第8話 少年、狩りしようぜ
光に向かって駆け出し飛び込んだ俺とユキ。
「「うっ……」」
眩しっ!うぅ、暗闇に慣れたせいでめっちゃ眩しい……外が見えた興奮で自分たちが洞窟の中に居たことを忘れてしまった。ゆっくり目を開こう。
「おぉ……」
ようやく光に慣れ、辺りを見渡した俺は思わず声を漏らした。だって、目の前には久方振りに見る緑が溢れていたから。木と草、それに道が目の前に広がっていて、自分が大自然の中にいるように思えたからだ。ユキも、声には出してないけど目の前の光景に目を奪われてた。
そんなユキの横顔を眺めた後、俺は自分たちが出てきた洞窟へと振り返った。そこは断崖絶壁にぽっかりと空いた穴だった。断崖はすごい長さで横に伸びていて、端っこが見えない。そんなところにぽつんと空いているのだから、どうってことないように思えてしまう。まぁ、中はゴブリンの魔窟なんだけどな。
さて。
「これからどうしようか」
「とりあえず、道を歩いてみる?道を辿っていれば、いずれは町とかに着くんじゃないかな?」
「そうだな。うん、そうするか。一応、警戒の方頼む」
「わかった」
ここがどこだかもわからないので、町を目指して歩くことにした。林の中に続く道を歩き始める。もしかしたら、ゴブリンのような奴が現れるかもしれないので、《エアサーチ》で警戒だけしてもらう。それにしても、ユキの格好完全に魔女だよな。ローブに魔女帽子まで被ってたら、もうそれにしか見えない。ん、魔女帽子?
「そうだ。ユキ、魔女帽子の使い魔を上空に飛ばせばいいんじゃないか?」
「あ、そっか。視界は共有できるもんね」
ユキは魔女帽子を取って穴を上に向けた。すると、そこから1匹のコウモリが現れて飛び立っていく。まるで、白鳩を出すマジックみたいだなぁ。
「んー、町は見えないね。ここら辺はほぼ林みたい」
「遠くには何か見えるか?」
「大きい塔がある」
「塔?」
「うん。なんか空に埋まってて天辺が見えないの」
「天辺が見えない塔、って。それ絶対普通の塔じゃないだろ……」
めっちゃ怪しいじゃん。んー、それぐらい大きいならここからでも見えそうなものなんだけどなぁ。周りの木が邪魔で見えないか。
「他は?」
「山があるね。というか、多分火山だと思う。煙出てるから」
「か、火山っ?おいおい大丈夫かよ……」
噴火とかしないよな?
「あとは、火山の隣に雪山がある」
「雪山ぁっ!?火山の隣にっ!?絶対おかしいじゃん!絶対怪しいじゃん!!」
「まあ、隣りって言ってもここから見た隣りだから。もしかしたら、本当は結構離れてるかもしれないよ?」
「あー、それもあるのか……」
「他は湖があるぐらいかなぁ」
湖、か。ここに来てまともな場所が出てきたな。それにしても、町がないのは気になるな。んー、そうだな。
「とりあえず、湖の方に行ってみるか」
「湖の方?どうして?」
「湖なら、多分漁とかしてるだろうし、そうすると町が必要になる。だから、そっちの方が確実かと思って」
「なるほど。それじゃあ、早速向かおっか」
「あ、周りの警戒をしたいから、コウモリは回収してもらっていい。時たま休憩する時に飛ばして、進路確認をしよう」
「わかった」
行き先も決まり、俺たちは湖を目指すことになった。林の中をずっと歩いているのも退屈だったから、ちょっと木登りのようなことをして気を紛らせていた。途中で《リーゴ》の木を見つけてちょっと興奮した。『道具』に入れようかとも思ったけど、既に余るほど入っているのを思い出して止めた。結構進んだと思うけど、モンスターには襲われていない。もしかして、モンスターいないのか?
ん?何か聞こえる……水の音だ。というよりも、
「滝、かな?」
「あぁ。滝だな」
こんな林の中に滝なんてあるのか?まあ、とりあえず行ってみることにした。そこはやっぱり滝だった。ちょっとした高場から水が落ちてきてるらしい。それで池みたいになってるみたいだ。それにしても、すごい透明だ。透き通った綺麗な水だし、飲めるんじゃないか?
