第三章6 〈潜入②〉
酷く具合が悪そうね。
私は苦しむレイモンド伯爵の様子を見ていた。
「ぐぅ……ぐあっ……ふう、ふう」
……何かを我慢している様にも見える。
(ユウタ、伯爵は何か薬を飲んでたわ。何か病気なのかな?)
(薬か……その辺はネスタに確認してみよう。薬以外に何か変わった様子は?)
(うーん……特にはないわね)
部屋中見渡してみても、特に変わった様子は見られない。
(じゃあ、セバスの方も頼む。気をつけてな)
はいはい、じゃあ移動しますか。
そのとき私はある事に気付いた。
「どうやってこの部屋出るの?」
思わず声に出しちゃったけど、ドアが閉まっている限り出られないじゃない。
最後の手段として、魔法で窓ガラス割って出るって言う強硬手段はあるけど……そんな事したら、誰かが屋敷に侵入してた事がバレちゃう。
出来れば静かに出たいし、騒ぎになれば警備がキツくなったりセバスを調べられなくなっちゃう。
仕方ないけど、もう少しこの部屋にいるしかないか……。
「ふぅっ……ふぅっ」
まだ苦しんでる。
「くっ……私は……」
私は?
そう言った後、レイモンド伯爵の様子が一変する。
さっきまで苦しんでいたのに、今はもう何もなかったかのように背筋が伸びシャンとしている。
そしてそのまま部屋を出て行った。
「チャンス!」
伯爵が部屋から出てくれたおかげで何とか私も出られたわね。
次はセバスの部屋を探さなきゃ。
でも探すって言っても、この広い屋敷のどこを探せばいいのやら……。
とりあえず入れる部屋には入ってみたけど、どこにもいないわね。
ドアが閉まってる部屋だと探しようがないんだけど……クンクン……クンクン……何か良い匂いするわね……クンクン……あっちか。
私は匂いを辿っていくと、厨房に辿り着いた。
「キャー。美味しそうなお菓子がいっぱいあるー!」
誰もいない事を確認してから、調理台の上に置かれたクッキーを一つ掴んで棚の上に隠れる。
「おいし〜」
クッキーを食べてエネルギーチャージしていると、誰かが話しながら厨房に入ってきた。
「ったく、セバスさんのお茶を何で俺が淹れなきゃなんねーんだ?」
「すみません。私も申し付けられただけなので……」
どうやら侍女と料理人が会話しているようね。
「セバスさんて何であんなに偉そうなんだ?」
「声が大きいですよ。聞こえたら大変な事になりますよ」
「執事としては雇われて日も浅いってのに」
「それ私たち侍女の間でもよく話題に上がるんですよ。伯爵様が突然連れてきた方ですから信頼が厚いのはわかるんですけどね……ああも威張られちゃうと……って感じです」
「振り回されるコッチの身にもなってほしいよな。ほらよ、お茶入ったぜ」
「ありがとうございます」
「すぐ持ってくんだろ?」
「はい。時間外なのにありがとうございました」
そう言って侍女は淹れたてのお茶を運んで行った。
セバスの所に持って行くと言ってたわね。
ちょうど良い、案内してもらいましょう。
お茶を運ぶ侍女について行き、見事セバスの部屋に潜入出来た。
「セバス様、お茶はこちらでよろしいですか?」
「うむ、ご苦労」
「では失礼します」
そう言ってお茶をティーカップに注いで、侍女は部屋を出て行った。
セバスはティーカップを手に取り、窓際に歩いて行き外を見ながらお茶を飲んでいる。
「く……くく……クハハハハハ」
ひぃ……何コイツ、急に笑い出したんですけど。
「あと少し……あと少しでゲリョルド様の命を達成できる……」
ゲリョルド? 誰の事?
「これで私もダンジョンマスターか……クハハハ。自然と笑いが溢れてしまうわ」
───ダンジョンマスター!?
やっぱり狙いはエンドレスサマーそのもの!?
て事は書状の内容は、ハナからエンドレスサマーを奪う為のものだったってことね。
でも、もし売上の70%納めますって言ってたら、どうなってたんだろう?
「なんだぁ? いつの間にやらネズミが紛れ込んどるなぁ?」
──見つかった!?
