表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

結◆回答


 ――8月16日。あの日から丁度ひと月が経っていた。


 相も変わらず、蝉はせわしなく泣き喚いている。それは思わず耳をふさぎたくなるような騒動しさ。けれどその理由は、決して蝉のせいだけでは無かった。


「なんじゃ、要ももう二十歳か!そりゃあいい!飲め、飲め!」


 五十畳はあろうかという、神社の敷地内に建てられた会館の大広間。そこで開かれている法事の食事会で、昼間っから酒を進めてくる遠い親戚の爺さんたち。

 俺の右側に座っている名前も知らない坊主頭の爺さんは、恐らく80歳を裕に超えているであろうに、それでもびっくりする程豪快に笑いながら、俺のグラスに向けてとっくりを傾けた。


 そんな爺さんに俺は、おいおい、グラスに日本酒かよ。などと呆れながらも、爺さんの昔話にただ相づちを打ち続けていた。


「ほいでな、その婆さんってのがほんまおっそろしい婆さんで。竿を振り回して追っかけてきおって」

「何いっとんじゃ。ありゃお前さんがばっさんの日記に落書きしよったからじゃろが」

「じゃけどありゃ日記じゃなかったんじゃ。どこもかしこも真っ白でな」


 その爺さんの言葉に、俺は思わず顔をしかめる。

 真っ白なページばかりの、日記。それは酷く既視感のある――。

 俺の脳裏に過るのは、あの時の一冊の白い本。そして、一抹の不安と、予感。


「そんな筈ない。ばっさんは日記て言うとったんじゃから」

「何じゃ!俺を疑うんか」

「そうは言っとらん」


 とうとう口論を始める爺さん連中。けれど俺は、そんなことはお構いなしに口を挟む。


「あの!」


 どうしても、確かめざるを得なくて。


「そのお婆さんの、名前は――?」


 ”千秋”じゃよ。


 告げられたその名に、俺は雷に打たれたように走りだした。その辺に散らばった適当なサンダルに足を突っ込み、一目散に蔵へと向かう。


 そして、あの日ここに帰ってきてから避けるように蔵の奥にしまい込んだ、あの黒塗りの木箱を引っ張り出した。


 俺は恐る恐る蓋を開ける。そしてその本のページを、震える指で――めくった。

 そこに書かれているのは、あの日と変わらない、何の変哲もない数字の並び。


 ”2087/7/16”


「――ッ」


 ――あぁ、どうして気が付かなかった。どうして俺は、何も確かめなかったんだ。

その文字は――この筆跡は、あの日千秋がこの本に書いた、あの時の字と同じだったというのに。


「……千秋」


 俺は今度は木箱から写真を取り出す。そしてそれを順に確かめて……手を、止めた。


 俺の視線の先、手の中の写真に写るのは、ひまわりの様に明るい笑顔を咲かせる千秋の姿。着物姿の優しそうな男と寄り添うように並ぶ、麗しい千秋の姿。その彼女の腕の中には――鈴のついた赤い組紐をしっかりと握り――無邪気に笑う、赤ん坊が抱かれていた。


 その姿は本当に幸せそうで――あの日のように、眩しい笑顔で。俺はそんな彼女の微笑みに、(すが)るような思いで写真を裏返す。そしてようやく、理解した。写真の裏に綴られた、さらりとした涼やかな文字に――。


「……っ」


 ――あぁ、千秋。本当に、千秋だ。


 刹那――じわりと滲む、俺の視界。


 ”100年後の君へ

 私は幸せになりました

 君も夢を叶えて下さい

 100年前の私より”


「反則……だろ」


 あぁ……なんだよ。そうか、そうだったのか。千秋はちゃんと幸せになったんだな。ちゃんと……夢を叶えたんだな。

 この(タイムマシン)は、千秋が俺に……俺の為に用意してくれたものだったんだな。


 それなら、俺も決して諦めるわけには行かない。写真の中で笑う、千秋の為に――。


 俺はシャツの袖で顔を拭い、全力で走り出した。――そして。




「――父さん!俺、やりたいことがあるんだ!」




―終―

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