Page 30 なぜか脳裏に一瞬
誤認していた前世の本当の死因。
それに加えて、不安を煽る日記帳の意味不明な記述。
結局あのまま、日記帳にはなんの記載も増えず、また幸いなことに、日記帳が警告していた危険な事態も起こらなかった。でも、俺の様子が変だったため、それに気づいた結衣と母さんには、冬休み中、余計な心配をかけてしまった。
そうして、もやもやした気持ちを抱えたまま冬休みが終わり、3学期を迎えた。
「武田どうした? なんか元気ないじゃん」
「んー。ちょっとね」
「冬休みはどこか行った?」
「いや。ほぼ家でゴロゴロしてたかな。あとはゲームしたり。斎藤は? 全然ログインしてなかったけど、冬休み何してたの?」
「俺? 俺は、奥さんが臨月だから、しょっ中会いに行ってた」
「臨月!? じゃあ……」
「うん。もうすぐ父親になる」
「うわっ! おめでとう」
俺と同じ年齢で父親!
それには凄く驚いたけど、いつも卒なく何でもスマートにやり過ごす斎藤が、照れ臭そうに、でも凄く嬉しそうに笑う姿は、なんだかとても新鮮だった。
「おはよう。あけおめ。どしたの? この祝福ムード」
「斎藤のところ、子供が生まれるんだって」
「おー。それはめでたいね。父親一番乗りだな」
「まあね。子供は欲しかったから、実際、凄く喜んでる」
「斎藤、実は子供好き? 意外」
「意外かなあ? 自分ではそうは思わないけど」
「いつ産まれるの?」
「予定日は今月末くらい」
「そっか。じゃあ、お宮参りは3月に入ってからかな。その時は是非うちの神社をご利用下さい」
「はは。営業してら。そういう結城は冬休みは?」
「もちろん家の手伝い。かき入れ時だからね。やることいっぱいあるのよ」
「初詣に行ったけど、結城の家の神社、めちゃ混んでた。確かにあれは大変だね」
「おっ、本当に来てくれたんだ。ありがとう。武田が来てたのを知ったら、姉さんたち悔しがるだろうな」
斎藤家のおめでたい話を聞いて、もやもやしていた気分が浮上してきた。現金だけど、やっぱり明るい話題っていいよね。するとそこへ、
「みんなおはよう。あけましておめでとう」
「久しぶり、北条。って、何か妙に日に焼けてない?」
いつもはふわんとした印象の北条が、日に焼け、ちょっとシュッとして精悍な感じになっていた。
「冬休みの間、ずっとスキー場にいたから。スノボ三昧」
「だからか。スノボいいね、楽しそう」
「楽しいよ。春休みも行くけど一緒に行く?」
「春休み? 行けそうなら行きたいけど、俺、スノボはやったことない」
「初心者講習があるから大丈夫だよ。武田ならすぐに上手くなると思うよ」
「そうかな? だったらやってみたいかな」
久しぶりに会ったから、会話も余計に弾む。
しばらくして、冬休みは家の道場でひたすら竹刀を振っていたという上杉も加わって、近況報告会になっていたところ、
「ねえ、男子のみんなは、C組の転入生にはもう会った?」
クラスの女子たちが話しかけてきた。
「いや。転入生って今日来るの?」
「そうみたい。やっぱり朝のHRで紹介になるのかな?」
「そうじゃない? 俺も初日は、まず職員室へ来てくれって言われたし」
「そっかあ。みんなC組の男子とは仲いいし、その内どんな人だかわかるよね?」
「まあまず、自分のクラスに馴染むのが先だろうけどね」
「それは分かってるんだけど、やっぱり気になるの。でも増えてよかった。転入生が来なかったら、B組からC組に男子が一人移るんじゃないかって噂があったから」
男子はひとクラス3人以上。そういう決まりがあったにも関わらず、C組は長いこと男子2名のままだった。そして、そう噂されていた転入生に、俺たちは間もなく出会うことになった。
*
3学期は、高3はもう大学受験シーズンに入っていて自由登校になっている。だから、昼休みにも関わらず、食堂はいつもより閑散としていた。
「よう武田、久しぶりだな。うちのクラス、転入生が入ってきたんだ。紹介するよ」
食堂でC組の片桐に声をかけられた。片桐と平野とは、冬休みにゲーム内でよく会っていたので、かなり気の置けない仲になっている。
「おーい。こっち」
平野と、もう一人、小柄な少年がこちらにやって来る。
「紹介する。C組に転入してきた、脇坂だ」
「A組の皆さんですか? 脇坂です。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
次々と自己紹介をしていく。
「俺は武田結星。結星でいいよ」
「じゃあ俺も靖春って呼んで下さい」
脇坂くん、なんか礼儀正しい感じだね。右手を差し出して握手をする。すると、なぜか脳裏に一瞬、緑色の影がよぎった。
なんだ今の?
緑。どうしたんだろう? 脇坂を改めてみるが、どこにも変なところはない。変なのは俺か?
「どうかしました?」
「いや、なんでもない。これからよろしくな」
◇
◇
◇
「おいおい。新米のくせに、何、潜入なんて大胆なことをしてるんだよ」
「先輩の邪魔はしないので、今回は見逃して下さい」
「邪魔しないって、してるじゃん。成りすますにしても、場所を選べよ」
「すみません。あの学園、ターゲットを探すのに丁度いいかなって思って」
「性急に2人も狩っておいて、もうそれかよ。全然反省してないじゃん」
「それを言われると……でも、あの学園には本当に多くないですか? 色違いですが、早速2人もいるし」
「余裕かましてるけど、そうやって油断してると痛い目にあうよ」
「痛い目?」
「研修で教わっただろ? 緑はマジで、簡単なのよ。日記帳の力が他よりかなり弱いから。だから新人向けになってるわけだし。でも、青や赤は違う。奴らは強く自衛機能が働くから、緑みたいな受け身一方じゃなくて、やり返してくることもある」
「えっ? 何ですかそれ。そういった内容は教わっていません。本当に。ただ、青や赤には手を出すな……そう言われただけです」
「マジか。俺の時はちゃんと教えてたんだけどな。何で知らせないんだろう? グリーンハンター候補者をビビらせないようにするためか? それを隠すような理由ができたとか?」
「そんなに危ないんですか?」
「うん。下手な攻撃を食らったら、お前、消えるぞ」
「そこまで!? なんでそんな大事なことを研修で教えてくれないんですかね?」
「さあ? ハンター希望者が減っちゃうから? とにかく、赤や青の対象者には近づくな。あいつらかなり勘がいい。もし気付かれたらすぐに逃げろ。ハンターだって認識されないように、せいぜい上手く立ち回れよ」
「いやいや。そんなこと聞いちゃったら、落ち着いて行動なんてできませんよ。うわっ! 今日、ヤバかったかも。握手した時、なんか変だったし」
「あー。それ、ほぼ認定済。対象者はともかく、そいつの持っている日記帳は、間違いなくお前の偽装に気づいてると思うよ」
「えー。それ、激ヤバイじゃないですか。マジでどうしたらいいですか?」
「まあ、色違いなら、あっちもすぐには手を出してくることはない。行動はチェックされると思うけど。逃げる理由はいくらでも作れるだろ? フェードアウトして、別の学校に行けば? せっかくその姿になったんだし」
「そうします。そうですよね。他にも良さげな学校はあるかもしれないし。貴重なアドバイス、ありがとうございました」