流れの料理人次郎と紅乙女の恋愛日記
「あんた、なんで料理人なんてやってるの? 魔法使いだって、剣士だって、もっと稼げる仕事色々あるのにさ」
店の常連(とは言ってもまだ、開店してから一週間もたっていないのだが)である、魔法使いのロイが次郎に尋ねる。
「俺、これ以外何も出来ないんで」
次郎は無愛想に答えた。
奥からお茶を運んで来た少し色素が薄い感じで、陶器の人形を思わせる白く透き通った肌の可愛らしい女性が、期待通りの美しい声で言葉を繋ぐようにロイに話しかけた。
「この人、不器用なんです。でも、本当にお料理が上手なんですよ」
ロイが紅乙女に見とれていると、リサがロイの皿にのった何かのフライを捕って『ぱくり』と美味しそうに食べた。
「ちょっと、何勝手に食ってるんだよ」
リサは悪びれる様子も無く、横目でロイをちらりと見ただけだった。
「こんなに美味しいのに、お客さん少ないんですね」
次郎はリサの言葉に、困ったような笑顔を浮かべた。
「客が増えると、俺がとんでもないヘマをしちまうから」
次郎がそう言うと、乙女が言葉を遮った。
「次郎さんは悪くないの! この前のフグ毒のことだって、私が勝手にやったことだもの! ちゃんと致死量よりも減らして入れたし、貴方は知らなかったもの! 」
穏やかでは無い話に、ロイはお茶を飲む手が止まった。
次郎は、驚いた顔で乙女を見つめている。
「なんで、そんなこと……」
「だって、次郎さんずっと働き詰めで、死んじゃったらどうしようかと不安になっちゃって」
次郎は照れくさそうに鼻の頭を指で掻いて、目を伏せて言った。
「馬鹿だな、死なねぇって。 それよりお客さんの前でこんな話するんじゃねえよ。 照れるじゃねぇか」
乙女は頬を染めて、ロイとリサに頭を垂れた。
「ごめんなさい、のろけちゃって」
ロイとリサは教科書に載りそうなほどの棒読みで答える。
「イイエー。 オキニナサラズ」
ロイとリサは、突っ込みたい言葉を飲み込んで勘定を済ませた。
「二度といかない、あの店……とは言い切れないコストパフォーマンスの良さだったな、リサ」
「うん、Xデイが来るかもしれないけど……あんな美味しいもの、初めて食べたよ」
ロイとリサは、街の外れに出来たばかりの小さな食堂を複雑なまなざしで振り返っていた。