「ズルズルっ……飲めるな」
普通に飲めた。特にマズいとかはないし、生温い感じはあるけど美味しい。あれ?なんかユキがそわそわし始めた。どうしたんだ?
「どうした?ユキ」
「えっ?あ、あぁ、その……汗流したいなぁ、って」
「汗……あー、確かに。あの洞窟蒸し暑かったしな」
戦闘したのもそうだけど、あの洞窟自体が蒸し暑かった。俺も結構汗かいて気持ち悪いし、せめて水浴びぐらいはしたいなぁ。て、最適なところが目の前にあったっ!!あ、だからユキが汗流したいって言ってたのか……
「じゃあ、俺はあっち行ってるから。終わったら声かけてくれ」
「ありがとう。……覗かないでよ?」
「覗かないって!心配なら使い魔で監視すればいいじゃん!!」
「氷漬けにするって手もあるわよ?」
「鬼ですかっ!?ユキさん、鬼ですかっ!?」
「あはははっ、冗談よ。大丈夫、そんなことしないわ。ハルトのこと信頼してるし」
……それはそれで卑怯な気がする。そう言われたら、俺も信頼に応えたくなるでしょうが……
「じゃ、ごゆっくり」
俺は池が見えないところまで来て、《騎士の剣》を下ろして木を背に座り込んだ。一応声は聞こえるし、ここなら何も言われないだろう。さてと。俺はどうしようか。《ゴブリンの水筒》の水が有り余ってるし、それで汗ぐらい拭こうか。《ゴブリンの水筒 500ml》っと。
「んっー、気持ちぃぃぃ」
頭から水を被ると、結構気持ちいい。ちょっとさっぱりした感じがする。それから《制服》の上と《銀籠手》を脱いで水を垂らした手で身体を拭いていく。タオルがあればいいんだけど……生憎とないから仕方がない。下は、まあ今はいいかな。全部の装備を解除するのは恐いし。とりあえず、自然乾燥で身体が乾いたら《制服》を着るか。
「そう言えば、ウィンドウ全然開いてなかったな」
熟練度の方はどうなってるんだろう?
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熟練度
《剣術》 34/100
《短剣術》 9/96
《体術》 9/98
《槍術》 8/90
《斧術》 9/88
《棒術》 1/92
《棍術》 9/89
《投擲術》 9/42
《弓術》 1/9
《盾術》 7/84
《魔力》 2/6
《運動》 38/99
《隠形》 8/55
《観察》 10/82
《推理》 4/47
《料理》 1/44
《睡眠》 1/67
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《剣術》が34、か。他の武術系もほとんど9になってるな。《剣術》から察するに、おそらく10毎に新しい武技が習得できるだろうからもう少しか。《魔力》も、さすがにあれだけ技能を使っていれば2になるか。逆に1しか上がっていないことに驚きだけど。
ん、待てよ。武技は10になると習得する。じゃあ、魔術も《魔力》を10にしないと習得できないんじゃ?そして、ずっと疑問に思っていた右の数字。もし、もし仮に、この数字が成長の限界を表しているのなら……
「俺、魔術習得できないんじゃね……?」
冷たい汗が、額から零れ落ちた。いやいやいや、まだそうと決まったわけじゃないしぃっ。もしかしたらっ、限界突破できるかもしれないしぃっ。まだ希望を捨てるには早いよねぇっ!
