第三章24 〈紅蓮の王〉
ズゴゴゴゴ……。
守護者の間の大きく思い扉が開かれていく。
『グガァァァァァ!!』
「オイオイ! いきなりかよ!」
扉が全部開かれる前に、凄まじい音量のドラゴンの咆哮で聴覚を奪われた。
キーーーン。
チクショウ! 耳をやられた。
まさか扉を開け切る前から攻撃してくるとは。
俺より聴覚が優れているタロが心配だ。
タロを見ると、いつの間にかフルサイズに戻っていて顔も真剣そのものだ。
俺はドラゴンに攻撃されないよう動き続ける。
(タロ! 耳をやられたから、思念通信で頼む)
(分かった。分かったがユウタよ……ヤバイぞ、相手が悪い!)
(顔見知りか!?)
(若い頃に我がケチョンケチョンにされた相手だ。『紅蓮の王』と呼ばれ伝説のドラゴンだ! 今の我でも勝てるかどうか……)
(その『紅蓮の王』がアンデッド化しかけてるのかよ!?)
フルサイズのタロの数倍はあろうかという巨大なドラゴンが、アンデッド化に抵抗して暴れ回っている。
落ち着いて守護者の間を見回してみると、壁や地面に大量の血が付着していて、紅蓮の王と呼ばれるドラゴンが、どれほど長い時間アンデッド化に抵抗しているのかが分かる。
「こんなん俺達に何とか出来るのか?」
いつの間にか聴覚が回復していた事に気付く。
その時、苦しみのたうつドラゴンがタロに話掛けてきた。
『……フェンリルよ、そこのフェンリルよ。久しいの……少しは強くなれたのか?』
『……何を言うかと思えば……我は強くなったぞ? お主は再戦どころでは無さそうだがな』
『ふははは。確かに今の我にはお主と遊んでやる余裕はない。それどころかお主に頼みたいことがある』
『頼みだと?』
アンデッド化に抗いながら、紅蓮の王は話し続ける。
『我がアンデッドになってしまうのに、幾ばくの猶予もない。抗い続けてはみたが、アンデッド化は避けられぬだろう。そこでフェンリルよ……我が自我を持たぬ哀れな魔物に成り下がる前に、我にトドメを刺してはくれんか?』
なんと紅蓮の王は、タロに自分を殺してくれと頼んできた。
アンデッド化に抵抗している以上、仮に自死を選んでもアンデッド化は止められないのだろう。
自我を持たず、物を考える事も出来ない生ける屍と化すくらいなら、タロに殺される事を望んだのだ。
『……』
『頼む。時間がない』
タロが覚悟を決めて、ゆっくりと魔力を練り上げていく。
くそ! 俺にはどうする事も出来ないのか!?
「待ってくれ!」
今にもタロが紅蓮の王にトドメを刺そうかというタイミングで、飛竜に乗った皇帝ユーリィ・ドランゴニア三世が、叫びながら守護者の間に飛び込んできた。
「ユウタ!」
「リリル! カナ! 間に合ったか!」
リリルとカナが呼びに行ったくれたおかけで、皇帝は紅蓮の王がアンデッド化する前に、ギリギリ間に合った。
「おお……紅蓮の王よ! なんという姿になってしまわれたのだ」
『ユーリィか……随分と老けたの。今日は懐かしい顔が見られて、最期の日にふさわしい日となったわ』
「最期の日だなんて言わないでください。アナタはいつまでも私とこの国を、見守って下さると約束してくださったではないですか!?」
『……その約束も、もう数十年も前の事になるのか… …だが、すまぬな。その約束はもう守ってやれそうもない』
「く……なんとか……なんとか方法はないのか!!」
皇帝の悲痛な叫びに、俺は自問を開始する。
なんとか、なんとかアンデッド化を止める手はないのか?
俺の自問に答えるのは、例の声だ。
〈90%以上アンデッド化が進行しています。現状を回復する如何なる手段も存在しません〉
【黒幕】からのトドメの一言だった。
「マジか……」
〈ですが、紅蓮の王の命を繋ぐ手段なら存在します〉
「命を……繋ぐ?」
〈紅蓮の王を転生させるのです。その手段として唯一、時空魔法が存在します〉
でも前にスキルが強制起動した時は、時空魔法の軌道に失敗したはずだけど……。
〈今のアナタなら必ず成功します。己を信じてください。その時空魔法ならば紅蓮の王をアンデッド化させずにながらえさす事が出来るはずです。時間がありません、急いで下さい。詠唱などのサポートは私が行います。アナタは紅蓮の王を転生させることだけに集中して下さい〉
「いつもとずいぶん雰囲気が違うし、自我も感じさせる話し方だけど、のせられてみようじゃないの」
俺はアンデッド化寸前の紅蓮の王に時空魔法を使う事を説明する。
「皇帝、タロ! 今から紅蓮の王に時空魔法を使って転生させる! これだけが唯一の手段らしい! 離れてくれ! 紅蓮の王さんよ……もう少しだけ耐えてくれよな」
『……わかった。頼むぞユウタ』
「そんな事が可能なのか!?」
『ユウタにやれぬのであれば、誰にも出来などせん』
「……くっ! 頼むぞ!」
『……我も長くは持たぬぞ』
「ユウタ!」
「ユウタ急いで!」
俺は時空魔法行使の為に魔力を右手に集中させる。
魔力が練り上がりると共に右手に時計を模した魔法陣が浮かび上がる。
俺の周りを、魔力の粒子が重力に逆らい上昇し渦を巻く。
〈アナタが今から使う魔法は時空魔法の中でも高位の魔法。その魔法の名は『現世転生』〉
「行くぜ。時空魔法……『現世転生』!!」
魔法陣の時計の針がクルクルと回りだす。
針の回転がドンドンと加速していきそのまま光の球になる。
その光の球が弾け、目が眩むほどの光が守護者の間を照らした。
『……恩に着るぞ……人間のダンジョンマスターよ』
紅蓮の王の声が聞こえ、しばらくすると光は徐々に収まり守護者の間は、静寂に包まれていた。
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