Page 23 文化祭準備と広報PV
台風一過。教室の窓の外には青空が広がっている。それを左手に見ながら、教室では文化祭の話し合い中。
「先日回収したアンケート結果を集計したところ、圧倒的多数で『コスプレ・カフェ』に決定しました。今日は、どんな飲食物を提供するかについて、決めたいと思います」
黒板には、既にアンケートの意見欄から抜粋した候補が書かれている。
〈食事〉
・焼きそば・お好み焼き・たこ焼・フランクフルト
・おでん・豚汁
・ピザ・ホットドッグ・サンドイッチ・タコス・キッシュ・フレンチトースト・チーズスフレ
・カレー・クリームシチュー・クラムチャウダー・ミネストローネ・パスタ
・肉まん・アメリカンドッグ・焼き鳥・唐揚げ・ポテトフライ・肉巻きおにぎり
〈甘味〉
・クレープ・ワッフル ・チョコバナナ・ポップコーン
・ドーナツ・ チュロス・クッキー・ケーキ・プリン
・あんみつ・お汁粉
〈飲物〉
・タピオカドリンク(ミルクティー・イチゴミルク)
・コーヒー コールド&ホット
・紅茶 コールド&ホット
・緑茶 コールド&ホット
・ジュース
「何か意見のある人」
「はい! コスプレ・カフェなので、カフェらしいお洒落で可愛い甘味と手軽な軽食がいいと思います」
「賛成! じゃあタピオカは採用?」
「ポップコーン・チュロス・チョコバナナは、毎年屋台が出るからなし」
「おでんと豚汁もカフェっぽくないね」
女の子たちが、活発に意見を交換する。チケットの売り上げがいいと学校から表彰されるし、活動内容が良ければ成績評価にも少し加算されるとかで、かなり真剣だ。
11月か。もう結構寒くなってるだろうな。当然衣替えをしてるだろうし。
でもカフェだろ? 豚汁はやっぱりイメージじゃないよね、美味いけど。カフェっていったら、クラムチャウダーやミネストローネかな? やっぱり。
フレンチトーストもいいよね。粉砂糖をいっぱい振りかけて食べたい。チーズスフレもフワッとして美味いよな。でもあれはすぐに萎んじゃうし、熱いのを運ぶのが大変か。
あったかいプリンがあればいいのに。クレームブリュレじゃなくて、カスタードプリンの。つまり出来立て? 美味そう。誰か作ってくれないかな?
「男子から何か意見はありませんか? 何か考えてそうな武田くん、今、食べたい物を教えて下さい!」
えっ!? 俺? 今、食べたいもの? っていったら、そりゃあ……。
「温かい……プリン?」
「温かいプリン? 武田くんはプリンが好きなんですか?」
「うん。かなり好き」
「ちなみに、ご参考までにどんなプリンか教えてもらえます?」
「普通の……カスタードプリンだけど」
「カスタードプリン。それで温かいとは?」
「いや、冷えててもいいんだけど、11月は寒いから、温かい方がいいかなって思って。ただの思いつきだから」
「文化祭の時は、かなり暖房が入っているので、案外冷たい飲食物が売れるんですよ」
「そうなんだ」
知らなかったよ。この学校の文化祭、初めてだしな。
「でも、プリンはいいかもしれないですね。トッピングもしやすいから、かなりカラフルに仕上げれば……」
「プリン、もの凄くいいと思う。賛成!」
「私も!」
次々と女の子たちが賛成して、プリンは採用決定となった。俺が好きって言ったから? みんな優しいね。でも、プリンか。トッピングするとプリンアラモードっぽくなるのかな? 俺もやっていいんだろうか。それは楽しそう。
「武田、マジでプリン好きなんだ? 顔面が花畑になってるぞ」
顔面が花畑? なんだそりゃ。
「だって、プリン、美味いじゃん。斎藤は甘いものが苦手なんだっけ? プリンもダメ?」
「うん。食べれなくはないけど、積極的には食べないな」
「そうなのか。じゃあ、斎藤は普段、どんなものをおやつに食べてるんだ?」
「おやつ? そうだな……煎餅とか? あるいはスナック系かな。でも、そもそもおやつ自体、あまり食べないけどな。食事ガッツリ派」
なんて話をしている内に、話し合いは上手くまとまった。
〈食事〉
・クロワッサンサンド ・メイプルフレンチトースト
〈甘味〉
・デコレーションプリン・クレープ
〈飲物〉
・タピオカドリンク(ミルクティー・イチゴミルク)
・コーヒー コールド&ホット
・紅茶 コールド&ホット
おおっ! 全部美味しそう。
ちなみにコスプレの方は、女子は定番のメイド服、男子は執事服だって。執事? 年配の人がやってるイメージだけど、要はスーツっぽい格好だよな。ならいっか。
HRが終わって、結城が話しかけてきた。
「ねえねえ。メール見た? 俺たちのアバター、来週から流れるバトフラの広報PVに出るみたいじゃん」
広報PV?
