第1話 少年、覚醒せよ
「え?」
気づけば、俺はここにいた。
ここ、というのがよくわからない。
暗いし、蒸し暑い。
ネクタイを緩めた。ネクタイ?
俺は、ネクタイをしているのか?
今着ている服装を確認する。まだ暗闇に目が慣れていないせいで見えないから、とりあえず手探りで確認した。
上着にポケットと内ポケット、ズボン、カッターシャツ、それにネクタイ。スーツ?俺はスーツを着ているのか?
……わからない。
というか、そもそも俺は誰なんだ?
「ぐぅ……頭がッ……」
頭がッ、痛いっ。痛過ぎる!なんなんだッ……!!立っているのが辛いッ!!何かッ、凭れられるところっ!!
右手を伸ばせば、ちょうど壁のようなものがあったらしく、それを背にして座り込んだ。壁?
「壁?いや、このゴツゴツした感じは、石?いや、岩?」
しばらく手で探っていたら、ついに暗闇に慣れた目でそれを確認する。壁だと思っていたのは、どうも天然にできた壁だったらしい。
「あ、頭が痛くない」
そこで、ようやく頭の痛みが引いた事に気がついた。一体何なんだったんだ、あの痛みは?
まあ、さてはともあれ。
「ここは、洞窟なのか?」
辺りを見渡せば、上下左右が天然の壁に囲まれた場所だった。多分、洞窟であっていると思う。洞穴とも言いそうだけど。
「こっちは、行き止まりか」
反響する自分の声を気にしながら、とりあえず行き止まりじゃない方に進む。これ、行った先も行き止まりとかないよな?
ーーウィンドウを開け。
何かが聞こえ、足を止めようとする。その前に、地面の出っ張りに足を躓かせて転んだ。
「あがっ……痛てぇ。よく見れば、地面も硬い岩だ。転ぶ場所によってはそのまま死んでたかもな」
立ち上がり、今度は足場に気をつけながら前に進む。
数分は歩いた。けど、出口らしいところは見つからない。まさか、本当に出口がないとか?おいおい、マジかよ……
とりあえず、希望を持って歩く。でないと、思い出せない恐怖に呑まれてしまいそうだったから。自分が何者で、何でこんな場所にいるのか。
「そうだ。俺はーーぐうッ……また、頭がッ」
痛いッ痛いッ痛いッ痛いッ痛いッ!クソッ、何なんだッ!この痛みはッ!!よ、横にならないとッ!!
「はあ……はあ……はあ……はぁ。お、治った……本当に何だったんだよ」
立たないと。食料も水もないんだから、探す必要だってある。それから、それから……ん?
「何か、聞こえた?」
耳を澄ましてみる。
ぐーーーーぇーーエーー
これは、声?声!?
「人だ。人だ!!」
俺は地面も気にせず駆け出した。助かる可能性がチラついたのだ。仕方がないといえば、仕方がないのかもしれない。
でも、もっと注意すべきだったんだ。その声を、もっとちゃんと聞いておくべきだったんだ。ーーそれが、およそ人が発する言語ではない事を。
道は一本道で、走り続ければ揺れる小さな光が見えてきた。俺はそれに向かって全力で走る。
そして、光にたどり着いた俺は、心底自分を呪った。もっと慎重であればよかったと思うが、もう遅い。なぜならーー
「グルゥ?グエッグエ」
「グエェ?ゲゲッ」
身の丈1メートルもないような小柄な鬼が、その双眸が俺に向けていたから。2匹の双眸が俺に向けられ、奴らは嗤うのだ。まるで、獲物を見るように。食料を発見したように。
「あ、あ、」
そんな時、俺は動けなかった。片方の持つ松明が、鬼たちの持つ棍棒と剣を照らし出しているから。紅い液体がびっしりと付いた、得物を。それと一緒に、鬼たちの足元に転がっている一切動かない屍も。
「う、うあああぁぁぁあああああああああああ!!」
俺は一目散に逃げた。走ってきた道を、全走力で。アイツらから離れるために。
だけど、アイツらも走って俺を追いかけてくる。それほど速くないのか、どんどんその距離を切り離していく。よしっ、このまま行けば逃げられる!!
「があっ……痛ってぇ。なんだ?壁?」
後ろを向きながら走っていたせいで壁に気づかなかったようだ。早く引き返して別のルートを……別のルート?
