Page 27 ぷわんぷわん
忙しかった2学期が終わり、冬休みに入った。
いつもは忙しい母さんも、この年末年始は長期休暇が取れるそうで、
「年末年始は食材は惜しまないわ。美味しいものを沢山食べましょう!」
そう宣言された。
楽しみだな。その言葉通り、蟹、イクラに雲丹、ふぐ刺し・ちり鍋セットなんかは、既に通販で手配済みなんだって。みかんも箱で届くそうだ。
すき焼き・しゃぶしゃぶ・ローストビーフ用の肉は、年末にデパートに買い出しの予定。俺も荷物持ちとしてついて行こうかと思っている。
正月の準備の前には、A組のクラスメイト主催のクラス会もある。
鍋島さんのお母さんが、本を出版しているような料理研究家で、キッチンが凄く広くて、パーティルームもあるんだって。どうやらクラスの女子が腕を振るって、いろいろと料理を準備してくれるらしい。
そして、今俺はどこにいるかというと、ショッピングモールで結衣と買い物中だ。
クリスマス会に持っていく交換用のプレゼントと、日頃、働いて頑張ってくれている母さんへのプレゼントを買いに来ている。
何がいいかな? って考えても、俺には女性の欲しいものなんてよく分からないからね。結衣の意見を参考にすることにした。
クリスマス会の方の予算は1500円以内。母さんの方は、2人合わせて1万円前後で探すつもり。
「お兄ちゃん、こんなのどう?」
結衣が見つけてくれたのは、お洒落なデザインのスケジュール帳のコーナー。時期的に特設売り場ができていて、かなり種類がある。
「スケジュール帳か。いいかもね。いろいろあるけど、どんな柄がいいのかな?」
「高校生だから、まだキャラ物もイケると思うけど、できればそれ以外の大人っぽい柄の方が、人を選ばないかも。まず、お兄ちゃんのセンスで幾つか選んでみて」
そう言われたので、スケジュール帳コーナーを一巡りすることにした。大人っぽい柄? あまり飾りがないってことかな。でもシステム手帳じゃダメなんだよね。うーん。難しい。
とりあえず、これかな? っていうのを3冊選んだ。
一つはチョコレート色の地に、ピンクと白のストライプのリボンが十字にかけられた模様のもの。次にパステルグリーンの地で、上の方にカラフルな小鳥が赤い身を啄んでいる挿絵があしらわれたもの。残りは、水色の地に、銀の細かい星が箔押しされているものだ。
「結衣、選んだからちょっと見てくれるか?」
同じく一周して戻ってきた結衣に声をかけた。
「お兄ちゃん、選ぶの早いね。私まだ迷ってるんだけど」
そう言いながらも、見てくれた。
「どれもいいんじゃない? あとは色とか自分の好みで選べばいいと思うよ」
色か。
チョコレート色が美味しそうだけど、そういうことじゃないよね。うーん。結局迷った末、自分の名前にちなんだ星模様のスケジュール帳を買うことに決めた。
「スケジュール帳が1200円だから、ちょっと金額が足りないんだけど」
「予算1500円だっけ? 差額が300円か。それだとペンは無理だから、シールをつけるといいと思うよ。シールコーナーはすぐそこ」
そして、すぐ隣のシールコーナーで、同じく星模様のキラキラシールを買って、スケジュール帳と一緒にプレゼント用に包んでもらった。
「お兄ちゃん、お待たせ。じゃあ、次はお母さんのプレゼントだね。心当たりがあるからついてきて」
どうやら結衣は、それも既にリサーチ済みらしい。しっかりした妹がいると助かるね。
結衣に引っ張られてきたのは、ガラス製のショーケースが並んだジュエリーショップ。
「これとかどうかな?」
そう言って見せられたのは、カットクリスタルを埋め込んだリース型のブローチだった。石の色はクリアーで、台の色はシルバーゴールド。華やかながらも実用的なデザインで、母さんに似合うと思った。
「いいんじゃない? 凄く綺麗だし、これなら実際に使ってもらえそうだと思う」
「本当? あっちにも似たようなので、ちょっとデザインが違うのがあるから、どっちがいいか教えて」
もうひとつを見に行くと、そちらは台がゴールドで、石もやや大ぶりで目立つ感じだった。
「これも綺麗だけど、母さん、スーツが多いから、さっき見た方が服に合わせやすい気がする」
「実は私もそう思ってた。じゃあ、これで決まりでいい?」
値段もちょうど予算内に収まり、クリスマス用のラッピングをしてもらう。
「結衣のおかげで、どっちも早く決まったな。ありがとう」
「へっへぇ。どういたしまして」
「まだ時間が早いから、どこか寄り道でもしていく?」
「うん。実は、行きたいお店があるんだ」
「何のお店?」
「着くまで内緒。食べ物屋さんとだけ教えておくね」
食べ物屋さん? なんだろう? でも、小腹が減ってるから、何か食べるのならちょうどいいかも。
ショッピングモール内を結衣にくっついて移動。そして着いたのが、
「焦がしプリンクレープ!?」
「そう。お兄ちゃん、プリン好きでしょ。1度ここに連れて来なきゃって思ってたんだ」
なんて兄思いの妹なんだ。焦がしプリンクレープ……そんな素敵な食べ物があったなんて。
黒い粒々のバニラエッセンスをたっぷり入れたカスタードプリンを、同じく濃厚なカスタードクリームと共に、ややもっちり感のあるしっかりしたクレープ生地でクルクルと巻き、露出したプリンの天辺に砂糖をかけてキャラメリゼ。
もうぷわんぷわんのプニュンプニュンのもっちもちだ。
何を言ってるか分からないって? とにかく美味いってこと。何これ。俺のためにある食べ物じゃん!
