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Page 21 やって来ました研修旅行

 


「おはよう」


「久しぶり。日に焼けた?」


「はい、これお土産!」


 そんな会話が、背後から盛んに聞こえてくる。



「武田、おはよう。どしたの? ほけっとしちゃって」


「おはよう結城。いやあ、なんか夏休みボケ? そんな感じ」


「ははっ。武田らしいけど、しっかりしろよ。2学期は行事が詰まっていて忙しいよ」


「行事? 何があるんだっけ?」


「これだから。斎藤、説明してあげて」


「なぜ俺に振る?」


「そういうの、1番詳しいし、説明も上手じゃん」


 ってことで、結城に話を振られた斎藤が2学期の忙しさについて教えてくれた。



 まず、最初にあるのが、9月中旬にある「研修旅行」。


 3泊4日の行程で、東北か九州、この2つのコースのどちらかを選択し、予めその地域について下調べをする。そして実際に現地へ行って、見聞きしたり体験したりするというもの。その内容をまとめたレポートは、11月にある文化祭で展示されるそうだ。


 夏休み前に希望コースの申し込みがあり、既にコースは決定している。俺が選んだのは東北コース。他の4人の男子も、もちろん一緒だ。


 続いてあるのが、11月の最初にある文化祭。


 これは各クラスで模擬店を企画して、事前に採算を予想・計算し、限られた予算内で行わなければならない。当然、それには俺たち男子も参加する。


 そして最後、12月にあるのが卒業旅行。


 えっ!? まだ2年生なのに卒業旅行って変じゃない? 


 そう思う人が当然多いと思うけど、何しろこの学校は進学校。来年の今頃は、受験シーズンに突入している。そのため、前倒しで2年生のこの時期に卒業旅行があるそうだ。日程は2泊3日。有名なテーマパークに行くんだって。


 2学期になったら、部活をどうしようかな? とか思ってたけど、これだと、やってる暇がないんじゃないか? 



「そう改めて言われると忙しいね」


「だろ? 特に文化祭前は凄く大変なんだよ。12月はクラス分けテストもあるし」


「文化祭って何するの?」


「さあ? 女子次第? でも、混合クラスは飲食店が多いかな」


「なんで?」


「俺たちが接客すると、客の入りがよくなる。つまり、チケットが売れる」


「お化け屋敷とかでもわりと集客はできるんだけど、男子は嫌がるしね」


「男子が嫌がる? それって何か問題でも?」


「以前の文化祭で、暗がりで男子に抱きついてきたり、それで騒いだりする女子がいたんだよ。それ以来、混合クラスはお化け屋敷はなしって感じになってる」


 それはまあ確かに問題になりそうだわ。



「まずは今月にある研修旅行だけどね。今回は俺たちとC組男子が東北、B組男子が九州だから、優先的に選べるA女子はいいけど、B組やC組の女子は調整が大変だったみたいだよ」


 へー。知らなかった。


 今回の研修旅行は、A-C組、D-F組が別の日程で行われる。そして、それぞれの組で、2つのコースに振り分けられるわけだけど、その目安はほぼ半々。そして、男子は人数が少ないから、変にバラけないように先にコースを決められる。残り枠が女子で争われるわけだ。


 この学年は、6クラスで150人。3クラスだと75人。75人の半分…というか、5人1班単位でコースを選ぶから、各コースの定員は、東北コース40人、九州コースが35人。


 東北コースは男子8人で、九州コースの男子は5人と、男子生徒も二手に分かれた。A組以外の男子生徒と一緒になるのは初めてだな。賑やかになりそう。



 ◇

 ◇

 ◇



 やって来ました研修旅行 in 東北。


 日程1日目。最初に新幹線から降りたのは、盛岡駅。そう岩手県だ。


 今日の観光ルートはこんな感じ。


 [平泉(毛越寺・中尊寺)ー宮沢賢治記念館・碑ー郷土芸能鑑賞(鹿踊り・鬼剣舞)]



 岩手県っていったら、やっぱり平泉は外せない。


 まずは、毛越寺。


 大きな池に浮かぶ、龍の上半身のついた船。その写真付きで、よく紹介されているお寺だね。


「この船の名前、龍頭(りゅうとう)鷁首船(げきしゅせん)っていうんだって」


 それが正式な呼び方らしい。斎藤、物知りだな。


「なんか、広々としていいね」


「風が通って気持ちいいね」


 同感。


 池の鏡面のような広い水面に周囲の緑が映っていて、とても晴れやかだ。天気が良いこともあって、背景の青空や白い雲との対比がさらに清涼感を醸し出している。


 境内にある大きな花菖蒲園の見頃は6-7月、池の周りに植えられた紅葉が色づくのが10-11月と、その季節ごとに、華やかに庭園が演出されるそうだ。


「このちっちゃい花って何?あちこちに咲いているけど」


「萩だって。秋の七草の」


「これがそうなんだ。七草っていうから、もっと丈の低い草をイメージしてた。思っていたより大きいね」


 そして、今は9月。この季節を彩るのは、萩。庭園の至る所に植えられた数種類の萩が、目にも可愛らしい紫紅色や白色の小さな花を、枝いっぱいに競うように咲かせていた。



 *



 続いて向かったのは、奥州藤原氏で有名な中尊寺。東北に来たら一度は来てみたい場所。まずは金色堂の見学だ。


「お堂の中にお堂がある」


 思った。これは驚くよね。お堂に入ってみたら、その中に更にもう一つ、お堂がスポンって入ってるんだもの。内側にあるお堂が、あの有名な金色堂で、名前を裏切らない総金箔張り。どこもかしこもくすみのないゴージャスな金色に光っている。


