Page 25 卒業旅行 at ファンタジックニャンニーワールド
灯りの消えた無人のテーマパーク。月明かりに浮かぶ夢のお城の瀟洒なバルコニーに、2つの黒い影があった。1人は欄干に腰掛け、1人はそれに対峙するように佇んでいる。
「お前さ、焦って狩りすぎ。続けて2人やっただろ」
「すみません。1人の予定だったんですけど、すぐそばにもう1人いたんで、つい」
「急に複数の人間が消えると、この世界が整合性を合わせられなくて、周囲の人間の認識にズレが生じる。それで勘のいいターゲットが警戒を強めることがあるんだよ。気をつけろ」
「そうなんですか? うわっ、本当にすみません。それ、知らなかったんで」
「積極的に狩るなら、せめて女にしておけ。その方が目立たない。これ以上、調子に乗るなよ。この第8世界は、かなり優良な狩場なんだ。狩るのが簡単だからって、乱獲は禁物だ」
*
文化祭が終わったと思ったら、今度は卒業旅行の準備だ。
今度は学年全体が同じ日程で行くので、うちの学年の男子生徒12人。3人4部屋。俺は結城とC組の片桐と一緒になった。片桐とは、研修旅行で結構仲良くなったので、同室でも全く問題ない。
そして、日中の行動班も部屋ごとに動くことになった。
《ようこそ! 夢の世界Theファンタジックニャンニーワールドへ。今日のニャンニーステージショーは、なななんと! 人気急上昇中のあのアイドルグループの登場だ!》
「おっ! 今日のニャンニーステージショーのゲスト、『戦乙女 華可憐』だって」
「何、片桐、華可憐のこと好きなの?」
「うん。だって可愛いじゃん」
なるほど。この女性が溢れた世界でも、アイドルというのは一定の需要があるらしい。
「ちなみに、5人の中で誰が1番好きなわけ?」
「もちろん、センターの椿だよ。断トツ可愛いじゃん」
あれ? 華可憐のセンターって、桜じゃなかった? 日記帳にはそう書いてあったような……いやでも、結衣が山吹になっていないわけだから、メンバーが変わるのも当然か。
イベントスペースで行われた「戦乙女 華可憐」のライブ。今日は特別にいつもの武道着に猫耳と猫の尻尾をつけて踊る5人の少女たち。
確かに可愛い。
それに、やっぱりこれって、結衣がいたグループだよな? この世界では結衣が抜けて4人になっているのかと思っていたけど、ちゃんと5人揃ってる。
こういうことはなぜか覚えているんだよな。
刀の桜・盾の桔梗・弓の撫子。ここまでは以前と同じ。違うのは斧の山吹と槍の椿。斧の山吹は、以前は小柄な結衣がやっていたが、今の山吹は背が高い……って、あれ、以前は椿をやっていた子じゃないか? 配置換えがあったのか。
そして、今の椿をやっているのは、俺が全然知らない子だ。だけど、凄い美人。こんなアイドルグループじゃなくても、ソロで売れそうなくらい、5人の中で飛び抜けている。
「ふーん。確かに美人だけど、俺はもっと普通でいいな」
「武田のいう普通って何?」
「んっと、笑顔が可愛いとか?」
「アイドルだったら、みんな笑顔完璧だと思うけど」
「うーん。なんて言ったらいいかな? そういう営業っぽいやつじゃなくて、自然に溢れる笑顔。それがふわって感じで可愛い子がいいな」
「例のギャップ萌えか?」
急に背後から声がかかった。斎藤たちの班だ。
「あれ? 斎藤たちどうしたの?」
「北条が、このステージを見たいっていうから来た」
「北条もアイドルが好きなの?」
「アイドルっていうか、桔梗ちゃん? 同じ盾使いとして見てみたいなって思って」
「なるほど。北条はああいう大人しい感じがタイプなわけね」
「そういうわけじゃないよ。ちょっと気になっただけ」
*
アイドルのライブの後は、俺たちはクリスマス用にディスプレイされたフォトジェニックゾーンに移動した。
写真映えするような、欧米風のクリスマスの飾り付けをされた街並みを模した背景が人気のゾーンだ。クリスマス関係のフィギュア、実際に座って写真が撮れるトナカイが引く橇やサンタハウスなんかがあって、女子にはかなり人気だ。
「武田くん、男子のみんな、一緒に写真に入ってくれるかな?」
小早川さんにそう尋ねられ、結城と片桐、あと斎藤たちにも聞いたら全員撮影OKということで、その場にいたA組女子や片桐の知り合いのC組女子と写真を撮った。
自撮り写真を一緒に撮ってもいいかって聞かれて、いいよって答えたら、身体をぴったりくっつけないとフレームに収まらないらしくて、腕を組んだり柔らかいものがぷにょんって当たったりして、内心ドキドキしたのは内緒だ。
でも、そんなことさえなんか楽しくて。卒業旅行っぽくていいね。
実際に、この卒業旅行での写真が卒業アルバムにも多く使われるそうで、スマホ以外にもちゃんとしたカメラを持っている子も多かった。
そういった撮影会をやっているっていう情報が、他のクラスメイトにも流れ、続々とA組の生徒がここに集まってくる。
そして、A組男子5人が揃ったことで、女子がハイテンションに。
「やっぱ、断突カッコいいわ、うちの男子」
「だよね。それに優しいから嫌がらずに写真に入ってくれるし」
「一緒に自撮りしてもらっちゃった!」
「カップケーキの試食会で仲良くなったのもよかったよね」
「あれで名前を覚えてもらえた気はする」
「わかる。またああいうイベントやりたいね」
撮影会の後は、アトラクションを幾つか回って、今は休憩タイム。
猫バスみたいな設えのニャンニーカフェで話をしながら身体を温めている。
「来学期から、うちの組に転入生が来るらしいよ」
「マジで?」
「うん。男子はひとクラスに3人以上って決まりがあるのに、今C組には2人しかいないだろう?」
「そういえばそうだね。いつ2人に減ったんだっけ?」
「それがよく覚えてないんだよな。研修旅行の時には3人だったような気がするんだけど、変だよな?」
「研修旅行か。俺たちとC組男子が同じ部屋で……そういえば3人いたような気もする。いや、2人だっけ? あれ?」
研修旅行のときか。大部屋に布団を敷いて、雑魚寝したんだったよな。
……そういえばあの時、あれっ? って思ったことがあった気がする。何かを見て、まさかね? って思ったはずだ。それってなんだっけ?