「お兄ちゃん、気に入ったみたいね。凄く美味しそうな顔してる」
「はふ。マジ美味いこれ。結衣、ありがとう」
そうやって、店の外の飲食スペースでモグモグしていると、なんだか人が沢山増えてきた。
「見て。イケメンがクレープ食べてる」
「しかも、めちゃ美味しそう。顔が蕩けてる」
「私も蕩けたい」
「男性でもクレープ好きな人がいるんだ」
男だって甘党はいる。ここに。いや、上杉も北条もそう。……あの2人も、これ好きそうだな。
大きく写真入りで掲げられた店のメニュー看板を見ると、苺と生クリームが層状にクルクル巻かれたクレープや、チョコムースを中に仕込んで生クリームでトッピングしたクレープなど、美味しそうなメニューが他にも沢山。
リピート確実だな、これは。ここのメニューを全部制覇したい。
……ああ美味かった。
店の前には、いつの間にかクレープを買い求める行列ができていた。分かる。俺も夕飯前でなければ、もう1個いきたいところだ。
「お兄ちゃん、そろそろ帰ろっか?」
「まだ時間はあるけどいいの?」
「うん。早くここを離れた方がいい気がするの」
「なんで?」
「よく分からないけど、虫の知らせっていうか、胸騒ぎ? ね、早く帰ろう」
結衣が急に落ち着きがなくなって、帰宅を急かす。
「分かった。今日は母さんもいつもより早く帰ってくるって言ってたし、暗くなる前に帰ろう」
クリスマスプレゼント、母さん喜んでくれるかな? クラスメイトとのクリスマス会が23日、家族で囲むクリスマスが25日。
家に帰れば、小さいけど、いろいろなオーナメントで賑やかに彩られたクリスマスツリーが出窓を飾っている。
いいな、こういうのって。
なんだかホワンとした気分になって、俺は結衣とともに家路に就いた。
◇
「あ〜逃げられちゃったあとか。やっぱこっちは警戒がキツイな。ふーむ。どうするか……」
「ちょっと珍しいケースでは? 何か特殊能力を持っているとか? 日記帳同士が協調している時点で変ですし」
「それ、俺も思った。でも、それだけでもないっていうか」
「何か他の力が働いているっていう意味であれば、それには心当たりがあります」
「なになにそれ? 教えてよ」
「中央の依頼で、この第8世界の変革調査に回っていた際に、引っかかったものがあるんです。場所だけお知らせするので、実際に見てこられたらどうですか? 私は近づくのも嫌なので」
「あらら。あの迂闊な新米くんと違って、中央の信頼も厚くて慎重な君が言うと、情報の重さが違うね」
「まだはっきりとしたことは分かりませんが、気をつけられた方がいいです。この世界が、我々を排除しようとし始めているのかもしれない……そう中央は懸念を示していました」
「それは……困るな。でも分かった。忠告感謝する。今までより一層、慎重に動くことにするよ。あとそれ、あの新米くんにも言ってくれないかな?」
「私がですか? 既に先輩が忠告されてるんですよね? なのにそれを無視してるようじゃ、どうかしら?」
「まあ、グリーンハンターにありがちの増長ってとこかな? なるべくなら彼にも生き残って欲しいけど、どうかなぁ」