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Page 31 死の真相

 



「椿ちゃん、最近ますます綺麗になったわ。人気が出るのも当然って感じ」


「ありがとうございます。こうして手入れをして下さるスタッフの皆さんのおかげです」


 メイク室で、鏡越しにヘアメイクの女性とおしゃべりしながら撮影の準備をする。こういう共演者以外のスタッフの人たちの評判というのが、アイドルの営業に案外影響する。私たちみたいな駆け出しは特に。


 礼儀正しく。感じよく。でも親しげに。今はとても大事な時期なのだから。


「あら、そう言ってもらえると嬉しいわ。椿ちゃんは、すごく肌が綺麗だから、メイクのノリが抜群ね。自分でも何かお手入れしているの?」


「いえ、特に。メイクをちゃんと落として、丁寧に洗顔するくらいです」


「羨ましいわ。それで吹き出物のひとつも出ないなんて。他の子は、肌トラブルで結構苦労してるわよ」


「そうなんですか?」


「そうよ。そういえば、華可憐(フラワーキューティ)の首都ドームでのライブコンサートが決まったんですって? おめでとう」


「ありがとうございます」


「もうかなり人気は出てきているけど、これでいよいよ、トップアイドルへの階段を駆け上がるのね。今日みたいに、椿ちゃん単独の仕事もき始めてるし、先行きが明るい話題ばかり。応援してる」


 そう。夢にまで見た。首都ドームでのライブ。


 いよいよそれが実現する。このところ、急激にTVや雑誌への露出が増え、今日みたいに単独での仕事も入ってくるようになって、スケジュールが埋まって大忙しだ。ファンクラブも公式に立ち上がり、事務所にもますます期待されている。


 順風満帆。


 そういうしかない状況ね。ふふ。ああ楽しい。以前のことはほとんど覚えていないけど、まさにこれが自分が望んで、強く願ったものだろう。


 日々、このアイドルとしての成長を記録する、あの日記帳には感謝しなくちゃ。



 ◇



 ふと気がつくと、この世界にいた。



 諏訪(すわ)ゆりあ。……それが新しい私の名前。昔のことは覚えていない。でも、何があってこうなったかは、日記帳が教えてくれた。


 私は一度死に、今の私に生まれ変わっている……らしい。


 宿願の日記帳。自らをそう記載するこの日記帳に、そう書いてあった。


 それが本当かどうかなんて分からないけど、記憶がないのは確かだし、今のところ、15歳の「諏訪ゆりあ」として、いきなりこの世界に現れたという記述に矛盾は感じていない。


 ただ、その赤い日記帳に書いてあった、以前の私の死に至るまでの顛末は、決して褒められたものではなく、他人には見せられない。


 私、本当にこんなことしたの? そんな内容だったから。



 ◇



 以前の私は、将来人気アイドルになることを願う、15歳の駆け出しのアイドルだった。


 ネットアイドル。


 アイドルという響きこそ一緒だけど、その営業レベルは、動画に自撮りを公開している一般人とそう変わらない。閲覧数なんかは素人の人気動画に大きく負けている。


 VRゲームにログインして、ダンジョンに潜ったり、クエストに挑戦したりして、その動画を配信し、それを売り出すための広報活動(キャンペーン)の代わりにする。


 宣伝広告費にあまりお金をかけてもらえない、もし当たれば儲け物。そんな期待されていないアイドルグループのひとつだった。


 そんな中でも、いい営業の部類に入るのが、人気VRゲームのイベントとしてのライブショーだった。


 久々のライブショーにみんな張り切っていた。これで知名度が上がり、人気が出るかも。そう期待する子が多かった。私もそう。


 それがあんなことになるなんて。



 *



 ライブショーのあと、ストーカーと思われる被害に気づいた。自宅の郵便ポストが度々荒らされる。夜間、自宅周辺に不審人物がうろついているという地域パトロールからの注意勧告。


