第一章3 〈守護者フェンリル〉
ズゴゴゴゴゴゴ……。
大きな扉が重そうな音を立て土煙を巻き上げながらゆっくり開いていか。
リリルと目を合わせ、互いに頷いて同意の意思を確認してから最後の部屋に入る。
一歩足を踏み入れただけで、フェンリルが道中に出てきたモンスターと格が違うのがわかる。
部屋の奥から物凄いプレッシャーを感じるのだ。
『フ……よもやこんなにも早く挑戦者が来るとは思わなんだわ……是非我を倒して解放してほしいところだが、人間とピクシーか……わざと負けるワケにはならんというのに……』
諦念の混じった重く低い声が腹に響く。
のそりと立ち上がった銀色の毛をしたフェンリルは、コチラを向き咆哮した。
あまりの声量に手で耳を塞いでしまう。
リリルにいたっては、音圧で飛ばされてしまった。
だが咆哮の後は何もしてこない、コチラを舐めているのだろう。
飛ばされたリリルを確認するとフラフラと飛び上がり、邪魔にならないように隠れていると言って後方に下がった。
俺を舐めて何もして来ないフェンリルに対し、俺も攻撃する前に、もう一度スキルを試す。
地下三階の狼の群れの他にも道中試してみたけど、リリル以外に【完全なる懐柔】は発動しなかったんだよね。
実力差などの条件があるのだろうか?
物は試しとスキルを使おうとするが、やはり発動しない。
仕方ないので攻撃に移ることにする。
剣を貰ったあの時から言ってみたかった台詞を言いたいがため、神剣エクスカリバルを鞘から抜いた。
「飛ぶ斬撃を見た事はあるか!?」
「……」
フェンリルは反応しない。
実際に剣で斬撃を飛ばす自信はないから、風魔法でそれっぽくやってみる。
「切り裂け!エア・カッター!」
簡略化された詠唱から発動される風魔法の刃、かまいたちがフェンリルを襲う。
取った! と思った瞬間にノーモーションから風魔法を放たれて相殺されてしまった。
そりゃ魔法がある世界だ……飛ぶ斬撃くらいあるわな。
よし、そろそろ本気出す……そう思った瞬間にフェンリルの周りに無数の雷球が浮かび上がっていた。
「あわわわ……」
フェンリルの周りの雷球から迸る電撃を、チートな身体能力に任せて何とか避ける。
だけど電撃は止まず、このままではジリ貧だ。
対応したいけど、イマイチ自分に何が出来るか分からんのだよなぁ。
剣と魔法が何となく使えるのはわかるんだけども。
色々試してみるしかない。
全速力で電撃を避けながら、余裕綽々のフェンリルを視界の端に捉える。
「頼む、出てくれよ!アースウォール!」
声と共に地面から土の壁がせり上がり、電撃を土中に受け流す盾となった。
「おお!上手くいった! なら次は、ストーンジェイル!!」
フェンリル目掛けて岩の柱が何本も格子状に伸びて、巨大な狼の動きを封じた。
「よーーし、イメージ通り!」
『なんだと!?だがこの程度の軛、すぐさま振り解いてくれるわ!』
岩で出来た檻を力づくで壊そうとフェンリルがもがいている。
フェンリルの動きが止まってる内に、ケリをつけなくちゃ。
一直線にフェンリルに向かい、ジャンプして顔を斬りつける。
その美しい銀色の毛に赤い色が滲む。
斬られたからなのか、フェンリルの表情には怒りの感情が混じりつつある。
どうトドメを刺そうかと考えていたら、フェンリルが檻に捕らえられたまま、大口を開き攻撃態勢に入っていた。
「ブレスか!?」
いや……違う、火球だ。
直径50センチ程の高密度に圧縮した火球が、俺を目掛けて放たれた。
また例の文字が頭に流れた。
〈スキル【打撃の極意】強制起動──成功〉
〈【身体強化】 強制起動──成功〉
〈打ち返せます〉
……打ち返せますて……。
放たれた火球は唸りを上げて襲いかかってきた。
俺は何故あんな事をしたのだろう。
打ち返せますの言葉に従って、エクスカリバルを咄嗟に鞘に納め、野球のバッティングの要領で火球を打ち返した。
グワァラゴワガキーーン!!
凄まじい音と共に打ち返された火球は、その火球を放ったはずのフェンリルに直撃して爆散した。
その衝撃でフェンリルは気を失ったようだ。
「スッゴーイ」
隠れて身を守っていたリリルに勝利条件を尋ねる。
「この場合だとフェンリルが死ぬか戦闘不能になるか、気を失ったら勝ちなんじゃないかな。多分守護者討伐の報酬が……」
物陰から出てきたリリルが言い終える前に、目の前に金色の宝箱が出現した。
早速開けてみると、何やら首輪の様な物が入っている。
「へ?これだけなの?」
「う〜ん、フェンリルにこの首輪をつけろって事かぁ?」
「ユウタは鑑定スキルとか持ってないの?」
「そんな都合良く何でもあるわけないだろ!?」
……ないよな!?
