第一章10 〈ダンジョンリゾート『エンドレスサマー』開店します!!〉
看板を取り付けるために俺の指差す場所を見て、バルガスさんが怪訝な顔をする。
それも仕方のない事だな。
何故なら入り口の奥は岩で塞がっていて、完全に行き止まりなのだから。
「こんなところに付けてどうしようってんだ?」
はじめに全部見てもらって納得してから、取り付けてもらおうと思い、バルガスさんを連れてエンドレスサマー内部に転移する。
「なんじゃこりゃ〜!?」
バルガスさんが驚くのも無理はない。
ただの小高い岩山の中が、常夏の海なのだから。
「ここが俺たちが経営しようとしているダンジョンリゾート・エンドレスサマーです!」
「ダンジョン? ダンジョンなのかここは……ダンジョンに入るのは初めてだが……」
バルガスさんは話に聞いていたダンジョンとは余りに違うエンドレスサマーに言葉を失っていた。
俺は運良くダンジョンマスターになれた事、せっかくだからノンビリと稼げる場所にしたくてこう改造したんだと説明した。
「ここを繁盛させて、どんどん発展させていくんだからね」
「そうだぞ!」
「うわ!」
リリルの声を聞いて、バルガスさんがまたもや驚く。
エンドレスサマー内は、ダンジョンスキル【支配者】の効果で、俺のスキル【異文化交流】が全員に適応されるから、タロが人間の言葉を使っていなくても、バルガスさんもリリルやタロ達と会話出来るようになっている。
「いや理屈は分かったけどよ……脳味噌の理解が追いつかね〜わな」
「オッサン頭固いんだな!」
「人間は仕方ないわよ」
「でもアレだな。人間以外と会話出来るって最高の売りになるんじゃね〜のか!? 自分の飼ってるする猛獣やモンスターと会話してみてえ奴なんて腐る程いるだろ」
──!
全然気が付かなかった。
リリルやタロ、ジロにも働いてもらうから、お客と会話出来たら便利だぞ程度にしか思ってなかった。
……これは商売の可能性が広がったぞ。
『お帰りなさいませ』
「忘れずに俺様のワラ買ってきたか!?」
俺が商売の可能性と言う名の宇宙で、思考を巡らせていると、マスコとジロが俺たちに気付いてやって来た。
「ちゃんとここにあるぞ」
ジロに貰い物のワラの束を渡すと、ニコニコしながら去って行った。
……巣を作るのだろう。
突然の動いて喋る西洋人形と武装したヌートリアの出現に、またもバルガスさんが驚きを隠せずにいたから、去って行ったジロとマスコの紹介をしておく。
マスコは憑依型のモンスターという事にしておいた。
「もうなにが出てきても驚かね〜ぞ。そういう所だと思っておく。……しかしこれが海か……初めて見るが何つうか、こう……心が穏やかになるな」
生まれも育ちもビシエイド王国のバルガスさんは海を見るのが初めてらしい。
バルガスさんの話では、ビシエイドの人間は商人や冒険者の中でもとびきり優秀な奴しか見た事ないんじゃないか? という話だ。
ヨシヨシ……ますますエンドレスサマーにチャンスという名の風が吹いてきたぞ。
「すこしばかり潮風がベタついて臭いが、この照りつける太陽もたまんね〜な。仕事が終わったら一度海に浸からせてもらうかな……なんてな、ガハハハ」
「いえいえ、バルガスさんがお客様第一号です。是非遊んで行ってください」
「そうか? ならチャチャっと取り付けちまうか」
「この辺でいいですか〜?」
「おう!」
タロにダンジョン入り口の上まで運んでもらい、看板取り付けのために、まず土魔法で設置場所を平らに整える。
そして【四次元的なアレ】からバルガスさん改心の看板を取り出し、仮止めをする。
下に下りて傾きがないか何度も調整して本設置の場所を決めた。
「良さそうだな」
「はい、お願いします」
「じゃ、少しばかり時間が掛かるから待ってな」
そう言ってバルガスさんがダンジョンに看板を固定していく。
「いよいよね〜」
「オイラ楽しみで尻尾が止まらないよ」
「そうだな〜。看板取り付け終わったら開店だもんな」
「後はお客さんが来てくれるのを待つだけだもんね」
「マスコが言うにはちょくちょく冒険者が来てるみたいだから、いかにその人達を取り込めるかが肝心だな」
エンドレスサマーをオープンするに当たって、特に宣伝をするわけじゃないから、全てはクチコミの力にかかっている。
最初こそダンジョン攻略の為に冒険者がやってくるだろうけど、そこに攻略するダンジョンが無いと分かって誰も来なくなってしまっては意味がない。
そこにダンジョンではなく海のリゾートがあると知って遊びに来てもらわなければならいんだよね。
それから休憩を挟んでもらいながら、取り付けの完了を待った。
「っし完璧! 出来たぜ兄ちゃん!」
「やったわね!」
「ついに完成したぞ!」
「うん……うん。これからどんどん改良して発展させていかなきゃだけどな。ひとまず完成だな!」
ついにダンジョンリゾート・エンドレスサマーの完成だ。
中に戻りビーチにバルガスさんに作ってもらったビーチチェアーとビーチベッドを並べる。
うむ、なかなか雰囲気が出てきたぞ。
……何かが足りない……。
……!!
