第1話 バーベル上げ組合
虚構〇理を見ながら書きました。
19世紀の輪舞シティ、細マッチョたちは嵐のごとく猛威を振るう筋肉犯罪にむせび泣いていた!
筋肉探偵オメガこと、バーベルリング・ホールド刑事は、その日非番であり、一日中バルクアップに励む予定だったのだが、特大の筋肉犯罪が発生し、急な呼び出しを食らっていた。
うっぷんを晴らすかのようにプロテインを飲みつつ、筋トレ後30分以内のタンパク質摂取で効率の良いバルクアップを図り、現場に急行する!
春らしい気温で筋トレに最適なその日、輪舞シティの中心部大通りにて、オーゼキ・テンポーザンが顎を砕かれ、頭をかち割られているのを、通りすがりの細マッチョが発見した! 細マッチョは恐怖のあまり大腿三頭筋をブルブルと震わせながら、すぐにポリスに通報した。
知らせを受けた輪舞ポリス「スットコドッコイ・ヤード」は、肉体派のチョコレート・プロテイン警部を現場に向かわせた!
チョコレート警部は輪舞ポリスの中でもかなりのマッチョであり、並大抵の筋肉犯罪には耐性がある!
だが、現場を見たチョコレート警部は思わず、大胸筋を震わせた!
「これは、帝国へ興行スモーに来ている、オーゼキ・テンポーザンじゃあないか!」
オーゼキ・テンポーザンは、トーヨーの神秘的興行武道を生業とするマッチョ、すなわちスモーレスラーであった!
彼のスモーは、肥大化した筋肉とそれを覆う鎧のような脂肪を持つスモーレスラーたちの中でも特に異端であった。
テンポーザンは“受けの美学”をモットーとした剛の者であり、怪力自慢のスモーレスラーたちが放つテッポー(※張り手のことである)をすべて受けきる試合展開で人気を博していた。
しかし警部の目の前には、変わり果てたテンポーザンの死体!
普段から砲撃のようなテッポーを食らってもびくともしないテンポーザンの顎が! 頭が! 正面から打ち砕かれている!!!
チョコレート警部は、鉄柱などを使った大掛かりな仕掛けを使った計画的犯行だと判断したが、筋肉犯罪が増えている昨今、念のため、筋肉犯罪の専門家、バーベルリング・ホールド刑事を呼び出すことにした。
待つこと10分、およそ人類とは思えないほどに肥大化した筋肉を、かろうじて特注のスーツで覆い隠したバーベルリング・ホールド刑事、通称、筋肉探偵オメガが到着した!
オメガというのは、彼の筋肉が人類の限界までバルクアップしていることからつけられた二つ名である! 刑事なのに探偵と呼ばれるのは、彼がシャーロッキアンゆえに、探偵と呼ばれたがったためである! 深い意味はない!
現場にたどり着き、警部に敬礼したオメガは、死体を見て慟哭した。
「ああ、我が友テンポーザン! こんな変わり果てた姿になるなんて!」
オメガはテンポーザンとは3日前にジムで顔を合わせ、ともにバーベルを持ち上げ競い合った仲である!
一緒にバルクアップに励んだら、期間を問わず友人! これがオメガというマッチョの人生訓である!
チョコレート警部から現場の状況を聞いたオメガは、警部の推理に納得がいかなかったため、筋肉推理を始めた。
オメガの悲しみを共有したのか、大胸筋が、上腕二頭筋が、上腕三頭筋が、前腕伸筋が、前腕屈筋が、三角筋が、広背筋が、ブルブルと震え、やがて一つの推理を導き出す!
「俺の筋肉たちによると、この殺人を素手で実行可能なのは、輪舞シティでは二人しかいません! 一人は俺、筋肉探偵オメガことバーベルリング・ホールド。そして、もう一人は――」
その先の言葉が容易に推測できて、チョコレート警部は思わずゴクリとつばを飲み込んだ。
「もう一人は、筋肉教授マッスルズ・モリアガッティーです」
マッスルズ・モリアガッティーは大学で生物の研究をする傍ら、自分を使った人体実験で、筋肉を異常に発達させた天才である。人体実験の成果により、輪舞シティでもトップと言われる筋肉量を誇る、圧倒的なマッチョである!
