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汝、彼の迷宮を攻略せよ  作者: 明石 遼太郎
第1章 ランスロットの迷宮
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第5話 少女、現実を受け止めよ

 私がこの洞窟に来たのは、多分10日前。多分っていうのは、陽が見えないから正確な時間がわからないから。眠りについた回数が9回だから10日経過してるって考えてるから、もしかしたらそれほど経ってないのかもしれないし、もっと経ってるのかもしれないけど。


 10日前の私は、私が何者なのかもわからなくて思い出せなくて不安だった。その不安を消してくれたのが、私と同じ記憶のない4人の女の子たち。辺りを歩き回っていたら、偶然出会った友達であり仲間。


 茶髪ボブで男勝りな、サヤちゃん。

 三つ編みで眼鏡をかけた、アユミちゃん。

 金髪ロングで気が強い、ランちゃん。

 ツインテで小柄な、タユちゃん。


 着ている制服はみんな違うけど、制服についてたタグでみんな高校生だったことはわかった。それからはみんなタメ口で話すようになって、さらに仲良くなった。アユミちゃんなんて、下着に名前が書いてあってフルネームがわかった。椎高(しいだか)歩美(あゆみ)。それがアユミちゃんの本当の名前。多分、私たち全員下の名前なのだと思う。


 それからゴブリンに襲われて、私が落とした短剣で倒したのがきっかけでレベルが解放された。それからみんなレベルを解放して、しばらくはレベルを上げながらウィンドウについて調べるようになった。でも、私たちはゴブリンを倒し過ぎたんだと思う。


 10日目を迎えようとした時、大量のゴブリンが私たちの寝込みを襲ってきた。私は目が覚めるのが遅くてわからなかったけど、魔術を使うゴブリンまで現れて私たちは完全に分断された。私は1人で逃げることになって、《エアサーチ》で探ってみたらみんな捕まってて。助けに行こうにも追っ手がしつこくて巻けないし、攻撃はしてくるで私も捕まりそうになった。


 そこに助けてくれたのが、ハルトという男の子。私と変わらない高校生なのに、彼は私を助けてくれた。それだけじゃなくて、サヤちゃんたちを助け出す手伝いまで引き受けてくれた。会ったばかりなのに、ボロボロの格好なのに、不思議と頼もしい人。それがハルト君。


 いろいろお話ししながら進んで、サヤちゃんたちが捕まってる場所にたどり着いた私は、絶望した。そこにいたゴブリンの数が、奇襲してきた数よりも多かったから。もう無理だと思った。


 でも、ハルト君は違った。あれを見ても気を乱さないし、それどころかどうすればいいかを考えてた。彼は他人なのに、助けたいと言った張本人よりも状況を打開する方法を考えていた。彼は恐いと言っていたけど、私にはそうは見えなかった。死ぬ恐怖というよりかは、生きる意味を失うのが恐い。そんな感じに思えた。


 けれど、そのおかげで私は今走れてる。みんなの下に。ハルト君がくれたチャンスを絶対に無駄にしないっ。みんなを助けてすぐに戻るから!その想いで、私は通路からまた開けた場所に飛び出しました。


「ーーッ!?」


 くっ、臭いッ。なんて悪臭なの!?こんなところにサヤちゃんたちが!?と、とにかく早く探さないとっ。


「サヤちゃん!アユミちゃん!!」


 大きな声で呼ぶけど、帰ってきたのは反響する私の声だけ。何の反応も返ってこない……


「ランちゃーん!タユちゃん!!どこなの!?返事して!!」


 一生懸命叫ぶけど、やっぱり返ってくるのは私の声だけ。それにしても、さっきから気になってたけど、あの大きい天幕は何?この場所もさっきの場所より広いけど、その向こう側半分も埋め尽くしてる……他にあるものと言えば、そこら辺に投げ捨てられた武器とか宝石の類ぐらいだし。あの天幕から探すべき?


「ア゛ア?ウルセェ声ダト思ッタラ、雌ジャネェカァ」

「ーーッ!?」


 天幕に向かって歩こうとした瞬間に、その天幕から出てきた。デカいッ……小柄なゴブリンに比べれば3周り以上違う!間違いなく2m以上ある!!