 怖くなった。露出が少しずつ増えると、そういうタチの悪いのに目をつけられることがある。事務所からもそう注意を受けていた。


 そんな時、通学途中の駅で、1人の少年に声をかけられた。


「山吹さんですよね。この間、ライブショー見ました。凄くよかったです。応援しています」


 驚いた、と同時に気味が悪くなった。


 今の私は黄色い武道着の衣装ではなく、通っている中学の制服姿だったし、何よりここは自宅の最寄り駅だ。返事をするのも嫌で、逃げるようにその場を立ち去った。



「山吹、その子がストーカーしてるんじゃないの?」


「えっ! でも、学生服を着てたし、高校生くらいだと思うけど」


「でも、ゲーム内のショーを見た子に、朝、自宅そばの駅でばったり会うとか、偶然にしてはちょっと出来過ぎじゃない?」


 その時は、まさかね。そういう気持ちになっただけだった。でもその後、度々、駅でその少年と鉢合わせることがあり、もしかしたら……と思うようになってきた。


 そして、何か言いたげな顔をしたその子が、次第に凄く怪しい存在に思えてきた。ポストの被害も、夜中の不審人物も、まだ相変わらず続いている。被害届けは出しているけど、犯人は依然分からない。


 思い余って母親に相談したら、すぐに駅前の交番に連れて行かれ、その少年についても被害届を出すことになってしまった。母に言わせると、「何かあってからでは遅い」。


「相手は学生さんでしょう? 朝の駅で何度か鉢合わせた以外に、つきまといと思われた理由はありますか?」


「それで十分じゃないですか? この子の芸名で直に呼びかけられているんですよ。自宅のポストも荒らされてるし、夜間の不審人物の目撃情報も相変わらずなくならない。被害届を出してかなり経つのに、犯人は一向に捕まらないじゃないですか!」


 母が興奮してきて、段々声が大きくなり、最後は叫ぶような感じになっていた。


「では、相手の住所は不明。分かっているのはこの駅を利用している学生であるということだけですね」


「もう、二度とこの子に付きまとわないように注意して下さい」


「そう言われましても、黒髪・高身長・学生服だけでは、人物の特定ができないですね」


「結衣、今度その子を見かけたら、すぐに交番に駆け込みなさい。お巡りさん、それでいいですね。現行犯なら注意できるでしょう?」


「この場合、現行犯というわけではありませんが、届けを出されているので、その少年に話を聞いて、事実であれば注意・警告をすることはできます」



 そしてある日。


 また! 


 駅にその少年がまたいた。丁度その時、改札口のすぐそばの交番から人が出てくるのが目に入った。あの時の警察官だ。そうだ。あの少年に一言、注意をしてもらわないと。


 警察官に駆け寄り、あの少年を指差す。


 少年はこちらに気付いて、びっくりしたような顔をしていた。そして、その場を警察官に任せ、私は改札口に向かい、そのまま電車に乗った。



 警察官の警告が効いたのか、しばらくはその少年に会うことはなかった。やっぱり被害届を出してよかった。そう思っていたのに。


 ある日のこと、朝から雨が降っていて、いつもより少し早めに、重い足取りで駅に向かうと、あの少年にまた出会った。


 やだ。やっぱり待ち伏せしてたんだ。


「私に付きまとわないで!」


 思わずそう叫んでしまい、そのまま振り返らずに駅に駆け込んだ。



 それ以降、その少年と出会うことはパタっとなくなった。でも、その一方で、自宅の被害の方が酷くなっていった。


「警察はちゃんと注意してくれたのかしら。こっちの被害は酷くなってるじゃないの」


 あの少年が自宅のポストを荒らしているとは限らなかったが、母の中では同一人物の仕業になっているようだった。それも分からなくはない。たいして人気があるわけじゃないネットアイドル、それもセンターですらない、サイドメンバーの1人でしかない私に、同時期にストーカーが2人もつくとか……考えにくいから。


 しかし、そうも言ってられなくなった。


 自宅ポストに、盗撮画像が投函されるようになったからだ。どこからか、私を隠し撮りした写真。それに「いつも見てるから」と、一文だけ書かれたメッセージカード。


 ……怖い。


 それを持って、再び警察に相談に行くことになった。


「今度はこんなものを投函してきたんですよ。本当に注意をしてくれたんですか? いえ、注意なんて生温いわ。ちゃんと親を呼び出して、懲らしめてやらなきゃ」


 興奮した母が、対応してくれている警察官にそうまくしたてる。


「その件ですが、駅で注意した少年は、ご自宅の被害とは無関係のようです」


「なぜそう言い切れるんですか? 被害者の私たちの話は聞かずに、警察は加害者を弁護するんですか?」


「いえ違います。あなた方が自宅被害の犯人と訴えている少年には、もうそれをすることができないんです。彼は既に亡くなっていますから」


 えっ!?