近年多発している筋肉犯罪は、すべてモリアガッティーが黒幕と言われているが、輪舞ポリスは明確な証拠を上げられていなかった!
それもそのはず、ありえない膂力を生かした異常な筋肉犯罪を理解できるほどのマッチョは、輪舞ポリスの中でも一握りだけだからである。
大仕掛けの装置を使った犯罪にしか思えない、凄惨な殺人現場を見て、誰が素手による犯罪だと認識できるだろうか!
また、モリアガッティーは輪舞シティの権力者と懇意にしており、うかつに手を出すことができない!
ああ、あわれな細マッチョたちは自分に被害が及ばないよう、小鹿のように震えるしかないのだ!
そこへ、オメガの筋肉が不自然に震える。
「ん? んん? 俺の筋肉の震えを信じると、モリアガッティーはまだ近くにいるはずです!」
しこを踏み、フン、と力をこめて地面を踏みしめたオメガは、その振動から、モリアガッティーのいる方向を察知した。
「そこだ!」
上を見上げたオメガとチョコレート警部!
11ヤードの街路樹のテッペン、なぜそこに立っていられるのかわからないほどの筋肉の塊、ブーメランパンツ一丁のモリアガッティー教授は、腕を組んでオメガたちを見下ろしていた!
「ふははは、我が宿敵オメガよ。よくぞワシの居場所を見破った!」
「これほどの筋肉犯罪、さすがのモリアガッティーでも証拠を隠滅できてはいないだろう。捕まえてその拳についているだろうテンポーザンの血液を証拠とし、お前を逮捕してやる!」
言いながら、街路樹にタックルをかけるオメガ!
常軌を逸した威力のタックルに大きく街路樹が揺れる!
だがモリアガッティーは揺れる街路樹をものともせず、するすると子リスのように降りてきて、すぐさま逃走を図った!
「逃がさんぞ!」
「ふははは、オメガよ! いくら筋トレをしようとも、特製ステロイドをつかったワシのバルクアップには追い付けておるまい。短距離走で熊に勝てるのは、世界でもワシくらいのものよ」
そう言いながら猛スピードで逃走するモリアガッティー!
本当に熊を超えるスピードで駆けて行く筋肉の塊。世界新記録樹立間違いなし!
追走するオメガは人込みを避け、時には壁を蹴って飛び上がり、時には障害物を跳び箱のように飛び越え、地面を転がり、追い続ける。
10分の追いかけっこの後、執念の甲斐あって、ついに袋小路に追い詰めた!
だが、モリアガッティー、違法な特製ステロイドでバルクアップを図っているだけある。異常な握力を生かし、15ヤードある煉瓦の壁をあっさりと登っていく!
一方のオメガは、日々のバルクアップはモリアガッティーにも勝るとも劣らないが、登攀技術はいまひとつであった……!
みるみる差が開くオメガとモリアガッティー。
やがて壁を越えたモリアガッティーは、あっさりとオメガから逃げ切った。
圧倒的なハムストリングス量が生み出す走力により、100ヤード走で世界記録間違いなし! この全力疾走、もはや追いつくことは叶わないだろう!
「フハハハ、オメガよ、なぜワシがパンツ一丁だったと思う? すでに返り血を浴びた服を処分した後だからだよ! 家に帰ったらパンツも処分して完全に証拠隠滅だわい!」
「くそっ! あと一歩だったのに!」
モリアガッティーを捕まえることに失敗したオメガは、現場に戻ってその旨を報告した。
チョコレート警部は、輪舞シティの権力者とずぶずぶの関係にあるモリアガッティーに対して、証拠もなしに逮捕令状を出すことはできない。大型の機械を使った計画的な殺人であったと報告書を書いた。
こうして、事件は残念ながら迷宮入りした。
無念、オーゼキ・テンポーザン。その筋肉は帝国に眠る!
この日から、オメガは日課に登攀訓練を加えたことは言うまでもない。
第1話はこれにて終了! スクワットを20回こなしたら、第2話を読んでほしい!!!