「ホォ、人間ノ雌カ。今日ハゴ馳走ガイッパイダナ」


 アイツの目が私を射抜く。嫌悪を感じずにはいられない視線。間違いないっ。アイツは私をおもちゃとしか思っていない!私は立ち込める怒りを抑えて言葉を紡ぐ。


「サヤちゃんたちはどこ!?」

「さやぁ?サテ、ドコカデ聞イタコトガアル気ガスルナ」

「ここに連れてきたはずよ!早く返して!!」

「オォー、アノ雌タチカ。アア、コノ中ニイルゾ。ダガ、返スコトハデキネェナ。オ前モ、オ友達ト同ジ目ニ合ウンダカラヨォ」

「なら、実力で奪い返させてもらうわ」


 素早く指を動かして術式を綴る。綴るのは風属性のレベル1《エアバレット》。レベル1なら、綴り終えるのに10秒もかからないっ。


「〝不可視の弾丸よ穿て〟ッ!!」


 呪文を唱えて《エアバレット》を発動っ。風の塊だから目で見ることは不可能な攻撃。何もなしでこれは躱せない!!


「ぐあっ」


 狙い通り、アイツの顔面に着弾して大きく仰け反った。そのまま倒れたところにレベル3の魔術に叩きこーー


「アー、イイまっさーじダッタゼェ。首ノ凝リガ取レタ取レタ。ン?ドウシタ?マサカ、コノごぶりんきんぐニソノ程度ノ攻撃ガ通用スルト思ッテイタノカ?」


 アイツは首に手を当てながら嗤った。嘘でしょ……?レベル1がまったく効いてないなんてッ。


「手ガ荒イ雌ニハ、躾ガ必要ダナ」


 更に笑み深めたアイツは、私にその大きい手を伸ばしてくるっ。簡単に捕まるもんですか!!


 レベル1単発突き《棒技》ーー《スマッシュ》!!


 突き出した棒でアイツの手を押し退けるっ。アイツが仰け反って怯んでいるうちに急いで後ろに下がる。そこから術式を綴るっ。レベル1がダメならレベル2で!!


「〝清めの水よ流るる渦をもって呑み込め〟ッ!!」


 レベル2水渦技《水属性魔術》ーー《スイムトルネード》!!


 綴った術式がアイツを中心に回って次第に水渦を生み出す。渦を巻く中心にいるアイツは、すぐにあそこから抜け出すことはできない。その間に、私が今使える最大レベルの魔術を綴るっ。


 レベル3光槍技《光属性魔術》ーー《ホーリーランス》。


 でも、呪文を唱える前に。《火力強化》!これはレベルが10になったら習得する技能で、次に撃つ魔術の威力を底上げすることができる。これを使えばっ。


「〝光の槍に貫かれ魔を滅せよ〟っ!!」


 術式が紐解かれて槍を形作る。それをアイツが《スイムトルネード》を打ち破った瞬間に撃つ!アイツは驚いたように目を剥くだけで何もしない。そのまま《ホーリーランス》はアイツの眉間を貫いた。今度こそ、アイツは仰向けに倒れた。


 そ、そうだ。眺めてる場合じゃなかった。早くサヤちゃんたちを連れて戻らないと、ハルト君がっ。


「アァ、今ノハ効イタ効イタァ」


 歩み出そうとした足を止めてしまった。う、嘘でしょ……?あれで倒せないっていうの!?起き上がったアイツの眉間を見てみれば、血は出てるけど貫通までは至ってないッ。《ホーリーランス》はゴブリンをまとめて貫く威力なのよっ?それを《火力強化》までしたのに、どういう硬さしてるのよ!?


「人間ノ雌ニシテハヤルナ。ダガ、コノごぶりんきんぐヲ倒スニハ足リネェ。ソノ程度ノ魔術ノ腕ジャ俺ハ倒セネェゼェ?」


 くっ……こうなったらっ!


「〝迸る稲妻に曝され痺れゆけ〟ッ!!」


 レベル2麻痺技《雷属性魔術》ーー《パラライズ》!


「オォ?」


 素早く《パラライズ》を発動させてアイツを麻痺させたらーー技能《身体能力上昇》を発動っ。レベル10になると習得できる、身体能力を高める技能を使って、一気に接近した。そこから足から腕、腕から顔に向かって跳び上がったところで、また技能を発動っ。次の武器や素手の攻撃の威力が底上げされるレベル10《威力強化》を使ってから、《棒技》を使う。


 レベル1単発打ち《棒技》ーー《チェスト》!!