ガサッ
手が素早く横に置いてある《騎士の剣》に伸びて抜いた。そして、音がした方に剣を構える。俺も随分と身に染み付いてきたな。今の完全に条件反射だったぞ。まぁ、生き残るためには必須の技だからいいけど。
ガサッ、ガサガサガサッ
音がだんだんと近づいてくる。足音も。この足音は……二足歩行の生物じゃない?多分、四足歩行の足音だ。ゴブリンとは違うモンスターか?厄介な奴じゃないといいんだけど……さて、どうくーー
「プギッ」
「ーーは?」
そいつは普通に現れた。全長は60cmぐらい、ふさふさの体毛に平べったい鼻。それに口端からちょっと飛び出た牙。その姿は、どっからどう見てもーー
「い、イノシシ?」
凶悪なモンスターではなく、自然溢れる場所にいて当然のイノシシさんだった。モンスターを相手取っていたせいで、なぜか普通の動物が珍しく感じてしまった。てか、普通のイノシシとかいるんだ。
「フゴッ!!」
そんなことを考えていたら、イノシシが俺に向かって突進してきた。わざわざ喰らうつもりもないので、《剣技》を使う。
レベル2下段防御《剣技》ーー《タイラ》ッ
タイミングを合わせて、下段に構えた剣を振り上げる。すると、イノシシが上に弾き上げられ動きを止めた。そこから《サイライト》を使って振り下ろす。イノシシが真っ二つになった。
「さすが《剣技》。あっさり仕留められたな」
あれ?そういえば、ウィンドウが出ない。ゴブリンを倒せば必ず出てたのに。モンスターじゃないから出なかったのか?それともあの洞窟特有の何かだったのか?まぁ、あとあと検証しよう。その前に、このイノシシどうしよう。ちょっと狩っぽく剥ぎ取りとかしてみるか。《ゴブリンの短剣》。
「まずは、皮を剥ぐか」
ん?んん?な、なかなか刃が滑らないな……くッくッ。あ、千切れた。はぁ……こりゃ、結構難しいな。牙と肉だけ剥ごうか。
「ふぅ……やっとできた……」
とりあえず、ようやく全て剥ぐことができた。《猪肉》と《イノシシの牙》。詳細を確認してみたけど、《猪肉》は食用で焼けば食べられるらしい。《イノシシの牙》は強度はイマイチで武器や防具の素材には向いていないようで、主に包丁や家具の素材に使われるとか。そう言えば、《ゴブリンの牙》は武器の素材になるって言ってたな。せっかく大量にあるんだし、今度武器でも作ってみようかな?
「ハルト、どうしたの?」
「あれ?ユキ。水浴びは終わったのか」
「うん。ずっと呼んでたのに全然来ないから。どうしたの?」
え、あー、そうだったのか。剥ぎ取りに集中してて全然聞こえてなかった……
「悪い。実はさっきイノシシが来てさ。真っ二つに両断したから、肉とか使えそうなところを剥ぎ取っていたんだ」
「イノシシ?イノシシなんているの?」
「いるみたいだな。何気なくスルーしてたけど、さっきから鳥の鳴き声とか普通に聞こえてるし」
「え?……本当だ。まったく意識してなかった」
「まぁ、普通はそんなに意識して聞くようなことじゃないからな。俺も全然気づかなかったよ」
多分、ゴブリンどもが持ってた食料や水はこの林から取ってきたものなのだろう。水が全部水筒に入れられていたのも、それで納得がいく。
「あ、そうそう。ハルト、池の中で宝箱があったんだけど。どう思う?」
「めっちゃ怪しいと思う」
「だよね」
また出た、宝箱。しかも、今度は池の中って……トラップ感が半端ないんだけど。とりあえず、ユキに案内されて池を覗き込んでみれば、確かに池に沈む宝箱があった。さて、どうしよう。
「トラップである可能性に1票」
「同じく1票」
計2票、多数決はトラップである可能性が勝利。でも、やっぱり宝箱を見ると開けたくなるのが子供心というか、開けずにはいられないのである。ということで、宝箱を池の底から持ち上げて地上に上げた。服とかびしょ濡れになったけど、ユキが《風属性魔術》で乾かしてくれたのでさっきよりもサッパリした気がする。さて、とりあえず『道具』から盾を取り出して構えながら慎重に宝箱を開けてみた。
「…………何も起こらないな」
「みたいだね」
構えを解いて、ユキと一緒に宝箱の中を覗き込んだ。これは……
「竿?」
「ああ。釣り竿、だな」
なぜか釣り竿が入ってた。てか、宝箱とサイズが合ってない。マジで謎なんだけど……とりあえず、詳細をクリックっと。
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約束された大魚の竿 237/237 所有者:なし
*かつて、あるオアシスを支配していた巨魚ウラベロの鱗と鰭で作られた釣り竿。エサやルアーを付けていなくても魚が釣れる。使用者の技量次第では大魚も釣ることが可能*
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……凄そう、なんだけどなぁ。釣りをしたことがない俺にはちょっと理解できないわ。横から覗き込んできたユキも微妙そうに眉を顰めているし。これ、どうしようか。
「どうする?」
「ハルトが持っておいたよ。別にこの先絶対に使わないわけじゃないんだし、必要な時は来るわよ」
それもそっか。肉に飽きて魚を食べたい時だってあるかもしれないし、その時は《約束された大魚の竿》が役に立ってくれるだろう。つまり、その時が来なければただ邪魔なだけということだ。まぁ、所有者登録して『道具』に入れてあろう。
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登録を完了しました
《約束された大魚の竿》を『道具』へ入れますか?
