第一章1 〈リリル〉
引き寄せられるように、小さな山の空洞へと歩く俺。
中を覗き込んでみると、ほぼ何も見えない……真っ暗闇だ。
でも、何故か歩みを止める気には不思議とならなかった。
中に一歩足を踏み入れると、洞窟の中が急に明るくなった。
ちょうど松明や焚火などで照らされてオレンジ色に明るくなったと想像してもらえばいい。
「なにこれ……何で明るくなったんだ?」
明るくなった洞窟をよく見ると奥に地下へと続く階段が見える。
「遺跡……なのかな……。もしかしてダンジョンだったりして……ファンタジー世界なわけだし」
引き返そうかとも考えたが、怖い物見たさに先に進む事にした。
チート能力も少なからずあるしね。
地下へと続く階段を一歩また一歩と下りていく。
どれくらい階段を歩いたのだろう……いい加減代わり映えもしない風景に飽き飽きしてきた頃、階段を下り切った。
その時急に、空間に直接響くように声が聞こえたんだ。
『冒険者よ……聞こえますか……?』
ん?冒険者じゃねーし。
『そこの並々ならぬ気配を漂わせた君の事ですよ』
キョロキョロと辺りを見回す。他には誰も居ないようだが……。
『……わざとですか? まあいいでしょう。聞いているものとして話を進めます』
やっぱり俺に話しかけてんのか?
『このダンジョンは生まれたばかりでマスターが不在です。見事ダンジョンを踏破し、このダンジョンのマスターコアである私の所まで辿り着けたのなら、貴方にこのダンジョンのマスターになれる権利が発生します』
イマイチ意味がわからん。
『初めて踏破した者がダンジョンマスターになるのは、この世界の常識のはずなのですが……』
「あ……俺この世界の人間じゃないんだよね」
『……理解しかねます』
「そのままの意味なんだけど…!?」
『とにかく! 貴方だろうがそうじゃなかろうが、初めてこのダンジョンを踏破した者が、このダンジョンの支配者になれるのです』
「なるほどね〜。でもダンジョンの支配者って悪者っぽくね!?」
『ならば経営や運営をする者ではどうでしょう?』
……運営……経営者……だと……!?
ブラック企業に勤めて早半年……何度も辞めたいと思いました。
だが辞める隙さえ与えられなかった社蓄の俺が経営者に……!?
「……やる……挑戦する!」
『ならば無事踏破して私の所へ……そこで質問にも答えましょう』
「待ってな……チート能力全開で向かったらぁ」
マスターコアからの念話? が途切れた後、俺はダンジョンの奥へと向かって歩き出した。
そういや、神様がモンスターとかいる世界って言ってたけど、平原では見てない気がするなぁ……この洞窟はダンジョン言ってるくらいだかららモンスターはいるんだろうか!?
そんな事を考えながら奥へと進んでいると、何かがこっちに向かって飛んで来た。
よく見てみると、ロールプレイングゲームなんかによくいるピクシーみたいな女の子のモンスターだ。
慌てて神様に貰った剣を抜こうと手を掛けた瞬間、頭の中に、急に文字が浮かび上がり誰かの声が響いた。
〈スキル【完全なる懐柔】を使用しますか?〉
〉はい
いいえ
俺は突然の出来事にパニくってしまい、はいと返事してしまった。
すると、俺とピクシーの目が合ったと思った瞬間、一瞬だけ目の前が光ったんだ。
眩しさに驚いて目を逸らしてしまっていたが、改めてピクシーを見てみると、何だか顔つきが変わっている……今にも襲いかかってきそうだったのに、優しく可愛くなってる気がする。
〈スキル【異文化交流】をAUTOに設定します〉
と、さっきと同じに頭の中で流れた。
その途端、
「ご主人様、よろしくお願いします。リリルと申します」
「ふぁ!? 言葉が分かる! それにご主人様って……」
「なんか御主人様見てたら心のイライラしてた何かが綺麗になくなっちゃった。これからついていくからよろしくです」
「お……おう……。何だかよく分からんが仲間になったってことだな!? こちらこそよろしく。俺は竹原裕太……ユウタって呼んでくれ」
「分かりました。ユウタ様……私の事はリリルとお呼びください」
初めて遭遇したモンスターが仲間になったけど、やっぱりあの頭の中に浮かんだスキルとかが関係してるんだろうな……ジジイ……グッジョブ!
