Page 29 なんで光ってるの?
元旦。新しい年が明けた。
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
ちょっと寝坊をして起きて、新年の挨拶を交わし、遅めの朝食として3人でお雑煮を食べた。これから、家族揃って初詣に出かけることになっている。
行き先は結城の家の神社だ。
「凄い人だね。出店もたくさん」
広い参道には人が溢れていた。参道の両脇には、いろいろな食べ物の屋台がたくさん並んでいて、あちこちからいい匂いが漂ってくる。
「行列、なかなか進まないし、買い食いでもしようか?」
「あら? もうお腹が空いたの? お餅を3つも食べたのに」
「私、まだお腹空いてないよ。お兄ちゃんは、何が食べたいの?」
「あそこの人形焼」
少し先に見えてきた人形焼の屋台が俺のターゲットだ。
「人形焼、好きだっけ?」
「お正月だからかな? なんか、急に餡子が食べたくなった」
列が進んで屋台が目の前にきた時に、無事人形焼を購入。紙袋の中に、いろんな形の人形焼が詰め合わせになっている。
早速、鳩の形の人形焼をポイッと口に放り込む。ひとくちサイズでちょうどいい。
その時ふと、刺すような視線を感じた。
不審に思って辺りを見回すと、参道から少し外れた場所にある、冬なのに青々とした葉を茂らせた大きな木の下に、1人の少年が立っているのを見つけた。黒っぽい服を着ていているようだが、木の陰になっていてその顔までは分からない。
なのになぜだか、その少年を見た途端、肌が泡立つようなゾワゾワする感じが襲ってきて、急に動悸が上がり、怖くなって慌てて目を逸らした。
「お兄ちゃん、どうしたの? なんか変だよ」
「結星、気分でも悪くなった? 顔色がよくないわ。お参りは今日でなくてもいいし、帰りましょうか?」
「いや。大丈夫……だと思う。ちょっと、変な感じがしただけ」
ゆっくりと無意識に詰めていた息を吐いた。
もう怖い感じは消えてなくなっていた。恐る恐る、もう1度あの木の方を見ると、既にその下には誰もいない。辺りを見回しても、それらしい人影はなかった。急に力が抜けてホッとする。なんでか分からないが、酷く緊張していたみたいだ。
「心配かけてごめん。もう大丈夫。せっかくだから、お参りして帰ろう」
その後は特に何も起こらず、お参りの後、幾つか屋台で買い物をしてから家に帰った。
*
正月番組を見て、いつもよりかなり豪華な食事を終え、各自部屋に寝に戻る。暗い室内になんとなく不安になり、急いで明かりをつけた。
そういえば、最近、日記帳を出してないな。収納から出てきてくれる?
ベッドに腰掛けながらそう念じると、手元に赤い日記帳が現れた。何故かぼんやりと赤く光っている。
なんで光ってるの?
驚いて栞の挟まっているページを開く。
1月1日
〈警告!〉
〈接近〉
〈隠蔽〉
〈失敗〉
〈常時警戒モード発動〉
なんだこれ?
これじゃ分からない。他に説明はないのか?
《説明を加えますか?》
加えてくれ。これじゃあまりにも不安過ぎる。
日記帳が強く光るとともに、記載が変わった。
1月1日
〈警告!〉危険が近づいています。
〈接近〉危険な存在が迫っています。
〈隠蔽〉サーチから逃れ隠蔽します。
〈失敗〉隠蔽に失敗しました。
〈常時警戒モード発動〉周囲と同調し警戒を強めます。
これじゃ、余計に分からない。なんだ危険って?
……返事はなしか。
その後、何回か話しかけてみたが、日記帳が返事を返してくれることはなかった。仕方なく、日記帳を再び収納して、その夜は寝ることにした。
*
それは、失ったはずの過去の夢?
