Page 03 なにこの不自然な「▶︎」
◆プロフィール◆
武田 結星
誕生日 8月30日 16歳
身長 178cm 体重 ?
私立 栄華秀英学園高校 2年生 転入 (転入日 本日)
家族構成:
父 武田 雄星 44歳 会社員
母 武田 結子 42歳 会社員
妹 武田 結衣 15歳 中学3年生
両親は別居。母は海外に出張中。
母親が戻るまで、この家で妹と二人暮らし。
▶︎
6月6日のページに、さっきまではなかった記載が現れていた。
これ、どういうこと?
それにしても、なんだこのザルなプロフィールは。いきなり高校からとか。
そして……いかにもこの不自然な「▶︎」。これって、もしかして三角ツリー?
ポチれってか? いいぞ、[ポチ]。
試しに三角の記号を押すように、紙の上に指を滑らせると、
▼
保有スキル(日記帳所有者特典)
【青雲秋月】平常心を保つ
【悠々自適】気の向くままにのんびり暮らす
【眉目秀麗】容貌が優れて美しいこと
【天資英邁】生まれつき才知が非常に優れていること
◆現在の作戦
【可惜身命】身体や命を大事にする
あらら、本当にツリー展開したよ。このページ、どう見ても紙なのに。今に始まったことじゃないけど、やっぱり変だよな。
それに、保有スキルってなんだ?
まさか、この説明文つき四字熟語がスキルだっていうのか? あと、「日記帳所有者」ってなんだよ。
意味わかんないよ、こんなの。
……もしかして、ラノベでよくあるあれか?
一旦死んで別人に生まれ変わるとか。異世界に行っちゃうとか。ああいうのによくありがちな、電車に轢かれたっていうのが俺の死因みたいだし……って、そんなわけないか。ないよな?
でも、このプロフィールを見ると、全ての項目で自分のこととは思えない。どれも真新しく、知らない人のことのように思える。やはり、以前とは別人になっているんじゃないかなぁ。
いやいや、待て。結論を出すには早過ぎる。
どう見ても、この家っていうか、この部屋には見覚えがあるんだよ。窓の外を眺めても、よく見知った気がする、ごく普通の日本の住宅街の風景だ。
スキルとか、プロフィールとか出てきて、おかしいことだらけだけど、こんなに日本そっくりで、まさかゲームの世界とか異世界ってことはないよな!?
……とりあえず、ちょっと調べてみようか。
◇
◇
◇
今日は転入初日らしいが、学校は休むことにした。
無断欠席になってしまうが、この世界が本当にリアルなら、後で学校から電話の1本でもかかってくるだろう。なんか呑気だな。俺ってこういうやつだったっけ?
さて、まずはこの部屋からだ。
おっ! 早速スマホを発見。これにも見覚えはないけど、引き出しの中に入っているくらいだ。きっと俺のだよな?
スマホを手に取る。電源は……入ってるじゃん。ロックは……かかってないみたいだな。
まずは、連絡先をチェック。
うん。登録件数0件。
使えねえな。……これが俺のスマホだっていうなら、この家の電話とか、家族の連絡先くらい載せておけよ。
〈 ! 〉
おい。視界の隅で日記帳が光った。またもや不気味な赤い光だ。
スマホに視線を戻すと……出てきたよ、連絡先。登録件数が4件になってる。家と両親と妹。
……いやだからさ、願いを叶えてくれるのはいいんだけどさ、なんって言ったらいいのかな……そう! あれだよ。
[確認]
「本当にしますか?」とか聞いてくれるやつ。これでよろしければ、[確認ボタン]をポチッてねとか。そういうのが欲しいんだよ。
ゲームとかにあるじゃん。そういうの。
目の前に[確認]メッセージが浮かぶとか、念話で声が聞こえるとか。
それをよろしく。
日記帳……光らない。なぜだ? と思ったらきた。
《システムを改変するには、管理者の許可が必要です。改変しますか?》
おわっ!? なにこの怖いメッセージ。頭の中に響く声と、目の前に浮かぶ字幕の両方が同時に出てきたし。
システム改変って、さっき俺が思った確認ボタンの作成のことを指しているんだよな、きっと。
よく考えろ、俺。
普段何気なく思ったことを、なんでもかんでも「願いごと」にされちゃかなわない。そうだろ? だって、それでもし寿命が縮むとかだったら大変だし。
従って、思いついたことを実行する際には、[確認]が必要になる。当然だ。
でも、全部が全部それでいいかっていうと、そうでもない。
なぜかっていうと、この世界は、常ならざる意志が働くおかしな場所だ。これから俺の予想を越えるような何かが起こったとしても、全く不思議じゃない。
だって、俺の知らない謎理屈がまかり通る世界なんだから。
それに、人生をまたやり直せるのだとしたら、日記帳にあったような出来事は、もう二度と御免だな。今世は平和にのんびり生きて大往生したい。
だったら、例えば運悪く交通事故に遭った時とか、暴漢にいきなり襲われた時、命に関わる病気に罹ってしまった時や、また万一だが、ファンタジックな異様な化け物が出てきた時とか。
……そういう時は、即座に助けて欲しいよな。そして、そういう時には、[確認]は要らない。
それでどうだ?
