第二章19 〈狼、駆ける〉
「…………アレ?」
タロの召喚魔法には何も反応がない。
「おっかしいぞ。もう一回」
タロの前に召喚の魔法陣が浮かぶ。
魔力の粒子は、ウンディーネを召喚した時と同じく重力に逆らっている。
「オイラのお仲間出ておいで〜! 出ないと目玉をチョン切るぞ〜♪」
またしても一際大きな光は放つのだが、魔法陣から何かが召喚されてくる事は無かった。
「…………マジか……」
「ギャ、ギャハハハハハ!」
「な、何かあるとは想像してたけど、まさか何も無いとは!」
コラコラ、二人とも。
そんな風に笑ったらタロが可哀想でしょうが。
「タロ、元の姿でやってみたら?」
「……うん……」
いつもの変身の掛け声がない。
少なからずショックを受けている様子だ。
『フハハハハ……やはりこの身体でなくてはな』
タロが鼻先で地面に触ると、先程とは比べ物にならない精密な魔法陣が描かれる。
込められている魔力の量も桁違いだ。
……こりゃ相当プライドにさわってるな。
もし次も失敗して、ジロやリリルが笑ってしまった場合、タロがどんだけ怒るか想像も出来ない。
俺はリリルとジロに牽制の意味を込めて目配せをする。
だが、二人とも本気のタロの迫力に押されてしまったのか、さっきまでの余裕は無くなっていた。
次笑ったら、命の保証がない事を実感しているのかもしれない。
『来い……我が眷属よ』
目が眩むほどの光を放った魔法陣がバチバチと音を立てて砂煙を巻き上げた。
『……む……』
タロの声に不安感を覚えながら、砂煙が収まるのを待つ。
そして、砂煙が晴れ魔法陣があった場所には瀕死の黒い毛並みを持つ狼が一頭横たわっていた。
「お、おいタロ!」
『コヤツは……ナイトウルフのグロック……何があったのだ?』
タロがナイトウルフと呼んだ黒い狼。
なるほど、黒い毛並みと額の三日月模様がナイトウルフの所以なのか。
だが、今は傷を治す事が最優先だ。
「そんなんは後回しだろ!」
そう言って俺は瞬時に【水魔法ヒーリオ】で治療を開始する。
本来なら光属性の回復魔法の方が高位の回復魔法なのだが、ここは海のリゾート・エンドレスサマー。
地形条件が水魔法の方が有利に働くのだ。
つまり水魔法の方が地形効果の恩恵を受け易いということだ。
知識として知っていたわけじゃないが、あの一瞬、助けなきゃと思った瞬間に例の【黒幕】が魔法の提案とともに知識を頭に流し込んできた。
【水魔法ヒーリオ】の効果は抜群で、見る見るうちに黒い毛の狼の傷を治した。
『グロック……グロックよ……!』
「そ……その声は……ここ……は?」
タロの声にナイトウルフのグロックが反応する。
『グロック……我が分かるか?』
「聞き間違う……はずがありません……サガ・ティルフィング様……」
「「「────!?」」」
え!?
タロって本当の名前はサガ……サガ・ティルフィングって言うの?
いやいやいやいや……名前カッコよすぎだろ。
普段のタロとのギャップがさぁ……。
この時、タロとグロック以外の全員の気持ちが一つだったに違いない。
『その傷何があった? 我の召喚に誰も応えぬのと無関係ではあるまい!?』
「サガ様……群れが……キメラに襲われました……」
『───キメラだと!? 皆は無事なのか!?』
「分かりません……突然の事で何が何だが……それでも長が戦っていたのは見えたのですが……あまりにも戦場が混乱していたので……」
『そうか、もう良い……休んでおれ。ユウタよ……従属しておる身でありながら申し訳ないが、暇をもらえぬか?』
「何言ってんだよ、ダメに決まってんだろ?」
『ぬ……しかし……』
「勘違いするなよ。一人で行くなって言ってんの! 仲間が危ないんだろ!? タロの仲間なら俺の仲間みたいなもんだろ? 俺も行く」
『ユウタ……すまぬ』
俺にとってタロは大切な仲間であり家族だ。
そんなタロの仲間が危険な目にあってるのに、エンドレスサマーで待ってるだけなんて出来ない。
「そうと決まれば、急いで行こう。リリル、ジロ、マスコ、エンドレスサマーを、みんなを頼む」
「私が司令塔になるから大丈夫よ」
「まかしときな」
『お任せください』
「ギル、トミー!」
「へい!」
「親分!」
「何も無いとは思うが、何かあったらみんなを守ってくれ」
「「了解」」
俺は旅の準備をしながら、全員に声を掛けていく。
「ユウタ、気をつけて行けよ。帰って来るまでに基礎は完成させておくからよ」
「お願いします、バルおじ。それと帰り送れなくてすみません。アイラさん、マルチナさん、何かあったらジロとマスコの指示に従ってください」
「そんなもん気にすんな」
「わかってる」
「気をつけて行ってくるんだぞ〜」
「じゃあ行ってきます!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うっひゃああぁぁ! 速いけど怖えぇ!」
ナイトウルフのグロックの先導でタロが走る。
時速にしたら、どれくらいかはわからないが、いつものスピードより、かなり早いスピードで走っているから、振り落とされないように必死でタロにしがみついている。
『グロック……お前達の森まで、あとどのくらいだ?』
「このペースで行けば、あと一日と言ったところでしょうか」
『遅すぎる……もう少し飛ばすぞ。いけるか?』
「問題ありません。召喚で喚ばれた先が、近くに居られたサガ様の場所で良かった。違う国に喚ばれでもしていたら、確実に間に合わなかったでしょう」
『……間に合ってから言うのだな』
「まさか、人間に仕えておるとは思いもしませんでしたが……」
グロックが横目で俺をチラッと確認する。
『ワハハハハ。人間とは存外、面白い生き物だぞ』
グロックの態度を見ていると、タロって本当に狼の中じゃ偉い存在なんだなと改めて認識させられる。
名前もカッコイイし名字まであるし……本名知っちゃったら、これから何て呼べばいいのか。
タロ……サガ……サガタロー……。
「なあサガタロー」
『タロで良い』
「ですよね〜。で、今どこ向かってるの?」
『グロックの群れが住んでおる森だ』
「場所知ってんのか?」
『里の場所までは知らん』
場所を知らないタロの代わりにグロックが説明をする。
「我等には帰巣本能というものがありまして、何処からでも帰るべき場所が感覚で判るのです」
ああ、その辺は犬と一緒なのか。
そして狼は犬より家族を大事にして群れで暮らすってテレビで見た事あるな。
「それにしても襲って来たキメラの目的は何なんだろ?」
俺の質問にグロックは少しの間考えてから答える。
「わかりません。本来キメラとは生息圏が被らないはずなのですが……」
『大昔に痛い目を見せてやったと言うのに、懲りぬ奴らよ』
「何だよ、心当たりがあるのか?」
『心当たりとまでは言わぬ。ただ、奴らは理由も無しに他者族を襲ったりはせんはずだがな』
そう言いながらタロがグロックの様子を伺う。
「いや、我らにもわかりませぬ。最近ではキメラと遭遇した話すら聞いていません」
『面倒な事になっておらねば、良いがな』
平原を、山を、谷を銀色の狼と、黒い狼が駆ける。
エンドレスサマーを出てから、ただの一度も止まることなく走り続ける。
二頭の狼には休んでいる暇などない事が分かっていたからだ。
そして日付が変わろうかという頃、目的の場所に到着していた。