「ここまでの道のりは一直線だった。左右にも上下にも曲がっていない、一本道。つまり、」
俺が結論を言い切る前に、背後から気配がする。恐る恐る振り返れば、そこにはアイツらがいた。口端を釣り上げ、血のついた得物をブンブンと振り回す奴らが。
「ぅぁ、やめーー」
立っていられず、尻餅をついて後ずさる。当然、アイツらも距離を詰めてくるので距離が離れることはなかった。それどころか、だんだん距離を詰めてくる。逃げる俺を楽しみながら。逃げる俺を嗤いながら。
「グゥエッグエエエッ」
「ゲゲッゲェゲェゲゲゲゲッ」
ゆっくりとした足取りで距離を詰めてくる鬼たち。俺はついに壁へと到達して逃げ場をなくした。もう、逃げる事はできない。それが面白いのか、やはり奴らは嗤う。
そして、松明を持っていない剣だけを持つ鬼が前へと飛び出す。剣を振り上げ、そのまま俺へと突進してくる。鬼が俺を殺しにきたのだ。抵抗する力がない俺を面白く嬲り殺すつもりで。
俺、死ーー
「グェッ!?」
「え?」
剣を持って突進してきた鬼が、突然転んだ。多分、地面の出っ張りに躓いて転んだんだと思う。その転がった拍子に、持っていた剣を手放してしまったらしい。その剣が俺のすぐ真横を通り過ぎて、壁に突き刺さった。
俺は頰から液体が垂れる感覚がして、左手で左頬を触った。ネチョッとしたものが手についた感触。その左手を見てみれば、紅い血が指一杯に広がっていた。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いーー
「あああぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
気がつけば、壁に突き刺さっていた剣を引き抜いて駆け出していた。まず、転んだ鬼に向かって剣を振り下ろす。脳天から振り下ろした剣は、鬼の身体を文字通り真っ二つにした。
「うっ。うえぇぇぇぇーー」
肉と骨を斬った感触が剣から手に伝わってくる。つい、気持ち悪くなって胃液を吐いた。伝わってきた手応えが、余りにも強烈だった。
でも、胃液を吐いているうちに、もう1匹の鬼が棍棒を振るってくる。
「ぐぅっ」
棍棒は俺の左腕に炸裂した。刃がないとはいえ、塊で殴られるのは途轍もなく痛い。口内に残る胃液を無視して、俺は突っ込んだ。
「ハアァ!!」
剣で胴体を一突き。そのまま倒れ込んだのでマウントを取って何度も剣を突き出した。突いて。突いて。突いて。突いて。突いて。何度も突いた。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……」
気持ちが落ち着いた時には、鬼はすでに事切れていた。剣もいつの間にか折れていた。刃の部分が半分以上ない。とりあえず、鬼から離れて壁に凭れ掛かって座り込んだ。
「何なんだよ……コイツら……」
人じゃない。少なくとも、記憶の中にこんな生物はいなかった。武器を持って振るう動物なんていないんだ。それに、食物連鎖の頂点に立つ人間を食料として見ていた。何なんだ……コイツらは……
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・ゴブリンを倒しました
ーーゴブリンの牙×2 を獲得
・ゴブリンを倒しました
ーーゴブリンの牙 を獲得
・レベルが解放されました
・レベルが1に到達しました
ーー技能《筋力上昇》
ーー技能《耐久力上昇》
ーー技能《敏捷上昇》 を習得
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「は?」
突然、俺の前に浮かび上がってきた。な、なんだ……これ?なんか透明な板のような……ウィンドウって言うのか?ん、ウィンドウ?
「そう言えば、さっき……」
なんか聞こえた気がする。そう、ウィンドウを開け……だったか。ウィンドウ。ウィンドウ。
「こうか?」
俺は左手を左から正面に持ってくるような動作をする。
「うおっ!?」
そしたら、さっきと同じようなものが俺の前に現れた。俺、何で知ってたんだ?教えられてもいないのに、なんで?……まあ、いい。この現状を知るには、このウィンドウを見ることが必要不可欠だ。生き延びるためには見るしかない。
ウィンドウを見ると、体の図が大きく映し出されていた。右上には『レベル:1』と書いてある。そして、俺が真っ先に目に映ったのは、その左横に書かれた文字。
「Haruto?は・る・と?ハルト?」
これが、俺の名前なのか?……わからない。そもそも俺は誰ーー
「ぐぅぁッ……ク、ソッ……また頭がッ」
またあの痛みだッ。締め付けてくるみたいに痛いッ!
数十秒、強烈な頭痛に耐えた。これは、あれだ。自分の事を思い出そうとすると発生する頭痛だ……何でかはわからないけど、思い出そうとすると強烈な頭痛に襲われる。とりあえず、考えないようにするのが得だ。
深呼吸をして、俺は再度目の前にあるウィンドウに視線を向ける。
よく見てみると、左側にページの印のようなものがあった。そこには『装備』、『熟練度』、『武技』、『魔術』、『技能』、『道具』と順番に並んでいる。今開いているページは『装備』のようだ。
「『装備』……装備?」
装備といえば、武器を身に付ける事だよな?とりあえず、棍棒でも持ってみるか?
「あ、変わった」
体の図の右手側に、《ゴブリンの棍棒》という文字が追加された。というか、あの鬼はゴブリンというのか。まあ、後にして。
よく見れば、《ゴブリンの棍棒》以外にも文字があった。えっーと、《制服》、《スニーカー》、《下着》、《靴下》?