「なんで?」
「なんでって、モニターを引き受ける時に、アバターを映した映像を宣伝に使いますよって同意項目があったじゃん。まさか気づいてなかったとか?」
「うん。そんなのあった?」
「あったあった。だから、リアルばれしないように、アバターは思いっきりファンタジックに作ったんじゃん」
と言ってきたのは斎藤。
「みんながカラフルだったのは、そのせい? 俺、やっちゃった?」
「いや、大丈夫だと思うよ。やっちゃってたら、最初の時に作り直しを勧めてる」
「武田は元々が色素薄い系だから、黒で正解だと思うよ。年齢もかなり上げてたしセーフセーフ」
みんなが寄ってきて、慰め? てくれる。
「あれっとは思ったんだ。普段ストイックな上杉まで派手だったから」
失敗しちゃったぜ。
「本当に大丈夫だよ。ゲーム会社もそこら辺は分かってるから、上手くエフェクト入れて誤魔化してくれるって」
「そうそう。男性モニターに総スカン食ったら大変だしね」
なら、いいんだけどな。同意書ってちゃんと読まないとダメなんだね。反省。これからは、ちゃんとしよう。
◇
◇
◇
都内にも関わらず、個人宅とは思えないほど広い敷地を有する庭園内を、1人の少年が散策していた。線の細い、一見少女のような風貌の彼は、今川晴人。
いい天気だな。庭は凄いことになってるけど。
あちこちに吹き溜まりになった落ち葉を避けながら、遊歩道をのんびりと歩く。運動不足にならないように、しかし身体に障りのない程度に、天気のいい日に限ってだが散歩を日課にしている。
体調はいい。みんな過保護なんだよな。僕の体調を凄く気にする。
さすがに昨日は台風が来たから散歩は休んだ。今日は、地面は湿ってるけど空気は綺麗だし、転ばないようにさえ気をつければ、いい散歩日和だ。
庭の一画にある温室に到着した。
よかった。台風の被害は見当たらないようだね。強化ガラスでできてはいるけど、あの風だし、ちょっと心配だったんだ。
温室の扉を開けて中に入る。
温室特有のほわんとした暖かい空気と、清らかで優しい花の香りが、鼻腔を通って肺を満たす。今の時期に花を咲かせているのはデンファレ。白・ピンク・赤紫・黄色・黄緑。蝶の形に似た、色とりどりの花が目を楽しませる。
「この間は楽しかったな」
ふと独り言が口をついて出た。
やっぱり、同世代の友達と遊ぶのはいいね。自ら下した決断を後悔はしていないけど、友達とのああいった交流は、自分にとって必要なものなんだと改めて思う。
急に学校を辞めてしまって、みんなにはきっと迷惑をかけた。でも、誰も僕のことを詰らない。ありがたいよね。それに、僕の後に転入してきた彼もいい奴みたいだし。このまま、大人になるまでいい友達でいてくれるといいな。
「何が楽しかったの?」
えっ! この声……どこから? 辺りを見渡すと、いつの間にか温室の中に見知らぬ少年が1人いた。
「君は、誰?」
「初めまして。そしてさようなら」
「人を呼ぶよ! いったい、何を言って……」
「これ。もらっておくから。いくら初心者向けだっていっても、こうも無防備だとね。さっきの奴もそうだったけど、やっぱりグリーン・ホルダーはこんなものなのかな?」
グリーン・ホルダー…それって……
身体から急に力が抜けて意識が遠くなる。次第に霞む視界の中、少年が手に持っているものが見えた。
あれは…僕の……だ。こんなのは嫌だ……誰か、助け……
「はい。いっちょ上がり。簡単なお仕事だったね。ま、まだまだ小手調べだけど。この調子でいきますか」
◇
◇
◇
激しく交わされる剣戟、走り抜ける騎馬隊と巻き起こる砂塵。艶やかな衣装で戦う美しい男女の姿。TV画面いっぱいに、躍動感溢れる映像が映し出されている。
《戦国絵巻華風伝
あの超大作シュミレーションゲーム「戦国鬼武者烈風伝BR」の流れをくむ、新作RPGが、今ここに花開く》
「お兄ちゃん、バトフラのCMやってるよ!」
「おっ! 本当だ」
急いでTVの前にいる結衣の隣に移動する。しばらくすると、オープニングムービーが終わり、ゲーム内映像を編集したと思われる映像に切り替わった。
これって、トレントを倒しに行ったやつか。あの時は、北条がバッサバッサ凄かったから、俺はあまり映らないかな?
「これって、お兄ちゃんのクラスの男子?」
「うん。それとC組の男子も混ざってる」
「ふーん。侍ばっかりのパーティなんだね」
「俺もそうだしね」
「僧侶が1人いるだけで、あとの6人は全部侍とか珍しいね。男子だからかな? 女子だと魔法使い…このゲームだと華師? が多くなるんだけど」
「いや、1人は隠密っていって盗賊みたいなビルドなんだ……!?」
あれ? 俺たちのパーティに華師って、いなかった?
この時のメンバーは、俺(侍)、上杉(侍)、北条(侍)、結城(隠密)、斎藤(僧侶)に、C組の片桐(侍)、平野(侍)……だよな?
華師のイメージを思い出そうとする。すると、ぼんやりとした曖昧な光景の中に、薄っすら緑色の残像がぶれて見え、そして直ぐに消えた。
うーん。分からない。小早川さんたちと一緒に遊んだ時の印象が混ざってるのかな? でも、なんかモヤモヤする。
「急に黙っちゃってどうしたの?」
「あっ、いや、なんでもない」
拭いきれない違和感。なんだこれ?
この時の俺にはそれがなんだか分からなかった。でも、この後いく度か、俺はその感覚と遭遇することになる。