いやられてしまった。


「お父様ったら、ルイスも帰らなければならないでしょうに」

「男性は少しくらい帰りが遅くなっても許される生き物なのですよ」


小さく笑ったティナに促され、セレスも着替える為に自室に向かう。着替えたら衣裳部屋に行ってみよう。あの靴に合う服を探し出し、アランに見せるのだ。きっといつも通り目一杯褒めてくれるだろう。そう想像しながら、セレスは普段よりも軽い足取りで廊下を進んだ。


◆◆◆


衣裳部屋は思っていたよりもがらんとしている。この部屋にあるのはセレスの服だけなのだが、それにしたって少々数が少ない。困らない程度の数はあるのだが、仮にも伯爵家令嬢の衣裳部屋にしては少々寂しい数だった。


「…こんなに少なかったかしら?」

「お嬢様は普段からあまり服を欲しがりませんから。ほら、これなんて随分前に流行ったものですよ」


ひらりとティナが広げた服は、数年前に流行った柄のドレスだった。小花が散った白地に青のドレスは、流行遅れと言われるわけではなくむしろ定番化した柄なのだが、定番であるが故に何度も着ていると「ダルトン家は娘にいつも同じドレスを着せる程困窮しているのか」と噂されかねない。


「いつかも申し上げましたが、令嬢がドレスを作るのは家の見栄もございますからね。月に一着新しいものを作るのは、贅沢ではなく当たり前の事ですよ」


それは流石に作りすぎだろう。そう言いたげなセレスの表情に、ティナは「お嬢様はそういうお方でしたね」と半ば呆れたように小さく溜息を吐く。手にしていたドレスを元に戻し、少々寂しい衣裳部屋を端から端迄見聞する。

ドレスがある棚、帽子が仕舞ってある箱が積み上がった棚、靴が仕舞われている靴が並んだ棚。一つ一つ丁寧に確認しながら、ティナは数着のドレスを持ってセレスの前に立つ。


「この辺りが宜しいかと。ですが、今の時期には少々お寒いかと思われます」

「…そうね、夏物だものね」


こくりと小さく頷くティナの手には、生地の薄い夏物のドレスばかりが抱えられていた。淡い水色のパフスリーブのドレス。胸元に大きなフリルとリボンがあしらわれたブラウスに、腰元でリボンを結ぶ紺色のスカート。どちらもまだ春の遠い今の時期には寒そうだ。


「この間作ったドレスは?」

「そういえばまだ見ていませんでしたね」


真新しい箱を探し当て、ティナはそれをそっと開く。セレスも一緒になって覗き込むと、淡いグリーンのドレスが静かに収められていた。それを広げれば、裾に向かって色が濃くなっていく。セレスの瞳と、アランの瞳の色を合わせたようなドレスに、ティナは満足げな顔をしてみせた。


「良い色ですね」

「綺麗ねぇ…」

「夜会用には向きませんが、ちょっとしたお呼ばれには丁度良いでしょうね。先程購入された靴にもよく合うかと」


こくこくと頷きながら、セレスは小さくぱちぱちと手を合わせる。新しいドレスと靴でお洒落をして、アランに会ったらきっと楽しいだろう。良く似合っているよと沢山褒めてもらうのだ。きっとアランの事だから、そっと腰を抱いて可愛いと囁いてくれるだろう。


「さあお嬢様、妄想していないでこのドレスに合うアクセサリーも探しましょう。婚約お披露目のパーティーがありますし」

「ああ…そういえばもうそんな頃だったわね」


セレスとアランの婚約を祝うのに、互いの友人を呼んで気軽なパーティをする予定なのだ。元々このドレスも、そのパーティで着る為に作ったものだった。漸く思い出したセレスは、ティナと一緒に宝飾品を仕舞っている別の部屋に向かうのだった。


◆◆◆


アクセサリーを大方決め終わった頃、探しに来たメイドに連れられてセレスは食事をする為に食堂へと足を運ぶ。父とルイスの商談は流石に終わっただろうと思っていたが、まさかまたルイスと夕食を共にする事になるとは思っていなかった。

申し訳なさそうにしていたルイスだったが、出された食事をぺろりと平らげ、食後のデザートを待つ間、セレスと二人で談話室のソファーに沈み込んだ。


「ダルトン伯、地名が思い出せないって言って昔の日記探しに行くのは良いんだけど…」

「お母様と出かけた場所を思い出せないなんて!と騒がれてもねえ…」


待たされるルイスの気持ちも考えろと呆れながら、セレスは申し訳ないと詫びた。


「昼間、婚約者様結構不機嫌だったけど大丈夫か?」

「きっと大丈夫よ。アラン様は優しいもの」


眉尻を僅かに下げながら、セレスは昼間のアランの表情を思い出す。怒っているアランを初めて見たかもしれない。普段見ているアランは、とても穏やかで優しくて、セレスを心底愛おしいと想ってくれている目をしている。だが、昼間見たあの目は敵意を持っていた。「怖い」と思ってしまったのだ。この人のこんな顔を見たくない。怒らせてしまっただろうかと不安になったが、アランはセレスに視線を向けるよりも、ルイスを睨みつけていた。


