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鴉はから回る

ギルバート視点番外編。本編完結後のお話です。

王国騎士団長ギルバート・パーシヴァル・ハミルトン。彼の評判と言えば、常に真っ黒な服を着た、黒目黒髪の仕事に真面目な男。彼に婚約者がいる事は知られていたが、社交界で婚約者と並んでいる姿は誰も見たことが無いし、踊っている姿も、女性をエスコートしている姿も見られた事が無い。何故なら全くしてこなかったからだ。

そんな彼の婚約者、サティア・ポーター。彼女は氷の妖精と呼ばれ、どんな男にもつんけんと冷たい態度を取り、プラチナの髪とサファイアブルーの瞳を持つ小柄な美少女と評判だった。彼女はいつでも一人で現れ、壁の華になるか、友人の令嬢たちとこそこそ話し、気が付くと消えているという、本当に妖精なのではと噂をされるような女性だった。

そんな二人が、漸く並んで社交界に現れるようになったのは、結婚してからの事である。


「漸く団長殿が踊っている姿を見られました」


そんなからかう声はよく聞こえてきたし、ギルバート自身も自覚はしている。気の利いた事は一つも言えないし、ダンスもエスコートも下手だ。自分よりも随分小柄なサティアを振り回してしまわぬよう気を付けていても、少し気が抜けるとサティアを置いて歩いてしまっている事も多々ある。

その度に申し訳なく思うのだが、どうにも隣を歩くというのが気恥ずかしい。


「それで、私に相談されても困ります」

「幼馴染なのだから少しは聞いてくれ」

「私はサティア様の侍女ですので、最優先は奥様ですわ」


ツンとそっぽを向いたクラリスは、頼むから聞いてくれと縋りたそうな顔をしたギルバートを見捨ててさっさと歩いて行く。その後ろを追いかけていく姿は鴉というより小鴨のようだが、今のギルバートは必死なのだ。


「ダンスのレッスンをさぼるからです。それに、八年も放っておくから息が合わないのですよ」


ごもっともな正論に何も言い返せないが、今ここで引くわけにはいかない。


「頼む、次の夜会は上手くエスコートしたい」


友人であるゴールドスタイン夫妻のようなエスコートに妻が憧れているのだ。少しは努力をしなくては。

頼み込まれたクラリスは、大きく溜息を吐きながら渋々首を縦に振った。


◆◆◆


「ですから!奥様の歩幅に合わせなさいと何度も言っているでしょう!」


やいやいとどやされながら、ギルバートはぎこちない動きを繰り返す。ただ歩くだけの筈なのに、腰に手を回し、相手の歩幅に合わせて足を動かし、ターンする時は優しくリード。たったそれだけの動きがぎこちない。


「どうなっているのですか!まさか奥様はずっとこんなどうしようもないエスコートをされていらっしゃるのですか!」

「どう…どうしようもない…」

「これがエスコートだと仰るのなら五歳児の方が上手にエスコートしますよ!」


そこまで言うかと睨むが、クラリスの方が鋭く睨んでくるのだから、ギルバートは唇を噛む。

一応この屋敷の主相手にここまでぎゃんぎゃん言えるのは、幼馴染という関係の成せる技なのだが、他の使用人たちはぎょっとした顔をしながら二人の動きをちらちらと覗いた。


「何をしているの?随分と騒がしいようだけれど」


広間で行われる騒ぎが気になったのか、扉の隙間からサティアが顔を覗かせる。自分の夫と侍女が仲睦まじく体を密着させているのだから、面白くなさそうな顔をしているのは仕方ない。


「違う。違うぞサティア」

「奥様、まさかとは思いますが、夜会で置いてけぼりにされた事はございませんね?」

「え?ええ、何度か…でもすぐに気が付いて戻って来てくださるわよ」

「あり得ません。何をしておられるんですか」


怒りに震える声。こんなにサティアを大切に想うような侍女だったかとギルバートは背中に嫌な汗を流すが、一度頼んでしまった手前逃げることも出来ない。


「奥様、私にお任せくださいませ。きっと完璧なエスコートをさせるとお約束いたしますわ」


キラキラと輝く笑顔は、目が笑っていなかった。


◆◆◆


休日は約束通り夫婦の時間を過ごしている。だが、平日の夜は遅くまで夫も侍女もいなくなってしまう。屋敷の広間から聞こえるクラリスの怒声は、もう慣れてしまった。

レッスンが終わると、ギルバートはげんなりと疲れ切った顔で寝室に来るのだが、相当疲れているのかすぐにベッドに体を沈めてしまう。


「大丈夫ですか?」

「あいつ…容赦無いな」

「仲がお宜しいのですね」

「幼馴染だからな」


当然のようにそう言うのだが、サティアは何となく面白くない。自分以外の異性と密着しているのがもやもやと嫌な気持ちになってしまうのだ。


「あまりご無理をなさらないでくださいませ」


それだけ言うと、サティアはさっさと布団に潜り込む。いつもならもう少し会話を楽しむ筈なのに様子が可笑しいと気付いたギルバートが恐る恐るサティアの顔を覗き込むのだが、サティアはそれを嫌がるように顔を隠してしまった。