あの時の光景を思い浮かべてみる。広い和室一面に並べて敷かれた布団。そう、4組×2列に敷いたはずだ。話をしながら、そのまま寝落ちしたり、布団にくるまって……本だ! 緑の本。金の装丁の。
そうだ! それを見たんだ、あの時。あれは……誰が持ってた?
「大部屋で雑魚寝した時、本を読んでいた奴いなかった? あれ誰だっけ?」
「本? そんな奴いた? 俺じゃないのは確か」
「どんな本? わざわざ旅行に持ってくるとか、気になる」
「えっと、割と大きめ。ハードカバーの文芸書くらい。表紙が緑色で日記帳みたいなの」
「武田、それ本当に緑色だった? 青じゃなくて」
「たぶん。ちらっと見ただけだから、それほど自信はないけど、その時は『緑』って思った」
「日記帳みたいってなんで思った?」
結城、やけに本のことを気にするな。
「装丁に金色の箔みたいなのが入っているのが見えたんだ。児童書とかでもありそうな模様なんだけど、そういう装丁の日記帳を他に見たことがあったから」
「それ、どこで?」
「どこでって……」
そう聞かれても、あの怪しい赤い日記帳の話をするのは……なんだよな?
「おいっ! そろそろ行くか。集合時刻まで、もうちょい乗れるだろ?」
「そうだね。斎藤は何か乗りたいのがあるの?」
「乗りたいっていうか、見たい? VRシネマは押さえておきたい」
「あー、あれね。確かに」
答えに躊躇している内に、なんとなくその話は流れてしまった。
*
その日の夜。みんなの寝静まったホテルの部屋で考えを巡らせる。
日記帳ってなんだろう?
いったい、何のために存在しているのか。そして、なぜ俺の手元にある?
宿願の日記帳。そう書いてあった。俺が望んだ願いは、日記帳によれば「誰にも邪魔されずに武田結衣と共にいること」。結衣は俺の妹だ。それはもう叶っている。
なのに相変わらず、日記帳が俺の手元にあるのはなぜ?
それに、この世界って?
男性が少なく、男に寛容で優しい不思議な世界。いきなり俺が飛び込んでも、誰もそれに違和感を覚えない。
……違和感。
あるじゃないか。色違いの、緑色の日記帳。誰かが持っていたはずなのに、誰も知らないって言う。
この世界は、いきなり現れた俺を優しく迎えてくれた。逆にいえば、もし今俺がいきなり消えても、誰も気づかない……そんなこともあるのか?
それって怖くない?
存在が消えるだけでなく、誰の記憶にも残らない。
《残り時間は、あなたの命が消えるまで》
急に思い出した日記帳のその記載に、俺は急に不安を感じた。
自分の記憶が誰かに操作されている。それも自覚がないままに、いつの間にか消されたり……書き換えられたり?
その可能性に気づいてしまった。
その気味の悪い推測と日記帳の謎めいた部分についていろいろ考えていたら、変に目が冴えてしまって、結局その夜はなかなか寝付くことができなかった。
*
「見つけた。レッドホルダーだ。間違いない」
ここで網を張っていて正解だったな。
いやあ、なかなか気配を掴めなくて、探すのに苦労したよ。青や緑のホルダーなら、そこらにゴロゴロいるし、緑に至っては、日記帳の保有する力が弱いから、すぐにボロを出す。……でも赤は。
「人が周りに多過ぎるな。しばらく泳がすか」
もう今更慌てやしない。
現時点では、競合するハンターはこのエリアにはいない。それに、あの新米が焦って連続で獲物を狩ったせいで、おそらくまだ、この世界の認識のズレが修正されていない。
新米にありがちなフライング。まあ、あいつも、あと何体か狩れば分かるだろう。急いてはことを仕損じるってことを。
慎重に、そして着実に、獲物には接近しないとな。