第2話 少年、ゴブリンを討伐せよ
出口に向けて歩き出してから、数分。俺はヤバいことに気がついた。それはーー
「食料がない」
そう、食料も水もこんな洞窟の中にあるわけがなく、脱出云々の前に餓死の危機が訪れていた。どうしよう……力強く歩き出したけど、もうピンチだ……数分前をやり直したい……
「あ」
涙目になりながら歩いていると、俺は地面に転がるものを発見した。いや、ものと言うのは失礼だ。さっき、俺が倒したゴブリンに殺られた人の死体だ。地面に広がっている血の量だけで、もう息がないことがわかる。
ゆっくりと死体に近づいてみた。
「うっ」
棍棒で殴られたのだろう。顔が原型をとどめていなくて、また胃液を吐きそうになった。すぐに顔を背けて耐えたが、今度は覚悟を決めて死体を見る。
「スーツだ。社会人だったのか」
着ているものを見て判断する。ちょっと失礼かと思ったけど、ポケットの中を確認してみた。でも、何も入っていなかった。ハンカチどころか、ゴミすら。まあ、俺もポケットに何も入っていなかったから大体予想はしていたけど。
「貴方の仇は取りました。だから、安らかに眠ってください」
最後に合掌すると、俺はその人から離れて先に進んだ。何分歩いただろう。暗がりのせいで感覚が麻痺していてよくわからない。もしかしたら、全然進んでないかも。
そう思っていると、暗がりの奥から声が聞こえてきた。……間違いない、ゴブリンの声だ。あんな目にあえば、さすがに学習する。
息を潜め、足音がならないようにゆっくりとした動作で先に進む。すると、50メール先に松明の火が見えてきた。その近くで照らし出されている顔は、間違いなくゴブリン。武器は何を持っているのか確認したが、この距離では確認できない。もっと近づかないと。
俺は、慎重に足を進めた。足音を鳴らさず、慎重に。
ゴブリンの数は2匹。短剣と……斧?片手で握れるほどの小斧だ。どうする?まだあっちは俺に気づいていない。奇襲するか?棍棒なら後頭部を殴れば一発だし。
そう俺が考えていると、ゴブリンの方がまさかの行動に出る。
「グェ?グエエッ!!」
「グゲゲェ!?グェエエ!!」
「なっ!?」
アイツらっ、俺に気づきやがった!?なんで!?いやっ、今はそんなことよりも迎え討たないとーーあ、マズい。マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい!完全にマズい!!
俺、多分戦闘経験皆無だ!運良く2匹倒せたから調子乗ってた!!戦い方とか何もわかんないっ!!
そうこうしている間に、小斧を持ったゴブリンが届くところまでやって来たっ。振り下ろされる小斧を棍棒で受け止める。小斧の刃が棍棒に食い込み、ゴブリンはそのまま押し込んできた!
マズいっ。このままだと棍棒ごと叩き斬られる!!
「《筋力上昇》!!」
技能を使い、棍棒を掲げるように持ち上げるっ。そうすれば、食い込んだ小斧を持つゴブリンも上に上がってぶら下がり状態になった。その胴体に前蹴りを叩き込んだ!!
小斧を手放して吹き飛んでいくゴブリン。それに入れ替わるように短剣を持ったゴブリンがやってくる。俺は短剣が振るわれるよりも先に棍棒を突き出し、そのゴブリンも吹き飛ばす。
2匹のゴブリンが立ち上がる前に、棍棒に食い込んだ小斧を力一杯引っ張り、どうにか抜き取る事に成功した。そして、抜き取った小斧を投げ、未だ立ち直れないでいる短剣のゴブリンの頭へと食い込んだ。もちろん、そこで死亡。
小斧がゴブリンに命中したのを確認すると、すぐに駆け出し、もう1匹のゴブリンの脳天目がけ棍棒を振り下ろした!棍棒が折れながらも振るわれた一撃は、確実にゴブリンの命を刈り取った。
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・ゴブリンを倒しました
ーーゴブリンの牙×2 を獲得
・ゴブリンを倒しました
ーーゴブリンの牙×2 を獲得
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「ふぅ……終わったー……」
突然の戦闘で一気に精神を使ってしまった。出現したウィンドウを眺めながら倒れ込む。あー、疲れたー。まさか突然気づかれるとか思わなかったなぁ。それに、戦闘経験も無しに殺し合いをするとか……我ながら浅はかなこと考えてたよなぁ。
まあ、この戦闘で学んだことは多い。次にしっかりと活かそう。とりあえず、棍棒の詳細を見てみよう。
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ゴブリンの折れた棍棒 0/604 9% 所有者:なし
*ゴブリンの棍棒が折れたもの。ゴミ*
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「詳細文が辛辣」
ゴミって可哀想だろ。まあ、確かにゴミだけど。それにしても、やっぱり数字は耐久力だったんだな。じゃあ、このパーセンテージは何なんだろう?さっきよりも低くなってるけど……あと、所有者?こんなのあったっけ?
