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第三章13  〈転移石〉

 

 エンドレスサマーでは今、空前のお風呂ブームがやってきていた。


 先日砂浜に作った露天風呂は、あまりの人気のためさらに拡張され、バルおじに簡易の日除け屋根を取り付けて貰った。


 そして女子達が、人目を気にせずに入りたいと言い出したので、バルおじに頼んで四方を壁で囲んで外から見えない風呂も作ってもらった。


 これに最後まで反対したのがジョルジュだ。

 景色が見えなくなるから、そんな露天風呂はダメだと凄い剣幕だったが、レナやマルチナさんに押し切られて、あえなく退散。

 ここでもバルおじが大車輪の活躍を見せ、急ピッチで目隠しの壁を取り付けてくれた。

 バルおじ……疲れたら風呂に入ってゆっくりしてくれ。



 俺としては風呂が充実してくるのは非常にありがたい。

 風呂好きの日本人としてもそうだし、エンドレスサマーを訪れるお客にも非常に好評で、客足の増加に一役買ってくれているからだ。


 でも充実すればするほど、お湯が温泉じゃないのが寂しくなってくる。


 ささやかな抵抗として、海水を温めて塩泉風の風呂をやってみたが、肌がベタつくからと女子チームには評判が良くなかった。


「どうしたもんか……」


 なんとか風呂を温泉に出来ないか、海を眺めながら湯に浸かり、カチ割りレモンゴを食べながら、ボケーッと考えていた。


 するとマスコから【思念通信(テレパス)】だ。


(ユウタ様、レイモンド伯爵様よりお礼の品が届いております)

(わかった、すぐ行く)


 レイモンド伯爵を魔族のセバスから助けたお礼の品が届いたようだ。



 マスコのところに行くと、お礼の品を届けてくれたのはネスタだった。


「伯爵からの品持って来たぜ! 相当値の張る物らしいぜ!?」


 そう言って手渡されたのは小さな化粧箱だった。


「大きさの割に多少重量感があるな」


「肉か!?」


 いつの間にかタロも来ていた。

 ネスタのニオイでもしたのかな?


「ワンちゃん、さすがに肉は無いと思うわ」


「そうか、残念だぞ」


 化粧箱を開けてみると、中に入っていたのは二つの小さな不思議な色をした石だった。


「なんなんソレ?」


 ネスタが俺に聞くが、持って来た本人が分からないのに俺に分かるわけがない。


『そ、それは……!』


 マスコが驚いている。


「マスコ、この石が何か分かるの? 宝石では無さそうだけど」


『それは……転移石です』


 え!? マジ?

 転移石って、メチャクチャ高いんじゃなかったか?


「え!? コレ転移石なの!? 初めて見たけど、伯爵様奮発したなぁ……」


「オイラも実物は初めて見たぞ」


「こんな高い物貰っちゃって良いのかな?」


「伯爵がそれだけ感謝してるって事じゃない!? 言っておくけど、受け取らない方が失礼だからな?」


 確かに出した品物を引っ込めさせるのは失礼に当たるだろう。


「じゃあ、ありがたく頂戴いたします。伯爵にお礼を伝えてください」


 そう頼むと、ネスタは快く引き受けてくれ、忙しいからと帰っていった。




 俺は化粧箱の中の転移石を見ながら考えていた。


「なあ、マスコ、この石があれば転移ゲート作れるんじゃない!? これがあれば、バルおじの移動がかなり楽になるんじゃない?」


 今は【思念通信(テレパス)】が使えないバルおじを、いつでも往来が出来るようナイトウルフを交代でモヤに常駐させている。


『確かに転移ゲートは作れますが、この石サイズですと直径10センチ位のゲートしか作れません。人間の転移は無理でしょう』


「え? じゃあこの転移石、何に使えるの?」


 俺の問いにマスコは答えが詰まってしまう。

 そしておそらく捻り出したであろう答えが、


『手紙のやり取り……でしょうか?』


 転移石なんて貴重な物を、そんな事の為に使うのか?