《システムを改変しました。状況に応じて[確認]を必要とします。》
どうやら通じたみたいだ。
はあ。初っ端からこれか。
やれやれだ。
そうだ。腹が減ってるんじゃん、俺。
どうせ時間がかかるだろうし、調べ物は後でいいや。まずは飯を食おう。
◇
朝食は、意外なことに和食だった。
ごはんとワカメの味噌汁。おかずは、ちょっと甘い厚焼き玉子と香りの良い青菜のごま和え、小さめの焼魚。それにプチカップの納豆に味付け海苔。
胡麻和え好き。ちょい出汁が効いていて美味い。
結衣が作ったのか?
やるじゃんか。まるで旅館の朝ご飯みたいだ。不思議なことに、俺自身のことについては、ほとんど何も覚えていないにも関わらず、こういったことは、ちゃんと思い出せる。
ご馳走さまでした。
食器ぐらい洗っておくか。お腹がいっぱいになったので、それからまた部屋に戻って調べ物を再開した。
途中、学校の担任っていう女の人から電話がかかってきたけど、体調が悪いから明日行きますって返事をしたら、それで大丈夫だった。
すごく心配してくれている様子だったから、無断欠席とか、悪いことしちゃったかな。
昼飯は、冷蔵庫の中にあった、タッパに詰められた総菜を適当に食べた。残り物っぽい肉じゃが。でも、蕩けかかったジャガイモによく味が染みていてうまかった。これも結衣が作ったのかな?
明日は学校か。
あとで、制服とか学校用品が揃っているのか、チェックしないとな。部屋の中にある物のリストを作らないと分からなくなりそうだ。持ち物については、結衣に聞かないといけないものもありそう。
◇
◇
◇
「武田くん、無理はしなくていいのよ。でも、体調がよくなったら学校に来てくれると嬉しいわ。……転入したてですもの。顔を出すだけでも大丈夫だから。…………そう、それはよかった。じゃあ、明日、学校に来たら、まず職員室へ寄ってくれるかしら。朝のHRでクラスのみんなに紹介するから。じゃあ、今日はゆっくり休んでね。お大事に」
ふぅ。
受話器を戻すと、つい息がこぼれて身体から力が抜けた。らしくもなく緊張しちゃったわ。
「佐藤先生、転入生はなんて?」
「明日は来るそうです。今日は体調が悪くて休んだらしくて」
「そうか。時期外れに転入するということで、ストレスを感じているのかもしれないな」
「やはりそうでしょうか?」
「元々メンタルが弱いという可能性もある。実際に登校して来て、何か問題がありそうだったら、私にも教えてくれ。これは、君のクラスだけじゃなくて、学年全体の問題でもあるからな」
「ありがとうございます。学年主任が水島先生で、とても心強いです。男女混合クラスは初めて受け持つので、私では判断が難しいことも、思っていた以上に多くて。これからご迷惑をおかけすると思います」
「気にしなくていい。君はよくやっているよ。特に、今回はアクシデントというか、想定外の事態が起きたから、大変なのはみんな分かっている。クラスが落ち着くまで、ある程度の時間が必要だろう。気負う必要はないよ」
「そう言って頂けると、少し肩の荷が下ります」
「さっきも言ったけれど、これは学年全体の問題でもある。私や他のクラス担任も含め、全員で協力し合って、この学年を運営していこうじゃないか」
「はい。よろしくお願いします」