「所有者って、持っている俺じゃないのか?」
所有者ところをクリックしてみる。
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所有者登録をしますか?
はい / いいえ
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新たらしく追加ウィンドウが出てきた。んー、『いいえ』っと。今は迂闊に登録するのはやめよう。あとあと面倒になると困るし。とりあえず、新しい武器が必要だ。
「さっきのゴブリンの短剣と小斧を貰うか」
折れた棍棒を捨てると、ゴブリンの死体の近くに転がっていた短剣を拾い上げる。その時、ゴブリンの腰紐に何か付けられていることに気がついた。そういえば、死体漁りしてなかったな。
「えーと、これは……これは!?」
す、水筒!?水筒だ!!だってっ、振ったらめっちゃパチャパチャ音がするしっ。絶対中に水が入ってる!!でも、ちょっと怖いから詳細を、と。
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ゴブリンの水筒 34/36 所有者:なし
*皮で作られ、水を入れるための物。小さくて少ししか持ち運べないのが難点*
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ほらっ、水筒だ!とりあえず、飲む!!
「ゴクッゴクッゴクッーーぱぁぁっ、美味い!!」
半日飲まずだったからめっちゃ美味い。もうコ○ラぐらい美味い!あ、所有者なしになってる。これなら、登録してもいいかもな。所有者のところをクリック。
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所有者登録をしますか?
はい / いいえ
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今度は『はい』を、と。
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登録を完了しました
《ゴブリンの水筒》を『道具』へ入れますか?
はい / いいえ
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あ、ここで『道具』に入れられるようになるのか。試しに入れてみるか。『はい』っと。
「あ、消えた」
手に持っていた水筒が消えた。ウィンドウを開いて『道具』のページを見てみる。
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道具
ゴブリンの牙 ×6
ゴブリンの水筒 50ml ×1
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おー、中身まで書かれてる。『道具』って結構便利かも。もう1匹も水筒持ってるかな?
「あ、持ってた」
もう1匹も腰紐に同じ水筒があった。頂いていこう。所有者登録をポチポチッと。今度は『道具』に入れないを選ぶとどうなるか確認しておこう。『いいえ』っと。
『道具』に入れないをクリックすると、俺の手に水筒が残った。詳細を確認しても、所有者の場所に『Haruto』の文字がある。どうやら、本当に『道具』に入れるか入れないかを選択するだけみたいだな。これなら、出発の時に捨てた《ゴブリンの牙》も『道具』に戻せたかも。
「あ、そうだ。他に変化がないか確認してみるか」
またウィンドウを開いて変わったところがないか確認してみる。『装備』は《ゴブリンの棍棒》が《ゴブリンの短剣》に変わっただけだった。レベルも1のまま。なら、『熟練度』はどうだ?