「屋根の裏まで金色でピカピカだな」


「この金色堂は仏堂であると同時に廟堂でもあり、藤原4代のご遺体が安置されているんだ。だから、いくら綺麗だからってはしゃいじゃいけないよね。ちなみに、外側の建物はお堂じゃなくて覆堂っていうんだよ」


 既にガイド扱いの斎藤の説明をみんなでふんふんと聞く。


 金色堂の後は、立派な本堂や讃衡蔵っていう名前の宝物館を一通り見学して回った。



 *



 次の場所は、宮沢賢治の記念館と碑。


 記念館の中では、各自自由行動になったので、女子生徒と男子生徒がすぐに入り混じった。


 宮沢賢治っていうと著名な作家っていう印象ばかりが強いけど、実際には地質調査や農業技術を研究し、農学校の教員として指導していた人物でもあり、さらには幼い頃からの熱心な鉱物採集家でもあったんだって。


「すっご。石がこんなに沢山。マジでコレクターだったのか」


「武田くんは、何か集めているものってあるの?」


「俺? 特にないかな。何か集めて飾るような趣味は今のところないよ」


 いつの間にか、俺の周りに小早川さんと有馬さん、それに高橋さんがいた。3人とも、ゲームで臨時パーティを組んで遊んだメンバーなので、話しやすい子たちだ。


 有馬さんといえば、海遊びの時に大胆なビキニを着ていたのが、すごく記憶に残っている。だって、こぼれそうなくらい大きかったんだ。


 高橋さんは、いつも髪を綺麗に編み込みにしてる子だ。ゲームの時は、お淑やかな風情の外見を裏切る積極的な攻撃っぷりが、やはり印象的だった。


 そのまま一緒に館内を見学して、敷地内にあるカフェ兼土産物屋にも一緒に行った。そこには、「注文の多い料理店」にちなんだ山猫グッズが沢山売っていて、女子たちがきゃーきゃー喜んでた。


 猫好きって多いんだね。ちなみに俺も、猫顔のマグカップをお土産に買ったよ。



 *



 そして、宿に到着。今日はここ花巻の旅館に泊まる。食事の後に郷土芸能鑑賞があり、「鹿踊り」と「鬼剣舞」を堪能して本日の日程は終了。


 宿の部屋は、男子8人の大部屋だった。なんか楽しいぞ、こういう雰囲気。



 同室になったC組の男子3人を紹介しよう。背の大きい順に、片桐 克也・平野 長俊・脇坂 靖春だ。


 最初はお互いに、どのタイミングで話かければいいか様子を見ている感じだったけど、一緒に大浴場に行って汗を流したら、いつの間にか打ち解けていた。


 だって、話題は沢山あるし。クラスの女子のこと、この旅行のこと、今やっているゲームのこと。同じ高校2年生の男子。考えていることに、そう大きな違いはない。


 バカ話を沢山して、そろそろ寝るかってなった時に、それに気づいた。脇坂くんが、部屋の隅で半分布団を被りながら、真面目な顔で何かを読んでいる。


 緑色の本? 


 光沢のある布張りの装丁に、ちらりと覗く金色の箔。


 あの箔の模様……似てる。いや、まさかね。


 そんなことあるわけないよな。俺の持っている日記帳にやけに似てるとか。そもそも色が全然違うし。……ああいった箔の模様は、よくある意匠なんだろう、きっと。


 ふぁあ。


 今日は疲れた。明日も朝早いから、寝なくては。自分の布団に横になり、目を閉じる。まだ部屋の中は明るいにも関わらず、すぐに睡魔が訪れた。おやすみ。



 《オヤスミナサイ》



 ◇



 2日目、3日目の日程は、かなり駆け足になった。


 2日目: [釜淵の滝ー高村光太郎記念館・高村山荘ー石川啄木記念館ー八幡平ー尾去沢鉱山]


 3日目: [十和田湖ー奥入瀬渓流散策ー太宰の故郷 金木ー郷土芸能鑑賞]