 振り抜いた棒がアイツの顔面を強く打って、またしても仰向けに倒れた。その時に大きい天幕を巻き込んだらしく、大きな砂煙を上げながら天幕も倒れた。


「ーーぇ」



 そのせいで、見えてしまった。天幕の中が。


 アイツが寝るようなのだろう、そこには大きいベッドが1つあるだけだった。


 だけど、それだけじゃなかったーー


 ベッドの上に、あった。いた。そう言いたかった。でも、自然と出てきてしまった言葉はそれで、あまりの光景に目が離せなかった。


 あそこにサヤちゃんがいる。アユミちゃんもいる。ランちゃんも、タユちゃんだっている。ほんの少ししか別れていないのに、とても久しぶり会ったように思えてくる。でも、嬉しい気持ちも感動する気持ちもなくて、ただあるのは……友達を失った悲しみと、間に合わなかったことに対する、すごい無力感だった……


「サヤちゃん……」


 呼んでも、返事してくれない。人形のように四肢をぶら下げて、反対に回った顔をこっちに向けてくるだけ。


「アユミちゃん……」


 呼んでも、返事してくれない。両手両足を縛られて、焦点の合わない目を向けてくるだけ。


「ランちゃん……」


 呼んでも、返事してくれない。失くなった四肢から血を流して、潰れた顔を向けてくるだけ。


「タユちゃん……」


 呼んでも、返事してくれない。全部の指を失い、髪一本ない血で真っ赤な頭を向けて、白目を向けてくるだけ。


「うぁ……うえ゛え゛え゛ぇぇぇぇ……」


 胃から湧き上がってくるものを止められなかった。胃の中は空っぽで胃液しか出なかったけど、吐かないと正気を保てないような気がしたから……


「がははははっ。コノ雌ドモハヨク鳴イテクレタゾ。俺ハ甚振リナガラ犯スノガ好キデナ。四肢ヲ砕キナガラ犯スト、他ノ雌タチが鳴クノダ。がははっ、今思イ出シタダケデモ面白カッタ。モウ一度シテミタイモノダ」


 こんな、こんなことを知るために……私はハルト君に無茶をさせてここに来たの……?こんなの、こんなの……あんまりだよ……こんなことならっ、知らない方がよかった……


「サテ、オ前ハドウシテヤロウカナァ。ソウダ、腹ヲ斬リ裂コウッ。中デドンナ動キヲシテイルノカ眺メナガラ犯スノモ面白イ!!」


 ごめんね……サヤちゃん、アユミちゃん、ランちゃん、タユちゃん……私が、無力だったから……ごめんね……


 あぁ、そうだ。私も、みんなと同じ死に方をすれば……みんな許してくれるかな……?ううん、もう死にたい……何でもいいから、こんな何もない場所から解放されるなら……なんでも……アイツが隅っこから持ってきた大剣に斬られて、死のう……そうしよう……


「ソレジャア、ぱーてぃーノーー開始ダ!!」


 大剣が振り下ろされる。死ねる。死ぬんだ、私。死んだ後でも弄ばれるけど……もう死ぬならなんでもいい……これで私は死ぬーー


「だあ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 振り下ろされる大剣に、横から入ってきた影が衝突した。私を斬り裂くはずだった大剣は私の1つ隣の地面に突き刺さった。そう思った瞬間に、アイツが仰け反って後ろに倒れる。え……何がどうなって……


「大丈夫か!?ユキさん!!」

「ぇ……?」


 私の目の前に着地した人が、私に声をかけてくる。なんか、少し前にも同じことがあったような気がする……そう、さっきゴブリンに追い詰められた時にーー


「ーーッ!?は、ハルト君っ?」

「おお。ハルトさんだ。それより、大丈夫かっ?ケガしてるようには見えないけど、どこか痛いのか?」

「え、あ。う、ううん。ケガはないよ。て、ハルト君の方が大丈夫じゃないよね!?すごい傷だらけ!!」


 今の今まで気づかなかったけど、ハルト君は全身血だらけだった。額から血が流れてるしっ、胸元はネクタイが半分に斬り落とされて血が滲んでるしっ、腕とか足なんて傷がないところがないぐらい擦り傷だらけだしっ!一体どうしたの!?