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熟練度
《剣術》 2/100
《体術》 1/98
《棍術》 1/89
《投擲術》 1/42
《魔力》 1/6
《運動》 6/99
《隠形》 1/55
《観察》 1/82
《推理》 1/47
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あ、結構増えてる。ほとんどが1で、《剣術》が2、《運動》だけは6、なのか。これって、もしかして『熟練度』って言葉のままなのかな?使う度に上がっていく、みたいな?それなら、さっきから歩いているから《運動》だけ6までいってるのにも理解できるし。まあ、経過を見てみればわかるか。
『武技』と『魔術』は、相も変わらず何もなし、か。ま、だからと言ってやることは変わらない。ゴブリンの死体から小斧を抜き取って、先へと歩き出す。
しばらくは静かなものだったが、またアイツらの声が聞こえてくる。しかも、1匹2匹じゃない。少なくとも4匹、アイツらの笑い声が聞こえる。とりあえず、近づいてみるか。
足音を立てずに近づいていくと、火が見えてきた。今度は松明の火じゃない。もっと大きい。あれは、焚き火でもしているのか?暗闇でわかりづらいけど、洞窟の上の方に煙が溜まってる。こんな洞窟であんな火を使えば、一酸化炭素中毒で死ぬぞ?いや、ゴブリンに人間の常識が通用するかは知らないけど。
とにかく、アイツらを始末しよう。数は5匹。宴でもしているのだろうか?まあ、あれだけ明るいところにいるんだ。洞窟の暗闇を思い出させてやる。ちょっと勿体無いけど。
俺はベルトに吊るしていた《ゴブリンの水筒》を千切り取る。この中には500mlの水が入っている。ちょっと少ないかもしれないけど、一瞬だけアイツらの目を奪えればそれでいい。
「《敏捷上昇》」
《敏捷上昇》を発動すると、俺は《ゴブリンの水筒》を振りかぶり、ゴブリンたちのいる頭上へと放物線を描くように投げた。俺の狙い通り、ゴブリンたちの頭上に行く間に放物線を描いている間、左手に持つ《ゴブリンの小斧》も投げる。今度は一直線に、《ゴブリンの水筒》目掛けて。
投擲なんてしたことがなかったけど、上手く命中してくれたようだ。ゴブリンたちの頭上で衝突した水筒と小斧。小斧が水筒を叩き切り、その中身を撒き散らしてくれる。そうすれば、下にある焚き火に降り注いで消火する。
その瞬間に、俺はスタートダッシュを切った。上がった敏捷力で一気にゴブリンたちとの距離を詰める!やっぱり水が足りずに一瞬火が揺れるだけで終わってしまったけど、ゴブリンたちの視線はみんな上に集中している。奇襲なら今!!
「だぁぁッ!!」
まず、1番近くにいたゴブリンに短剣を振るう!狙うのは首筋。奇襲のおかげで完璧に首筋を斬ることができた。棍棒と違って、また肉と骨を斬る感触が手に伝わってくるけど、吐いている時間はないっ!!
まだ武器を手にしていない間に、もう1匹のゴブリンの首筋を斬る!斬ることはできたけど、短剣が抜けない。他のゴブリンは既に武器に手を伸ばしている。短剣を手放して、近くにあった槍を拾う。そこから、棍棒を握ったゴブリンの頭に向けて槍を突いた!!
頭を貫かれたゴブリンはすぐに事切れた。また槍を手放して、今度はさっきのゴブリンが握った棍棒を拾う。その時には、残りの2匹とも武器を持って構えていた。そして、棒を持ったゴブリンが襲いかかってくるッ。
「うっ、くぅ」
武器の間合いが違い過ぎるせいで、俺がまったく責められないっ。このラッシュを崩すにはーー迷ってる暇はない!!
「《耐久力上昇》!!」
上昇させた防御力で受け止める!それで強制的にラッシュを止めた!!今だッ。
「ハァァアッ!!」
止まったラッシュの間に、俺は一気に踏み込んで脳天に棍棒を振り下ろす!ついでとばかりに左頬もぶん殴る!!よしっ!!
そして、最後の1匹は既に棍棒の間合いを抜けていたっ。踏み込んで短剣を振るってくる!
「うぐぅっ」
咄嗟に身を晒したけど、右足が斬られた。浅いものだったけど、痛いものは痛い。多分、《耐久力上昇》を使ってなかったらもっと痛かった。頑張って短剣の間合いから逃げる。だけど、ゴブリンも追ってくる。
……仕方がない。俺は棍棒を手放した。
「《筋力上昇》ッ!!」
今持っている技能すべてを発動させた俺は、さっきと打って変わって前に出る!そして、短剣が振るわれるよりも先にっ、俺が拳を振るう!!それがゴブリンの頰にクリーンヒットする。怯んだところを、俺が拳を振るい続ける。右、左、右、左、右、右、左、右、左、左。拳のラッシュを叩き込む!!
「グエェッ」
ラッシュを受けたゴブリンは意識を朦朧とさせているみたいにふらついて、短剣を手放して倒れ込んだ。そこに、俺が短剣を拾い上げてマウントを取った。そして、そのままゴブリンの喉元へと突き立てる。
「グェァエエアエエエウエエエェォェ……ーー」
こうして、最後のゴブリンが生き絶えた。
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・ゴブリンを倒しました
ーーゴブリンの牙 を獲得
・ゴブリンを倒しました
ーーゴブリンの牙×2 を獲得
・ゴブリンを倒しました
ーーゴブリンの牙×2 を獲得
・ゴブリンを倒しました
ーーゴブリンの牙×2 を獲得
・ゴブリンを倒しました
ーーゴブリンの牙×2 を獲得
・レベルが2に到達しました
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「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ…………」
短剣を抜き、ゴブリンから離れたところで腰を下ろす。まだ息が整わない。というか、すげぇしんどい……なんでだ?前の戦闘と違うところなんて……
「あー、もしかして……技能のせい?」
もしかしたら、技能を使うには魔力みたいなのが必要なのかもしれない……『レベル1』の俺じゃ、技能を3つも使うことを想定とされてなかったんだ……あー、ヤバい。めちゃくちゃしんどい……ここはゆっくり休もう……何か食べるものはないか……?
