第二章1 〈ジョルジュ〉
「お〜いジョルジュー! 聞いたか〜?」
大通りの反対側から、幼馴染みであり仕事仲間のパンチが大声を出しながら近づいて来た。
……ったく、こんな人通りの多い所で大声で名前を呼ぶなよな、これだから脳筋野郎は。
「聞いたって何を?」
「ダンジョンだよ! アルモンティアからそう遠くない所にダンジョンが出来たんだってさ!」
ああその話か……その話なら確かに耳に入っている。
この世界にはダンジョンがある。
このダンジョンという物は不思議な場所で、ごくごく少数の特殊なダンジョンを除いて、その存在を全て把握されているのだ。
生まれたのダンジョンも例外じゃない。
世界中の冒険者ギルドや商人ギルド、それに王族なんかが所有するダンジョンレーダーなる大きな水晶に、存在場所が示されるのだ。
「そのダンジョンだけど、モッカのパーティーが入口がなかったって言って帰ってきたらしいぞ?」
「俺も聞いたけどさ……入口が無いんじゃなくて見つけられなかっただけだとしたら?」
「そりゃオメー、入れたら宝取り放題だな」
「マスターもいないダンジョンだから、宝のレベルもモンスターのレベルも未知数なのは怖いけどね」
「でもよ……生まれたてのダンジョンなんて競争率高すぎじゃないか?」
「まあ、そうだけどさ。一応レナにも聞いてみようよ」
バンチが言うレナとは、俺のチームの紅一点だ。
剣士として少しは名の知れた女冒険者だが、欠点もある。
レナは非常に美人なのだが、そのせいで高嶺の花と思われてしまうのか、男に縁がない。
本人は彼氏が欲しくてしょうがないらしいのだが……その事を知っているのは俺とバンチくらいなものだろう。
そしてバンチは大盾で敵の攻撃を凌ぐタンク役だ。
攻撃時はハンマーを使う生粋のパワーファイターだ。
バンチとは腐れ縁ってやつで、長い付き合いになっている。
コイツは典型的脳筋でプライベートじゃ筋肉と飯の事しか考えていない。
そして俺は、スナイパー……孤高のスナイパーだ。
後方から弓を使いピンポイントで敵の急所を射抜く凄腕のスナイパーさ。
男が欲しくて堪らない女剣士と脳筋タンク野郎をまとめ上げるのは、俺のような冷静で頭の切れる男じゃないと無理だろう。
この3人でチームを組んで、色々なダンジョンに挑戦したりモンスターの討伐に成功したりと、アルモンティアのギルドではそこそこ名の知れたパーティーだ。
バンチと冒険者ギルドに入り、併設された冒険者で溢れた酒場を見渡す。
いたいた……ウチの紅一点が食事をしていやがる。
「オイ、レナ」
「ジョルジュ、バンチ! 遅いよ!」
「レナが早いんだよ。約束の時間までまだあるぞ? なぁジョルジュ」
「早く来たって声は掛けられないぞ?」
「バ……ジョルジュ! そんなんじゃないって」
からかうとすぐに取り乱すが、知らない奴らからしたら、名の売れている女剣士でなおかつクールな美人とくれば余程近付き難いのか、レナの周りはいつも空席だらけだ。
彼氏が欲しくてたまらないレナの苦悩が透けて見える。
まあ、俺たちにしたらいつでも座れてありがたいがな。
「レナ、新しいダンジョンの話聞いた?」
レナの隣に座りながらバンチが例の話題を始めた。
「聞いた聞いた。でもジョージ達が入れなかったって」
モッカのチームだけじゃなくて、ジョージのパーティーも……だと?