「ごめんなさい、普段はあんな顔はしないのよ。どうか気を悪くして、今度のパーティーに来ないなんて言わないでね」

「ヤキモチってやつだろ?良いよ別に、気にしてないから」


へらりと笑ってくれるルイスに安心したが、婚約者の友人を睨みつけるなと今度会った時にきちんと文句を言おうと決めた。幼馴染だからと気を抜いていた事は反省すべきかもしれないが、そもそも二人で買い物に出かけるのが嫌なら最初からそう言ってくれれば良いのだ。


「嫌なら最初から駄目だって言えば良いのにとか思ってるなら、それは無理な相談だと思うよ」

「どうして?」

「男には男のプライドっていうのがあるんだよ。幼馴染と二人で出かけても良い?って可愛い婚約者におねだりされて、嫉妬するから駄目なんて言える訳ないじゃないか」


余裕があるように見せたい生き物なんだよと笑いながら、ルイスはひらりと手を振る。組んでいた足を組みなおし、まだ納得のいっていないセレスに視線を向ける。ぶつぶつと「男の人って分からないわ」と零すセレスに小さく笑いながら、ルイスは口を開く。


「まあ、余裕があるように見せたくても、実際あの男はそんなに余裕があるわけじゃなさそうだな」


口元は笑っているが、セレスをじっと見つめる目は笑っていない。スッと細められた目が、困惑するセレスの新緑の瞳を射抜くようだった。


「なあセレス、あの男の何処が良いんだ?辺境伯家出身の騎士様だから?それともあのビジュアル?毎朝贈られてくるって言う薔薇とカードのマメさ?」


つらつらとまくし立てるルイスの言葉に、セレスは一瞬考えるような目をする。うろうろとさ迷わせた視線をじっとルイスに向けると、背筋を伸ばして答えた。


「全部。騎士であるアラン様は勇ましくて格好いいし、ただのアラン様の時は大きな子犬みたいでとても可愛らしいの。いつだって私を大切にしてくれる、愛してくれるわ」


私を、私だけを。

そう続けるセレスに、ルイスはぐっと唇を噛み締めた。

ウィリアムと婚約している時には見せなかった絶対的な自信。大切にされている、深く愛されている事を自覚し、真直ぐにそれを受け入れ信じている。昔はどこか自信なさげというか、信じたいけれど疑ってしまう事に罪悪感を覚えるのだと愚痴を零していたというのに。


「自分だけを愛してくれる男だから、愛していると?」

「私だけを愛してくださるから、私も同じだけあの人を愛せるのよ」

「セレスだけを愛している男はここにもいる。俺の事も同じだけ愛してはくれないか」


ギッと小さな音がする。びくりと肩を震わせたルイスが恐る恐るそちらを見ると、嫌なタイミングで入ったなと申し訳なさそうな顔をするティナがデザートの乗ったカートを押して入って来たところだった。


「えっと…ルイス、それってどういう…?」

「ああもうこの際だから全部言うけどな!俺は昔からセレスが好きだったんだよ!」


こうなったら自棄だとソファーから立ち上がったルイスが、セレスを指差しながら勢いよく言葉を捲し立てた。


「好きだけどウィルと婚約してるし男同士の友情を壊したくなかったから我慢してたんだよ!あの馬鹿が馬鹿な事したから婚約破棄したって聞いた時はチャンスだと思ったのに!」


ぎゃあぎゃあと先程までの良い兄を気取ったルイスは何処へやら、地団駄を踏む子供のように矢継ぎ早に言葉が溢れて止まらない。

何度手紙を送っても、気晴らしに外出しようと誘っても振られ続けた挙句、漸く出てきたと思ったらあっという間にぽっと出の男に攫われた事を嘆いた。


「前にも言ったじゃないか!浮気する馬鹿なんかやめて、爵位は無いけど不自由させないから俺にするかって!」

「あれは落ち込んでる私を慰めようとしてくれたんじゃ…」

「本気で言ってたさ!でもセレスはあの馬鹿信じるからって無理して笑うし!結局裏切られて意味不明な二つ名付けられて落ち込みまくった挙句引き籠って、出て来たと思えば掻っ攫われる!なんだってんだ!」


たまたま夜会で会った時、ウィリアムは幼馴染がいるからとセレスを任せて消えた事があった。その時に言われたのだ。

きっとあの頃から分かっていた。婚約者が自分を裏切っている事を。それでも信じていたくて、ルイスの言葉は優しい兄の冗談、慰めだと思っていた。まさか本気で求婚されているなどとは夢にも思わなかったのだ。


「あの…その、ルイス」

「兎に角!まだ婚約段階で後戻り出来るだろ?少しで良いから、欠片でも良いから俺にチャンスが無いか考えてくれ」

「えっ、ちょっと、ルイス!」


じゃあなと言い捨て、ルイスはセレスの返事も聞かずに走って逃げていく。完全な言い逃げだ。待っていてくれと言っていたグスタフが戻って来るのを待つことも無く、用意されたデザートを食べる事も無く逃げていったルイスが出て行った扉をぽかんとした顔で見つめながら、セレスは何度も頭の中でルイスの言葉を反芻した。


「何と申しましょうか」


カラカラとカートを押し直したティナが、今度はこぽこぽと小さな音をさせて紅茶を注ぐ。それをそっとセレスに差し出しながら、生暖かい目を向けた。


「青春、というやつですね」


セレスはその日、デザートの味は欠片も分からなかった。


続きはまた明日です

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