 もっと絶対良い使い方があるはずだ。


「これアレなんじゃないか?」


 口を開いたのはタロだ。

 こういう時にタロが、ポロッと核心を突く事を言ったりするから侮れない。


「例えば水がとても貴重で自前で確保出来ない国があったとして、水が豊富な国と転移ゲートを設置して、水を転移させたりしてるんじやないか?」


「はぁ……当ダンジョンは水にだけは困っておりません」


 湧き水もあるし、なんなら海水を蒸留すれば、手間はかかるが水の確保には困らない。


「ユウタは本当にバカだぞ。オイラは例えばと言ったんだぞ? コレを温泉と繋げば良いんだぞ」


「そ、それだーーーーーー!」


 そうだよ、何で気がつかなかったんだ。

 コレがあれば温泉からお湯引けるじゃん。

 天然温泉100%掛け流しが謳えるじゃん。

 転移石の使い道が決まったじゃん。

 こんな貴重な物くれるなんて、伯爵ありがとう〜。

 まさに棚からぼた餅、瓢箪から駒。



「マスコ、温泉行って転移ゲート設置してくるわ」


 思い立ったら即行動。

 表情の変化は見えないが、恐らく「へ?」ってなってるマスコを尻目に、急いで旅の準備だ。




 大慌てで旅の準備を完了させ、いつものようにタロにリリルと乗って出発する。

 今回はどうしても一緒に行くと言って聞かなかったカナも一緒だ。


『出発したはいいが、何処に向かえばいいのだ?』


「……」


「ユウタ?」


「温泉ってどこにあるの? 誰か知ってる?」


『……ハッ』


 タロに鼻で笑われた。

 だけどデフォルメサイズ時にやられるよりはダメージが少ない。


「アンタよく目的地も知らずに出発出来たわね」


 リリルが呆れ果てる。

 俺はというと面目なさすぎて声も出せない。



「ユウタ、温泉なら私に心当たりがある」


 そう言ったのは無理矢理ついてきた元暗殺者カナだ。

 今はロッジ・メルビンでレナの手伝いをしている。

 カナが無理矢理ついて来たせいで、マルチナさんやレナには婚前旅行かと冷やかされた。


「そういえばカナは、掛け湯とか温泉の知識あったもんな」


「昔の稼業で親に随伴して遠征した時にな……依頼主の好意で何度か浸からせて貰った事がある」


「嫌なこと思い出させちゃったな」


「いや……子供の頃の親との数少ない団欒の思い出だよ」


「……で? 何処なのよ?」


「ドランゴニアだ」


「!? ドランゴニアって、帝国ドランゴニア!?」


 カナは黙ってうなずく。


「ドランゴニアなら入れないじゃない!」


 カナは依頼を受けて行っているから、もちろん通行証も簡単に取れたんだろうけど……。

 一応マスコに確認してみるか。


(マスコ、温泉ってドランゴニア以外ないの?)

(有名なのは、やはりドランゴニアでしょう。あの国は火山が多くありますし、湯量の豊富さを売りにしています。他にはダンジョン国家デロリアンや魔族の国セトも有名だと思います)

(そうか、やはりドランゴニアか……ありがと)



 海を渡らなきゃならないダンジョン国家デロリアンと魔族の国セトはダメだな。

 二国とも遠すぎだし、セトは魔族とも関わりたくないし。

 行くなら地続きのドランゴニアになるが……。


 それにしても帝国ドランゴニアか……転移石を乱獲されないために国境を閉ざす国。

 転移石に温泉って天然資源が凄いんだな。


 ……待てよ? 温泉を売りにしているのに、国境閉ざしてるって不自然だな。

 温泉地として開放した方が、絶対儲かるのに。


「タロ! 一度領都に向かってくれるか?」


『うん? 温泉に行くのではないのか?』


「そうなんだけどさ、伯爵の力を借りてみよう」


「確かにユウタの頼みなら、伯爵も断りづらそうね」


 俺たちはドランゴニア入国のため伯爵の力を借りに領都に向かう。



 正攻法で入国許可がおりるか試してみよう。





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