「え、制服?」
俺はゴブリンの持っていた松明に近づき、今着ている服を確認してみる。すると、ブレザーの左胸元にエンブレムが入っていた。うわ、本当に制服だ。
「じゃあ、俺って高校生?いや、中学生って可能性だってあるのか」
本当に、俺ってーーダメだ、また考えそうになった。クソッ。思い出したいけど、あの強烈な頭痛のせいで思い出すことができない。まるで誰かに縛られてるみたいだ。
とりあえず、気持ちを切り替えよう。今はこの現状を知ることが最優先だ。
「順番にいくか。『熟練度』っと。ん?あれ?」
熟練度のページを押すが、ウィンドウにすり抜けてしまう。どういうこと?操作できないとか。それともパソコンらしく、ダブルクリック?
「ダメだ。すり抜ける。もっと早くクリックしないといけないとか?」
俺は左手も構え、両手によるダブルクリックを行う。すると、反応した。左手が。どうやら、操作は左手でしかできないらしい。ウィンドウを出すときも左手だから、それに関係しているのか?
まあ、何はともあれ。『熟練度』のページを覗いてみる。
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熟練度
《剣術》 2/100
《運動》 5/99
《推理》 1/47
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なんだろう、これは?正直、まったく意味がわからない。とりあえず、飛ばすか。次、『武技』っと。
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武技
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あれ、何もない。どういうこと?んー、とりあえず、次に行こう。『魔術』。
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魔術
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今度も何もなかった。『魔術』って言うからには、ド派手な爆発とかを想像したんだけど……何もないとなると使えないんだろう。んー、考えてもわからないし、次の『技能』を見よう。
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技能
《筋力上昇》 0/77
《耐久力上昇》 0/65
《敏捷上昇》 0/74
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今回はあった。《筋力上昇》に《耐久力上昇》、それに《敏捷上昇》か。これまでに比べてわかりやすいのが出てきた。一つ試しに使ってみるか。……どうやって?
「んー、とりあえずーー《筋力上昇》!!」
手っ取り早く叫んでみた。でも、筋力が上昇したってどう証明するんだろう?棍棒を振ってみるけど、さっきからずっと持ててたし証明にならないよな。
「そうだな。石でも投げてみるか?」
と言うことで、転がっている石を壁に向けて投げた。結果、石が粉々になった。まあ、当然といえば当然の結果である。石が跳ね返らずに粉々になる速度で投げれたという意味では、と思ったけど、石が脆かったといえばそれまでなんだよなぁ。
「じゃあ、シンプルに殴ってみるか?」
結果はもちろん、俺の拳が負けた。めっちゃ痛かった……結構赤くなってるし……こりゃ、効果は発揮されてないな……
と思ったが、
「あれ、壁が削れてる?」
よく見ると、殴った壁の一部が削れていた。形からして天然のものではない。間違いなく人為的なものだ。
「マジか……すげぇ」
ここはもしかしてあれか?ファンタジー的な世界なのか?転生的なことをして、俺は別の世界に来てしまったのか?
結局、答えは出ない。わからないことが多過ぎる。
最後に『道具』を開いてみた。
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道具
ゴブリンの牙 ×3
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さっきウィンドウに表示されていたものだ。どうやら、獲得したものは直接ここに行くらしい。《ゴブリンの牙》をクリックすると、それらしきものが俺の手の前に現れた。握ってみると、確かに実物だった。感触を確かめようと、左指で突いてみる。
すると、ウィンドウが現れた。
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ゴブリンの牙
*ゴブリンから剥ぎ取られた牙。強度が高く、武器や防具の素材として使用される*
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どうやら、こうやって詳細を知ることができるらしい。棍棒にも同じことをしてみた。
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ゴブリンの棍棒 202/604 26% 所有者:なし
*ゴブリンが最も上手く扱うことができる打撃武器。当たりどころが悪ければ、それだけで致命傷になり兼ねない*
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今度は詳細の他に数字が書かれていた。これは、もしかして耐久力?これが0になると、武器が壊れてしまうんじゃないか?じゃあ、このパーセンテージはなんだろう?もしかしてこっちが耐久力だったり?んー、わからん。説明書をくれ。
「とりあえず、全部見て回ったけど……あれ?『熟練度』のページになんか増えている。《魔力》?」
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熟練度
《剣術》 2/100
《魔力》 1/6
《運動》 5/99
《推理》 1/47
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やっぱり増えてる、《魔力》。またファンタジックな言葉が出てきたなぁ。マジでここってファンタジー世界なんじゃないか?……やはりわからない。わからないことばかりだ。
この場所のことも、自分のことも。
だから、進まないといけない。頑張って足掻いて、俺はこの洞窟を抜けるっ。そして、必ず俺が誰なのか思い出す!
「まずは、進むことだ」
自分を勇気づけるために、敢えて言葉に出す。そうしないと、また襲われたときに逃げてしまいそうだから。アイツらを恐れているようじゃ、この洞窟を出ることはできない。
だから、
「邪魔する奴は、倒す!!」
そうして、俺はまた出口を目指して歩き出したのだ。