はい / いいえ
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『はい』っと。さて。
「このまま休憩にしてご飯にするか」
「そうね。せっかく《猪肉》も手に入ったんだし、焼肉でもしましょうか」
そういうことになり、俺は木の枝を剣で斬り落として集めて回った。だいたい一振りで木の枝が切り離されるので、集め終わるのにそれほど時間はかからなかった。俺が戻ってきた頃には、ユキも火を起こし始めていた。火属性は無いから、火を起こすのは原始的な方法だ。板っぽい木を棒状の木で素早く回すやつ。紐を使って回すと素人でも結構できる。
それから《猪肉》を焼くことにした。網があるわけがないので、拾ってきた枝から比較的真っ直ぐなやつを選んで短剣で削って串を作った。
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・熟練度《短剣術》が10に到達しました
ーー《短剣技》レベル1《クロッガー》
ーー《短剣技》レベル1《ソルト》 を習得
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なんか習得しちゃった。嬉しいけど……解せぬ。こんなよくわからないところで習得しても試せないじゃん。とにかく、それで肉を並べ刺して焼き始める。……そういえば、香辛料とか何もないな。まぁ、いいか。サバイバルじゃこれが普通だし。そんな感じでユキが綺麗に焼き目を付けてくれて完成した。
「いただきまーす。ガブっ……ウンウン。ゴクンッ。美味いっ!久しぶりに肉を食べた気がするっ!!」
「うん。あんな洞窟の中じゃ火なんて長時間焚けなかったから、こうやってしっかり焼いたのを食べたのは久しぶりだよ」
あー、確かに。ゴブリンは普通に焚火してたけど、人間がやったら一酸化炭素中毒になりかねないしな。俺も、前の食事は焚火で焼いた魚ぐらいだからなぁ。あれからゴブリン1000匹ぐらいと戦って、ゴブリンキングとも戦ったから、遙か昔の話のように思えるよ。
「今はこんな感じだけど、いつか調理器具とか作って本格的なものを食べたいな」
「その時は任せて。料理には自信があるんだから」
「ははっ、期待してるよ」
そんな未来に向けた話をしつつ、舌鼓を打ちながら《猪肉》を頬張った。ご飯も済み、お腹の中も落ち着いたので行動を開始することにした。火はちゃんと池の水を使って消した。灰なんかも林の方の土に埋め、俺たちは湖に向けて歩き出しす。
「進路は大丈夫そうか?」
「うん。まだ結構距離があるけど、進む方向は間違ってないよ」
「そうか。陽も沈み始めたな。もう少し進んで、夕方ぐらいになったら今日は休もうーーん?」
何かを感じて、俺は進路とは真逆の方を見た。今のは……視線、か?
「?どうしたの?」
「……ユキ、周囲に誰かいるか?」
「え?いないよ。《エアサーチ》には何も引っかかってないけど……」
《エアサーチ》に反応がないんなら、俺の勘違いか。まぁ、感覚的なものだったし、そんなことでユキを翻弄させるのも悪いな。
「いや、なんでもない。気のせいだ。さ、先に進もう」
「え、ちょっと待ってよー」
こうして、俺たちはまた新たな地を歩き始めた。