焚き火がされていたところにいくつか木箱があった。適当に開けていって中身を確認していくと、水筒と魚、それにリンゴみたいな食べ物が入っていた。とりあえず、魚を焚き火の火で焼く。リンゴは……詳細を見よう。
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リーゴ
*甘い果物。生のままでも、焼いても食べられる。潰して果汁を取り出し飲み物にすることもある*
《リーゴ》を『道具』へ入れますか?
はい / いいえ
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なるほど、ほぼリンゴだな。名前的にも。ては、所有者がない物は登録しなくても『道具』に入れられるのか。じゃあ、1個を残して『はい』で。1個だけ齧ってみた。
「あ、甘い」
リンゴよりも甘い。水々しい感じはナシに近いけど、しっかりとした味がしてる。《リーゴ》、すごいな。とりあえず、《ゴブリンの水筒》も所有者登録して『道具』に入れておくか。魚も焼き上がるところだし、『道具』の中の《ゴブリンの水筒 50ml》を取り出してそれを飲もう。ん?
「これは何だ?」
最後に残った木箱を開けると、そこには紫の液体が入った瓶がたくさんあった。紫の液体ってだけでヤバそうな雰囲気を感じるんだけど……詳細は見れるかな、と。
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活魔薬
*薬草と魔花草を調合して作られた魔術薬。飲むことで体力と魔力の回復が速くなる。ただし、飲む密度が高くなると効果が薄れていく*
《活魔薬》を『道具』へ入れますか?
はい / いいえ
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へぇ、魔術薬っていうのか。どうしよう。これがあるかないかで雌雄を決することがあるかもしれない。もうさっきみたいな疲れた感覚も抜けてきたし、もう魔力も回復し始めたのかもしれないから、これ大切に取っておくことにするか。『はい』っと。あとは、ここにある武器全部所有者登録して『道具』にいれておくか。いちいち持ち運ぶのは面倒だ。
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道具
ゴブリンの牙 ×15
ゴブリンの水筒 500ml ×10
魚 ×24
リーゴ ×49
活魔薬 ×10
ゴブリンの棍棒 501/607
ゴブリンの槍 535/536
ゴブリンの棒 488/529
ゴブリンの短剣 448/461
ゴブリンの弓 421/436
矢 ×25
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とりあえず、『道具』はこんな感じかな。さて、魚が焼けたし食べよう。
「あふっあふっ……ゴクンッ。美味い!半日ぶりのご飯は美味いなぁ」
焼き魚を食べながら、俺はウィンドウを開いて『熟練度』のページを開く。
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熟練度
《剣術》 2/100
《短剣術》 1/96
《体術》 1/98
《槍術》 1/90
《棍術》 1/89
《投擲術》 1/42
《魔力》 1/6
《運動》 7/99
《隠形》 1/55
《観察》 1/82
《推理》 1/47
《料理》 1/44
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やっぱり増えてる。《短剣術》に《槍術》。俺がさっき初めて使った武器だ。やっぱり、これはその行為を行うことで増えていくんだ。魚を焼いただけで《料理》という行為になるのかはわからないが、間違いないだろう。
そういえば、俺『レベル2』になったんだっけ?『装備』の方で確認してみたら、本当に『レベル2』になっていた。『レベル2』になることで、何か変わったのだろうか?
「んー、『武技』も『魔術』も『技能』を見ても、何も変わっていないな」
レベルでは発現しないのか?『武技』と『魔術』はまだ何も出てきていないから、発現条件もわからないままだし、もともとあった『技能』の方も、正直謎だ。説明書とかあればいいんだけどなぁ。
「ゴクリッ……さてと。そろそろ出発するか。あ、この焚き火も消していかないとな」
すべての支度を済ませて、『道具』から取り出した《ゴブリンの水筒 500ml》の水を使って消した。このまま焚き続けていたら本当に一酸化炭素中毒になり兼ねないからな。
そして、俺はまた暗がりの道を進んだ。