家族で動物園に行った時、買ってもらった2色のソフトクリーム。その大事なクリームの部分が、もげるように地面に落ちてしまい大泣きしてる。俺って、こんな小さい時から食いしん坊だったんだ。
自宅のリビングで父さんと母さんが喧嘩してる。やめて欲しいのに、俺は部屋の外で蹲って耳を塞いでいるしかなかった。そんな悲しい夢。
小学校の授業参観で、いつも忙しい母さんが見にきてくれた。お前の母親、若くて美人だなって言われて、照れ臭いけど嬉しかった記憶。
中学の学生服を着ている。そうそう詰襟だったんだよな。この時期はすぐに成長するから、大きめに作りましょうって言われたんだけど、成長期が来るのが遅くて、しばらくガバガバのままだった。
時計の針が巻かれるように早回しで時が進む。
過去を辿るこの夢は、いったい俺に何を見せようとしてるんだろう?
制服が変わった。高校に入ったのか。貯めた小遣いでVRゲームを買った。没入型と言われるそれは、今までのゲームと全然違って、まるでリアルにいるような臨場感溢れる世界を楽しめた。
ゲームの話題を介して友達ができた。時に一緒にログインして遊んだり、学校で情報交換したり。そんなたわいない話が毎日楽しかった。
あれ? 結衣だ。黄色い衣装を着ている。ああ、華可憐か。
そうだった。結衣って、こんなだったんだよな。小さくてクルクルと動く。
今の山吹も綺麗だと思うけど、俺にとって山吹って言ったら、やっぱりこの結衣だ。大きな斧を担いで、それをぶん回すと、ちょっとよろけるところが可愛い。
駅だ。映し出される光景が変わり、自宅の最寄り駅の映像になった。
制服姿の結衣を見かけた。ネットで結衣の情報を集めたりして、いつの間にか親近感が湧いていたせいで、つい声をかけてしまった。
やめればよかった。
警戒するような結衣の表情。失敗した! と思って、その場をすぐに離れた。でも、偶然の悪戯? そう片付けるには運が悪過ぎて、同じ駅を利用していたせいか、その後も何度か鉢合わせることが重なった。
次第に強張っていく結衣の表情。あれは完全に誤解されてる。
ある日いつものように学校に向かうと、また駅で結衣に遭ってしまった。
「お巡りさん、この人です!」
訳が分からないまま、結衣が声をかけた警察官に改札横の交番に連れて行かれ、簡単に事情聴取を受ける。結衣からストーカーの被害届が出ているそうだ。
ショックだった。
交番で、この近所に住んでいること、いつもこのくらいの時間に駅に来て学校に行くこと、待ち伏せしていたわけではなく、何回か偶然バッタリ出会ったこと。1回は声を掛けてしまったこと。ありのままを述べるしかなかった。
警察官からは、乗る電車の時刻をずらすなどして、結衣との接触を避けた方がいいと忠告を受け、保護者名と学校名、そして自宅の住所と電話番号を聞かれ、その場は解放された。
鳩尾が重苦しくなるような凄く不安な気分になった。こんなこと、母さんの耳に入ったら、なんて思われるだろう? 学校は? 友達は?
その後は、気をつけて電車の時刻を大幅にずらし、結衣と出会うことはなかった。
ところがある日、一旦家を出たものの、途中で雨が降ってきたので傘を取りに1度家に戻った。それがいけなかった。
以前の電車よりまだ少し早い。なのに、意図したわけではないのにまた偶然、結衣と遭遇してしまった。
「私に付きまとわないで!」
投げつけるように、大声で結衣に怒鳴られ、呆然としてしまう。周囲の人たちの突き刺さるような視線。
ノロノロと身体を動かすことができたのは、それから数分後だったかもしれない。雨に濡れたホームで、ボーッと次の電車を待っていた。
「間もなく電車が到着致します。白線より下がってお待ちください」
アナウンスの声で我に帰ると、階段近くのかなり線路よりの位置に立っていることに気づいた。これじゃ危ない。そう思って、慌てて移動しようとしたら、
ドンッ!
強く背中を押され、俺はなす術もなくホームから転げ落ちた。そして暗転。
あれ?
ドンッって何? 押されて落ちた? それも相当強く。
……俺って、自殺じゃなかったの?