「サティア、どうした」

「なんでもないです」

「何処か具合でも良くないのか、医者を呼ぶか?」

「元気です」


布団の中からもごもごと聞こえるくぐもった声に、ギルバートは焦り始める。体調が悪くないのに会話をしようとしてくれないなんて、どうしたら良いのか分からない。

レッスンの後はサティアと過ごせると思って頑張ったのに、ご褒美をお預けされたような気分になった。


「サティア」


丸まった布団の上にのそりと乗ってみれば、重たいと抗議するようにサティアの小さな体が動く。勿論全体重をかけるなんて事はしないのだが、少し意地悪をしているようで何だか少し楽しい。


「退いてほしいなら顔を見せてくれないか」


そっと顔の辺りの布団を退かせば、むすくれた顔のサティアが顔を覗かせた。


「何か、怒っている…のか?」

「怒ってません」

「正直に言うまで退かんぞ」


うりうりと軽く体を揺らせば、ぐえと色気のない声が聞こえた。


「エスコートの練習なら私が相手をすれば宜しいじゃないですか!」


思ってもいなかった言葉に、ギルバートの動きが止まる。重たいと怒られ、のろのろと体を離すと、顔を真っ赤にしたサティアはまた布団の中に籠城してしまった。


「クラリスは幼馴染で、男と女の関係は皆無なんだが…」

「それでも嫌なものは嫌です」


嫉妬というやつかと納得すると、ギルバートの頬はニヤニヤと緩む。自分の妻はこんなにも可愛らしい人だったかと困惑するが、どうにも表現できない感情に胸が苦しくなって、ギルバートは布団ごとサティアを抱きしめた。


「苦しい!苦しいです!」

「可愛い事を言うのが悪い」


どうにか顔を布団から出したサティアが大きく息を吸い込むと、何をするんだとギルバートを睨む。睨まれているのにニヤニヤと嬉しそうな顔をしているギルバートはわしゃわしゃとサティアの髪をかき回した。


「明日からレッスンに付き合ってくれないか。夜会できちんとエスコートしてやりたいんだ」

「最初から私に頼めば良かったのです」

「そうだな、悪かった」


素直に詫びれば許してくれたのか、サティアはもぞもぞと体を動かし、ギルバートに抱き着いた。


◆◆◆


煌びやかな夜会。もう何度も夫婦で参加しているが、漸くギルバートのエスコートが様になってきた。歩幅を合わせて歩けているし、サティアが何かに気を向けていてもそれとなくギルバートがフォローする。勿論ダンスもそれなりに踊れるようになったし、それなりに仲の良い夫婦に見えているだろう。


「あら、セレスもいますわね」

「そうだな」

「…改めて見ておりますと」


ふむ、とサティアは言葉を区切る。少し離れたところで歩いている友人夫妻の動きは滑らかで、アランのエスコートは非の打ちどころが見当たらない程完璧だ。


「アラン様のようなエスコートは、ギルバート様には無理ですわね」

「な…私だってやれば出来るぞ」

「だってギルバート様は、アラン様のように人前で密着するのは苦手でしょう?」


ぐうと言葉を詰まらせ、ギルバートは悔しそうな顔をするのだが、事実なのだから仕方無い。人前で密着するのが恥ずかしいというのは同意だし、アランはここぞとばかりにセレスを抱え込んでいるのは流石に見ていて恥ずかしい。


「アランのようにと望むのなら、努力するぞ」

「いいえ、それはもう良いのです。私たちには私たちなりの距離感があるのですから」

「…それもそうだな」


相変わらず仲睦まじい友人夫婦が此方に気付き、手を振りながら寄ってくる。


「今夜は随分と仲睦まじく」

「お前には負けるがな」


煌びやかな夜会はまだまだ続く。沢山の人込みで逸れないよう、ギルバートはサティアの腰をしっかりと捕まえた。


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