そこからはピクシーのリリルと一緒に行動する事になった。
「ユウタ様は冒険者なのですか?」
「うーん……それがよく分からんのだよねぇ」
リリルの問いの答えに困ってしまう。
なぜなら俺はこの世界かは分からないが転生するはずだったからだ。
それをあのジジイのミスで転移させられた挙句、大した説明もないまま放り出されてるんだよな。
やっぱり一度町なり村なりに行って情報を集めるべき何だろうか……でもさっきのマスターコアとかいう奴が質問に答えると言ってくれたから、先ずは奴に会いに行く事を優先しよう。
「一応、冒険者ではないと思う。全く戦えないわけではないと思うんだけど……今の目標はこのダンジョンの踏破です!」
「踏破!? ユウタ様は冒険者じゃないとの事なので説明させていただきます。……このダンジョンは生まれたばかりだからダンジョンマスターが不在なんですけど、通常人間がダンジョンマスターになる事はありえません。……歴史上でもいないんじゃないでしょうか……」
「……そうなんだ」
「そうですよ。大体が魔族か龍族がダンジョンマスターですよ。……で自分の住みやすい環境にダンジョンを改造するんです」
頭の周りをパタパタと飛びながら話すリリルに、肩に乗りなと合図すると、リリルはとても嬉しそうに肩に乗ってくれた。
「魔族や竜族か……ファンタジーだけどあまり会いたくはないな……」
「魔族や竜族といってもピンキリですけどね。その中の上位種族の上位個体がなることが多いと思います」
「へえ……」
こりゃ踏破は無理かもな〜。
まあ、無理なら無理で適当に金になりそうな物見つけて町とかに行くって手もありだな……何せ俺は一文無しだからな!
そうこうしているうちに、突き当たりにぶち当たったり、そこにまた下へと続く階段があった。
そこをリリルと下りていく。
ふむ……地下二階か……。
「なぁリリル……ダンジョンてこんなに平和な物なの? モンスターもリリルしか出てきて無いけど……」
「私をモンスターと呼ばないで下さい。人間は自分達以外をモンスターと一括りにしますけど、私たち妖精族は精霊様に仕える神聖な存在ですのよ!?」
それにしては、凄い顔付きで出てきたけどな……。
「それはさておき、通常のダンジョンでこんな事はまず有り得ません。ダンジョンマスターの性格に寄るところが大きいですが、大抵はもっと罠やらモンスターやらが張り巡らされていますわ」
「え?て事は今はチャンスって事?」
「他の冒険者も来ていないみたいですし、これ以上ない大チャンス中ですわ。マスターがいないダンジョンは他に比べれば攻略しやすいはずです。と言ってももう少し深い階層に行けば、もっと敵がいるとは思いますが……」
「……なるほど……でもモンスターはリリルみたいに仲間に出来るっぽいし大丈夫だろ」
「そんなに上手くいけばいいですけど……」
地下二階を進む間、リリルにダンジョンの簡単な説明を受けた。
要点をまとめると、
・初踏破者がダンジョンマスターになる。
・ダンジョンマスターは、そのダンジョンを自分好みに改造出来る。なのでダンジョンの特性、モンスターの配置などはマスターの性格によるところが大きい。
・世界中のダンジョンは種族問わずに、その存在・場所を把握されている。
・だが稀に何故かその存在を隠す事に成功しているダンジョンがある。
・新たにダンジョンが生まれた場合も例外なく存在と場所を認知される。
・ダンジョンマスターは本人が死亡するか、誰かに譲渡しない限り変更はしない。
という仕組みらしい。
「なるほどねぇ……他の種族が攻略しに来る前に踏破しなくちゃなのか」
だが何となくだが仕組みが分かってきたぞ。
だからあのマスターコアも支配者だの経営者だの言っていたんだな。
冷静になって考えてみると、ダンジョンマスターになった時の旨味は半端ないんじゃないのか!?
あの曲がりなりにも神様のジジイにチート能力貰った俺ならば、何とかならんだろうか……。
そして何事もないまま、地下三階へ続く階段にたどり着いた。
「……こんな簡単でいいのか?」