第三章30 〈海釣り〉
「なぜ……一体なぜこんな事に……」
私の名前はサトゥル。
モヤの村で小さなアイテム換金所を営んでいます。
そんな私が何故、小さなボートに乗り込み海の上で巨大な魚を釣り上げようと格闘しているのでしょうか?
あの時、社交辞令で不用意な一言さえ言わなければ……。
ーー「私も子供の頃に川でよく釣りをしたもんですが……転移ゲートも設置してもらえたことですし、海釣りを始めてみようかな?」
この一言を言ってしまったがために、彼をその気にさせてしまった結果が今なのです。
「サトゥルさん、もっと巻いて巻いて!」
「ひ、ひいぃぃぃ……無理、もう無理ですよ、ユウタくん!」
「大丈夫大丈夫! いざとなったら俺が倒しますから!」
この男性がユウタくん。
エンドレスサマーのダンジョンマスターにして、海釣り部の部長です。
「疲れてきてるよ、もう少しで釣れますからね〜!」
ユウタくん、魚より私の方が疲れています。
「見えてきた、見えてきた。大物ですよ! 釣り上がったら魚拓取ってから皆んなで食べましょうね!」
彼はとても楽しそうです。
エンドレスサマー創設メンバーのタロくんとジロくんが旅に出てしまい、元気を失くしているかと思っていたのですが、そんな事はなさそうです。
「はぁっ、はあっ、はあっ、腕……腕が魚より先につりそうです!」
「ウマイ事言いますねサトゥルさん! その余裕が有れば大丈夫ですよ!」
それから魚と格闘する事およそ一時間。
「やった……私ついにやりました!」
「凄いですよサトゥルさん! 本当に釣り上げられるとは思いませんでしたよ!」
「パ、パントさんに改良していただいた釣竿のおかげです」
それよりも腕が一ミリも上がらないのですが大丈夫なのでしょうか?
「さあ戻って食べましょう!」
このあと陸に戻り、バンチさんが捌いてくれた魚のお刺身は、人生で食べたどの魚料理よりも美味しかったです。
ちなみに腕は、ユウタさんの回復魔法で無事に動かせるようになりました。
「死ぬかと思うほど大変でしたけど楽しかったです」
これが私の素直な感想でした。
「またやりましょうね。次はルアー釣りなんかも良いかもしれませんね……パントさんに相談してみよう」
「ははは。ならパントさんに一度エンドレスサマーに顔を出すように言っておきますね」
「よろしくお願いします。なんせエンドレスサマーから出られない身なんで……」
彼は守護者代理のジロさんが旅に出てしまったので、守護者としてダンジョンを離れられないそうです。
「お二人とも早く帰ってくるといいですね」
「まあそうですけど、気の済むまで旅して来て欲しいですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。基本的にジロはエンドレスサマーに監禁状態だし、タロも俺といる事が多いんで……自由に動ける時間も作ってやりたいんですよ」
「……親心ですね〜」
ユウタ君は魔物も人間も分け隔てなく接する事のできる、珍しい人です。
「じゃあ、今日はそろそろお暇しますね」
「またいつでも遊びに来てください」
「今日は姿を見かけなかったですけど、リリルちゃんとマスコさんにもよろしく伝えてください」
そう言って私は転移ゲートをくぐりモヤの村に帰りました。
「しかし楽しかったですね」
今も手に残る大物の手応え……今日は興奮して寝られそうにありませんね。