という事は聞こえてきていないだけで、他にも沢山入れなかった奴らがいるのだろう。
「ジョルジュと話してたんだけど、入口が見つけられていないだけなんじゃないかって」
「まあ……可能性はゼロじゃないわね」
「どうする?」
「俺は構わないぜ? 空振りに終わるかも知れんけどな」
「俺は可能性にかけるべきだと思うな。冒険者としてロマンがあるよ」
「私は空振りは嫌だけど、生まれての手付かずのダンジョンは確かに魅力だわね」
「じゃあ決まりだな」
「ギルド経由の依頼じゃないから申請はしなくていいか」
「じゃあ今日は各自準備して明日の朝出発しましょう」
明日、門の前に集合する約束をして一旦解散だ。
各々明日に向けて準備をしなくちゃだからな。
かく言う俺も矢と薬類の補充と干し肉などの保存食を買いに行かねば。
おっと……ダンジョンに潜るという事は、早くても数日は帰ってこられない。
もしかしたら永遠に帰ってこられない可能性だってある。
となると、好物のアレを食べておかなきゃな。
ギルドから大通りに向かって行くと、良い香りが漂い始める。
香りのする方へと釣られて歩いて行くと、いつもの行列のお目見えだ。
俺は最後尾に並び順番を待つ。
順番を待つ間、前に並んでいる男が、かなり変な奴だと気付いた。
さっきからコイツは誰と喋っているんだ?
1人だし連れているのはピクシーとまん丸に太った犬っころだ。
おそらくはテイマーなんだろうがずっと独り言を話している。
そうか……そうだったのか……ピクシーや犬ころと旅をしているうちに、自分は会話出来ると思い込んでしまったんだな……なるほど、これが三流テイマーの末路か……哀れなもんだぜ。
俺も鬼じゃない……少々うるさくても許してやるか。
あと少しで俺の順番が回ってくるってタイミングで、いつも俺は髪型を整える。
この行列を一人で切り盛りするアイラさんに、カッコ悪い姿は見せられないからだ。
身嗜みを整えながら、俺の順番を待つ。
一度深呼吸をしておく。
こうする事で、落ち着いてアイラさんに注文できるからだ。
そして例のテイマーの順番が回ってきた。
俺まであと1組……いつもこの瞬間は緊張がマックスになる。
……ん?
あの哀れなテイマーが仲良さそうにアイラさんと喋っているじゃね〜か!
この常連の俺ですら注文と挨拶以外の会話をした事ないというのに……。
──!!
アイラさんが笑顔だと……!?
おのれ、このメルヘン野郎!!
動物やモンスターと心が通わせられると思い込んだ哀れなテイマーを演じて、アイラさんの同情を誘いやがった!
なんて野郎だ!
許せねえ……このメルヘン野郎!
顔は覚えたからな……その緊張感の欠片もないニヤけた顔は二度と忘れないぜ。
次ジョルジュ様の前にそのニヤけた面晒しやがったら、俺の愛弓ジークフリートで撃ち抜いてやるぜ。
スキル【スナイプ】使っちゃうぞ、この野郎!
買うもん買ったら、さっさとどきやがれってんだ。
おとといきやがれ!
あの脳筋野郎のバンチもアイラさんと気さくに話しやがるのが信じられない。
本当に脳みそが筋肉で出来ているのか、いつか確認してやろう。
そしてやっとあのメルヘンテイマーが去って行き、遂に俺の番がやって来た。
「あ……1つっす……」
く……今日こそは完璧にクールに注文しようと思っていたのに、あのメルヘン野郎のせいで心が乱されちまったせいで……あのメルヘンテイマー野郎!
額に汗を滲ませた、天使のようなアイラさんからヤキメンを受け取る。
「あ……あざす」
よし、お礼は言えたぞ!
出来立てホカホカのヤキメンを広場の噴水横のベンチに腰掛け食べる事にする。
ダンジョン攻略に潜ってしまったら、次はいつこのヤキメンを食べる事が出来るのか……もしかしたら最後かもしれない……よく味わって食べよう。
「うっま。これうっま。相変わらずうっま!」
……一気に食べてしまった。
だが、誰かが言ってたっけ……飯食うのが遅いやつは出世しないって。
つまり俺は出世出来るタイプって事だ。
フ……そんな出来るタイプの俺は、明日に備えて準備でもするか。
何が足りないんだっけか?
保存食と矢の補充して、回復薬なんかも切らしてたっけ。
それと今日の夕飯のヤキメンを買ってから帰るとしよう。
今回から第二章です。
よろしくお願いします!




