小傷と共に
【注意】
アランとセレスが結婚してから二十年後くらいの話です。
本編には登場しない二人の子供とか、その他の登場人物の子供とかまあまあ好き勝手書いてます。
そういうの好き!な方はお楽しみくださいません…!
史上最年少で王国騎士団の第三部隊長になった男が居た。
名門ゴールドスタイン家に生まれた次男であり、優秀な騎士であるその男は、歳を重ねても尚美しく、そして誰よりも強い。
「ほらほらどうした?息が上がってるぞ」
誰よりも強い騎士は、現在子育ての真っ最中。ゴールドスタイン家次男、アラン・ニール・ゴールドスタインは、自身の息子を相手に木剣を振るっていた。
金の髪を長く伸ばし、背中で一本に纏めているのだが、全く髪を乱すことなく余裕の表情で息子の猛攻をいなしていく。
「くっそ…!」
「騎士になりたいのなら言葉遣いには気を付けるんだ。如何なる時も紳士であれ。騎士の基本だと教えた筈だ」
愛息子は現在十七歳。父に憧れ、騎士を志す若き騎士見習いだ。
十五歳になってすぐ訓練所に入り鍛練を積んでいるのだが、父には遠く及ばない。それが悔しくて堪らないのか、仕事が休みの父にいつも木剣を持って挑むのだ。
「あなた、程々になさってくださいね」
少し離れたところで見守っている妻、セレスティア・ハンナ・ゴールドスタイン。かつて寝取られ令嬢と呼ばれた彼女は、三人の子供の母として日々優しく子供たちを見守っている。
今日も今日とて、隣で一緒に眺めている娘、サーラ・ロザリンド・ゴールドスタインと共に息子と夫のやり取りをはらはらしながら眺めている。
「お母様、言っても無駄だわ。アルビーったら言っても聞かないんだから」
自身の弟であるアルバートを見ながら、サーラはやれやれと溜息を吐く。
母によく似た顔。黒髪をさらさらと風に躍らせ、手にしていた本に視線を戻した。
隣で心配そうにしている母に心配しすぎだと呟いても、セレスは息子が怪我をしないか不安げなままだ。
「お父様に勝てる筈無いのよ。国一番の騎士なんだから」
サーラの中で、父は絶対の強さを持つ男だった。そして、誰よりも妻を愛する夫で、我が子を慈しむ父親。いつか自分も結婚するのなら、父のような人と結婚したいとすら思っていると、サーラはセレスに話した事がある。
「あら、アルビーだってアラン様の息子だもの。いつか国一番の騎士になるかもしれないわ」
「それだと、お父様が負けるって事になるわよ」
「二人で一番、は無理かしらね」
「一番じゃないじゃない…」
何を言っているんだと呆れる娘に、セレスはどうしたものかと困り顔だ。
視線の先でまだやり合っている二人に、セレスはいつ止めに入ろうか様子を伺う。
「そういえば、ジャックはどうしたの?さっきまで庭にいたのに」
「部屋に戻ったわ。どうせいつもの書き物よ」
末息子を探すセレスに、サーラは本から視線を上げる事すらせずに答える。
昔はもっと可愛らしく甘えてくれる子だったのにと溜息を吐きながら、セレスは十九歳になった娘の隣で溜息を吐いた。
屋敷の窓に視線を向け、息子の姿を探してみるのだが、ジャックことジャクソンは部屋の机に向かっているのか姿は見えなかった。
「終わったみたい」
サーラの言葉に視線を戻すと、アルバートがアランによって地面に転がされた所だった。
悔しそうな顔をしてはいるが、その目から闘志はまだ消えていない。もう一度と木剣を握り直し、よろよろと立ち上がると、再び構え直す。
「勘弁してくれ。お前の体力について行ける程、俺はもう若くないよ」
苦笑するアランはもうやり合う気は無いのか、木剣を地面に突き刺して降参だと両手を顔の横に持ち上げる。
まだやりたいと不満げなアルバートだったが、さっさとセレスの隣に向かおうとしている父の態度に諦めたのか、仕方なく二本の木剣を手にセレスとサーラの元に歩き出した。
「お疲れ様でした」
「いやぁ、随分強くなった。きっと俺より強くなるよ」
嬉しそうにそう笑うアランの後ろで、アルバートは複雑そうな表情を浮かべた。
砂埃で汚れてしまった顔を手の甲で拭い、木剣を地面に転がすと、アルバートはアランの隣に腰を降ろした。向かっては行くが、父は憧れの人なのだ。
「もう少し体力をつけた方が良い。軸はしっかりしているから、体力が付けばもっとやれる筈だよ」
「走り込み、もっと増やす」
「筋肉も付けないとね。もっと動いて、食べて、沢山寝るんだ。育ち盛りは伸びしろしか無くて楽しいね」
ぽんぽんと息子の頭を撫で、嬉しそうにアランは笑う。
訓練所で一番の成績を誇る息子は、自慢の息子なのだ。自分によく似た息子が可愛くて仕方ないのに、自分に憧れて騎士を目指しているのが更に嬉しくて堪らないのだ。
自分に出来る事は何でもしてやりたいと思っているし、息子が望むのならばどれだけ忙しく疲れていても相手をする。それは、子供たちが生まれた頃から変わらない。