〈スキル【解析】【鑑定】を統合しますか?〉
〉はい
いいえ
……あるんかい。
〈スキル【真贋・解析】を生成しました〉
〈スキル【真贋・解析】をAUTOに設定します〉
……名前よ。すごいスキルだとは思うけど名前よ。
「……鑑定スキルありました」
「さっきないって言ったじゃない!?」
「俺も知らなかったんだから仕方ない」
「どーゆーことよ!?」
「ええい!うるさいうるさい!とにかく使うぞ」
疑問を投げかけるリリルを強引に黙らせて、鑑定スキル【真贋・解析】を使って宝箱の首輪状の物を見てみた。
アイテム名【グレイプニール】
ランク ウルトラレア
装着した天狼族を従属させ使役できる効果がある。大型の天狼属にも使用出来るよう長さは伸縮自在である。また、これを装着された大型の天狼族は一般的な狼のサイズまで小型化され、装着して主となった者の許可なく従来のサイズには戻れない。
「……らしいです」
「えぇ……なにそのフェンリル特攻」
「でもコレを気絶してる隙に無理矢理付けるのはなぁ……」
「アンタ何言ってんの?フェンリルが黙って装着すると思うの!?狼属の最上位種なのよ!? さっきだってユウタの事舐めてなけりゃ、あんなに簡単に倒せる相手じゃないのよ!?」
「それは分かってるんだけど、どうもね……」
「バカ!バカなの!?ユウタってバカなの!?」
……3回もバカって言った……覚えとくからな。
だけど、フェンリルだって好きでダンジョンの守護者になったわけじゃないんだしな。
とにかく目を覚ますのを待つとしよう。
あ〜腹減った。
「んぐんぐ……ぷはぁ!湧き水あって助かったぜ。よく考えりゃ何の準備も無しにダンジョン入るの自殺行為だな。笑える」
「なに笑ってんのよ、本当にバカね」
フェンリルが目覚めるのを待つ間、暇つぶしがてら最深部を探索してたら、綺麗な水が湧く水場を発見し休憩していたのだ。
『……我は……そうか、負けたのか』
やっとのお目覚めである。
起きたフェンリルに守護者の任が解かれる事、宝箱から天狼族を従属させ使役することの出来るグレイプニールなる首輪が手に入った事を説明した。
『矮小なる人間如きが我を使役するだと? せっかく短時間で守護者の任が解かれたのに、誰が好き好んで使役などされるというのか』
「ほら見なさい」
リリルのドヤ顔がウザイ。
「いやまあ、そう言うとは思ったんですけどね? 気を失っているところに勝手に着けるのはどうかと思ってさ」
『ふ……人間如きが、天狼族最上位種の我を慮ったというのか? 面白い奴よ』
「それしか取り柄がありませんもので……」
『遜るな人間。一つ聞かせてくれるか? お前はダンジョンマスターになって、この生まれたばかりのダンジョンをどうするつもりなのだ?』
「あ、私も聞きた〜い」
フェンリルの突然の問いに、俺は少しだけ考えてから答えた。
「マスターコアに聞いてみないと分からないんだけど、可能ならやってみたい事はある。えーと……」
そう言ってフェンリルとリリルに構想を伝えた。
「なにそれ面白そう!」
『フハハハハ!! 面白い!面白いぞ人間!』
気に入ってもらえて何よりです。
まだ実現できるかどうかは分かんないけどね。
『決めたぞ。我もその計画に付き合うとしよう……グレイプニールを着けるが良い』
「え?いいの!? 使役されちゃうんだよ!?」
『我も長く生きておるが、お前のような奴には会ったことがない。お前の計画が実現するのなら使役されるのも、また一興。気が変わる前に着けるが良い』
「……へへへ。そう言う事なら遠慮なく」
着けやすいように座って頭を下げてくれたフェンリルの首にグレイプニールを装着した。
すると、みるみるとフェンリルのサイズが、ぷっくりした芝犬くらいの大きさに縮んで、ブンブンと尻尾を振っている。
「俺の名前はユウタ。んでこっちがピクシーのリリル。これからよろしくな! そういやフェンリルの名前は?」
「オイラの名前かい!? 前の名前は捨てて新しい人生を生きるんだ。ユウタが名前つけてくれよ」
「このフェンリル性格と声変わってない?それに狼サイズになるんじゃ…」
「そんなんどうだっていいだろ? 名前かぁ……じゃあタロで」
「なにその適当な名前」
「俺の地元じゃ伝説犬の名前だぞ!」
「犬じゃないやい狼だい! でもタロか……気に入った!」
「えぇ……アンタもアンタで気に入んの?」
「てゆうか、気付いたら二足で立ってるし……グレイプニール恐るべし」
縮んだタロがいつの間にか二本の足で立って会話していた。
どうやらグレイプニールの効果でサイズダウンしている時は二足歩行が可能なようだ。
こうして俺は、新たに二足歩行する(サイズダウン時のみ)フェンリルのタロを仲間に加えダンジョンを攻略した。
あとはマスターコアにご対面するだけだ。
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ダンジョンの攻略に成功
回収した宝
・古金貨 30枚
・宝石類 14個
・金杯 2脚
・王冠 1個
・装飾付き道具箱 1個
・腕輪 2個
・首飾り 1本
・装飾付き儀式用剣 1振り
仲間になったモンスター
・ピクシーのリリル
・フェンリルのタロ
前話と合わせてダンジョン攻略中に回収した宝です。
全階層書くと長くなってしまうので省略してあります。