「どこの誰が放ったネズミか知らんが、くく……殺してやろう」
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
何とかしてここから逃げなきゃ!
そう思った瞬間、セバスの部屋の窓が割れて、部屋の中に煙玉が投げ込まれた。
煙玉から立ち上る煙は、あっという間にセバスの部屋に充満し、その隙に私は外に逃げることができた。
逃げながら後ろを振り返ってみると、セバスの部屋付近から離れるネスタの姿が見えた。
どうやら私のピンチにネスタが助けてくれたようだ。
私はネスタも無事に逃げられるよう祈りながら、宿のユウタの元に帰った。
◇ ◇ ◇
「お、帰ってきた!」
レイモンド伯爵の屋敷に一人潜入調査に行っていたリリルが無事に帰って来た。
「あ〜、危なかったわ〜。ネスタに次会ったら礼言っておいて。 ネスタが助けてくれなきゃ最後逃げられなかったわ」
「え? どういう事!?」
私は最後にセバスの部屋であった事をユウタに説明した。
「リリルの話が本当なら、元凶はセバスって事か? でも、伯爵の薬飲んだ後の行動もよく分からないな」
考えられるのは、伯爵が病気かもしくは良くない薬に手を出してるって事だけど、これはセバスとは無関係なんだろうか?
「ちょっとまだ判断出来ないな。明日ネスタと情報交換してみよう」
「そうね、私も疲れてクタクタだわ」
「じゃあ明日に備えて寝るとするか」
「……私が危険を伴う潜入調査してたのに、何でタロはもう寝てるの? しかも一つしかないベッドの真ん中で」
「リリルの心配はしてたんだけどな。……よっと、重たいな」
俺がタロを抱き抱えてベッドの足元の方に移動させると、リリルが枕元に寝転んだ。
「じゃあ、おやすみ」
「じゃあ、ギル呼んで朝飯食いがてらネスタ探すぞ」
タロとリリルを連れて宿を出る。
ギルには【思念通信】で連絡済みだ。
ギルと合流してから、朝から営業している店に入り適当に注文する。
「しかし領都の食べ物は何食べてもそこそこ美味いけど、ヤキメンを超える食べ物は何一つないぞ」
「そういや名物ってなんなんだろな?」
スクランブルエッグを食べながらのタロとの会話だ。
「グライシングの名物は、オコノヤキって言う野菜と肉なんかを粉と混ぜて焼いた料理だよ」
そう言って話しかけて来たのはネスタだ。
「ほう……オコノヤキ……ヤキメンと同じ波動を感じるぞ。ぜひ食してみねば」
「波動って何よ」
それにしてもオコノヤキか……まさかお好み焼きじゃないよな?
ヤキメンに続いて、またも日本の食べ物に似た食べ物が名物だったりしないよな?
こんな西洋ファンタジーな世界でさ。
「それよりもネスタ。昨日はウチのが危ない所を助けてくれたみたいで……ありがとう」
「いやいや大した事してないよ。それより何か情報は?」
「ウチのが言うには、伯爵は薬を飲んでいた事と、セバスがゲリョルドなる人物の指示で動いている事。その暁にはダンジョンマスターになれるって言っていたらしい」
「ゲリョルド……心当たりはないな、ティルトン様にも聞いておこう。ダンジョンマスターの話は分かるとして、伯爵が薬を飲んでたか……」
ネスタは顎に手を当てて何かを考えている。
「薬の名前はわかるかなぁ? 伯爵は特に持病とかはなかったはずなんだ」
リリルに薬の名前は分かるか聞いてみる。
「そこまでは分からないわ。何処にしまってあるかは分かるけど」
「しまってある場所は分かるけど、名前までは分からないみたい」
そう言って薬の場所を教える。
「そうか……薬の件は少しこっちで調べてみるよ」
「わかった。俺達はもう少し探ってから直接屋敷に行ってみるわ」
「わかった。ティルトン様にそう伝えておく」
そう言ってネスタは店を出て行った。
さて、探るって言ってもどうするかな……もう一回リリルを潜入させるか、それともタロに迷い犬のように行かせるか……。
「なんだ? さっきからオイラの顔をチラチラ見て。オコノヤキなら食べてみたいぞ!」
良し、決定だ!
タロ……行ってこい!!