 花巻温泉のすぐそばの釜淵の滝は、周囲には遊歩道が整備されていて、朝の散策にはぴったりの場所だった。ここでも自由行動になって、女の子たちに混ざりながら散策をする。


「なんか思っていたのと違うね」


「うん。滝っていうから、垂直に水が落ちているイメージだったけど、こういうのも滝っていうんだね」


「でも、綺麗」


「そうだね。清流って感じがしていいね」


 釜淵の滝は、通常思い浮かべる滝とはちょっと違って、大きな岩の上を水が滑り落ちるような穏やかな流れの滝だった。幾筋にも分かれた清流が清々しい。


 次に同じ花巻にある「高村光太郎記念館・高村山荘」、それから盛岡市に移動して「石川啄木記念館」の見学だ。


 高村山荘は、智恵子夫人が没した後に、疎開のためにやってきた花巻の実家で再び空襲にあって移り住んだ場所なんだそうだ。冬になったら雪で埋もれてしまいそうな、土壁でできた質素な小屋だった。


「ここで7年も1人で過ごしながら創作活動もしていたのか」


「寂しい気がするね」



 次に行った石川啄木記念館では、啄木が少年期に学び、代用教員として教壇にも立った旧渋民尋常高等小学校や、啄木一家が間借りしていた旧斉藤家が移築されていて、当時の様子が再現されていた。


「かにかくに渋民村は恋しかり、おもひでの山、おもひでの川」


 各地を転々とした啄木だけど、ここ渋民村は、啄木の故郷といっていい場所なんだね。


 

 *



 こうして、次々と記念館や資料館を巡り、滝や峠に鉱山、石碑や像を見て回った。十和田湖では遊覧船にも乗ったし、渓流の散策もした。いやあ、盛りだくさんで、レポート用のメモを取るのも大変だったよ。


 そして夜。昨日とは別の宿で開かれたのが、郷土芸能鑑賞会。津軽三味線だ。


 その演奏を聴いて、なにこの楽器! って、とても驚いた。


 激しく荒々しく、容赦なく人襲う自然を連想させるような音律。情熱的で力強い音色。その奏でる音が次々と表情を変え、凄い速さで楽曲が展開していく。その音楽に、いつの間にか引き込まれ、聞き惚れていた。


 郷土芸能っていうから、てっきり型にはまった古典的な様式の音楽かと思っていたら、真逆だった。演者の表現したいものが、肌身を通してダイレクトに聴衆に伝わる。そういうタイプの音楽なんじゃないか、そう思った。



 ◇



 4日目:[立侫武多の館ー三内丸山遺跡]


 今日が最終日だ。


 まず向かったのが「立侫武多(たちねぷた)の館」。


「でっか」


「これが動くの? やばくね?」


 侫武多祭と一口にいってもいろいろとあって、その中でも青森三大佞武多のひとつと言われるのが、五所川原で行われる立侫武多祭り。とにかくでかい、というか高い。大きいものになると20mを超える巨大な山車がその名物となっている。


「しかし、綺麗だね。この配色。誰が考えてるんだろう?」


「デザインが凄いね。大胆で力強い」


 歴史上や神話上の人物が、意匠を凝らした迫力のあるデザインで再現されている。内側に灯りが灯った巨大な山車が、暗い展示室内に浮かび上がり、その鮮やかな色彩に目を奪われ圧倒された。


 こんなのが沢山行列するところは、さぞ幻想的な光景だろう。その内、実際の祭も見に行ってみたいな。



 *



 そしていよいよ、最後の見学地、「三内丸山遺跡」だ。縄文時代を代表する遺跡のひとつだが、それまでの縄文文化に関する認識をひっくり返したことで有名な遺跡でもある。


 縄文時代でも、大勢の人間が大規模な集落を作り、定住生活をしていたこと。交易をし、狩猟だけでなく木の実の栽培を行っていたことが、この遺跡の発掘調査で明らかになっている。


「なにこのサイズ。縄文時代に、こんな大きな建物があったわけ? 縄文すげえ」


 広々とした敷地内の中央にある長さ30mを越える大型竪穴建物や、復元され、太い柱を組み合わせて作った大型掘立柱建物。


 おびただしい出土物の中には、交易で得たと推測される黒曜石や翡翠などが見つかっている。


 自由時間に体験したのは、火起こしと縄文組み紐作り。


「武田くん頑張って!」


「煙が出てきた。きっともう少しだよ」


 女子たちの声援を受けながら、火起こし成功。応援とか正直恥ずかしかったんだけど、それに応えるべく頑張った。


「これ、結構難しいね」


 でも、縄文組み紐作りでは苦戦した。俺ってもしかして不器用なのか?


「ちょっと手伝ってもいい?」


「うん、お願い」


 さすが編み込み名人。高橋さんが、最初のところをスイスイ編んでくれて、バトンタッチ。その続きを編むことで、ようやく完成した。


「おかげ様でなんとかできたよ。高橋さんって、器用なんだね。ありがとう」


「どう致しまして。編むのはいつもやってるからなんだけどね」


「やっぱりその髪、自分で編んでるんだ。凄いね」


「慣れちゃえば、どうってことないよ?」


「いや。俺には無理」



 全ての行程が終わり、帰路につく。楽しかったけど、もうクタクタだ。今日は、シャワーを浴びたら即寝てしまうに違いない。

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