「ねえお父様、アルビーと二人でこの国一番の騎士になったとしたら、本当の一番はお父様とアルビーどっちになると思う?」
「ええ?何の話だい?」
娘からの突然の問いに困惑しながらも、アランはうーんと小さく唸りながら考える。
「俺はもう衰えるだけだから…アルビーが一番になるんじゃないか?それに、俺は一度も国一番の騎士だと思った事は無いからね」
「どうして?皆お父様が一番だって言うわ」
「一番の騎士だと思ってしまったら、そこで頭打ちになるじゃないか。いつまでも修行の身だし、若い騎士が自分を乗り越えようと努力するのなら、喜んで相手をするよ」
いつだって相手をするというのは、息子相手だけでは無い。
自分の部下であっても同じで、望まれればいつでも剣を振るった。年に一度の隊長の座を巡る模擬試合も、二年に一度の公開訓練も、いつだって全力なのだ。
公開訓練を初めて見に行ったアルバートは、初めて見る騎士としての父の姿に憧れた。それから約十年。憧れに真直ぐに向かっていく若き青年は、撫でるんじゃないと嫌がりながらも、照れ臭そうに父に向かって笑っていた。
「謙虚であれとは言わないけれど、傲慢になってはいけないよ。まあ、うちの子たちはよく分かっていると思うけれどね」
名門ゴールドスタイン家に生まれた子供たち。辺境伯家の分家に生まれたのだから、人との付き合い方、自身の在り方を覚えなさいというのはアランの教えだ。
威張り散らすのは簡単だけれど、それは偶然ゴールドスタイン家に生まれたから敬われるのであって、自分の功績では無い。それを知り覚えておくようにと、三人の子供たちは幼い頃から言い含められている。
「あれ、終わったの?」
「ジャック…窓から見ていたの?」
「ううん、静かになったから」
まだ九歳の末息子、ジャクソンが一冊の本を抱えて庭に出てくる。
今更出て来たと笑うサーラに首を振ると、当たり前のようにセレスとアランの間に体を捻じ込んだ。
「またお父様の書斎から持ち出したの?」
「うん。このシリーズ面白いんだ」
ニコニコと微笑みながら、ジャクソンは抱えて来た本の表紙をセレスに見せる。とある冒険家の日記を元にした冒険譚が、今のジャクソンのお気に入りなのだ。
「ああ、子供の頃よく読んだな。そんなに気に入ったなら、全部纏めて自分の部屋に持って行って良いよ」
「本当!」
目を輝かせるジャクソンの癖のある黒髪を撫でながら、アランは微笑む。
大事な子供たちが三人揃って両親と話しているのは、ゴールドスタイン家ではよく見られる光景だ。
もっと幼い頃は乳母に世話をされていたが、成長するにつれ両親と過ごす時間が増えた。ジャクソンは未だにナニーに世話をされる事が多いが、家族揃って過ごす時間が好きなようだ。
「新しいのを取りに行ってる間に兄さんと父様の練習終わっちゃった。もう一回やらないの?」
「勘弁してくれよ…」
ジャクソンの髪をぐしゃぐしゃに掻き回し、アランはやめてくれと苦笑する。
ジャクソンは髪が乱れる事を気にすることなく、新しい本をぱらりと開いた。
「さて、運動して喉が渇いたから、俺は何か飲んでこようかな。皆はどうする?」
「私は此処にいるわ」
「俺は走ってくる」
「僕姉様と一緒に読む。ねえこれ何て読むの?」
三人の子供たちはそれぞれ好きに時間を過ごす事にしたらしい。
セレスは立ち上がると、アランの手を取って「お供します」と笑った。
「相変わらず…」
「仲の良い夫婦だよね」
「良い事じゃん」
両親の後ろ姿を見送りながら、子供たちは小さく笑う。
両親が結婚してから約二十年。未だ手を繋いで歩き、眠る時は同じベッドで眠る。幼い頃からそれが当然だと思っていたのだが、社交界に出るようになってから、両親は他の夫婦に比べて随分と仲が良い事を知った。
「いつか結婚したら…あんな夫婦になれるのかしら」
「相手によるんじゃない?」
「そうよねぇ」
結婚相手を探し始めなければならない年齢になったサーラは、深い溜息を吐くのだった。
◆◆◆
庭が見えるサンルームは、セレスが嫁いでくる前からのお気に入りの部屋だ。
夫婦揃って椅子を並べて座り、ゆったりとお茶を楽しむ。世話をしているのは、結婚前から長らくセレスに仕えているティナだ。
「ありがとうティナ。ハンナはどうしてる?」
アランの腹心であるデイルと結婚し、一人娘の母となったティナは、苦笑しながら娘の事をセレスに話す。
最近また悩んでいるようだと話すと、小さく溜息を吐く。
「アルビーと同じ歳だから…十七歳だったか。将来の事やら何やら悩む年頃なんだよ」
「夫も同じ事を申しておりましたが…あの子は私に相談をしませんので」
娘の考える事が分からないと苦笑すると、ティナは他に何かあれば呼んでくれと告げて部屋を出る。