「まあ、大丈夫だ。《治癒力上昇》のおかげで傷はほぼほぼ塞がり始めてるし」

「《治癒力上昇》って、確かレベル5になると習得できるやつだよね?もしかして……」

「ああ。あそこにいたゴブリンどもな。全部倒したからこっちに来たんだ。まさか来るなり、いきなりピンチな感じだったからびっくりしたぞ」

「えぇ!?あ、あそこにいたゴブリンっ、全部倒しちゃったの!?」


 嘘でしょ!?1000匹ぐらい居たはずだよ!?そんな数をただ退路を死守する目的のためにすべて倒したの!?どういう体力してるの!?


「ナニッ!?貴様ッ、俺ノ眷属ヲ全テ倒シタトイウノカ!?」

「……アイツは?」

「アイツは、自分でゴブリンキングって言ってた」

「なるほど。アイツが親玉ってわけだな」

「オイッ!俺ヲ無視スルジャネェ!!」


 確かに、今ナチュナルにアイツを無視したね、ハルト君。まぁ、私もそれに乗っちゃったんだけどさ。


「……ユキさん、あそこにいる女の子たちは……」

「ーーッ……うん」

「……そうか。なら、アイツを倒すぞ」


 ハルト君も見つけてしまった。私が小さく頷いたら、小斧を持つ右手を強く握り締めた。それから決意のような硬い言葉で言う。けどーー


「無理だよ……レベル3の魔術でも、アイツを倒せなかった……アイツには、勝てないよ……」

「そんなことはない。今度は俺もいる。2人で戦えば勝てる」

「でも……もう、私には戦う理由がないの……こんな何もない場所にいる理由が、ないの……」


 もう、私の心は折れてしまった。サヤちゃんたちと思い出を紡いできたから戦えた。『ここを脱出して、自分たちのことを思い出す旅をしよう』。そんな約束も、サヤちゃんたちがいないと意味がない……私には、もう生きる気力がないの……


「自分が何者で、どんな奴かも思い出せない。自分が今まで何を糧に生きてきたのか、何を目標に生きてきたのか。そんなことすら、俺たちは忘れてしまった」

「……ぇ?」

「突然こんな何もない場所に来て、危険なモンスターが蔓延る洞窟の中で生きる希望を見出す。そんなの、できるわけがない。数日この洞窟で1人だったら、俺は間違いなく自害する」

「ハルト君……?」


 突然、何を……


「正直、俺も死にたい。ただ危険しかない場所に、俺は居たくない。死ぬタイミングが目の前にやってきたら、簡単に受け入れてしまうんだろうな」

「……」

「でも、危険だけじゃなかったから」

「え?」

「ユキさんがいた」

「ーーッ」


 え、あ……そ、それって……


「ユキさんが居てくれたから、この洞窟の中でも楽しいと思えた。この人だけは、死なせたくないと思った」

「はえっ!?」


 えぇ!?そ、それって……もう告白じゃん!?だ、ダメだよっ、まだ私たち出会って数時間しか経ってないのに!!


「だから、ユキさんを死なせない。目の前に脅威があるなら、俺は敵を倒す。それが、俺のここでの生き甲斐だから」

「ハルト君……」


 む、胸が苦しいぃ……鼓動が早いっ。顔が赤い!というか、すごく恥ずかしいんだけどっ!!


「これ、飲んどいて。《活魔薬》っていう魔術薬で、飲むと体力とか魔力の回復が速くなるから」

「え……でも……」

「戦えるようになってからでいい。いや、戦わなくたっていい。でも、見ててくれ。俺が戦ってるところを。今の俺の生き甲斐を」

「う……うん、わかった」


 私が頷いたら、ハルト君が私から離れてゴブリンキングの方に歩いていった。5mのところで対峙して、武器を構えてる。ハルト君は小斧と短剣、ゴブリンキングは大剣を両手に構えた。リーチはゴブリンキングの方が長い。それに身体も大きいから力も強いはず。大丈夫だよね、ハルト君?



 そして、ハルト君とゴブリンキングの身体が交差した。

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