しまったパラソル! パラソル忘れてたよ〜。
今さらだから、とりあえずは無しでオープンして、今度パントさんに相談してみよう。
「バルガス〜! ここ寝てみて〜!」
タロがバルガスさんをビーチベッドに呼んでいる。
上半身裸になり、そのたくましく体を惜しげもなく披露しながらバルガスさんが横になった。
「ふう……悪くねえ。まさか俺の作ったもんが、こうやって使われるとは思わんかったが……悪くねえ」
バルガスさんは思いの外気に入ってくれてるみたいだ。
「これも食べてみてよ」
今度はリリルがカチ割りレモンゴを、パントさんに作ってもらった木のコップに入れて運んでいる。
「ウメ〜じゃね〜か! このスッキリとした酸味と氷の冷たさが常夏の海にピッタシだぜ!」
バルガスさんもグルメなのか!? まるでタロのようなコメントだな。
だがカチ割りレモンゴを食べていたバルガスさんの手がふいに止まった。
「くう〜……頭にキーンときたぜ! 兄ちゃんコレ一気食いは無理だわ。食べかけを置くローテーブルあった方が良くないか?」
それだーーー!
ビーチやプールサイドでセレブ達がトロピカルジュースやカクテルなんか飲んでるじゃん!
一口飲んで置いておくテーブル必要だよ!
何で気付かなかったんだ。
「はいよ! 毎度あり! 2日もあれば十分だぜ」
この場でバルガスさんにローテーブルの注文をする。
もちろん白く塗装するのも忘れずに頼んでおいた。
「じゃあ一回海に浸からせてもらうか……」
そう言ってバルガスさんが立ち上がり、おもむろにズボンを脱ぎ出した。
下着一枚になって海に向かって走り出す。
そして波打ち際を躊躇いもなく突っ切って、海にダイブする。
「か〜! しょっぺ〜な〜! これが海か! 一仕事終えて汗をかいた身体が一気にクールダウンされて最高だぜ!」
「オイラも泳ぐぞ!」
「私はベタつくから遠慮しとくわ」
タロが飛び込みバルガスさんと遊んでいる。
リリルはビーチチェアーにマスコと座っている。
ジロはワラを持って消えたままだから、おそらく何処かに巣でも作っているのだろう。
「しかしスゲエもんだなダンジョンてのは。外の見た目から、中にこんな広い海があるなんて想像出来ね〜ぜ。しかも魚まで泳いでいやがる」
「その辺は俺も良く分かってないんですけどね〜」
『中はあくまでも外とは異空間です。外の常識は通じません』
「まあどういう理屈でもよ……ここに海があるって事が肝心なのよ。ここは……きっと流行るぜ!」
「ん? アレなんだ!?」
バルガスさんの指差す方の海を見ると黒っぽい何かが浮かんでいる……いや、動いている。
魚や蟹は召喚して放してあるけど、モンスターは居ないはずなのに……。
「タロ!」
タロに命じて、その浮かびながら移動する何かの捕獲を命じた。
犬かきで泳ぐタロが静かに近づき一気に距離を詰める……!
獲ったか!?
浮上してきたタロは何も加えていない。
潜水して躱されたようだ。
「バルガスさん!」
万が一に備えてバルガスさんに海から上がってもらう。
しかしエンドレスサマー内に、本気じゃないとは言えタロの攻撃を躱せられる生き物がいるのだろうか?