「本当ですか? いつ亡くなったんですか?」


「2週間前の火曜日。朝から雨が降った日ですね」


 ……それって。


「なぜ亡くなったかお伺いしても?」


「朝、通勤時間帯にホームに転落し、電車事故で亡くなっています。事故か自殺かは分かっていません」


 やっぱり、あの日だ。やだ。それじゃあ、まるで私のせいで死んだみたいじゃない。


「そうですか。その少年のことは分かりました。では、自宅へ嫌がらせをする犯人は別にいるということなんですね」


「そうなります。我々もパトロールを増やしてはいるのですが、まだ容疑者の特定に至る情報は得られていませんので、身の回りには十分に注意して下さい」



 *



 結局、犯人は見つからなかった。いや、もしかしたらもう警察に捕まったかもしれない。私を、電車の入ってくるホームに突き落とした後で。


「殺してあげる。あいつと同じ方法で」


 聞こえたのは、ゾッとするような低い男の声。


 こんな風に人生が終わってしまうのなんて嫌! 私はアイドルとして成功するはずなのに!


 そう思った時に、声が聞こえた。



 《ここに、あなたが今に至るまでの出来事が記してあります。》


 《これは、宿願の日記帳。この日記帳に願いをこめれば、それを叶えることができます。残り時間は、あなたの命が消えるまで。》



 願いが叶う?


 じゃあ、お願い。私をアイドルにして! 誰からも注目されるトップアイドルのセンターに……



 *



「ひっどい話」


 控室で出番を待っていると、誰もいないはずの室内から、そんな声がかけられた。驚いて声が聞こえてきた方を振り返ると、黒い服を着た見慣れぬ少年が1人いる。いつの間に?


「あなた誰? どうやってここに入ってきたの?」


「自分のファンに濡れ衣を着せて殺しておいて、自分は目指せトップアイドルですか?」


「あ、あんた何言って。それに私が殺したんじゃない。ストーカーが……」


「そうだったそうだった。俺の勘違い。悪かった。でも、凄いじゃないか。どこにでもいるようなネットアイドルから、注目の大型新人アイドルに大躍進。いいねえ……もう十分にこの世界を楽しんだよね。諏訪ゆりあ……いや、武田結衣さん」


 黒服の少年の右手には、いつの間にか赤い日記帳があった。私のだ!


「あんた、何勝手に人の日記を読んでるのよ。返してよ」


「日記帳……大事なものなんだよね、これ。凄〜く。なのに不用心だね。こんなとこに放置しておくなんて」


「返して! 今すぐ! 人を呼ぶわよ」


「それは困る」


「じゃあ……」


「だからこうする」


 少年がどこからか取り出したのは、黒い本……いえ、あれも日記帳?


 私の赤い日記帳の上に、少年が自分の黒い日記帳を重ねる。


 なに? 


 急に全身の力が抜け、目の前が暗くなってきた。これって……やだ、やだやだやだ。


 私、トップアイドルになるのに。今度こそ、もうすぐ夢が……叶……



吸収(アブソーブ)完了」




 少年が、そう宣言した時、その部屋にはもう、彼以外の人影はどこにもなかった。


「やれやれ。ちょっと遅くなったけど、間に合ってよかったよ。これ以上、有名になられちゃ、この世界がそうそう修復仕切れなくなるからね」


 黒い本が開かれ、リストが表示される。


「武田結衣……よし、ちゃんと載ってる。さて、ひと仕事済んだことだし、しばらくはリフレッシュ休暇といきますか」


 そう呟くと、少年はスッと音もなくその場から姿を消した。


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