二人きりになったセレスとアランは、小さなクッキーを食べながら穏やかに会話を楽しんだ。
「子供たちが小さい頃も悩み事は多かったですが…成長すると子供自身が悩む事も増えますね」
「そうだね。俺たちも通った道だ」
十七歳の頃、セレスはアランとは違う男と婚約していた。十二年という長い婚約期間だったが、相手の男は心変わりをした。
どうすれば、彼の心を取り戻せるのだろうと悩んだ事もある。婚約を破棄したは良いが、この先どうすれば良いのか悩みもした。
だが、目の前で穏やかに微笑んでいる夫に見初められ、こうして穏やかな幸せを噛みしめている。
「俺が十七歳の頃は何をしていたかな」
懐かしい記憶を掘り起こす様に、アランは静かに目を閉じる。
騎士団に入れるのは十八歳から。十七歳のアランはまだ訓練所で訓練生をしていたし、出来る事なら騎士になんてなりたくないと思っていた。
十八歳になり、仕方なく騎士団に入ったのだが、それまで沢山悩んだし逃げ出したいとも思っていた。
「今では良い思い出だよ。騎士になって良かった。こうして息子に憧れてもらえて、娘からはお父様みたいな人と結婚したいって言ってもらえるんだから」
朗らかに笑うアランに、セレスも同じように笑う。
ティナの娘が何に悩んでいるのかは分からないが、幼い頃から可愛がっている子供が何かに悩んでいるのなら、何かしてやりたいと思うのは親心というやつなのだろうか。
「頼られたら手助けをしてやろう。それまでは、俺たちは見守れば良いよ」
「そうですね。まずは我が子たちですし」
セレスとアランが結婚してから随分経った。約二十年という時間を、二人手を取り合い歩んできた。
二人の周囲にいる人間も年を重ね、関係性が変わったり、家族が増えたり減ったりした者もいる。
ティナとデイルは結婚し、一人娘を可愛がっている。
セレスの友人であるサティアとアランの上司であるギルバートも何だかんだ仲良くしており、今では男女二人ずつ、四人の子供を育てる親となった。
アランの妹であるセシリアも結婚し、現在二人の子供を育てる母となっている。残念ながら夫の都合で王都からは離れてしまったが、セレスの事は未だにお姉様と慕っており、手紙のやり取りを続けている。王都に戻って来る時は必ずゴールドスタイン邸に泊るのだ。
「お兄様からも手紙が来たのですよ。反抗期の娘との関わり方を教えて欲しいんですって」
そう笑うセレスの兄、ヘンリーも家族を持った。ダルトン家の領地で妻と子供たちと共に生活しているが、所謂思春期とやらに突入した娘との関係に悩んでいるようだ。
「そう考えると、サーラはお父様嫌期ありませんでしたね」
「そう?避けられた時もあったと思うけど…」
「それはおかえりなさいのキスを嫌がったくらいでしょう?もっと深刻な拒否はありませんでした」
いつの頃からか、娘のサーラはハグはしてもキスは少しだけ嫌がるようになっていた。今は受け入れているようだが、一時期嫌がっていた時はアランはしょんぼりと肩を落としたものだ。
「兄上のとこのアイリーンも一時期お父様嫌!だったな。親馬鹿がすぎるのは俺も見ていたから気持ちは分かるけど」
「あの小さかったアイリーンがもうすぐお母さんですものね。皆歳を取りました」
結婚前、あっちに行けと散々拒否をしてくれた幼いレディは、結婚後は懐いてくれた。
暫くの間はぎこちなかったが、顔を合わせるうちにおば様と懐いてくれたし、王都に用事がある時は必ず泊りに来る。その度に年の離れた弟の話や、夫の話をしては夜更かしを楽しむのだ。
「兄上はもう孫か…俺たちの孫はまだまだ先で良いな」
「そうですか?私は久しぶりに赤ちゃんを抱っこしたいです」
「軽くてふわふわして…懐かしいね」
窓の外を眺めるアランの視線の先には、読書に飽きたらしいジャクソンが走り込みをしていた筈の兄に纏わりついている。呆れ顔で見ているサーラの表情は穏やかだ。
二人揃って地面に転がって何か遊んでいる所を眺め、夫婦は二人で小さく笑う。
「本当に…大きくなりましたね」
「そうだね。ジャックが成人したら、二人で旅行でもしようか。何処にでも連れて行くよ」
「ではゴールドスタイン領へ。久しぶりにレジーにも会いたいですし」
「良いね。元気にしてるかな?」
宝石商の従兄に娘の婚礼用に宝石をたんまり格安で仕入れてもらわねば。そうにんまり笑うアランは、左手でそっとセレスの右手を取った。そこに重ねられたセレスの左手。
二人の左手には、少し小傷のついたお揃いの指輪が嵌められている。
傷たちが、二人が共に歩いて来た時間を象徴しているようだった。
この話ではセレス38、アラン41です。子供たちの年齢も頑張って計算してみましたが何か計算違くない?があってもぬるっと見逃してください…