もしや……。
「タロも上がってくれ!」
タロも海から上がらせる。
俺の考えが正しければ……。
「あそこら辺か……行くぜ! なんちゃってモーセ!!」
水属性の魔法を使い海水を操り、何かが泳いでいる場所の海をモーセのように割ってやる。
すると急に海水が無くなり泳げなくなったその生き物が海底にベチャッと落ちた。
「急に何しやがんだテメーは!」
泳いでいたのはそう、ジロだ。
ジロが武装を外して泳いでいたのだ。
「やっぱりジロか。正体不明の何かが動いていたから念のためね。タロの攻撃躱す時点で予想はしてたけど……地元で散々ヌートリアの泳ぐ姿見てるし」
「テメーは泳いでるだけで攻撃してくんのか!? ぶっ飛ばすぞ!」
ジロ、ご立腹である。
まあ怒るのも仕方ない。
「ごめんごめん。まさか武装が外せるとは思いもしなかったもんで」
「外せるから武装なんだろうが! バカかオメーは!!」
「でも武装外しちゃったら、見た目は完全にただのヌートリアよ!?」
パタパタと跳びながら近づいてきたリリルがジロにツッコミを入れた。
「テメーらは本当に……海泳ぐヌートリア見たことあんのかよ!?」
「今目の前にいるけど?」
「こらこらリリル、もうやめときな。ジロもゴメンな」
「……ったく」
ジロはプンスカ怒りながら泳いで行った。
「ふぅ……バルガスさん、驚かせてすみません」
「それは構わね〜けどよ、さすがにやりすぎだぜ?」
「ですよね〜」
「じゃあ、キリも良いし俺はそろそろ帰るわ。ローテーブルも作らなきゃだしよ」
「あ、俺もパントさんに用が出来たんで一緒に行きます」
バルガスさんとタロに湧き水で身体を流してもらってから、俺の風属性魔法で身体を乾かしてもらう。
つくづく魔法って便利だ。
「またいつでも遊びに来て下さい」
タロと2人でバルガスさんをモヤの作業場に送って、俺とタロはパントさんの店に向かった。
「おや? 不良品がありましたか?」
パントさんは俺の顔を見るなりそう言って、慌てた感じだ。
それもそうか……普通納品したその日に客が戻ってきたらクレームだと思うわな。
「違うんです。また作ってもらいたい物が出来ちゃって……コップは完璧でしたよ」
「ホッ……良かった。で、今度は何を?」
今回作ってもらいたいのは、藁葺きのリゾートパラソルだ。
バルガスさんに頼んで、全部木で作ってもらってもいいんだけど、せっかく作ってもらうなら雰囲気も大事にしたい。
藁葺きのパラソルを作ってもらうために、地面に絵を描きながら説明したら、割とすぐ理解してもらえた。
「ハッキリとは言えませんが、おそらく可能だと思います。明日早速試作してみますね」
「試作を見てからですけど、もしかしたらサイズ違いで何本かお願いするかも……」
「それは構いませんよ。お時間と代金は戴きますけどね」
パントさんも少し打ち解けてきてくれたみたいだ。
そしてエンドレスサマーに帰り、未完成ながらもついにダンジョンリゾートのオープンを迎えたのである。
いつ最初のお客さんが来るかワクワクだ。
『ダンジョンリゾート・エンドレスサマー』開店します!!
いや……海開きのが正解か?
いや、開店します!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なかなかお客さん来ないわね〜」
「オイラやる気満タンなのに!」
「ケッ…そうそう上手くいくかっての」
「アンタはまたそうやって……」
入口の岩も撤去して、エンドレスサマーがオープンして半日……1人の冒険者も来ない。
プールなんかがオープンするのと違って広告を打ったわけじゃないから、集客に時間は掛かると思ってはいたけど……。
マスコの話じゃ、結構な数の冒険者が調査に来てたっぽいのになぁ。
その冒険者達が、あそこのダンジョンは入れないっね噂広めちゃったのかな。
俺たちは理想と現実のギャップに打ちのめされて、各々自由にくつろいでしまっていた。
『ユ……ユウタ様! 冒険者です! 3人組の冒険者が今、エンドレスサマーに入ってきました。 しばらくしたら見えるハズです!!』
全員に緊張が走った。
ダンジョンの入口の洞窟から繋がる通路に全員が目を向けている。
「き……来た! 本当に来たわよ!」
「わわわ……ワン!!」
「お……落ち着けこのワンコロ…俺様みたいにドンと構えてぶっ放しゃ……」
「ぶっ放しちゃダメだぞ、ジロ! と、とにかく練習通りに行くぞ!」
「いっせ〜の〜で……」
『「「「いらっしゃいませ! エンドレスサマーへようこそ!!」」」』
やっとダンジョンリゾート開店しました。
第一章 ダンジョンマスター・ユウタはこの話で終わりです。
次回1話挟んでから、第二章スタートします!
楽しんで読んでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いします。